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(1/11)バレエ・メカニック書評

 先週土曜日に、豊﨑由美さんの書評講座にゲストで呼んでいただいた。課題作についての書評を匿名で書き、出席する受講生の投票で「書評王」を決めるというもので、私が出席するのはこれで四回目である。津原泰水『バレエ・メカニック』で挑戦したのだが、投票では豊﨑さんに負けてしまった。残念なので、ここに原稿をアップしておきます。なお、二箇所ほど後から読んで気に食わない表現があったので微修正を施した。どんなものでしょうね。
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「あそこのドアから入ってきて、そこに座るまでの一分間。その間に、君の目に映ったものをすべて書いてごらん。作家になろうと思う人なら、そのくらい簡単だろう」
 これはテストだ、とうながすと、若い女性は、ペンをとって猛然と何事かを紙に書き込み始めた。その様子を見守りながら小説家は、共犯者に見せる笑みを顔に浮かべた。
 あの日、小説家は何を考えていたのだろうか。バーでファンだという女性から、あたしもいつか作家になりたいと思ってるんですぅ、と話しかけられ、意外なほどの気さくさで相談に乗ってやった。そのとき彼の胸中には、どのような思いが去来していたのだろうか。静止した笑顔の下で、こんなことを呟いていたのではないかと私は思うのだ。
 目に映ったものが書けるだけじゃ駄目だ。それを写せるだけじゃ駄目なんだ、本当は。
 日本の近代文学は、江戸戯作文学を外来の写実主義によって駆逐することから出発した。近代文学史は、視覚表現というテーマとの格闘の歴史だ。金科玉条の小説作法として語られる「視点の統一」は、その歴史上の産物である。どこで、誰が、何を見ているのか。それこそが小説表現の絶対的な必要条件なのだ――。
 ほんとに?
 津原泰水はそう言う。人間の想像力を言語化し、紙上に写し取ったものが小説である。であれば想像の写し絵は、本来的に視覚情報なるものを超越してしまうはずではないか。
二〇〇九年に津原が上梓した『バレエ・メカニック』は、そうした津原の問いが封じこめられた小説だ。造形家・木根原の娘、理沙は七歳のときに海で溺れ、酸欠状態になって脳死状態に陥った。彼女を生かし続けるため、木根原は美術商に魂を売って金になる作品を作り続けなければならない。そんなある日、彼は理沙を担当する医師の龍神から異様な電話連絡を受けた。理沙の病室の前に、突如として広大な空き地が出現したというのだ。それだけではなく、病院のある東京都心部を中心に、大規模な異変が起きつつあった。事故のため自家用車を失っていた木根原は、隣人の所有する馬車に乗って病院がある新宿区へと向かう。ペルシュロン種の巨大な馬が引く車に乗り、木根原の奇妙な旅が始まるのだ。
 異変の中心に木根原理沙がいることは、早い時点で示される(その手がかりが、造形家が幼い娘に読み聞かせた『みつばちマーヤの冒険』である、というのがいい。そうした先行作品への尊崇の念が随所に示された小説だ)。彼女の大脳皮質は死滅したが、脳幹は生きている。それが、なんらかの理由で都市のネットワークと結びつき、代替物として利用し始めたのだ。常ならぬ表現手段を得た脳が、暴走するさまを作者は書くのである。常軌を逸した現象が次々に描かれる。小説を読んだ人は皆、ペルシュロンが引く馬車が、東京都庁の外壁を垂直に登っていく場面に驚かされるはずだ。そうした眼福の場面で楽しませつつ、作者は読者を自らの領域に引きずりこむ。すべての始まりの地点へ向けて進んでいく木根原の周囲で、幻想は現実との摩擦係数を増しながら変化していき、人間の視覚が追いつける速度をあっという間に振り切ってしまう。視覚情報の中に観念、情動が曳光弾のように打ち込まれた奔流のような文章は、安易な映像化を頑として拒むものである。
 ここまでが第一部。第二部で津原は人間の知覚の信頼度を疑わせるような問いを呈示し、第三部ではついにその正当性さえも取り上げてしまう。それは、知覚の網の中心に人間がいるという小説の大前提を消去することと同義だ。日常からは遥かに離れた、想像力の言霊だけが辿り着ける最果ての地。そこでも俺は小説を書ける。書けるのだ、と津原は叫ぶのである。あの日の君よ、君が話しかけた相手はそんな小説の魔王だった。(想定媒体:SFマガジン)

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