« (9/2)ゆえあって | Main | (9/3)朝のお仕事 »

(9/2)別宮貞徳さん

 翻訳批評の大御所である別宮貞徳さんは、同じ高校で一学年下にいた方の御父君である(別宮さんはそのことを知らないし、私は面識がない)。亡父と同門の大先輩でもあるので、いつも動向は気にしていたのだけど、最近になってすこぶるおもしろい本を出された。『裏返し文章講座 翻訳から考える日本語の品格』という本だ。

「品格」は極めて曖昧な語義の言葉だが、別宮さんは「しかるべきことばがしかるべき場所でしかるべき用法に従って使われている日本語」が品格のある日本語なのだと定義している。さすがに明確だ。別宮さんが長く続けておられる翻訳批評では、いわゆる誤訳よりも悪訳、語義の解釈以前に日本語の使い方が誤っている翻訳文がよく採り上げられ、厳しく批判されていた。「英語どころか日本語がろくすっぽできない大学教授が職の権威をかさにきて訳したあげくわからないのは頭の悪い読者のせいと片付ける」ような悪文の例が本書にも多く掲載されているので読んでみていただきたい。たとえば水田洋訳のアダム・スミス『国富論』などは、こちらの思考回路がめちゃくちゃになりそうな頭の悪さだ。権威主義者はわかりやすい訳語を模索することを読者におもねる所業と勘違いしているため、しかるべきことばを用いることができないのである。これを読むと、あの本とかあの本とかが理解できなかったのは、自分が馬鹿だったのではなく(そのせいももちろんあるけど)、翻訳者のせいだったのか、とやや安心できます。学生時代、岩波文庫版でいくら読んでも判らなかったハイデガー『存在と時間』が、細谷貞雄版で読んだらすらすら理解できたことを思い出した。あれは良い訳であると思う(ちくま学芸文庫に入っています)。

 別宮さんが第七講で示しておられる悪文を生み出す条件を掲げておく。翻訳に関心がある人だけではなく、きれいなわかりやすい日本語を使いたいと思っている人、長い文章を論理的に書きたいと思っている人は、この第七講がとても参考になります。

 1 無知・無教養――権威主義者が品位を落す
 2 音痴――耳の悪さが変調を招く
 3 無知・無感覚――知性・完成の乏しさが駄文・拙文を有無

 本当は1~3まですべてを詳しく引用したいほどに素晴らしい内容なのだが、それでは誰かさんのように無断引用ならぬ盗作になってしまう。一例だけ紹介するに止めます。あとは各自買って確認してください。文庫で千円は高いと思うかもしれぬが、内容からするとお得ですよ。

 2についての引用。

 ――では文章を書くのに、リズミカルにするにはどうすればいいのか。結局、こういうことだと思うんです。文を句読点や、それがなくても息継ぎの箇所で分割したときに、各部分の長さにバランスがとれていること、そして読んでいて楽に息ができること。これがうまくいっていれば、リズムがいい、読みやすいっていうことになるんじゃないでしょうか。たとえば、頭の方が長くて、結びがすとんと切って捨てたようだと、どうもトップヘヴィーですわりが悪いですね。(p233)

|

« (9/2)ゆえあって | Main | (9/3)朝のお仕事 »

Comments

Post a comment



(Not displayed with comment.)




TrackBack

TrackBack URL for this entry:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/61260/46097810

Listed below are links to weblogs that reference (9/2)別宮貞徳さん:

« (9/2)ゆえあって | Main | (9/3)朝のお仕事 »