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(10/28)O・ヘンリーで小学生が大笑いしたんだぜ

 本日は小学校でやる読み聞かせの当番だったのだが、担任の先生から連絡があり、いつも十五分でやっているのを十分に短縮してもらえないかと言われた。その次の授業で特別講師を呼ぶことになり、失礼があるといけないから早目に教室移動したいというのだ。
 すまなそうに言われたが、ぜんぜん大丈夫なのであった。なぜかといえば、今回の読み聞かせを前後半に分けてやるつもりだったからだ。本来は一週交替なのだけど、事情があって二週連続で私がやることになった。ということは、少し長めの話でも読めるということじゃん。二十分以上かかる話でも!

 そこで今回選んだのが、オー・ヘンリー「赤い酋長の身代金」。理論社から出ている同題の作品集に収録されている、千葉茂樹訳のものを選んだ(これ、すごくいい選集です。がんばれ、理論社!)。
 お読みになった方はご存じのはずだが、ならず者二人が金持ちの息子を誘拐すると実は、という犯罪小説で、非常に楽しいユーモアの味がある。ウェストレイク『ジミー・ザ・キッド』などの先駆けといっていい作品だ。これを以前から子供たちに紹介したかったのである。
 しかしO・ヘンリーの作品の中でも「赤い酋長の身代金」は長いほうである。一昼夜以上の時間経過がある物語だからだ。一度挑戦して読んでみたが、どんなにがんばっても二十五分はかかった。それで諦めていたのだが、二週連続なら大丈夫じゃないか!

 で、行ってきました。とりあえず読む。地名だとかマイルのような単位だとかバッファロー・ビルだとかいった「外国の言葉」については一切説明をせずに読む。いんだよ細けえこたぁ。がんがん読んでいって、誘拐した子供がとんでもないやんちゃだと判明し、二人の大人が辟易し始めるあたりでがっと笑いが起きた。大人の話を聞かないで子供が自分の言いたいことをまくしたてるあたりの台詞がおかしいのだ。そうだおかしい。ここは黙読するより音読するほうがおもしろい箇所だ。千葉さんの訳もテンポがいい。ありがとう千葉さん。そこできゅっと心を掴むことができ、あとはすーっと聞いてくれた。

 頃合を見計らって「というところで今日はおしまい」。子供がきょとんとしたところにかぶせて「みんなはお客さんが来るから移動してください。続きは……実は来週も私が当番なので、続きはまた来週読みに来ます。〈赤い酋長〉(というのが子供)が無事におうちに帰れるよう、みんなも祈っていてくださいね」と言い残して教室を出た。
 来週を楽しみにしてくれるかな? 大丈夫。きっと楽しみにしてくれるよ! だって、O・ヘンリーはおもしろいからな。

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(10/27)人生に大きな期待をしないが小さな望みは持っている

 今年度で某ボランティアの仕事を始めて三年目になる。総決算の年にするつもりで意気込んで臨んだのだが、最初からつまづいてしまった。ここで詳しく書くことは避けるが、人間関係の問題である。考えてみれば、これまで二年間そういうことが起きなかったのが不思議なくらいで、いつでもそうなりえた、ということだ。そう思うと、暢気に構えていた私の責任という気がしないでもない。

 なんとかその時期はやりすごし(営業上がりだから、頭を下げるのは巧いのである)、これで一年間を乗りきれると安心していたのだが、ここにきてまた不穏な空気が。油断していたが、火種はまだ燃え続けていたのである。忘れないものだし、変わらないものなのだね、人の心というのは。

 自身の判断の甘さを反省しつつ、あと五ヶ月を乗り切る所存である。以前はこういうことがあるとがっかりしてしまい、その仕事自体を投げてしまいたくなったものだ。江戸っ子ではないが、自分の心の中にも「五月の鯉の吹き流し」のような気持ちがあるらしい。よどみ、わだかまりといったものを胸に呑んで生きるのがいやなのだ。すうすうと空気を吸って、はあはあと吐いて生きていたいと願っているのだ。

 しかし、それでは務まらない世界があるということもこの二年間で知った。四十の峠を過ぎて、ようやく知った。他の人はもっと早く知るのだろうと思う。会社、辞めちゃったからな。十年くらい回り道したのかな。まあ、いいんだけど。

 そんなわけで、投げ出さずになんとかやっていこうと思うのである。無駄かもしれないけど、徒労かもしれないけど、その僅かな可能性に賭ける気持ちはあるわけだ。おお、なんか人として成長したような気がする。気のせいかもしれないけど、いいじゃないか。

 昨日山本周五郎の『赤ひげ診療譚』を読んでいたら、良い言葉にめぐりあった。赤ひげこと、新出去定の台詞である。どうでもいいけど、この名前はいいね。山本周五郎は、ネーミングのセンスがすごくいい。

 ――人間のすることにはいろいろな面がある。暇に見えて効果のある仕事もあり、徒労のようにみえながら、それを持続し積み重ねることによって効果のあらわれる仕事もある。おれの考えること、して来たことは徒労かもしれないが、おれは自分の一生を徒労にうちこんでもいいと信じている。

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(10/26)密室学講義の助手になりました

 洋泉社よりムックの見本を頂戴した。「図説密室ミステリの迷宮」である。現役作家やミステリファンにアンケートをとり、古今東西の密室トリック作品を網羅したガイド本で、有栖川有栖氏が監修を務めている。小山正氏の密室映像紹介(SRの会で日本未公開の『黄色い部屋の謎』の映画を上映したことがあるらしい。いいなあ)、廣澤吉泰氏のコミック紹介など、バラエティに飛んだ内容でたいへん楽しい。ゆっくり後で読みます。

 私は「名刺代わりの密室談義 密室というファンタジーを解体する」というところで有栖川氏と対談をしている。編集者から「巻頭の対談で、本全体の方向付けをする場所ですからよろしくお願いします」と言われていたのだが、まさかカラーページだとは思わなかった。本を開いてびっくりしたですよ。「名刺代わりの」というような内容にできたかどうかは読んでのお楽しみ。ちなみに対談場所は早稲田大学の古い校舎の中で、授業の合間に潜りこんでの(ちゃんと許可はとっています)対談であり、撮影だった。大学当局からは「せっかく大学の教室をお貸しするのですから、国木田独歩など早稲田出身の作家についても触れていただくとありがたいです」とのお話があったらしいのだが、ごめんなさい! 無理でした。

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(10/25)青少年健全育成条例の改正に関する都職員の方からの説明・その5(完)

(承前)

 以下代表者による質疑応答

杉江 質問していいですか? 多分3月の段階ですごく反発が出たのは二次元といいますか、架空の物語の表現を規制するのが恣意的な判断で広がりやすいからだということだったと記憶しているんですけれど、そのへん今回はどんな感じなんでしょうか。

都職員 漫画のキャラクターをなんで規制するんだというような話だったんですね。別に漫画のキャラクターを規制するんじゃなくて子供にそういうのを見せるのをやめましょうということですから、ちょっと見当違いだったんですよ。恣意的に東京都で判断すると言いますけど、東京都で考えているのは刑罰法規に触れるとか反社会的、倫理的な悪質な漫画、強姦しているとかレイプしている、で強姦されていても最後には喜びを感じて自分から求めていっちゃうんだよなんていうような誤った性の内容のものを子供に見せるべきではないということで、なんでもかんでも東京都のほうであれもだめ、これもだめというわけではないんです。本当に悪質なものをやろうということで、今回ご指摘があったものですから、もっと規則の中で刑罰法規に触れる、反社会的な性行為等を描いた悪質なものということで特定するような形で検討しているということですね。

杉江 要するに成年マークをつけていないものが子供の目に触れることが一番の問題とお考えなんでしょうか。

都職員 そうです。本来出版物に関しては出版業界が自主的に取り組んでもらうというのが大前提なんです。そこから漏れて何のマークもなく子供に売られちゃってる、たまたまつけ忘れでなっているのか、あるいは自主的な団体の影響力のないところで売ったもん勝ちというふうに売っちゃっているのかわかんないですけど、そういうのは東京都のほうで不健全図書として指定してきているということですね。

杉江 出版社の、というか流通側の自助努力が現行ではうまく機能していないんじゃないかということなんでしょうか。まあ売るほうにも責任はあると思うんです。例えばコンビニに行くと、雑誌コーナーにここから先は大人のコーナーみたいなのがありますが、表紙を見たらどう考えてもそういうふう(性的)なものというものが普通のコンビニなんかでも買えたりしますよね。だからゾーニングがうまくいっていないのかなと。

都職員 区分陳列という表現で、成人コーナーは成人コーナーと言っているんですけど、コンビニさんは結構そこらへんところはきっちりしていて、18禁成年向けコミックなんて書いてある自主規制で規制している本は一切扱わないんです。あそこに置いているのは二箇所シール止めって青いシールでもって見えないようにしてある本です。コンビニが表示図書は扱わないというスタンスにあるもんだから、どうにかしてニーズのある性的なものをコンビニで売りたいという出版社側が、フランチャイズチェーン協会のほうに立ち読みもできないように自分たちで、これ一枚三円くらいかかるらしいんですね、そのシールをつけるからとお願いをしてあそこに置かせてもらってるんですけど、ただ都民の方からは「表紙だとか裏見ただけでも女性縛られているやつだとかそういうものが置いてある」と。結構コンビニっていうのは子供がお菓子を買いに行ったりアイス買いに行ったりする。そういう目線の高さにそういうもの(雑誌)が置いてあるっていうことで東京都のほうにも苦情としてきています。それはフランチャイズチェーン協会のほうにもう少し上に上げるとか、置き方も全部見えないように置いてくれという申し入れはしているところですね。

杉江 あと、青少年健全育成条例の中にそういう性的被害にあった児童のケアの部分でしたっけ、被害にあった子に対するケアの情報提供をする、支援をするというような一文があったように確か記憶しているんですけど、そちらのほうは強化とかされないんですか?

都職員 そこもですね、福祉保健局で心のケアとかをやっているところがあってですね、青少年治安対策本部のほうで踏み込んでいけるというところがある程度までなんです。ですからそこと連携をしながら、そういう児童を把握した場合には連携をしながら適切なところについていく(報告する?)ということしかですね(できない)、青少年治安対策本部でもって心のケアをできる診療心理士を確保しているわけでもありませんし、独自で心のケアまでしていくっていうことはできないもんですから、そういうちゃんとした施設、団体に対して引継ぎして連絡をとっていこうというように思っております。

杉江 それは児童ポルノの親の問題もそうなんですね。そこでは規制は指導というか、そのくらいしかできないということなんですか。

都職員 児童ポルノであればそれは犯罪ですからその被害者をうちが把握した場合には当然警視庁に通報して対応しますし、警視庁のほうの少年育成課のほうであれば心理士の先生なんかも少年センターのほうで確保してますからその後の相談なんかもずっとやっていっていただけると。そういう責任のある部署との連携をやっていくというスタンスです。

杉江 私見ですけど、紙のものよりも保護者のわがままで将来に傷を残すようなことになった児童のケアのほうが優先順位は高そうな気がしています。もちろんインターネットもそうなんですけど、なんとかそちらのほうには力も入れてほしいですし、ゾーニングの問題も、子供の目には触れない状態にはしていただきたいんですけど、まあそれと表現の話は別物で、それはそれで大人の世界で勝手にしろとは思うんです。

都職員 18歳未満といっても小学校から高校三年生の17歳、18歳になる直前の子まで幅ひろくいて、全部に同じ漫画もダメダメというのもおかしい、だからある程度年齢で判断できるようになった16、17歳であればある程度のものはやっぱり見て(いくだろう)。セックスっていうものは年代に応じて教えていくべきで、であれば全部を全部もう一切ダメとは言えないものですから、出版の自主規制団体にはレーティングという13歳未満、15歳未満、18歳未満という段階分けを考えてほしいと。映画とかゲームでもR-15とか指定になっている、あとゲームであればABCDZということで年齢分けになってこのゲームはこの年代までいいですよ、というようなことをやっているんですけど、出版にもそれを申し入れしているんですよ、昔から。でも週刊誌なんかポコポコ売れるものを事前に審査なんかできないから無理だっていって対応してもらえなかったんですけど、今回東京都が条例を出したことで今回東京都本気だなと思ったらしくてレーティング検討しますって言ってきました。

杉江 本当にマズいものと切り分けしますということを検討しますということなんですね。ありがとうございました。

他の出席者 コミックの単行本はそんなに問題じゃないですよ。単行本を買うっていうのは子供たちにとってすごい勇気がいるもんです。一般の週刊誌の中にこういう(エロ)のが扱っていてそれが単行本化されるっていう傾向があるんですね。問題はその週刊誌の中で扱っている、週刊誌は子供でも手に入るもんですから。大人が読み捨てればそのへんにありますよね。で何が載っているかわかる。そのあたりを徹底的にしないと。やるならこういう単行本の購買年齢層がどの程度のもの、例えば15歳までがどれくらいの割合で購入しているのかとか、はっきりそういうことをしないと。いずれ目に入るものを成人コーナーにどけたからいいっていう問題ではないですよ。本当に徹底的にやるならば出版元を断たなきゃダメなんです。

都職員 このAなんていうやつなんかはBというちょっとエッチ系の雑誌からコミック本になっているんですけど、雑誌ではシール止めだったりして見えないようになっているのをコミックにするときにちょっと表現を和らげて成人マークつけずに売っちゃおうっていう、大人の都合なんですよね。収益をあげるための大人の都合でこういうものが子供の手の届くところに置かれていると。と出版のほうには言うんですけど今電子ブックだとかインターネットのほうで見れてしまうということで出版のほうでも危機的状況なんですね。なかなかそういうこともやりたいんだけど死活問題、食っていくのをどうしようかって心配してるくらいで、なかなかこちらの申し入れに対してよし、ということで対応してもらえない状況なんですね。

他の出席者 大人の週刊誌の中から除くというのはかなり難しいと思うんですけど、少女コミックの類でかなりドギツイ場面がありますよね、そういうものは断つことはできるだろうと思いますね。少女と謳っているからには。購買層が明らかに中学生以下とわかる、高校生対象というものはいくら週刊誌でもかなり歯止めをかけなきゃいけないだろうというふうに思いますよ。あと罰則規定のないものはかなり難しいだろうと思いますよ。いくら条例で定めても。

都職員 この不健全図書についての罰則というのは不健全図書になった場合には子供に見せたり売ったり貸したりしてはいけないという禁止事項なんですね。そういう本を子供に対して売っている、あるいは漫画喫茶なんかで子供に貸与えているというのをうちのほうで把握した場合にはまず警告をいたします。で、警告を行ったのになお売ったり見せたりしていた場合には罰金30万という罰金があるんですけど、過去一度も適応した例はないです。現場の指導でだいたい指導に従ってそういう措置をしてくれるということで実際にはないですね。あと先程おっしゃった大人が呼んだ漫画、雑誌なんか漫画雑誌なんかそこらへんにぽんと置いておけば子供は目にするじゃないかということでもう20数年前に白ポストというのを一時期街角に置いて家に持って帰れないような漫画はそこにいれなさいということをやったんですけど、段々ゴミ箱みたいなことになっちゃって知らない間に立ち消えになっちゃったっていうのはあるんですよね。

他の出席者 エロ本の自動販売機は確かに努力でなくなってきましたけど、それ以上のものが普通のコンビニとか書店に並んでいる現状は歪んできていると思います。我々のプレイボーイの時代なんかかわいかった。

都職員 私も中学高校のときにエロ漫画雑誌っていうのはあってですね、そういうのを隠れてやっぱり見たんですけど、そのとき見ていたっていうのは大人のセックスを描いた漫画を、今は子供のセックスを描いている漫画が子供に見える状況になっている、これはやっぱりおかしいだろうというのが今回の条例の始まり、出発点だったんですね。だからそれはもう子供の健全な成長のためにある程度の制約をしてもらうのは出版のほうもやってよ、というようなところですね。
 それではどうも時間長くなって申し訳ありませんでした。

(終)

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(10/25)青少年健全育成条例の改正に関する都職員の方からの説明・その4

(承前)

3)性的な表現を含むコミック
 最後に、今回一番反対が強くてですね、著名な漫画家のちばてつやさんとか永井豪さんまで記者会見をして反対をされてしまったという部分です。

(以下コミック誌、単行本を見せながら)
 これはどういうものかと言いますと、表紙を見ますと非常にかわいい女の子の絵なんですね。こんなの子供の机の上の置いてあってもどうってことないと思うんですけど、中開くともう最初からセックス場面ばかりです。要するにエロ漫画なんです。ただエロじゃないんです。学校の中でセックスしていたり、父親と娘、あるいは兄と妹、姉と弟、そういうような形のエロ漫画としか言えないものです。こういうものを普通は、出版社のほうの自主規制という制度があってですね、18禁ですとか成人コミックというマークを本来こういうものにはつけてくださいという今の条例でもって決まっているんです。ところがそのマークをつけてしまうと販売のルートが限られてしまうということで、出版社は本当に過激なもの以外はマークをつけていないで売っているという状況なんですね。ですから東京都は小・中学生がまだそういう判断能力を持たないうちに、父親と娘がセックスをしている絵だとか、あるいは愛情があれば兄弟でもセックスをしていいんだ、セックスをすることによって愛情が確かめられるんだというようなちょっとおかしい漫画、こういうものを子供に小さい頃から見せるべきでない、と考えています。決していい影響は与えないと思うんですよ。ですからこういうものは大人の棚、成人コーナーに置いてくださいということを条例の中で盛り込もうということです。

 現在ですね、不健全図書指定という条例があります。これは性的感情を刺激する、それから自殺を助長する、犯罪を誘発する、残虐性を高めるというのは、青少年に見せるべきではないというような本を東京都が不健全図書と指定して成人コーナーに移す、子供に売らないようにするという制度なんです。
 どういう形で指定があるかと言いますと、まず都の職員が都内の書店ですとかコンビニを回りまして、一般の書棚に並んで得られている本を調査購入という形で買ってまいります。どういう基準で買うかといいますと、題名ですとか帯紙に書かれている内容、それから出版社等を判断しまして買ってまいります。というのは今立ち読み防止でもってこういう本は全部ビニール包装かかっているので本屋さんで中身確認することができないものですから、性的なものがある、あと残虐性があるかなと思われるものをだいたい月に120から130冊くらい買ってきて東京都のほうで中を見ます。で事前審査ということで基準に基づいてだいたい月に4,5冊ですね、一冊というときもありますけどだいたい4,5冊くらいこれは子供に見せるべきではないという本を選別します。
 次に何をするかと言いますと、自主規制会議というふうに書いてあるんですが、これは出版関係でもって自主的な取り組みをしている出版倫理協議会とか出版倫理講話会という団体があります。そこの団体の方、それから新聞販売懇談会ということでもって新聞の駅の売店なんかを担当しているようなところ、それからフランチャイズチェーン協会、これはもうコンビニさんが全部属しているところですね、そういうところで自主的に取り組みを行っているという方々の集まりのところに都のほうで選別した本を全部一冊一冊中身を見ていただきます。そして意見をいただきます。そしてその意見と本を添えて健全育成審議会と書いてありますが、これは都民の代表の方ですとか、それから保護者の代表の方、都中Pの方もいますし主婦連の方も入っております。それから学識経験を有する方々ということで新聞の論説委員の方等に入ってもらっていますが、その方々に、自主規制の専門の方々の意見と実際の本、これを全部見ていただきます。でそこの審議会の意見に基づきまして、これは青少年に見せるべきではないという答申をいただいたものについて都知事名でもって指定をするということになっております。
 都知事名で指定をするとどういうふうに周知をするかと申しますと、東京都の広報に告知するのとあわせまして、都内の書店、コンビニ、それから警察と市区町村、それと都民の方々で健全育成協力員という、千名ほどですね、都内の売店、書店やコンビニをまわってもらってこういう不健全な図書が子供に売られていないかどうかの調査をしていただいている方がいるんですが、その方々が約一万箇所にですね、周知はがきということではがきでもって不健全図書の指定をした本の題名と出版社名を周知いたします。そうしますと本屋さんではそのはがきがきたところでは成人コーナー、子供の手に取れないところに置く、図書館でも大人のほうに置く、コンビニなんかは指定になった本は一切取り扱わないというような取り組みをしていただいております。

 というようなことで流れはあるんですが、その不健全図書の現行の条例、先程言いました通り今でも既に性的感情を刺激する漫画と言うのは十八禁図書という事で子供に見せないことになっているんです。ただし現行の基準というのは本当にドギツイエロ漫画なんですね。ところが本日持参した漫画は、ちょっと見ていただくとひどいと思われるかもしれませんけど、このレベルの書き方ですと、現行基準では不健全な図書としての指定ができない状態なんです。ですから新たに今の基準を広げて、じゃあこういう子供の悪質な漫画も基準に入れましょうよということです。単に基準を広げただけだと、それこそ東京都は東京都の判断でどんどん基準を広げてしまうじゃないかと言われるので、それではちゃんとこうした子供を対象とした悪質な漫画、これを不健全図書にしますという新たな条文建てを今回考えたというようなことです。

 新聞の切り抜きも一緒に配らせていただいております(朝日新聞大阪版切抜き)。これは朝日新聞の「子供とメディア」という欄で、性と漫画ということで特集を組んでいただいたものです。大阪の朝日新聞の文化部の方が東京都に取材に来まして、記事を作ってくれました。大阪では掲載してくれたのですが、大阪の本社のほうに非常に反対派からクレームがついたと。なんだこの記事はと。一週間か十日後に東京のほうの新聞でも載せる予定だったんですけど、反対の意見がきちゃったものですから、東京の朝日は躊躇して、残念ながら載せてもらえなかった。ここ見てもらいますと子供がコンビニでもって女性が縛られている絵を見てショックを受けたという状況があったりですね、子供が手に取ることのできる漫画、酷いものがあるというようなことを本屋さんの現場を見てびっくりしたという内容が書かれています。
 もう一つはこれも朝日新聞なんですけど、これは朝日新聞のほうで独自に調査していただいたんですね。子供に読ませたくないなという漫画ありますかという調査をしたところ、74%の人がはいということで回答しています。一番多かったのは性的な描写が嫌だ、二番目が暴力的なもの、ということで子供に読ませたくない漫画が実際にあるということですね。その下の円グラフで漫画が子供に悪影響を及ぼすと思いますかということで82%の方が悪影響を及ぼすというような回答をしていただいております。

 先程も言ったとおり条例を提出するにあたって本当に一番条例の対象になる都民の皆さんに対する説明というものをまったくしていない状況があったんです。ですから今回は条例提出前に機会を設けていただいて、東京都がやろうとしているというのは漫画を書くなとか出版をするなということではなく、こういう子供に見せるべきではないという悪質なものをせめて大人のコーナーに置いてくださいという条例であって、創作活動が萎縮するとか表現の自由を侵害するという反対派の方はおっしゃってるんですけど、いや自由に書いてください。もうエロ漫画書いていただいて結構です。出版もしてください。ただし成人コーナーに置くようにマークをつけよう、子供には見せないようにしましょう、そういうようなことを取り組みましょうよというような条例です。
 東京都のHPに52ページに及ぶ質問回答集も掲載しています。インターネット上では、中には悪意をもって曲解、あえて違う方向へ先導しようというようなことで、でたらめな書き込みをしている方もいらっしゃいます。それを見た子供が私どもに電話をかけてきて「東京都の子供は漫画が見れなくなるんですか」と質問をしてくるんですよ。「インターネットにそう書いてあったんです」と。「いや違うよ、東京都でやろうとしているのは小さいうちに見るとよくないと思われる本を大人になってから見ましょうということなんですよ」と説明してあげると「ああわかりましたー」って言ってくれるんですけど、全くの誤解に基づくインターネット上の書き込みにはその質問回答集でお答えしておりますので、後ほど目を通していただくといいのかなというふうに思います。

(つづく)

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(10/25)青少年健全育成条例の改正に関する都職員の方からの説明・その3

(承前)

2)児童ポルノ
 次に子供を性の対象とするメディアの氾濫から青少年を守るという条例に移ります。
 最初に児童ポルノの関係なんですが、この児童ポルノというのは実際の子供の性的な虐待の証拠写真等です。これは実際に被害にあっている子供がいるということで、現在、児童買春児童ポルノ法という法律では製造したりあるいは販売したりするために画像を処理するということは禁じられているんですが、自分が楽しむために持っているというのは何ら罰則がないんです。だからそういう趣味のある人たちがそういうものを集めて仲間内で交換なんかをしているということでインターネット上で簡単にもう児童ポルノの映像が入手可能な状態になっています。そこで東京都は、そういうものをなくしましょう、根絶しましょうという気運を高めましょうということで、児童ポルノを所持しないという責務、これは努力規定的なものなんですが、設けましょう、気運を高めましょう、これは当然条例ですので罰則等はありません、東京都民の努力義務として児童ポルノはこの世からなくしましょう、根絶しましょうということを進めていきます。

 第二に、悪質なジュニアアイドル誌の作成に関した保護者・事業者に対して都が指導するということです。
 このジュニアアイドル誌というのはご存じない方が多いかと思いますが、保護者が自分の子供がかわいい、ゆくゆくはもしかしたらアイドルとか女優とかになれるかなっていうことでモデル登録ということをするんですね。そうするとモデルを登録しているところに出版社の人が将来女優だとかアイドルになりたいんであれば写真集を出すのがその第一ステップなんですよってていうふうに話しかけるんです。そうすると保護者は、「うちの娘満更でもないんだわ」ということで応じてしまう。でどんなものが作られるかというと、中には普通に洋服着て歩いているというのもあるんですけど、だいたいが見るからに性の対象としてのものなんですよ(以下、写真集とDVDの資料説明)。保護者は、子供の将来のためと思ってモデル登録をさせたかもしれませんが、出版社のほうの思惑は違ってそういう性的なものを作っているという状況がある。こういうモデルになった子が年頃になって自分がそういう大人の性の対象にされていたんだということを知ってショックを受けることもあるでしょう。あるいはインターネット上で写真がまだ出回っていたり、彼氏ができたときにこれを見られたらどうしようということで心に傷をおってしまう。
 ですから東京都でこういうののモデルになっている子供を見つけた場合に、その保護者ですとかあるいは出版社に対して、その子供が思春期を迎えた、大きくなったときにどういう心の傷を負うのかもうちょっと考えて作ってくださいという指導や助言をしようと考えています。確かにそういうジュニアアイドル誌あがりで今芸能界で活躍している女優も確かにいるんです。ただ「芸能界に出るワンステップですよ」なんて言われながらこういうモデルになってて、オーディションに行ったときにジュニアアイドル誌のモデルだったっていうことで逆に落とされちゃう場合もあるんですね。うちはそういう類の女優は使いませんということで。だからそういう子供の将来のためにもよくないということで東京都のほうでは指導助言ができるというようなことを盛り込みたいと考えています。

(つづく)

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(10/25)青少年健全育成条例の改正に関する都職員の方からの説明・その2

(承前)

(以下は、東京都青少年健全育成に関する条例の改正についてという参考資料に基づいて説明が行われた)

今回の条例に関しては大きく二つ柱があります。インターネット、携帯電話のトラブルから青少年を守るというもの、それから子供を性の対象とするメディアの氾濫から青少年を守るというこの大きな二つにわかれております。

1)インターネット
 このインターネットというものはここ十数年くらいの間に私たちの生活に入り込んできて、今では小学生でも携帯電話を持っているとう状況がある。ただインターネット、携帯電話は非常に便利な道具、ツールで、適切に使えばこんな便利なものはないんですが、ただこの危険性を知らないまま子供が使ってしまっている状況がある。この危険性なんかを知っていて、子供に教えて電話を使わせる、パソコンを使わせるということであればいいんですが、なかなか保護者の方も急に入り込んできたものですから、保護者の方も使い方なんかわかんない、で危険性もよく把握されていない。
 でどういうことが起きてしまってるかっていうと、携帯電話だけ子供だけ使っちゃって(子供早いですからね、ちょっと与えればパッパパッパ使えるようになっちゃいますから)ゲームサイトでの出会いの場があって異性と知り合って、で中学生の子供が30いくつの男性と知り合って直接会うようになっちゃって性的被害にあう。
 相手はだれかわからないんですよ、メールのやりとりだけですから。メールのやりとりでは「僕はどこそこ高校のサッカー部の部員、三年生なんだ」って、「すごい、強いところじゃない」と。で「写真送るよ」って雑誌かなんかのイケメンの写真とって、本当は30いくつのおじさんだったりするわけですよ。それをわからないでメールのやりとりだけでいかにも恋人同士のような気持ちになっちゃってですね、それでその自分の顔の写真を送る、学校の制服の写真を送る、で学校の特定もされてしまう。でそのうちに「愛してるんだったら裸の写真も送ってよ」などと言われて、そんな写真も送っちゃう。でその先どうなっちゃうかっていうとそれをネタに今度どこそこで会うと。それを拒むと「この写真をばらまかれてもいいのか、お前の学校どこかわかってるんだぞ」ということで脅かされて性的被害にあってしまったなんていう実例もあります。
 そういうようにインターネット、携帯電話というのは非常に相手が見えない、向こうにいる人の意図がわからない恐ろしいものだということを教えて使わせるとうのが本来の流れなんですが、大人の社会でもルールとかマナーができていない分野なので到底子供も対応しきれていない、じゃあどうしようかということで改正案なんです。

 第一に、東京都が子供の学齢に応じた機能を搭載した携帯電話の推奨制度の創設をすると。携帯電話事業者側からの申請に基づいて、東京都がこれであれば安全でしょうと思われるものを推奨するという制度を立ち上げましょうと。で、東京都推奨のマークか何かをつけて電話の販売の場に置いてもらえれば初めて子供に携帯電話を持たせる保護者が、あ、これだったらある程度安心なものなんだなという判断をしてもらえる、その基準になるということで考えております。

 第二は、フィルタリングの解除に際し正当な理由を記載した書面を保護者が提出するということです。去年の4月に青少年インターネット環境整備法という法律ができました。この法律で12歳未満の子供が携帯電話を使う場合には原則フィルタリングをかけたものを提供しなさいということで、法律上は事業者の義務になっています。ところがこのフィルタリングは、保護者が「いりません」と言えば簡単に解除できてしまうものなんです。
先程の危険性を知っていて、ちゃんと自分の携帯電話の使用状況を自分で確認する、子供にもそういう危険があるから使っちゃいけないよ、ということを言い含めてフィルタリングを外せばいいんですけど、そうじゃなくて子供のいいなりになって着メロがとれなくなっちゃうとか、フィルタリングかけてるとサイトが見れなくなっちゃう、という子供からの申し出で「あ、それは不便ね、じゃあいいわよ」と子供にちゃんとしたことを教えずにフィルタリングを解除してしまう親が相当数いる。
 去年の四月から一年半近く経つんですけど、フィルタリングの使用率というのは七割くらいなんです。で三割くらい子供はフィルタリングのかかっていない携帯電話を使っている。そういう子が被害にあってしまっているという状況があることからフィルタリングを解除するのは保護者の方の自由なんだけども、そういう危険性がある、ちゃんと自分で監督しなきゃいけないんだということをわかって解除してもらいたい、そのための意識付けとして書面を提出してもらいましょうということです。

 第三は、事業者は青少年が被害等にあう機会を最小限に留めるようフィルタリングの実効性を確保するということです。携帯事業者等に対してすべてフィルタリングかけちゃうと、本当に必要なところまで見れなくなってしまう。では、現行のフィルタリングでもって安全と確認されているサイトは大丈夫なようにしようと。
ただ、URLをクリックして最初に見られるところは確かに安全なんです。フィルタリングをかけていても見られるゲームサイトは安全なんだけど、そこからさらにクリックして飛んでいったところに、出会い系サイトだったり有害サイトがあったりするわけですね。
 ですからそういうフィルタリングで安全だっていわれるようなところの、その先のところまで子供が被害をあわないようにもっと実効性と高めてくださいというふうなことを東京都のほうで事業者に申し入れをしていこう、ということです。
 以上がインターネット関係の条例の関係です。

(つづく)

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(10/25)青少年健全育成条例の改正に関する都職員の方からの説明・その1

 過日、私の属しているPTA団体に都職員の方がお越しになり、青少年健全育成条例の改正について都が何をしようとしているか、という説明をされた。以下は、そのときのやりとりをなるべく忠実に再現したものである。したがって、強調などは文にほどこさないし、ある程度読みやすくする以外の意図では修正も行わなかった。
 過去にはかなり過敏な反応があったようで、都職員の方は情報公開については慎重な姿勢をとっておられた。
 しかし、こうしたやりとりはオープンに進めるべきであり、情報公開をすること事態は反対派・推進派のいずれに利することにもならないと私は考える。「こうした説明会を、機会を設けて都は行っている」という事実は周知されるべきだ。内容について異見のある方は多いと思う。しかし、冷静に言葉に耳を傾けてもらいたい。

 最初に私の立場を明らかにしておく。私は性や暴力に関する情報、コンテンツをなんの対策もなく子供の目に触れることには反対である。もちろん、知性・感受性の発達によって子供は自主的に判断をするようになるだろうから、すべてを遮蔽しろと言っているのではない。ただ、だだ漏れはよくないということだ。そして、そうした情報・コンテンツを扱うことによって利益を得ている側の人間が自分の権利だけを主張するのは変だとも考えている。

 では、どうぞ。

=========================
(都職員の方の説明)

 今年の2月の第一回都議会定例会に青少年健全育成条例、青少年の健全な育成に関する条例という条例の改正案を提出いたしまして、非常に大きな改正、インターネットの関係ですとか漫画の関係ですとか児童ポルノの関係、非常に大きな改正だったものですから、表現の自由にかかわることですとか、家庭への過度な介入になるんじゃないかというようなことで多方面から、反対の意見が出たんですね。その反対している団体だとか事業者に対しての説明というものはその時したんですけれどもご理解えられなかった。
 で、6月の第二回都議会定例会で、結局過半数の都議会議員の方の賛同を得られなかった。否決、廃案と、今現在この改正案は廃案になってなくなっている状態です。

 後ほど詳しくお話いたしますが、青少年の成長を支えていく、守っていくために必要な中身ということで色々反対のあった条文の文言ですとか、東京都が何でもできるように、拡大解釈できるような言い回しじゃないかというような指摘のあったところなんかを今修正しておりまして、今後再提出していくつもりです。6月否定になった後に、民生児童委員の方々のところでお話したときに、東京都がそんなことをやろうとしていることを知らなかったっていうふうに言われたんですね。これは東京都の、私どもの仕事の進め方が悪くて、議員さんとか事業者の方には一生懸命説明してきたんですが、都民の皆さんに対して今回やろうとしている中身を説明してこなかったためにインターネット上で一方的な情報から誤解を受けてしまった都民の方が非常に多くいらっしゃった。
 もうみんな反対反対、でマスコミまでが結構大きく反対派の意見を取り上げたりして東京都は気が狂ったんじゃないか、何やろうとしてるんだっていうことで非常に直接私どものデスクに都民の方から電話とかいただきましてですね、で、やっぱりこれから再提出していくにあたって東京都がやろうとしていることを都民の皆様、特に子供に関する条例ですので、保護者の方、親、保護者、この方々に東京都のやろうとしていることを理解してもらって、気運を高めてもらって、今そんなひどい状況なの、じゃあこれをどうにかしなきゃいけない、というをご支援いただいたらなということで参りました。

(つづく)

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(10/25)インタビューで眠り、書評で目覚める

 今頃目が覚めた。まともな勤め人の皆様、すいません。といって昨晩は遊んでいたわけではなく、明け方までかかって夢枕獏『新・魔獣狩り12・13 倭王の城(上下)』の刊行記念インタビュー原稿を作っていたのである。〈魔獣狩り〉、ついに完結ですよ。第一巻の『魔獣狩り 淫楽編』(以上祥伝社)刊行から26年、構想から数えれば33年という長い歳月を経ての大団円だ。こうした機会に著者インタビューができたことはライターとしては冥加の限り。興奮しながら原稿を書いた。

 目覚めてとりあえずBookJapanのアップ確認。本日掲載されているのはコピーライター柿本照己氏の馬場マコト『戦争と広告』(白水社)評だ。実にいい書評だと思う。筆致は客観的なのだが、同じコピーライターの著書を批評するということで、論旨には柿本氏自身が姿を現している。押しつけがましくなく冷静な書評なのだが、無視しがたい力があり、採り上げられている本を読んでみたいという気持ちにさせてくれる。力強いのである。素晴らしい。姿勢をしゃんとしたくなった。このレベルの書評を毎日掲載できればBookJapanをはじめた甲斐があるというものだ。

 ついでといってはなんだが「問題小説」十一月号が到着していたので、仕事のアピールをば。今月の拙稿はタイトルを「削ぎ落とす/崩れ去る」とし、深町秋生『ダブル』(幻冬舎)、滝本竜彦『僕のエア』(文藝春秋)、桜木紫乃『硝子の葦』(新潮社)の三冊を採り上げた。深町秋生と滝本竜彦を一続きで扱うというのはちょっとした遊びで、こういうことをやれる場所を確保できているのは、書評ライターとして嬉しい限りである。

 そんなわけで鮭を焼いてご飯を食べます。お昼休みおしまい。仕事、おつかれさまです。

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(10/22)書評のあらすじ紹介って大変なので対策を考えてみた

 商売の手の内を明かすシリーズ(続くかどうかは未定)。

 商業原稿でも書き手によって考え方は違うと思う。書評のあらすじをどうするか、という問題である。たとえばあらすじをあまり書かないのが北上次郎氏。以前なにかの短篇集を紹介されたときに、ほとんどの文字数を使って一人の登場人物の肖像を丹念に描き、それだけで書評を終えたものがあった。それで不思議と、本のことを知った気分になったのである。もちろんそれは、小説の肝がその登場人物にあり、個々のエピソードについて書くよりも人物評のほうが有効な内容紹介になる、といった計算があってのことだろう。これは見事な技である。

 自分自身では小説の書評の場合は、内容紹介の中でなるべくあらすじを書くようには心がけている。しかし鉄則ではなくて、もっといい方策があったらそれを選ぶ場合も多い。要は、作品の要素のどこを切り出すかという問題であり、書評者は自らの責任において毎回選択を行わなければならない。書評者の中には選択肢を固定している人もいるが、私はそれでは自分が物足りないのである。いろいろなプランを試してみたい。

 BookJapanにはさまざまな方が寄稿をしてくださっていて、熱意には本当に頭が下がる。そのうちの一人に、「内容紹介のやり方を見直すやりかた」として以下の提案をしてみたので、ちょっとここでも書いてみようと思います。

・視点を複数設置することはできないか。普通のあらすじ紹介は進行していく事態の中に視点を仮設し、実況中継のような形で推移を記録するか、高い位置に視点を置いて鳥瞰的に物語を眺めるか、のどちらかのプランを選ぶ形で書かれる。では、ピンポイントで違った角度の語りを取り入れるなどして、立体的に物語を紹介していくことは不可能だろうか。もちろん複数の視点が交じることによって読者を混乱させてはいけないが、物語の規模が大きい場合などは、一面的な記述では物足りなく感じることがある。そうした際には複数カメラの採用が許されるのではないか。

・エピソードの紹介をうまく活用できないか。フラクタル構造を持つ小エピソードが挿入されていることが小説では多々ある。そうしたエピソードは物語全体の中で支配的な位置にあるのだから、あらすじよりも優先的に紹介されるべきなのではないか。

・引用を効果的にできないか。登場人物の台詞や、印象に残る情景描写などを抜き書きすることは、物語自身に、自らを語らせることでもある。これを上手く活用し、たとえば文脈の中に、評者の意見-引用-意見といった具合に、地の文と融合した形で埋めこんでいく。そうすることによって物語を近くに引き寄せることが可能なのではないか。

・どういった登場人物が存在するのかを語ることで、物語を紹介できないか。たとえば性格喜劇のような作品の場合、物語の中心に存在する要素はその人物で、彼/彼女の性格が物語の帰趨を支配する。そうした作品の場合はもちろん主人公の紹介なしで書評は成立しないのだが、他の場合にもこの手法は成立するのではないか。一見したところでは単なる脇役にしか思えない登場人物が実は物語のキーマンである、といった小説があった場合、それを見抜くことが書評の鍵になるのではないか。

 などなどと。これですべてではなくて、あくまでいくつかの例にすぎないが、とりあえず今頭に浮かんだ分を書いてみた。こうしたプランを組み合わせることにより、内容紹介が単調になるのを防げるのではないかと思うのである。

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(10/21)ブックジャパン主宰者の考える「よい書評」

 本日BookJapanに寄稿いただいた方に採用可否の連絡を差し上げた。自分自身が書評家として不完全なのにひとさまの文章にけちをつけるのは大変気後れがするのだが、主宰という立場ゆえ、あえて妥協せずに評価を申し上げました。失礼な表現もあるかと思います。どうぞご寛恕ください。

 ちなみに以前(2007年)に自分で書いた、いい書評の規準というのを下に貼り付けておく。もちろんこれ以外のやり方もあるはずであり、自分の規準から外れた、しかし見事としか言いようのない書評を私は求めています。下のこれが鉄則というわけではなく、杉江松恋はかつてこういうことを考えていた(今では発展して考えが変わっている部分もある)、ということでお知りおきください。

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自分への戒めその5:私の考えるいい書評の基準は五つ。


1)その書評を読んで本に関心が持てるか。

(悪い例)

「自分語り書評」評者の恋愛観とか政治観がほとんどで、本の内容がよくわからない。政治評論家の書評に多いタイプ。
「だしにする書評」「自分語り書評」に似ているのだが、本よりも自分の言いたいことが優先されていて、結論が自分よりにねじ曲げられている書評。どんな本を取り上げても同じ結論であるとか。
「アイドル書評」「おまえは何か、文壇のアイドルになったつもりか」と言いたくなる書評、読んだことありませんか。「アントニオ猪木なら何をやっても許されるのか」と言ったのは前田日明さんですが、「●●なら何をやっても」と言いたくなるほどの書評。
「お腹一杯書評」書評を読むと本を読んだ気になってしまって逆に購買意欲を削ぐ。私もよくやってしまうので気をつけています。もっとも、書評を独自の文芸ジャンルとしてとらえると、本とは独立した書評もありうるので、一概にこれが悪いとも言えない。良い例が、実際の本よりも書評の方が百倍おもしろいこともある吉田豪さんだ。

2)読者を惹きつける、いい文章で書いてあるか。
 これには引用の巧拙も含まれる。本文中のいい文章を抜き出すのも、書評子の腕の一つだ。

(悪い例)

「滴々書評」「~的」を多用しすぎる書評。「経済的効果」とか「法的制裁」といった具合に書き換えが難しい「~的」成語も多いと思うのだが、すでに成立してしまっている用語を用いず、ほのめかし、言い換え、象徴化など、独自の表現によって柔らかく文章を書くことは重要だと思うのです。似たような例に「~性」を多用する「清々書評」がある。
「素材そのまま書評」引用はもちろん文意を変えないようにそのまま抜き出すことが必要なのだが、引用箇所によっては「かいつまんで」引くことが必要になることもある。それが苦手なのか、とにかくだらだらと引用する書評。字数の無駄だ。
「言ってないよ書評」引用が間違っている。主人公の言葉でない台詞を主人公のものとして抜いたり、一登場人物の台詞にすぎない事柄を作者のテーマのように誇大に扱ってみたり。

3)内容のまとめは正確であるか。
 あらすじ紹介や、作者・書誌データなど、必要な情報を盛り込むことも含む。

(悪い例)

「ネタばらし書評」言わずとしれた、ミステリーの場合は致命的な瑕となる問題書評。小林信彦さんが「ミステリーの紹介は本文六十ページ以降のあらすじを明かすべきではない」と書かれていたことがあった(出典は忘れました)。そのころのミステリーは二百ページ以下の分量だったので、私はこれを「あらすじ紹介は全体の三分の一弱に留める」という規則として受け止めている。普通は四~五分の一くらいしか書かない。
「団の面目丸つぶれ書評」主流文学の紹介などの際には、あえてネタの一部を明かしても踏み込んで書く場合がある。そうしないと、作者の狙いを紹介しきれないからだ。そういうときにはやむなくネタばらしを行うが、素材に敬意を払って書く必要がある。それをしていない無神経なネタばらし書評。「こんな結論しか書けないんだったら、図々しくネタばらしなんかするなよ!」と言いたくなる書評は、商業誌でもときどき見かける。
「嘘八百書評」クリントン大統領在任中に見た書評で、ヒラリー・ウォーを女性と勘違いしたものがあってびっくりしたことがある。嘘を書くと、読者に信頼されなくなる。商業誌にはそのために校閲というものがあるのだが、その校閲の網をかいくぐって間違いは入り込む。でもそれは校閲者のせいではなくて書評子自身の責任だ。私もよく間違いを犯すので、気がついたときにはぜひ教えてください。
「誤読書評」明らかに誤読だなあ、と感じる書評は案外多いものです。しかし、独立した文芸としての書評は「意図的な誤読」を行うことがあるので、悪いとばかりは言えない。

4)媒体の読者にマッチした書評になっているか。
 たとえばファッション雑誌に硬い本を取り上げたり、逆に文芸誌にサブカルチャーのエッセイ本を紹介したりする際には、故意犯としての覚悟がいる。

(悪い例)

「マイブーム書評」昔「新世紀エヴァンゲリオン」が社会現象になっていたころは、あらゆる作品を「エヴァ」経由で解釈する書評が見られた。なにしろ杉作J太郎さんまではまっていたみたいだからなあ。記名原稿なら別にこれをやってもいいのだけど、連載の寿命を縮める可能性があることも忘れずに。
「おもねり書評」逆に読者におもねりすぎて、なんだか気持ち悪いことになっている書評。80年代の雑誌によくあった「ナウなヤングのための」文化欄を思い出していただければいいかと。雑誌「egg」に、非常に小さいスペースの書評欄があるのだけど、私はあれが好きである。どんな人が書いているのか知らないが、なんだか独立独歩だ。

5)オリジナリティはあるか。
 同じ本を採り上げても評者が代わるとこんなに見方が違うんだ、というような読みのオリジナリティから、文体のオリジナリティまで、とにかく評者の「色」が出ているかどうか。丸谷才一さんのおっしゃる「ちょっと気取って書く」はここに該当すると思う。

(悪い例)

「コピーキャット書評」猿真似書評。本人は気づいていないが意見そのものが誰かの影響を受けたコピーになっていることもある。
「クリシェ書評」最終段落にオピニオンを書く書評は多いが、そこがありきたりなクリシェになっているもの。新聞・雑誌などの比較的講読年齢層が高い媒体の書評を読むと「いくらオヤジ媒体でも自分までオヤジになるなよ」というものを多々見かける。かしこまって書くと、クリシェを招くんだよね。
「によれば書評」学術書の書評に多い、「何々によれば」と他人の意見を引用して終わる書評。正確を期すという意味で誠実とは思うが、つまらないのである。書誌情報など、データを示すことに終始する書評は、このグループには入らない。データ紹介に徹することもオリジナリティの出し方の一つだろう。

 こんな感じかな。以上の五つの点が満足されていれば、評者と読みの好みが合わなくても、私は「いい書評」と考えることにしているのです。

(2007年2月10日の「反省しる!」より抜粋)

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(10/19)千アクセスありがとうございます

 昨日からリニューアルオープンしたBookJapanだが、初日に回ったアクセスカウンターの数は約千件だった。延べ人数がどのくらいかわからないが、だいたい千回閲覧していただいたことになる。インタビューしてていただいたエキサイトレビューの記事は、アクセスランキングが最高で十位まで上がったようで、まったく宣伝をしていないサイトにしてはまあまあの成績だったのではないだろうか。

 元々BookJapanにはアクセスカウンターがなかったので、リニューアルオープン前に急いで編集Kにつけてもらったのだが、見てみると五桁までしかない。さすがに少ないのではなかろうか、と言ったらKは、いきなり八桁に増やしてきた。「一億アクセスに達したら、今度は十桁まで増やします」って、どうしてそう極端に走るのか。

 本日上がっているのは、作家の五代ゆう氏のマリオ・バルガス=リョサ『若い小説家に宛てた手紙』評である。実はこの本、私もリニューアルオープンで書こうかなと思って準備をしていたんだよね。いいところを取られちゃった。いや、嬉しいです。

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(10/18)楽しいは正しい。

 本日リニューアルしたBookJapanについて、エキサイトレビューに取材記事を載せていただいた。ありがとうございます。

 その中でも話しているのだけど、BookJapanを私が手がけようと決めた理由は、快楽主義という観点から見て、是であると判ったからだ。これは翻訳ミステリー大賞シンジケートについても同様。「楽しい」からこそやるのである。「正しい」からではない。誰かの「正しい」は他の誰かにとって「正しくない」になってしまう可能性があるが、「楽しい」にはそういうことはない。誰かの「楽しい」は常に「正しい」なのだ。

 そして、自分の「楽しい」について考えることも常に「正しい」。「楽しい」は一瞬で終わってしまう快楽で、そこに永続性はない。昨日楽しかったことも、今日には楽しくなくなってしまうかもしれない。今日辛かったことが、明日は「楽しい」に変わっているかもしれない。通過してしまう感情をどこかに定着させようとしたら、それは考えるしかないだろう。自分が考えている行為それ自体、考えている過程、考えの結果生まれたもの、そうした現象や所産を人に話して聞かせるのは、見ようによっては究極のマスターベーションでもある。だがそのマスターベーションを恥ずかしがらずに人に見せようと思うのである。少なくとも私はそうする。あなたがどうするかはあなたが自分で決めたらいいと思う。

 書評について考え始めたら、いつの間にか「自分はヘンタイ行為を喜ぶ変態である」という結論にたどりついていた。びっくりだ。

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(10/18)書評サイトBookJapan本日仮リニューアル

 うん、まあ。そういうことで見切り発車です。美しい言葉だな見切り発車。一発目の書評原稿は私が書きました。ちくま文庫『トーベ・ヤンソン短篇集』である。よかったらトップページから入って読んでみてくださいな。

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(10/12)困った困った→なんとかなったー

 うーむ。某有名作家の新作について書評を求められていて、了承し、すでに本も読んでいてあとは原稿を書くばかりなのだが、肝心の文字数がわからない。というか、風邪で頭が朦朧としているときに電話で依頼を受けたものだから、編集者の連絡先もわからないのだ。お名前まで失念してしまった。たいへん申し訳ないことなのだが、これをご覧になった編集者で心当たりがある方は、sugiemckoy@gmail.comに連絡をいただけないだろうか。ちなみにプルーフを頂戴したときの封筒もうっかり捨ててしまいました。お恥ずかしいことで汗顔の至り。しかしよろしくお願いします(と、困っていたとどなたかお伝えください)。

 追記。というわけで上の記事を見た編集者氏から連絡をいただいた。私が間抜けなせいで失礼を致しました。

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(10/10)山口雅也トークショー御礼

 昨日は山口雅也氏をお招きしての青山ブックセンター六本木店イベントに多数のご参加をいただき、ありがとうございます。『キッド・ピストルズの醜態』刊行記念ということでイベントタイトルは「醜態トーク」だったのだが(ゲストによって毎回変わる)、開口一番で山口氏が「杉江松恋に質問事項を前もって送れと厳命していたのに送ってきたのは前日だったので罰として彼の学生時代の醜態について語る」と言い出して慌てた。すいません。忘れていました。本当に申し訳ない。

 まあ、それは冗談だったのだが、お話自体は非常に楽しく、進行役であることも忘れて私は聞き惚れていた次第。引き出しが多い方のお話はやはりおもしろいなあ。次号の「ジャーロ」に観覧記が載るらしいので、来場できなかった人はぜひ目を通してみてください。なに、編集者による観覧記じゃなくて、私が構成して記事を書くの? 他人事みたいに言うなって? すまんこってす。

 終了後は、近所の某居酒屋で軽く打ち上げを行った。どうでもいいが、午後二時からのイベントだと、打ち上げ開始が午後四時からになり、日が高いのに薄暗い店内でべろべろという軽い駄目人間気分が味わえます。いいぞ、もっとやれ。店を出るとまだ六時台だったので、山口氏と別れて有志で新宿・夜来香で飲みなおし。気がついたら午後十時をまわっていた。六時間以上飲み続けだったわけで、さすがに疲れを感じ、タクシーで帰宅。ああ、おもしろかった。

 本日は亡父の墓参。先月の祥月命日に家族が集合できなかったので、その代わりである。精進落しは新宿・隋園別館にて。なんだか二日続けて昼酒を飲んでいるが、これでいいのだ。帰宅後、泥のように眠り、起きる。さて、これより仕事である。

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(10/7)福井晴敏、ガンダムを語る

 昨日WEBダ・ヴィンチでニュースとして告知されたのが第一報となったが、慶應義塾大学推理小説同好会は秋の三田祭で、福井晴敏氏をお招きして講演会を開催する。題して「作家・福井晴敏、ガンダムを語る」
 福井晴敏といえば、『機動戦士ガンダム』の富野演出から大きな影響を受けていることでも知られ、『ガンダムUC』ではついに原作を手がけるまでに至った。その氏に、自分の創作とガンダムとの関係を話していただくのが狙いだ。アニメーションにあまり関心がないミステリー読者にも、これはぜひ聴いてもらいたい。地続きに存在する広い世界とジャンルの中とを往復しながら、現代人向けの娯楽として通用する物語を著わそうとしている氏の試みは、きっと何かヒントを与えてくれるはずだ。ガンダムに関心がない人も、絶対に触発を受けると思う。

 詳しくは上のリンク先を見てもらいたい。特典として、招待席のプレゼントもあるのでぜひ応募してみてください。

 それにしてもKSDの諸君。これでルビコン河を渡ったよ。もう引き返せないから、肚をククルス・ドアンの島。

(追加)
 見にいったら、この講演会の情報提供をするブログができていた。
 まだできたばかりのようなので、定期的に見にいってみてください。
 

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(10/5)BookJapanへの寄稿を検討してくださっている方へ

 旧BookJapanの執筆陣は、元の運営会社の方が各方面に声をかけて集めたメンバーだ。その方たちには引き続き原稿を書いていただければいいな、と思っているが、もちろん各自のご都合もあるだろうし、こればかりはなんともいえない。現在、メールを使ってご意向の確認中である。

 で、何度も書いているが、BookJapanは書き手を募集しようと思っている。もちろん、プロ・アマを問わずに門戸を開放するつもりだ。ただし、執筆にあたっては記名原稿で、内容に責任をとれる執筆者であることを条件にする(書き捨ては駄目ってことね)。だから、どんな執筆者であっても書評を掲載する際には簡単なプロフィールを掲載用にいただきます。

 こういう風に書くと、プロの書き手からは「素人と自分を一緒にするのか」という反発がくるかもしれない。くるかな。自分だったらするかな。昔ならしたかもな。でも、今はしない。同じ土俵で結構、内容で勝負したらいいじゃん、と考えるからだ。負けないぜ。

 そのための査読である。一定の水準を設け、それを満たしていると判断した原稿だけを掲載するつもりでいる。中には「この部分が残念なので」ということで修正をお願いする場合もあると思うが、そうした要請にも応じていただければ嬉しい。別に変な難癖をつけるつもりはないので、ご安心を。強いて言えば原稿掲載の資格は、「自分の原稿について質の向上をするのに手間を惜しまない」ということになるかと思う。

 これも何べんも書くが、書評の対象となる本は、新刊・旧刊を問わないし、もちろん絶版でも結構である。実在が確認できるものであれば、非日本語の書籍でも結構。本の選択は、完全にお任せする。この辺の方針については、千野帽子氏が書評についての考え方をブログに書かれたことがあるので、参照していただきたい。

 0007 文藝檸檬「13日の金曜日に仕事を請けると、碌なことがない

 こうして書くと変化球を狙ってくる人もいるかな。遊びをするのは自由だ。当たり前の選択だと掲載されにくいかも、などと考えて変わった本を選んできたり、書き方をひねってきたりする人もいるかもしれない。結構である。書評に王道は存在するが常道は存在しないからね。どんなことをしても自由だが、私は正攻法で真っ直ぐ攻めてくる書評が好きである。本の内容に要請されていないのに奇手をとってくる書き手に私は「逃げ」を感じることがある。だが、そんな私の偏見を吹き飛ばすような変化球を投げてきてください。

 ところで、私は自分が書評を生業にしていることについて、ずっと思い悩んできた。率直な言い方をすれば、「自分には商業原稿で書評を発表する資格があるか」という問いに答えを出せずにきたのである。自分よりも学識のある人は/自分よりも読書量が多い人は/自分より頭のいい人は他にいくらでもいるのに、私が書評という場にいてもいいのか……云々。こうした考えは今でも弱気になるとすぐ出てくる。だが、それが裏返しの自己愛にすぎないということは以前に「謙遜も時によっては愚となり悪となることを知っておいたほうがいい」というエントリーに書いたとおりだ。答えは「わからないけど、やる」である。「資格はないかもしれないけど、他人から、あると思ってもらえるようにする」というのが正しい結論だ。アプリオリに与えられる資格なんてないのである。もぎとるしかないのだよ、そんなものは。

 自分がそういうことを考えていたから、今回はプロとかアマとかの資格要件をなしにするのである。「自分は執筆者としてふさわしいでしょうか」という問いは間違いだ。「この文章をいいと思ったら載せてくれ」が正しい。あなたの文章はあなたという人間から発したものだが、人目に触れた途端に一人の人格から切り離され、独立して存在するようになる。そしてその独立性ゆえに内容の質を問われ、時には存在を許されるべきか否かという過酷な批判に晒されるようになるだろう。そのときには、書き手としてあなたも傷つくかもしれない。それで構わないのならば、ぜひ書いてもらいたい。覚悟のある書き手は素敵だ。そうした方の書く文章を私は読みたい。

 現在、連絡や投稿用のアドレスを設定中であり、準備ができ次第、サイトには案内文を掲載する。意欲ある書き手の出現を期待します。

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(10/5)ミステリ界の大哲人のトークショーをやりますよ

 告知をし忘れていた。新刊『キッド・ピストルズの醜態』(光文社)の刊行を記念して、山口雅也さんのトークショー&サイン会を開催します。場所はおなじみ東京・青山ブックセンター六本木店。山口さんのサイン会自体非常に珍しいと思うので、この機会にぜひ。
 下に青山ブックセンターの告知を貼り付けておきます。
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『キッド・ピストルズの醜態』(光文社)刊行記念
「杉江松恋の○○トーク(まるまるとーく)」VOL・5 ゲスト:山口雅也さんと、醜態トーク

開催日時 2010月10月9日(土)14:00~
会場:青山ブックセンター六本木店
電話予約&お問い合わせ電話:青山ブックセンター六本木店・03-3479-0479
受付時間:月~土・祝10:00~翌朝5:00
日10:00~22:00
(※受付時間は、お問い合わせ店舗の営業時間内となります。御注意ください。)
受付開始日: 2010年9月18日(土)10:00~ 
参加方法:2010年9月18日(土)朝10時より、青山ブックセンターの店頭もしくはお電話にて、参加受付をいたします。
トーク終了後にサイン会がございます。同じく2010年9月18日(土)朝10時より、『キッド・ピストルズの醜態』(光文社・税込み1995円)を御買い上げの方にレジにて山口雅也さんのサイン会整理券を差し上げます。
杉江松恋さんのサインにつきましては、イベント当日、松恋さんの著作を御買い上げの方にレジにて整理券を差し上げます。
古書の持込みはご遠慮ください。また色紙など、本以外のものにはサインいたしません。以上ご了承の上、ご参加ください。
<イベント内容>
「ミステリのことならこの人!」である書評家・杉江松恋さんをナビゲーターに、毎回多彩なゲストを迎えておおくりする、六本木名物「杉江松恋の○○トーク(まるまる・とーく)」
VOL・5の今回は、作家・山口雅也さんをゲストに「醜態トーク」!
光文社より発売の、山口さんのキッド・ピストルズシリーズ最新刊『キッド・ピストルズの醜態』刊行記念です。

キッド・ピストルズとピンク・ベラドンナの行くところ、今回もマザーグースのキッチュで奇怪な調べとともに怪事件が巻き起こる。密室に残された記憶喪失の男とバラバラ死体と犯行声明。身柄拘束されているはずの連続殺人犯による新たな殺人。三人の、まったく違う人格なのによく似た男たちと、殺人鵞鳥(マーダーグース)が閉じこめられた不思議な建物……。まともなやつが出てこない。当たり前の事件は起こらない。キッド・ピストルズ、待望の最新刊!

奇想天外なシリーズはどうやって生まれたか、新作の読みどころ、創作の苦労話など、今回もミニトークとサイン会でおおくりする、スキャンダラスな一時間です。
たくさんの皆様のご参加をお待ちしています。

店内でのイベントです。ほとんどの方は40~50分のトークをお立ち見となります。ご了承ください。参加は無料ですが、ご予約を承ります。

<プロフィール>
山口雅也(やまぐち・まさや)
神奈川県生まれ。早稲田大学法学部卒。
1989年、『生ける屍の死』でデビュー。この作品はその後、「このミステリーがすごい!」の'10年間のベスト1に選ばれている。
'95年、『日本殺人事件』で第48回日本推理作家協会賞を受賞。
キッド・ピストルズシリーズは『キッド・ピストルズの冒涜』『13人目の探偵士』『キッド・ピストルズの妄想』『キッド・ピストルズの慢心』『キッド・ピストルズの最低の帰還』があり、本作は第6作。

杉江松恋(すぎえ・まつこい)
1968年東京生まれ。ミステリ評論家、文筆家。
おもな著作に『バトル・ロワイアル2 鎮魂歌』『バトル・ロワイアル2 外伝―3‐B 42 Students』(太田出版)、『口裂け女』(富士見書房)、『これだけは読んでおきたい名作時代小説100選』(アスキー新書)などがある。≪SPA!≫≪時事通信≫≪ar≫《ミステリマガジン》《ミステリーズ》などで数多くの書評を手掛ける。

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(10/4)BookJapanの新規執筆者募集について言い忘れていたこと

 twitterでBookJapanは書評執筆者を求めている、と書いたら、今日一日で予想以上のメール、ツイートを頂戴した。この場を借りて御礼申し上げます。一つだけお断りしておくべきことを失念しておりました。

 新生BookJapanは現在のところスポンサー、タニマチ、ヒモなしです。したがって、原稿料をお支払いすることは「現状では」できません。

 そうなのだ。自分の中ではすっかり言ったつもりになっていたのだけど、伝わっていない可能性があるのでここで改めて書いておく。「スポンサーはいません。つけるつもりもありません」「原稿料はお支払いできません」「しかし、自由に書評という場で実験をすることはできると思います」
 そうした条件でも時間を割いてみていい、何かに挑戦してみたい、という方にのみ、今回は原稿をお願いしようと思っているのである。

 もちろん、執筆者の善意にのみ頼るのではなく、わずかであってもサイト運営のための収入を得る算段は考えている。もう微々たる額になってしまうと思うけど(もしかしたら、値上がりした煙草も買えないぐらい、とか)。それについては、また別途ご報告したい。とにかく、一本あたりいくら、の原稿料はお支払いできない、ということです。

 その代わり、本サイトでは「新刊の広告」の域を脱した試みが実現できるはずである。特に商業媒体に書評を発表している方に問いたい。そういう場が必要だと感じたことはありませんか、と。

 そして、今は無名だが、書評という場に魅力を感じて参加表明をしてみようかと考えている方にも申し上げておくことがある。BookJapanには以前、読者からの書評投稿コーナーというものがあったが、それは廃止する。本サイトに寄稿された文章については、原則的にすべて主宰者の査読によって掲載の可否を決定する。玄人であろうと素人であろうと、名の売れている人であろうと無名の書き手であろうと区別せず、文章の内容次第で判断するので、投稿コーナーを存続する意味がないと判断したのである。原稿料も支払わないのに査読なんて、と感じる方もいらっしゃるとは思うが、これは大事なことなのです。「質の管理」が一切ない場の原稿を、あなたは読みたくならないでしょう?

 気づいたことをいくつか書いてみた。あ、それとサイトの「問い合わせ」フォームは現在機能しておりません。なにかありましたら、sugiemckoy@gmail.comまでお願いいたします。

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(10/2)新しい遊び場を作りたいという欲求がすべての原点だ

 昨日はやや思わせぶりな表現をしてしまったが、書評サイトBookJapanの運営権を私がいただき、主宰することになった。BookJapanのフロントページに「ごあいさつ」を上げておいたので、ここに再掲します。

======================
 こんにちは。書評ライターの杉江松恋です。

 このたび、株式会社アクロス様より本サイトの運営権を譲り受け、主宰を務めることになりました。BOOK JAPANは生まれ変わります。

 現在、サイトの再構築中です。急激な変化はすぐには起きないかもしれませんが、本サイトの今後にご注目ください。具体的には、

「書評を楽しむためのサイトに特化します」

 ということです。

現在世の中に出回っている書評は、新刊本を追いかけて紹介するものがほとんどです。そのため、中には「書評とは出版社の手先であり、新刊本の売り子である」という認識を持っておられる方も少なくないと思います。
ですが、書評の楽しみとはそれだけではありません。

「本を読むこと」
「本について考えること」

 そして、

「本について他人と意見を交わすこと」

 といった、さまざまな行為から得られた知見、情感を短い文章の中に封じこめた総合的な文芸のスタイルが「書評」なのです。そうした楽しみを自由なスタイルで追求していくための場として、このサイトを利用していただければ幸いです。
どう変わっていくか、については機会があればまたお話したいと思います。
今後ともよろしくお願い申し上げます。

 2010年10月吉日
BOOKJAPAN主宰 杉江 松恋
======================

 以前に執筆をいただいていた方には、これからご挨拶をして今後の相談をさせてもらう予定である。相談をして、ご了解をいただいた後に新しい体制を発表しようと思う。それまではぼちぼち更新をしていくので、たまに覗いてみてください。「なに、おもしろいことをやるんなら俺も混ぜろ」というオファーも歓迎します。

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(10/1)新しいことを始めます

 二月末の更新を最後に、半年以上沈黙を続けていた書評サイトBOOK JAPANに、今日になって以下のメッセージが書き込まれた。

2010/10/1[お知らせ] BookJapanは近々書評サイトとしてリニューアルし、新刊・おすすめ本の書評を再開する予定です。どうぞお楽しみに。

 この件については、近々お知らせをできる予定です。どうぞお楽しみに。

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