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(1/5)至らなさを痛感

 新年最初に書いた原稿は、自分の教養不足を恥じざるを得なくなるようなものだった。やや意気消沈。だがまあ、明日からがんばろう(ポジティヴ)。

 難しい文章を書くとき、いつも気になるのが「~度」「~性」「~的」といった用語だ。私はこれを書くのが嫌いなのである。大学のとき、もはや名前も覚えていないようなゼミの先輩から「そんなこなれていない文章を使わないと表現ができないようなら、日本語で文章を書く意味がない」とかなんとか言われたのが効いていて、今でも「信頼性」とか書くたびに「これを言い換えることはできないものか」と不安な気持ちになってしまう。いや、名前も覚えていない人から言われたことを気にしなくてもいいようなものなのだが。

 だが、この心の縛りは(おっと、心理的なと書きそうになった)、自分の文章をふくよかに、柔らかくするためには役に立っているように思う。自覚無しに硬い言葉を使えば、その何文字かが文章の中で空洞を作ってしまうからである。たとえば上の文章を「無意識に硬い言葉を使えば」と書いても意味は通るのだけど、「無意識に」という部分に私は何も考えていない感じを覚えるのですね。無意識に、って、その間お前はトランス状態だったのかよ、とつっこみたくなるでしょう。「うっかり」とか「言葉をよく吟味せずに」とかいう意味を言葉に持たせることを回避しようとするから、あたかも自分に責任のないような「無意識」という用語を使ってしまうのだ。それは逃げですね。硬い言葉を使うのは、自分を曝け出すことを怖い人間が打つ、ずるい逃げなのである。そういう言葉が一文の中に二つ以上出てくるような文章を読んだら(成語として一人歩きしている学術用語などは無論仕方がないし、論文の中にはそういう書き方をしないといけないものもあるから、一概には言えないけど)、書き手の度胸を疑ってみましょう。
 やーい、臆病者ー。

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