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(2/22)プロレス記者の本が売れない理由

 興味のない人はまったく食指が動かないだろうが、プロレス関係の本を二冊続けて読んだ。元日本テレビアナウンサーの倉持隆夫による回想記『マイクは死んでも離さない 「全日本プロレス」実況、黄金期の18年』(新潮社)と元「週刊ファイト」編集長・井上譲二『「つくりごと」の世界に生きて プロレス記者という人生』である。前者は題名を見れば一目瞭然の内容で、日本テレビのプロレス中継を支えた筆者が実況の再録などを交えながら当時のことを書いている。後者は「週刊ファイト」の編集長が初めて、プロレスの裏を知っていながら業界を守る形で報道を行っていたことをカミングアウトし、プロレス斜陽の理由を探るという内容である。どちらの筆者もプロレスファンがそのまま仕事に就いたわけではなく、一歩引いた形の業界入りだったことを明かしている(倉持は元々野球実況希望。井上はプロレスの「つくりごと」に気づき、仕事と割り切って編集部入りした)。能天気なプロレス礼賛ではないのが逆におもしろい。

 気になったのは後者で、井上はプロレス専門記者より一般のライターが書く本の方がおもしろく、売れるのはなぜかという問題提起を行い「プロレス記者は肝心なことが書けないから」と自答している。暴露を目的とした本ではなくても、書くべきところをはっきり書いてしまったほうがおもしろい。一般ライターはその点のしがらみがないからいいが、専門記者はどうしても関係者に遠慮をしてしまう、というのである。

 これは半分正しい。井上が『「つくりごと」の世界に生きて』を書いたのも、踏み越えられない境界線を越えようという英断を下したからだろう。勇気ある判断だと評価したい。しかし、半分は間違っているのである。プロレス記者が書いたプロレス本が売れないのはなぜか。それは文章が下手で、構成に問題があるからである。もっと端的に言うと、プロレス記者の書く本は小島和宏『ぼくの週プロ青春期 90年代プロレス全盛期と、その真実』(白夜書房)や金沢克彦『子殺し 猪木と新日本プロレスの10年戦争』(宝島社)を除き、根幹となるプロットが明確ではなく、知っていることをただ羅列しただけの魅力ない構成の本がほとんどである。これは、記者時代に短い煽りの文章しか書いてこなかったことの弊害だ。じっくりと長い文章を読ませるだけの構成力がないのである。プロレス記者本としてはおもしろい部類に入る上記の二冊には、読者に「その先を知りたい」と思わせるだけの牽引力があった。それは「つくりごと」を暴露しているからではない(当然それについての言及はあるが)。前者について言えば「週プロ記者として無茶苦茶な生活をしている筆者がどのような運命をたどるのか」という関心が、後者はばらばらに配置されたエピソードがアントニオ猪木というキーワードによって結び付けられていくミステリーのような趣向が、読者にとっては強烈なフックになる。長い本を読ませるためには、それだけの構想が必要なのだ。

『「つくりごと」の世界に生きて』が残念なのは、題材はおもしろいのに、やはり知っていることを羅列しただけのプロレス記者本の域から脱していない点だ。冒頭は気を引かれるのに、読んでいるとだんだん飽きてくる。もっともおもしろいことが最初に書かれていて、あとは同工異曲のくりかえしなのだから仕方がない。はっきり言って編集者の責任だと私は考える。せっかくの素材なのだから、もう少しなんとかしてあげてもらいたかった。「週刊プロレス」の現在の誌面を眺めてみればわかるが、プロレス記者は一つの目的だけに特化した書き手であり、広い世間に通用するだけの文才を持ち合わせているわけではない。その点に目をつぶり、プロレスファンの興味を惹くだけでいいや、と割り切って本を作れば、縮みゆくプロレス業界の市場規模に見合った売れ行きのものしかできないのは当たり前のことだ。高田延彦・金子達仁『泣き虫』(幻冬舎文庫)や柳澤健『1976年のアントニオ猪木』(文春文庫)が売れた理由をよく考えてもらいたい。世間に届く本を作るやり方とはそういうことだ。






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