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(10/27)人生に大きな期待をしないが小さな望みは持っている

 今年度で某ボランティアの仕事を始めて三年目になる。総決算の年にするつもりで意気込んで臨んだのだが、最初からつまづいてしまった。ここで詳しく書くことは避けるが、人間関係の問題である。考えてみれば、これまで二年間そういうことが起きなかったのが不思議なくらいで、いつでもそうなりえた、ということだ。そう思うと、暢気に構えていた私の責任という気がしないでもない。

 なんとかその時期はやりすごし(営業上がりだから、頭を下げるのは巧いのである)、これで一年間を乗りきれると安心していたのだが、ここにきてまた不穏な空気が。油断していたが、火種はまだ燃え続けていたのである。忘れないものだし、変わらないものなのだね、人の心というのは。

 自身の判断の甘さを反省しつつ、あと五ヶ月を乗り切る所存である。以前はこういうことがあるとがっかりしてしまい、その仕事自体を投げてしまいたくなったものだ。江戸っ子ではないが、自分の心の中にも「五月の鯉の吹き流し」のような気持ちがあるらしい。よどみ、わだかまりといったものを胸に呑んで生きるのがいやなのだ。すうすうと空気を吸って、はあはあと吐いて生きていたいと願っているのだ。

 しかし、それでは務まらない世界があるということもこの二年間で知った。四十の峠を過ぎて、ようやく知った。他の人はもっと早く知るのだろうと思う。会社、辞めちゃったからな。十年くらい回り道したのかな。まあ、いいんだけど。

 そんなわけで、投げ出さずになんとかやっていこうと思うのである。無駄かもしれないけど、徒労かもしれないけど、その僅かな可能性に賭ける気持ちはあるわけだ。おお、なんか人として成長したような気がする。気のせいかもしれないけど、いいじゃないか。

 昨日山本周五郎の『赤ひげ診療譚』を読んでいたら、良い言葉にめぐりあった。赤ひげこと、新出去定の台詞である。どうでもいいけど、この名前はいいね。山本周五郎は、ネーミングのセンスがすごくいい。

 ――人間のすることにはいろいろな面がある。暇に見えて効果のある仕事もあり、徒労のようにみえながら、それを持続し積み重ねることによって効果のあらわれる仕事もある。おれの考えること、して来たことは徒労かもしれないが、おれは自分の一生を徒労にうちこんでもいいと信じている。

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