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(8/11)忘れられない三人の編集者

 ぼうっとしていたら、大昔のことを思い出した。ので、書いておく。

 今の筆名を使い出してから十数年経っているが、その間に編集者とのつきあいで「これはひどい」と思ったことは三回だけである。ひどい、というのはつまり「許せない」ということで、二度とその人とは仕事をしたくないという気持ちになった。人を呪わば穴二つの喩えどおり、杉江松恋はなんてひどい奴だ、と思っている編集者や同業者の方も世の中にはいるはずである。なので自分だけ被害者面をするのはアンフェアではあるのだが、思い出しているうちにだんだん腹に据えかねてきたので、その三人について書いてしまうことにする。夏だから仕方ないね。

 三人の中の一人目。某社でムックを作った際、物撮りのために本のカバーを大量に貸したのだが、返却してくれなかった人。カバーが存在しない本(ハヤカワ・ミステリなど)は現物を貸したんだけど、それも戻ってこなかったんだよなあ。本が出た後にこの編集者は会社を辞めてしまい、問い合わせの電話をしても応答してくれなくなった。携帯電話を鳴らしても出ないので、あれは多分着信拒否していたのだと思う。最後に確認したときは某漫画家さんの復刻本を作っていた。サイトも作っていたので、そのサイトに記載されていたアドレスへ返却要求のメールを送ったのだけど、梨のつぶてだったのだよなあ。ちなみにそのとき失くされたカバーの一つが、S・A・ステーマン『三人の中の一人』(番長書房)だ。ライオネル・ホワイト『逃走と死と』も失くされた。本人は逃走後、無事でいるのだろうか。

 三人の中の二人目。某社で雑誌特集に協力した際、ギャラを払ってくれなかった人。このときは大先輩のライターさんからの紹介仕事だった。お世話になった方なので切り出しにくかったが、半年ぐらい経ってからその方に「実は」と伝えると、すぐに渡りをとってくださりしばらく経ってから原稿料が振り込まれた。そういう意味ではギャラももらったので引きずる必要はない。だが、その方が連絡した際の編集者の言い訳が噴飯物だったので覚えているのだ。なぜ原稿料を払わない? と聞かれてその人物は「尊敬する淀川長治が亡くなられてから何をする気にもなれなくて……」と答えたそうである。ふーん、そうですか。人の生き死にを言い訳に使わないように。

 三人の中の三人目。某社でムック制作に協力した際、ギャラを払ってくれなかった人。このときは編集部のメンバー全員が一斉に退社するような事態だったらしく、直後から一切連絡が取れなくなった。後日会社の社長に電話をして事態を説明したところ、「現在調査中でして……」と言われてそのままになってしまった。私だけではなく、その本に携わったライターの大部分が原稿料未回収だと聞いている。中には私が声をかけてお願いした方もいるので、さらに申し訳ないと思うのである。このときの仕事はとにかく突貫作業で、台割決定から見本刷り完成まで一月もなかったような記憶がある。とにかく体力勝負なので、駆け出しライターが何人か集められたというわけだ。

 私は知らなかったのだが、その人物は映画雑誌などで長いキャリアを持つ編集者だったらしい。おそろしいことに私(と仕事をした仲間)は、その人物の編集方針にいちいちクレームをつけたのである。キャプションやリードのたぐいはとにかく全否定して変更させた記憶がある(だって、ダサかったんだもの)。自分が執筆したのが、ハードボイルド小説の歴史に関する箇所だったので、特にこだわりが大きかったのである。今考えると編集者の編集権を侵すほどの口出しだった可能性もある。クレームをつけているのは、ほんの駆け出しのライターなのだから、大いにプライドを傷つけられたことだろう。そんなこんなの鬱憤がたまって、許せない気持ちになっていたのではないか。本当なら会社を辞めるときには残務整理をして「これこれの人に払う原稿料がまだなんですよー」と伝えていってもらえれば済む話だったと思うのだが、その対象が憎むべき相手だったとしたら、伝票を切る手も止まろうというものだ。そういうことだったのかもしれないねえ、と庭にやってくる小鳥たちに語りかける今日このごろなのである。

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