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(5/25)豊﨑由美×杉江松恋 書評講座「書評の愉悦出張版」応募原稿その3

 これは、表記のイベントに応募された原稿です。詳しくはその1を参照のこと。
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#11『どうで死ぬ身の一踊り』西村賢太

 西村賢太の師事する作家藤澤淸造は、大正時代の一時を流れ星のように駆け抜けた薄幸の人だった。性病から精神異常をきたし、警察の拘留や内縁の妻への暴行をくり返しあげくの果てに失踪、最終的には公園のベンチで凍死するというなんともお粗末な末路だった。
 西村氏は、そのほとんどの人が忘れさっている作家に盲目的な執着をみせる。月命日には石川県の菩提寺に墓参りに行き、自筆原稿、その他の淸造の手になる文章、また淸造について書かれた文章、手紙、唯一の本になった長編「根津権現裏」の署名無削除版、はては腐りかけている木の墓標まで、あらゆる物をコレクトしてゆく。その面では、彼には目に見えない糸をたぐりよせるようなキャッチ・ア・ウェーブが何度も訪れる。それはまるで人生にめぐりあう幸運のすべてを藤澤淸造がらみの出来事で使い果たしているようにも見えるのである。
 だがその反面、彼の人生の多くの部分は負の要素で彩られているといっても過言ではない。本作ではその淸造関係の出来事と、同居している女との相克を描いている。まるで天国と地獄。幸せが一気に暗転するその対比にカタルシスを感じてしまうぼくは変態か?何気ない一言がまねく修羅場。越えてはいけない一線を軽々と飛び越えてしまう西村氏の破天荒さに舌鼓をうつ。どうしてここまで何事も裏目に出てしまうのか。私小説を書くということは恥部を曝けだすに等しい行為だ。いってみれば自分を切り売りするに等しい。
 その行為をなんの衒いもなく、むしろ得意気に語りおこす西村氏の筆勢は、それがゆえにユーモアの片鱗をみせ、あくまでも快調だ。自己中心的でヒガミっぽく、少しでも非難を受けると一気に頭に血が昇ってしまい見境がなくなってしまう。いいわけと後悔の毎日の中で繰り返されるドメスティック・バイオレンス。あなた人間やめたほうがいいんじゃないですかと言いたくなってしまうほどに、それは非生産的でおぞましい。彼は愚かな行為をくり返す。何度も何度も何度も。だが、読者もそれを待っている。彼の痛烈で独特な罵倒と暴力を。まことにもって、笑止千万。しかし、それがやめられねえんだな。
(週刊現代)


#12『どうで死ぬ身の一踊り』西村賢太

 「共感してしまう恐怖」と「気持ち悪いもの見たさ」で、すぐに読み終えることができた。そして吐き気がした。
 主人公は、すでに42歳で亡くなった作家・藤澤清造をこよなく愛し、おっかけ続ける男。寺に頼み込んで清造の墓標を手に入れ、自分の部屋を「室内墓地」に改造。作品収集、毎年命日に開催する「清造忌」に、『藤澤清造全集』の制作活動と、清造中心の生活をおくる。
 お金を払わなければ女とセックスできなかったモテない男だが、ようやくできた彼女と同棲。女は「室内墓地」や膨大なコレクションに文句を言わず、『藤澤清造全集』の校正作業にも協力してくれる。そしてスーパーのレジ打ちバイトで生活を支えてくれる。男は清造に心酔するあまり、そんな女の親から借金をし、気にさわると暴力をふるう。男にとってのその女の魅力とは、理解のあるところというか、清造に没頭するための都合のよさだった。女がいなくなってからそれだけではないことに気付くが、もう遅い。
 私自身、男性アイドルに夢中になり、周りが心配するほど時間とお金をつぎ込んでいる。だからこそ、序盤共感して読み進めることができた。男が女にこう言われる場面がある。「やっぱり、あなたは徹底してるわ。こういうのって、中途半端にやられちゃうと、そりゃ引きもするけど、(中略)ここまでやられると逆に感心しちゃうよ」と。うんうん、やっぱり好きなことは極めたいし、こうでありたいよな!とも思った。だからこそ、終盤の展開に吐き気がこみあげた。
 私にとってのアイドルのおっかけは、「リアル」を補うためのものであって、あくまでも「バーチャル」である。リアルな生活でつのった不満を、何も言わずに受け止め笑いかけてくれる存在に忘れさせてもらう。だからリアルが順調ならばバーチャルに入れ込む割合も減ってくる。リアルとバーチャルが合わせて100になるのであって、その中でもリアルが割合多くあることに幸せを感じる。そうであるべきだ。
 対象が現役アイドルならば、相手とどうにかなれるかもしれないという夢を抱くことだってできる。しかしもうこの世にないものに熱をあげるあまり、なににも変えがたい「リア充」を失うこの男は、人としてどこか欠落している。たぶん大きく分類すれば自分もこの男と同類だと思ったからこそ、一歩間違えば同じ道を歩みかねないからこそ、ものすごく吐き気がした。公私混同というか、リアバー混同というか、絶対にこうはなりたくないという「おっかけ界の反面教師」だ。
 芸能人やアニメの主人公が好きすぎてリアルな恋愛に興味がわかない……私もたまに陥るけれども、そんな悩みを持つ人にとってこれはとてもいい作品。歌って踊れて有名でなくとも、隣に実在する、またはこれから実現するパートナーはきっと何にも変えがたいリアルな存在なのだ。そんな風に我に返れる、ありがたい作品だった。
(エキサイトレビュー)


#13『愚者(あほ)が出てくる、城寨(おしろ)が見える』J・P・マンシェット(中条省平訳)

 70年代、型にはまったロマン・ノワールを越え、社会の歪み、人の狂喜、強烈な暴力をクールな文体で描写して、<ネオ・ポラール(新・犯罪小説)>の扉を開いた作家マンシェット。本書は1973年に「フランス推理小説大賞」を受賞し、彼をブレークさせた小説だ。日本でも74年に別題名で翻訳されたが、作家共々長らく忘れられていた。今回は、初訳でマンシェットファンになった訳者による、30数年ぶりの新訳である。
 抗うつ剤を常用し、気持ちが昂ぶるとパニックに陥る、精神病院を出たばかりのジュリー。彼女は大金持ちの事業家アルトグの希望で、彼の甥で孤児の少年ペテールの世話係になるが、ペテールとふたり、何者かに雇われた無慈悲な殺し屋トンプソンとその一味に誘拐されてしまう。監禁され、命の瀬戸際に追い詰められたとき、彼女の中の凶暴な生存本能が爆発し、間一髪ペテールを連れての脱出に成功! そして、行く先々のすべてを目も眩む暴力の嵐に巻き込みながら、誘拐一味との壮絶な逃亡劇が繰り広げられていく。
 少々手垢チックなストーリー。だが、カッコいい。短く、スタイリッシュリフ。出てくるのは、頭がまともじゃないヤツばかり。くどくどしい心理や感情の説明は無い。ただ言葉と行動と状況の観察のみで、彼らの思考と気分を刻々と追うマンシェットの描写力が凄まじい。イライラと爪を噛み、ギリギリと歯を食いしばるようなその焦燥感、緊迫感。人や車が駆け巡り、ナイフや銃の弾が、人の体を貫き、えぐり、吹き飛ばす。その疾走感、臨場感。それらの熱さと、街や部屋の風景、車や食べ物などの細部を描き込む冷静さが交互に出現するという偏執的描写の温冷浴状態で、くらくらしてくる。
 マンシェットはこの小説の完成に4年の歳月を費やした。彼は後年、完璧主義が高じて小説が書けなくなったという。超ストイック、さらにはドM。本書に登場する男たちは、作家の分身のようだ。彼らの欲は金というより自己実現。自分の仕事の完成や目標の達成に血眼になって、自分自身を追い詰めていく。彼らは、男との乱交に走りかねぬセクシーなジュリーに指1本触れない。彼女に抱きつきキスして「好きだ」と囁くのは、わがまま放題の悪ガキペテールだけ。にも関わらず、男たちにとって、本能のまま彼らの望みをぶち壊していくジュリーは間違いなくファム・ファタールだ。露骨な性描写のない本書だが、ジュリーの生命力に蹂躙される男たちの姿はマゾヒスティックで、そのバイオレンス描写はだからすごく官能的。そして、この狂乱を招いた欲望や破壊された物、すべてが終わった後勝ち残ったものの意味に気づけば、この小説の虚無感や荒涼感の正体、現代につながる深い社会性をも感じることができるだろう。本書は、ただカッコいいだけの小説では、けっしてない。
<女性誌> 


#14『愚者(あほ)が出てくる、城寨(おしろ)が見える』J・P・マンシェット(中条省平訳)

 ぶっ飛んでる? 普通? え? これ普通?
 これは、ちょっと、参った。読み始めてしばらくすると眉間の辺りが痛くなっていた。なぜかというと、読みにくい……。なぜ読みにくいかというと、描写(行動)と台詞が一致していないとか、登場人物が獰猛な野生猿みたいにギャンギャン喚き散らすとか、会話がとにかくぶっきらぼうだとか。随分とまあ親しみにくい読み心地なのだ。まるでパリ=ダカールの荒れ地を猛スピードでばく進するラリー車に乗っているようだし、その荒れ地具合は尋常でなく車内はガッコンバッタンお祭り騒ぎなのである。普段親しみのない海外文学のロマン・ノワールなんてものに迂闊にも手を出してしまうからと、初めは苦しんでいたのだが……。

 精神病院から退院したばかりのヒステリックな女性ジュリーが莫大な財産を相続した少年ペテールのお守りとして、その後見人の富豪アルトグに雇われたところ、少年もろとも胃痛持ちの殺し屋トンプソンに命を狙われる。四人を軸にしたこの暗黒小説は映画のように目まぐるしく進んでいく。人物の中では、殺し屋にもかかわらずトンプソンが妙に親しみやすい。悲鳴を上げる胃を押さえながら必死に仕事を進める様子など、まるで現代の社会人のようでつい応援したくなってしまう。反対にヒロインであるはずのジュリーがとんでもない女性なのだ。昼間から酒を飲みまくってわーわー喚いて子どもを引っぱたく。物を壊す、車を奪う、人にコーヒーをかけたり宗教家に罵声を浴びせたり。言うことはいつも過激だしスーパーマーケットでは大暴れするし、わあ、こうして書き出すとそのとんでもなさを再認識する。とにかく、がんばる殺し屋に追われるとんでもヒロインのお話、とすると収まりがいいんだか悪いんだか。
 そんなとんでもな彼女だが殺し屋からの逃避行中、少年ペテールのことを決して離さない。なぜか、それがとてもいい。

 行動と台詞が一致していないというその荒れ地を進みながら、ああ、人ってまさに荒れ地を進むラリー車だなと気づく。言ってることがメチャクチャに感じても、人にはそれぞれ目的があり、目的に向かって進んでいる。揺れていても進んでいるその姿そのものが人間だなあと。それに気づいたとき、初めはもう意味不明で憎たらしくて仕方なかったジュリー(つまりツンデレ?)にとてつもない愛を、逆に親近感を持っていた揺れの少ないトンプソンに薄ら寒さを感じるようになる。完全にこの作品の虜だ。
 疾走感や緻密な描写もさることながら、このノワールにはさらに、あまりにも人間味に満ちた登場人物達が生きている。野暮なこと、よくわかることは口にしない、そのぶっきらぼうさが生々しくすばらしい。などといつの間にか没頭し、万感の思いで最後まで読んだところで、確信した。
 うん。やっぱぶっ飛んでる。そのぶっ飛び方はぜひその目でご確認ください。(クイックジャパン)


#15『愚者(あほ)が出てくる、城寨(おしろ)が見える』J・P・マンシェット(中条省平訳)

 不条理で、不親切な小説だ。フレンチ・ハードボイルドの名手・マンシェットが1972年に書き、2009年に新訳が出た『愚者が出てくる、城塞が見える』のことだ。
 精神病院に入院していたジュリーは、大富豪のアルトグに雇われ、その甥である少年・ペテールの子守をすることになった。ところが初日からジュリーとペテールはプロの殺し屋トンプソン率いる4人組にさらわれてしまう。危ういところで脱出した2人は執拗に追いかけてくる殺し屋たちから逃げ回るのだが、ジュリーの頭がおかしな方向にとっちらかっているせいで、どんどん状況が混乱していく。
 ジュリーは過去のトラウマから<警察という言葉を聞くとアレルギーが出る>体質で、せっかく脱出しても権力を頼れない。追い詰められた彼女は車を奪ったり盗んだり、逃亡者にあるまじき大騒ぎをしつつ、雇い主・アルトグが待つと信じる山中の隠れ家を目指す。一方、トンプソンは潰瘍持ちであり、常に吐き気と胃痛に悩まされている。もしかしたらあまり殺し屋には向いてない性格かもしれないが仕事は一流であり、恐るべき執念と観察力でジュリーとペテールを追い続ける。ペテールは甘やかされて育った生意気なクソガキで、登場そうそう奇声を発して木製のおもちゃを投げつけテレビを破壊する。ケチな建築家だったアルトグが大富豪になったのは身内の死で大金が転がり込んだせいであり、気分屋で尊大な態度の裏に劣等感を潜ませている。登場人物たちは残らずどこか壊れているのだが、その内面は一切描写されない。読者はただセリフや行動から、想像するほかはない。
 心理描写をしないのは正統派のハードボイルド小説も同じだが、それによって主人公の信念やスタイルをより際立たせることに眼目がある。それに対してこの小説から立ち現れるのは、信念というよりは執着、スタイルというよりは強迫観念。もとから「わかっちゃいるけどやめられない」式の人間ばかりが集まっているのに加え、内面描写の欠如によって、登場人物たちの行動はより唐突に、暴力はより衝動的に描かれる。
 ピエロたちのドタバタ芝居の裏に、実は周到な伏線が巡らせてある。合理的な判断をしない人間の不条理さと、内面を切り捨てた描写の不親切さとの掛け算は、中盤のスーパーでの銃撃戦から急激に緊張を高めつつ、痛くて残酷で殺伐とした終章へ向けて加速していく。約40年前の作品だが、マンシェットの徹底的にムダを排したクールな文体は、より抑制の効いた新訳によって現代的な魅力を増している。とくに旧訳ではヤクザ者口調だったトンプソンは、知的で複雑なパーソナリティを持つ人物として描かれていて、作品全体を引き締めている。フランス暗黒小説のリーダー的存在であったマンシェットだが、本邦では絶版・品切れで読めないものばかり。文庫・新訳で本作を読めることを喜びたい。
(週刊誌)

(その4に続く)

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Whoa! This blog looks exactly like my old one! It's on a entirely different topic but it has pretty much the same page layout and design. Great choice of colors!

Posted by: Music Download sites for Free | February 27, 2015 at 08:54 PM

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