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(5/6)僕も泣き真似してあげる

 誰かが死ぬたびに、

「これで一つの時代が終わった」

 だとか、

「あんな人はもう出ない」

 だとか、

「俺の青春は終わった」

 だとか、

「明日からどう生きていけばいいのかわからない」

 だとか、言ったり書いたりするのはヤメロ。あと、(泣)とか(涙)とか(号泣)とか安易に使うな。絵文字は、ちょっと許す。表現方法がそれしか思いつかないんだろうから、咎めるのは野暮だ。でも、上に書いたような後ろ向きのことを書くのはやっぱりヤメロ。

 その人は死んでしまったんだし、君は生きている。生きている人間が死んでいる人間よりも絶望してみせるなんて、どれだけ傲慢なんだ。君は生きているのに。

 その人のように生きてやると、なぜ言えないのか。その人の意志は自分が継ぐといった不遜な表明のほうが、まだ好感が持てる(不遜で鼻持ちならないけど)。何べんも言うけど、生きているだけで死んでいる人よりもよっぽど条件がいいんだ。有利な立場で上から目線で誰にも後ろ指をさされないつもりで世界の主人公になったつもりで、言いたいことを言うもんじゃない。

 その人が死んだのが哀しいなら、少しでも自分が引き継ぐことを考えるべきだ。その人が負っていたものを、分けてもらって自分でも背負ってみるべきだ。それが、きちんとした大人の態度ってものだ。大人になりなさい。大人って言っても、未成年だって心は大人になったっていいんだぜ。周りのコトナ(前田日明用語)を見回して、みっともないなと思ったら、先に大人になりなさい。

 まあ、いちばんいいのは、ブログという安易な手段があるからといって、なんでもかんでもネット上で発表せず、心のうちで静かに自分に語りかけるだけで済ませておくということだ。その点、私も同類だ。ごめんね、野暮で。

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