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(3/24)本日、卒業式の祝辞を述べてきました

 これが最後の公務。三年間のPTA会長としての任務を終えてまいりました。
 任期の間は、多くの方からの励ましをいただきました。本当にありがとうございます。
 昨年に引き続き、今年も、祝辞の原稿を公開いたします。
 こんなことを話してきました。

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 挨拶に先立ち、まず、このたびの震災で犠牲になられた方の冥福を謹んでお祈りします。どうぞ安らかにお眠りください。本日来場された方の中には、被災地に親戚のいらっしゃる方もおありでしょう。心よりお見舞い申し上げます。

 みなさん、ご卒業おめでとうございます。

 教職員の皆様、いつも御世話になっている地域の皆様に御礼申し上げます。子供たちは、無事巣立ちの日を迎えることができました。心より感謝申し上げます。
 保護者の皆様、これまで誠にお疲れ様でした。私も卒業生の親として、やっとここまで、という気持ちと、まだまだこれだけ、という気持ちが交錯する複雑な感情を味わっています。これからまだ先は長く、いろいろなことが待ち受けていると思います。子供たちのため、ともに協力しながら頑張ってまいりましょう。

 さて、ここからは改めてお話を致します。みなさんは小学校を卒業され、四月からは中学一年生として、それぞれの新しい生活を送ることになります。新しいことには困難がつきものです。そして、新しい舞台だからこその喜び、楽しみがあります。
 ぜひ、その喜び、楽しみ、そして辛さをも味わい、充実した日々を送ってください。
 その中で、三つお願いがあります。
 一つは、自分を愛すること。
 次に、家族を愛すること。
 最後に、自分を愛するのと同じ力だけの力をもって、他人を愛することです。

 今、みなさんの中には自我という心が芽生えつつあります。今までのみなさんは、家族に、そしてこの地域に暖かく包まれ、なんの不安もなく暮らしてきました。自我が芽生えるとは、そこから自分を切り離していくという作業が始まったということです。
 自分の気持ちが、これまでとはまったく違う動きをしたことがあるのではないでしょうか。それは、みなさんの心の中で巣立ちが始まっているという証拠なのです。
 そうしたときには、自分がたった一人で、心細く感じることがあると思います。
 なぜならば、自分は新しい世界と対面しているのに、今まで頼りにしていた人たちが、誰もそれを助けてくれないように感じるからです。投げかけられる言葉の一つ一つが的外れで、誰も本当に自分のことを真剣に愛してくれていないように感じるからです。
 実は、それは大きな誤解です。みなさんの心の中で起きている変化は、他の誰にも見えないものです。みなさんがこれまで生きてきた結果、強く、たくましい自我が成長してきました。それは、まったく新しい自分として、自己主張を始めています。その新しい自分に、他の誰も会ったことがないのです。だから、その新しい自分を愛してあげられるのは、たった一人、みなさん自身しかいません。自分自身と向き合い、愛してあげてください。
 違いにとまどうこともあると思います。しかしそれは、今までの十二年間が形成した自然な自分の姿なのです。新しい自分もまた、みなさんに愛されることを求めています。
 先の震災では、地震・津波の恐怖はもとより、二次被害としてもたらされた、デマ、無責任な噂が流れ、人々の心を迷わせました。みなさんも実際に、そうした噂をお聞きになられたかもしれません。哀しいことですが、それが世間のありようなのです。みなさんの心の隙間に、そうした言葉が忍び入ってきたとき、それが耳を傾けるべきもの、信頼に値する言葉であるか、どうかよく考えてください。そこで頼りになるのが、自分自身です。
 それは、今までの自分を裏切ろうという囁きではないか。
 みなさんの中にはたくましく育った精神があり、常識があります。それは家族や先生方、周囲のみなさんの働きかけにより、まっすぐに伸びた心です。どうか、今までの自分を信じてあげてください。それは、みなさんがはじめに手にした、貴重な財産です。

 自分を愛するということは、自分の一部を形成するものを愛するということでもあります。今日お帰りになったら、ぜひ家族の方とお話になってみてください。大災害の中で、
「自分はどうなってもいいから、子供だけは助けてください」
 そう考えなかった人はいないはずです。
 それは決して、英雄的な行為ではないのです。誰もヒーロー、ヒロインのようにかっこよくはない。しかし、そう思ってしまうのです。どんなことがあっても、子供、あなたたちだけは守りたい。無事であってほしい。そうした思いで、どんな無茶なことでもしてしまうのが、みなさんの家族です。
なぜならば、みなさんこそが希望だからです。自分になにがあっても、みなさんさえ無事でいてくれればそれでいい。そうした思いが、みなさんの後ろについてくれていました。
 かっこいいですね。でも、ちょっと大変です。
 家族のみなさんは、あなたを不安にさせないよう、今までちょっと無理もしてきました。その苦労をねぎらい、ありがとう、という一言を贈ってあげてください。もうすぐみんな、お父さん、お母さんたちの身長を追い越してしまうかもしれません。そうなる前に、まだみなさんが家族の中で守られる存在のときに、一言を。お願いします。

 そして、繰り返しになりますが、自分を愛し、家族を愛するのと同等の力をもって、他人を愛してください。なぜかということは、もう言わなくてもわかるでしょう。みなさんが出会う誰もが、みなさんと同じように自分の心をはぐくみ、家族の愛に包まれて育ってきた大切な誰かだからです。これは昨年の卒業生にも伝えた言葉ですが、今年も申し上げます。自分が嬉しいという感情をもって、他人の嬉しさを量れる人になってください。自分が哀しいという感情をもって、他人の哀しさを量れる人になってください。
 そして、いつも背筋を伸ばして元気に。
 未来へ向けてはばたくみなさんを、心より祝福します。おめでとう。

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