一部の男性の間には、ラーメン屋のおやじ幻想がある。最近流行りの創作料理系ラーメンよりも、昔ながらの古いラーメン屋、丸首シャツを着たおやじが一人で作っているような店で出すようなラーメンの方に魅力を感じるわけである。創作料理系ラーメンというのは、店員がお揃いのTシャツを着てバンダナを頭に巻いていて、注文があるとやたら大きな声で返事をするような、ああいうお店のことですね。麺はかためかやわらかめか選べるのが普通。先日紹介した『ラーメン道場やぶり』なども、そういう幻想に貫かれた本であった。
私もどちらかといえばおやじラーメン派である。かざりっ気のない、素朴な街の中華屋で出すラーメンが好き。ラーメン専門店よりも、レバニラ炒めなどの一品料理が混在したメニューの店に行くことが多いのは、単に混雑した店が嫌いということもあるが(並んでまでものを食べたいと思わない)、ごくごく当たり前の醤油ラーメンが好きだというのが第一の理由である。バンダナラーメン駄目、店内にモダンジャズとかのBGMがかかっているとイライラするし、食べかたにいろいろ指図をするような店には絶対に入りたくない。「スープが薄いと思った方はラーメンだれを追加で入れてください」というような指示をしてくるような店が時々あるでしょう、ああいう店です。お行儀の悪い話だが、私は一人での外食時には何かの本を読んでいるのが普通なので、それを咎められる店にも行きたくない。「がんこ」が頭につくラーメン屋で一度それをやられたので、店主と喧嘩になりそうになった。そういう進歩を拒むラーメンファンなのである。この件に関しては守旧派とか抵抗勢力と言われても仕方ないと思っている。申し訳ない。
ラーメンが食べたいな、と思うといつも探すのが「中華料理」と書かれた白い暖簾である。戸は引き戸で自動ドア不可。できればカウンター主体であることが望ましく、ビルの二階や地下の店は却下。なんか、嫌なのである。ラーメンのために、わざわざ階段を上り下りするという動作が。ラーメンの作り手は男性でも女性でもいいが、複数の人間が作っているラーメンは不可。たかだかラーメンで流れ作業などするな。当然だが、麺の固さやスープの濃さなどうるさく聞かれたくない。店のおすすめでかまわないのである。口に合わなければ、二度と食べないだけの話だ。あ、あとラーメンどんぶりは変型のものではない方が望ましく、れんげはあってもなくてもどっちでもいい(民芸調を演出しようとして持ち手の長い木のさじを出すところがあるが、あれは駄目)。
要するに、普通のラーメンですね。これが近所には少ないのである。私が住んでいる地域はいわゆるおしゃれスポットの一角にあるため地代が高くなっているらしく、昔ながらの店舗が存続するのは難しくなっている。詳しい人に聞いた話では、新しいビルのオーナーはラーメン屋が入ることを嫌うそうである。建物が汚くなるからだ(その結果、街にはダイニングバーを名乗る「屁」のような店ばかりが溢れかえることになり、大人の客をうんざりさせることになっている)。したがっておやじラーメン派の私はいつも肩身の狭い思いをさせられている。
昨日も所用で都内の某所に出かけていたのだが、空腹を感じた瞬間にまず思ったのが「おやじラーメンの白暖簾を探そう」ということだった。地下鉄の駅を出たすぐのところに、それにやや近い店があったのだが、店構えにやや高級感があった。知らない街でもあり、さらに上(下?)を目指そうと思い、交差点の方へと歩を進めたとき。
あったのである。私が理想と考える、白暖簾の店が。
(つづく)