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(4/28)「ご存じ伊坂幸太郎」がそんなに欲しいのかい?

 某編集者から伊坂幸太郎『SOSの猿』のAmazonカスタマレビューがすごいことになっていると聞いていたので、ちょっと覗いてみた。レビューが三十五個で(これ自体はすごい数字)、評価が星五つから一つまで7、7、9、10、2である。なるほど、下方に分布しているわけだ。ざーっと読んでみた。評価に繰り返しでてくるのが「初期伊坂っぽくない」「ミステリーの要素が薄い」という呟きだ。「後半で物語の意味がわかるのは伊坂らしい」とか「強引な展開」というような意見も見られるので、展開そのものというよりもテイスト、とでもいうような雰囲気に意見が左右されている気がする。三十五個も評価が入れば、中庸ではなく両極端に意見が収束しがちなものである。これはこれで、酷評の嵐というわけでもないのだろうな、と思った。

 ちなみに新作『オー!ファーザー』のレビュー数は九個である。うち四人が『SOSの猿』にもレビューを書いている。評価を比較すると、『猿』-『ファーザー』で、5-4、4-4、3-4、3-4となり、やや『オー!ファーザー』優勢だが一方的というわけでもない。伊坂ファンには作品が出たら全部読むという人も珍しくないので、酷評の数字がつきにくいはずのである。現にこの四人のうち『あるキング』にもレビューを書いている人は三人いて、評価はやはり3か4だった。逆に伊坂幸太郎が完全にこれまでの作風を刷新する作品を書こうとするなら、この人たちに1か2の評価をつけさせるような大胆な変革が必要だということである。

 周到な伏線の張り方や構成など、ミステリー・ジャンルに馴染みやすい技巧で評価されたのが「第一期」伊坂幸太郎だった。しかし伊坂作品がこれだけ読まれるようになってから改めて考えると、必ずしも評価のポイントはそこだけではなかったという気がする。そうでなければ、コアなミステリー・ファン以外からこれだけ支持されるはずがないからだ。単純に言えば伊坂小説の魅力は、読者がひっかかりを感じるような文章が作品の処々に配置されているところにある。その文章を深く玩味したいと考える読者や、前段の文章にさかのぼって伏線のカタルシスを感じとるような読みをするマニアが、それぞれの立場から伊坂を評価してきたわけだ。そういう人が作家のイメージを固定してしまうのは無理もないことである。作家としての脱皮を快く思わないのも当然だろう。だって、自分がひっかかったところとは違う箇所に作者が力点を置こうとしているのだもの。

 私も伊坂作品が好きなのでファンには提案をしたいのだが、どうだろう。しばらくの間伊坂作品の「意味」を考えるのは止めにしないか。これまで伊坂ファンは、作品内の文章から「意味」を感じ取ることを楽しみとしてきた。『重力ピエロ』における「家族」、『砂漠』における「信念」、などなど。作家がそう仕向けている(ように見える)文章を書いていたのだから仕方ない。でも、小説の読み方というのは、それだけではない。「意味」を考えることに汲々としていると、それ以外の要素が見えなくなってしまうのである。最近の伊坂作品に対するレビューを眺めていると、なんだかそういう危険を感じる。みんな、考えるんじゃない。感じるんだ。今の伊坂ファンに必要なのはそれだ。小説だぜ、お話なんだ。もっと楽しもうよ。

 そんなことを頭の隅で考えながら「問題小説」五月号に『オー・ファーザー』評を書いた。他に採り上げた作品は永井するみ『逃げる』(光文社)、桜庭一樹『私の男』(文春文庫)です。よかったらご一読を。

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