(2/7)泡坂先生、さようなら
すっかり忘れていたが、午前十時から町会少年部の打ち合わせがあった。それを済ませて、葬儀会場になった池袋のお寺に駆けつけたのが午前十一時四十五分、焼香の最後にぎりぎり間に合った。
しばし階下で待機した後、会場に招き入れられて最後のお別れをした。会葬者が白菊を持ち、棺の中を満たしていく。私は先生の右手付近に花を置いた。その手の上から、一瞬にして白銅貨が消える場面を見せていただいたことがある。観客の前で数々のマジックを演じた右手だ。手品の道具をペンに持ち替え、紙の上でもやはり鮮やかなマジックを繰り広げてみせた。もう新作を見せてくれることはない。主とともに眠りに就いた右手だ。
棺の蓋が閉じられ、喪主である先生の奥様が挨拶をなされた。
……突然のことで驚かされました。主人は人を驚かすのが大好きですから、今頃はきっと喜んでいると思います。
そうです、びっくりしましたよ、泡坂先生。最後まで先生にはやられてしまいました。脱帽です。
どうぞ、安らかにお眠りになってください。名残り惜しいですが、先生は私たちにたくさんの作品をくださいました。ひとつひとつ、大事にこれからも読んでいきたいと思います。
さようなら。
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