よいグルメガイド本というのは、どんな本のことを言うのだろうか。「実用性」「網羅されている店の数」「オリジナリティー」などなど、いろいろな指標が考えつくが、それを以下の五項目にまとめてみた。
「取材力」
いちばん重要なのは、本の作り手が店に足を運んで自分の舌で料理を確認しているか否かという点である。タウンガイドなどには明らかに取材の形跡がなく、既存のグルメガイドの孫引きだろうと思わせるものが多い。また年鑑のグルメ本では、前年度の記述が更新されていないものもある。そうした本は減点である。店との癒着については、百パーセントないほうがもちろん望ましいが、商業出版ではなかなか難しいだろう。
「評価のわかりやすさ」
要するに「おいしい」「おいしくない」の判断がはっきりできていること。最近ではコスト・パフォーマンスで評価する本もあるか。星の数で評価をつける、いわゆるミシュラン方式が導入されているか否かは、実はあまり問題ではない。写真が大きく載っているような本ではどうせ店の協力が必要なのだし、協力を受ければ星の数に手心を加えないはずがないからだ。そうした数値化がなされていなくても、文章を読んでだいたいの雰囲気が伝わればいいのだ。ラーメンガイドのように特化した本だと、トッピングの種類や油の量、麺の状態などが細分化されて載っていることが多く、下手な主観評価よりもよほど参考になる。食いしん坊の人向けに、飯の大盛り度合いなどもあったらいいかも。
「エンターテインメント性」
掲載されている写真の楽しさ、文章のおもしろさなど。上から撮影した丼の写真を実寸大で掲載したガイド本が以前あったが、あれなどは眺めているだけで楽しかった。ひところからブログを書籍化した本が多く出るようになったが、その中には文章のおもしろさだけで勝負しているB級グルメ本などもある。文人や芸能人などの料理エッセイ本などもこの仲間に入るか。こうした本は、読者にバーチャルなグルメ体験をさせてくれるのである。糖尿病患者のように、あまりこってりしたものが食べられない人間は、グルメ本読書を食事の代替行為として楽しむことがある。グルメ本を読んで実際に来店せずにすますというのでは、紹介された店の方としては困るかもしれないが、これも立派な読書の効用なのだ。
「量的充実」
質も重要だが、量も大事。店の数を多く紹介するというのは基本で、これに地域的な規模も付け加えたい。東京に住んでいるので他の地域のことは知らないが、首都圏のガイド本だとだいたい二十三区内の繁華街が中心であり、都心から離れるにしたがって記載はまばらになっていく。読者の大半が住んでいるはずである、ベッドタウンに存在する店のことをもっと多く採り上げた本があってもいいはずだ。一店あたりのメニュー数も、できれば十以上は紹介してもらいたい。
「健康面への配慮」
これは自分が糖尿病患者だから言うのだが、カロリー表示のあるグルメガイドはこれから需要が高まっていくだろうと思う。カロリー以外ではアレルギー表示も必要か。栄養バランスへの配慮として、野菜メニューがどのくらい充実しているかも知りたい。精神衛生上の問題として、客を客とも思わないような頑固店主・無愛想な店員がいるような店の場合、できれば「クソ親父」「飯がまずくなりました」などの表記を入れていただけると私はうれしい。
というわけで、今回『糖尿病記者の外食グルメ術 in tokyo』郡司和夫・内田正幸・相馬昭彦(三五館)という本を読んでみた。二人の糖尿病記者と一人の予備軍ライターによる、糖尿病患者にお薦めの外食スポットを紹介する本なのだが、以上のような評価基準からすると本書はいかなることになるのだろうか。
まず「取材力」だが、本書に記載されている店のうち六店は、糖尿病専門医師が主催する「食べていいんです会」という、650kcal以下でフルコースディナーを楽しむ会の会場になった店である。つまり「ありもの」なわけである(改めてヒアリングはしたのだろうけど)。それ以外の店は一応取材したようであるが、総数65店というのは、グルメ本としては少なすぎる。二つ飛ばして「量的充実」の問題にいくが、取材対象となった店は、執筆者たちの行きつけの場所なのではないかと思われるのである。官公庁食堂などが入っているのはたぶんそのためだろう。四店しか紹介のないラーメン店の一つが「札幌本舗新宿アイランド店」なのも不思議である。チェーン店だし、繁華街の中心とも言いがたい。しかしこの店が、東京都庁から直近の場所にあることを考えるとうなずけるのである。また、六店紹介がある和食店のうち二つは虎ノ門駅周辺だし、一つはなんと「大戸屋」である。いや大戸屋がいけないとは言わないが、こういうグルメガイドであえて採り上げる必要はないだろう。
「健康面への配慮」という点でいえば、本書の「選定基準」は糖尿病患者向けということもあり、大いに配慮がなされている(と称している)。第一に、カロリー表示があること。第二に、栄養バランスがよく美味しいこと。第三に、自治体が「健康づくり協力店」などに指定していること。第四に、糖尿病患者や専門医が推薦していること。この四点のうち二つを満たす店を紹介しているのである。なるほど、これは大事なことだ。しかし、このうち第三の条件に該当するのはわずか二店だけで、少し物足りない気はする。
飛ばした「評価のわかりやすさ」「エンターテインメント性」については、まあこんなものか、という感じ。「食べてもいいんです会」の協力店については写真もカラー掲載されていて楽しめるのだが、他の店舗は料理の写真がないものも多く、眺めて楽しむ喜びは薄いのである。文章も総花的な評価を書いたものがほとんどで、なかなか味は想像しづらかった。
というわけで、本書の総合評価は五段階評価の二というところである。大きな減点対象はやはり「量的充実」と「取材力」の問題。採り上げる店の数はこの倍はあることが望ましいし、地域も首都圏全域に広げる必要がある。できれば全店舗にカロリー表記を必須とし、代替行為として本を楽しむ人のために写真図版をもっと多く掲載すべきだろう。この本の志そのものは決して悪くないと思う。しかし、定価1200円でこれを読者に売るのは、無茶である。この方向性で、もっと充実したガイド本を出してくれる版元は他にないものか。店舗数が200あったら、私なら2000円だって買うけどな。