(2/16)ユーモア・スケッチ
井上ひさしに『日本亭主図鑑』というエッセイがある。毎回、女性が男性に比べていかに劣っているかをむきになってあげつらい、それを否定されて(たしか通りすがりの魚屋か何かが毎回出てきて井上の鼻柱を折るのだと記憶している)へこむという内容の連続ものだった。こうして字面だけを見ると、なんたる男性優位主義の時代遅れな内容か、とお怒りになる方もいらっしゃると思う。だが実際には、そうして男性が女性に比べて優れているということを並べ立てることにより、裏返しで男性の滑稽さを綴ったエッセイなのであった。こうした言葉の遊びがあるということを、井上のエッセイで私は知ったように思う。
ニューヨークのユーモリスト、コーリー・フォードに「女だけの世界」というスケッチがある。これは、世の女性陣が、いかに変なもの、役に立たないものを戸棚の中にしまっておくかということを箇条書きにした作品で、これまた女性読者に眉をひそめられそうな内容である。だがもちろん、なんたる男性(以下略)。この「女だけの世界」は『ユーモア・スケッチ傑作展』というアンソロジーの中で、「男だけの世界」というスケッチと対にして収められている。のちに「わたしを見かけませんでしたか?」という題名で、同題の邦訳短篇集に収められた作品だ。フォードのこのスケッチは、あまりにも人気が出た結果、盗作者が続出し、中にはフォード自身に自作のジョークとして披露しようとする者まで現れるほどだったという。
そんな作品が『ユーモア・スケッチ傑作展』にはたくさん収められている。「ミステリ・マガジン」に長く連載されたものを編纂した作品集で、一九二〇年代から三〇年代にかけて「ニューヨーカー」や「ランプーン」などの雑誌に発表された小説ともエッセイともつかない愉快な「お話」、本来はスケッチとかカジュアルとか呼ばれていたものに、ユーモア・スケッチの名を与えたのは翻訳者・浅倉久志だった。脚注文学の大傑作フランク・サリヴァン「チュウチュウタコかいな」も、素敵なナンセンス、ロバート・ベンチリー「橋の不思議」も、清水義範を思わせる人名エッセイ「ロジャー・プライスの人名学理論」も、すべてこのアンソロジーで読むことができる。この本を読み「笑いの時代」のアメリカのエッセンスを学んだ人は多いはずだ。私は学んだ。いや、学んだというのはおこがましい。ただただ、大いに笑った。そしてジェイムズ・サーバーやH・アレン・スミスといった偉大なユーモリストの名をこの本で知った。『ユーモア・スケッチ傑作展』には感謝してもしすぎることはない。私にとってバイブルというものがあるとするならば、この本こそがそうである。
今日は哀しいお知らせを告げなければならない。「ユーモア・スケッチ」の命名者であり、偉大なカート・ヴォネガット・ジュニア翻訳者であり、翻訳SF界の大支柱の一人であった浅倉久志さんが、去る二月十四日に亡くなったからである。享年七十九。ご親族のご意向により、通夜と告別式はご親族のみで行われるという。もっとも哀しいのはSF愛好者であり、故人の偉業のごく一部の愛好者であった私がそれらのひとびとを差し置いて弔意を示すのは僭越であると思う。よって、これだけを記す。浅倉久志は日本におけるユーモリストの偉大なる先駆者であった。故人から多くのものを受け取ったことを、私は心から感謝致します。どうぞ安らかにお休みください。
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Howdy just wanted to give you a quick heads up and let you know a few of the pictures aren't loading correctly. I'm not sure why but I think its a linking issue. I've tried it in two different web browsers and both show the same outcome.
Posted by: free music downloads | April 03, 2015 02:59 PM