『知食』年友企画
「知食の会」について初めて知ったのは、東海林さだおさんの週刊朝日連載エッセイ「あれも食いたいこれも食いたい」だったと思う。帝国ホテルで一食360kcalのフランス料理コースを食べさせるというのを聞きつけた東海林さんが、出かけていって参席するという筋立てになっており、最後に糖尿病医のレクチャーを聞いて、実はそうした集まりであるということを知るという落ちがついていた(東海林さんは糖尿病患者ではないはずだ)。私もそのころは糖尿病に罹患していなかったので「ふうん、そういう集まりがあるんだ」ぐらいにしか思わなかった記憶がある。今ではまったく当事者になってしまったわけだが。
『知食』は、その「知食の会」の活動について紹介した本で、定価は高いが豪華版のパンフレットといった趣きである(巻末に健康食品メーカーによる企画広告もある)。繰り返しになるが「知食の会」というのは、一食の総カロリー摂取量が360kcal以下になるよう計算された食事を摂る会で、360kcalという数値は医師から指示されている食事制限基準がかなり厳しい人でもクリアできるラインである(糖尿病患者は80kcal=1単位という考え方をするので、これは4.5単位にあたる。4.5×3=13.5単位だとすれば1,080kcalなので、これを下回る食事制限をしている患者はまずいない)。この他の基準としては「使用する塩の総量が2.2g以下であること(糖尿病の合併症で腎臓に障害が出ている人もいることに配慮しているのだろう)」「食材はすべて無農薬で原則として旬のものであること」「美しく、かつゴージャスな感じのする料理であること」「美味しく満腹感があること」などが挙げられている。三番目の項目はともかく(無農薬野菜へのこだわりには、あまり意味がないと私は考えている)、後は納得できるものだろう。
この本を読んでみたのは僅かな食材で「美味しく満腹感がある」料理を作るためのヒントが得られないかと考えたためだが、やや当てが外れた印象だった。美しい料理の写真を見て楽しむための本であり、ここから「知食」実践までの道は遠い。各メニューについて栄養素の量的な紹介は行われているのだが、そこから実際に「知食」メニューを手がけることは難しいだろう。なにしろ、一流シェフが知恵の限りを尽くして考案した逸品ばかりが紹介されているのだから。この本を読んでわかるのは「知食」を実践するための一番の近道は「知食の会」に参加することである、ということだった。先に書いた「豪華版のパンフレット」という表現は、かなり的を射たものであるはずだ。
以前に聞いたところでは、一回当たりの「知食の会」参加費は安くも高くもないという印象である。関心を持たれた方は、とりあえず会へ問い合わせされてもいいだろう。フランス料理というものにまったく愛着がないので、私は当面そうするつもりはないのだが。「知食の会」にないものねだりをさせていただければ、こうした健康食へのノウハウが蓄積されているのならば、ぜひ実践的なレシピとして公開を考えてもらいたいのである。定価2800円という価格も、レシピ本ならば決して高くはない。少なくとも、私は買うだろう。
今いちばん欲しいレシピ本は『鬼平が「うまい」と言った江戸の味』(池波正太郎『鬼平犯科帳』に登場する料理が大塚「なべ家」の福田浩氏によって再現されている)のような江戸前の和食を、糖尿病患者向けにアレンジした本である。この本で見る江戸前の料理はどれもたいへん美味しそうなのだけど、蛋白質と塩分の量が多そうで、糖尿病患者にはあまりお勧めできなそうなのだよな。明治以前の日本食は絶対的な健康食だった、なんて信仰が一面的な思い込みにすぎないということがよくわかってしまう一冊であった(でも逢坂剛さんと北原亞衣子さんのエッセイが料理ごとに付されて552円という定価は非常にお得である。はっきり言って安すぎると思う)。