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(4/22)クマと闘ったヒト

 昨日、元プロレスラーのミスター・ヒトこと安達勝治さんが亡くなったという。第一報をtwitterで知り、信じたくない思いで事実確認をしたら、新日本プロレスの公式サイトでも発表があった。昨日の興行では、ヒトさんとはゆかりの深いスーパー・ストロング・マシンが追悼の辞を述べたという。以下、引用。

マシン「今日の昼すぎにメールが1本届きまして。ミスター・ヒト、安達(勝治)さんが亡くなったという話です。私は知りませんが、平田という男が、とても悲しんでメールをくれました。27年ぐらい前ですか。彼はカルガリーで、安達のもとで修行をしてました。プロレスの一からすべてをあの人に教えてもらったらしいです。朝から晩までつきっきりで、毎試合、必ず会場の隅で平田選手のファイトを見守り、毎日ダメ出しを出して、『こうしたらいい』『ああすればいい』というアドバイスも(あった)。彼にとって一番重要な1年間でした。私も悔しいです。もう1回、会いたかった。ご冥福を祈るだけです(と合掌して去る)」

 ミスター・ヒトのレスラー人生で重要なのは、カナダ・カルガリーで過ごした後半生だろう。プロモーターでハート一家の総帥スチュ・ハート(ブレット・ハートの父)に気に入られ、当地で私営のレスラースクールを開設した。ダイナマイト・キッドやオーエン・ハートも彼の教え子である。日本人レスラーがカルガリー入りすると、必ずヒトさんの世話になった。新日本系では故・橋本真也、馳浩、獣神サンダー・ライガー(の中の人)やS・S・マシン(の中の人)。全日本系では川田利明がそうだ。S・S・マシンは、当地に日本人レスラーは多いがネイティヴ・アメリカンのレスラーがいないからという理由でサニー・ツー・リバーと名乗らされた。当然向こうの言葉など一言もしゃべれないのだが、「こいつは小さいころに日本に行っていたから」とヒトさんは説明したそうだ。マシンの頭をモヒカン刈りをしているところを見た娘さんに「お父さん何するの。○○さんは日本人よ」と激怒され、口を利いてもらえなくなったと語っていた。
 
 数々のレスラーを育てた名伯楽だった。「猪木さんとか馬場さんは、かっこいいこと言いすぎなんですよ。レスラーなんてね、なろうと思えば誰でもなれるんです」と語り、その指導法の一環を開陳したことがある。その人の適性を見極め、一人ひとりに違った言葉をかけるのだという。面倒見がよく、現地の女の子に声をかけることができなかったライガーの世話を焼いたこともある。トンパチすぎる橋本真也はヒトさんから「レスラーの生き方を習った」と語った。ヒトさんの奥さんの愛犬をクローゼットに隠したまま忘れ、大目玉をくらったことがあるそうだ。そんな橋本をかばったのがヒトさんだった。橋本は新日本プロレスに呼ばれて帰国するとき、ヒトさんに便箋十枚もの長文の手紙を書いて感謝の意を表した。ヒトさんはそれを読んで号泣した。父親のいない橋本は、おそらくヒトさんに頼れる父親の面影を見つけていたのだ。ヒトさんに学んでトップレスラーのセンスを身につけた馳浩は、帰国にあたって自腹でヒトさんをハワイ旅行に招待した。馳は国会議員になっても決してヒトさんの恩を忘れず、大阪入りしたときはかならず、ヒトさんのお好み焼き屋「ゆき」を訪れたのだそうだ。

 こうした話を、私はヒトさんと中島らもさんの対談本『クマと闘ったヒト』の構成をしたときに伺った。あの本の元原稿が雑誌「ダ・ヴィンチ」に連載されていたとき、テープ起こしとまとめをやっていたのは私なのだ。吉田豪氏曰く「早すぎた暴露本の名作」。ミスター高橋よりも早く、リングの裏側をこっそりと、しかし現役のレスラーに迷惑をかけないような形で語っていた。連載時のタイトルは「ドクロとバクロ」。対談のほとんどはヒトさんがしゃべり、らもさんが相槌を打つ形で進んでいった。なにしろらもさんはスローモーな話し方で有名だ。対するヒトさんは、まるで大阪下町のおばちゃん。対談と言いつつ発言の釣り合いがとれないので、らもさんの台詞を作って補ったこともよくあった。なにしろヒトさんは朝からワイドショーを観るのが大好きだとかで、口を開けばゴシップネタが飛び出してくる人だ。原稿にできなくて大幅に割愛した話題も多数ある。口癖は「猪木さんはケチ」「馬場さんはズルい」。馬場・猪木の両巨頭をくさしながらも、その悪口には品があった。それは当時の現場にいて、真実を見聞した人の口から出る言葉だったからだろう。私の夢の一つは、ヒトさんが「週刊ファイト」に連載していた「カルガリーに来た若武者たち」を単行本化することだった。無類におもしろい連載だったのである。残念ながらヒトさんが亡くなり、生前にその夢は叶わなかった。

 お会いしたことは数えるほどしかない。最初にお会いしたのは、大阪・玉造にあったらもさんの事務所だ。待っていると、玄関からテンガロンハットをかぶり、革ジャンを着た大男が入ってきた。私のことを見つけると「おお、えらい大きな、レスラーみたいな人が来たなあ」とおっしゃった。光栄である。

 元祖トンパチレスラー、ミスター・ヒト永眠す。その魂の安らかならんことを祈ります。

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