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(11/27)グルメ本のこと、もうちょっと

 勝見洋一『ラーメン屋の行列を横目にまぼろしの味を求めて歩く』を読み終わった。集中して読めばすぐに終わってしまうような本なのだが、もったいないのでちびちび味わっていたのだ。

 これはやはりたいへんにおもしろい本だった。勝見さんは文化大革命のころに北京にいた人であり、またフランス留学経験もあって中と仏の料理を現地で飽きるほどに食べてきた。したがって、中国料理とフランス料理(特にビストロで供されるようなもの)に書いたくだりは垂涎の迫力がある。だからといって悪戯に高踏的であるわけでもなく、幼時に給食で出された冷えた焼き蕎麦などについて書いても、こちらの郷愁をくすぐりながら味蕾を刺激するような文章を綴ってくる。勝見さんと私は年齢が違うのだから、同じ風景を懐かしいと感じるわけがないのだが、その辺は文章の技術である。

 しかも分析的であり、学術的でもある。「麻婆豆腐伝説」の項では、明代末に四川省の住民が内乱のため全滅した、という耳慣れない学説を引き、そこから四川料理に唐辛子が多用される理由を推理してみせる。「煙草とパリの味」は、全喫煙者に贈る福音書のような内容。フレンチ変質の理由が、禁煙運動の高まりと絡めて説明されているのである。そうかと思えば、「ニューヨークのソーダファウンテン」はボブ・ブリーンのような洒落たスケッチ。ストリップ劇場の踊り子に串焼きをたかられる「ヤキトリと踊り子」は田中小実昌のような味だ。要するに柄が大きく、しかも繊細であるのだ。さまざまな食にまつわるエッセイを読んできたが、ここまで卓越した文章に出会ったことはなかったように思う。読んでいるうちにそこに書かれているものが食べたくなる、というグルメ・エッセイはよくあるが、これはすでに無くなってしまった「まぼろしの味」の本だ。金を積んだとて、手に入らない代物ばかりが紹介されているのである。本書を読むと、時代に間に合わなかった、という悔悟の念と、失われた文化遺産への憧憬の双方が心中に立ち上る。その気持ちを起こさせることが、自然と文明批判につながっていく仕掛けなのだ。清明な主張の、万人が読むべきエッセイであると私は思う。

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