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(5/24)書評イベントに寄せて その3:「嫉妬」(了)

(承前)
 ここがもっとも大事なことかもしれない。

3 嫉妬という名の原動力
(前略)
「きわめて個人的でしかない落語(=小説)の個別体験」について語ろうとするとき、その不安定な立場を強固にできるのは、個人的な感情でしかない。
 それは嫉妬である。
(中略)
 たった一人で、何も使わずに行われている芸なので、嫉妬が芽生えやすい。一人で喋る(=書く)というところがポイントである。歌手も多くの場合は一人芸であるが、自分も歌がうまいとおもってないと、嫉妬を抱かない。抱けない。そこにはわかりやすいラインがある。話芸(=文芸)の場合、多くの人は話術(=筆力)で競ったこともなく、その細かい技術もわからず、ただ喋る(=書く)だけで多くの人を巻き込んでゆくというその不思議な現象を目の当たりにして、驚くばかりである。そこで「何かを抱えてる人」は取って代わりたいと無意識におもう。それが嫉妬だ。その嫉妬が落語(=小説)について語る原動力になる。
(中略)
 嫉妬は面倒な感情である。うまく外へ誘導しないと、その熱はねじ曲がってしまう。無自覚な嫉妬は、読んでいる人を苛立たせる。もし、落語(=小説)に関する文章を読んでいて、何かそぐわないと感じるのなら、書き手の熱が歪んでるからである。嫉妬が嫉妬として認識されていない。
(中略)
 あまり読んでいないのだが、過去に書かれた落語(=小説)評論のうち、すぐれたものは、感情から書き出していることを自覚して書かれているはずである。感情でしか書けないことをわかっていて、自分の感情と向かいあって書いている。自分の感情を排除することは諦めている、そういう、きわめて勝手な文章だけが、読むに堪えると思う。自分のない客観的な文章など、踏み潰された蟻ほどの値打ちもない。
(後略)

 小説の読者に「自身が書き手に対して嫉妬している」という認識を持っている人は、新人賞の落選常連でもない限りは少ないと思う。楽しむために読んでいるのであって、嫉妬のような負の感情を持つためではない、とか、作家に対しては尊崇の念しか持っていない、とかいろいろ反論が出そうな箇所だ。
 ここでいう嫉妬は、その地位に自分を置き換えてみたい、というかなり原初的な感情だ。小説ではなく、物語だともう少し話はわかりやすい。綴られた物語を追っていく作業の中で、我知らずその物語に同化してしまった経験のある読者は多いだろう。虚実の境が渾然となる感覚に酔ったとき、その人は物語の綴り手の側に一歩を踏み出しかけている。自身の物語として、その物語を簒奪し、再構成したいという欲求が芽生えているからだ。
 もっとも小説=物語ではなく、物語の存在しない小説はいくらでもある。読者を視点人物の位置に巻き取ろうとしない小説は、物語の存在を押しつけてこない。そういう小説は、もう少し抽象度の高い「表現」というもので読者の位置を侵食しようとしている。実はこのほうが「物語」よりも射程距離が長く、巻き取りの力も強い。目に見えるものを語り尽くそうという、野望がそこにはあるからだ。そうした「表現」の中に巻き取られた経験を思い出してもらいたい。そこには「嫉妬」はなかっただろうか。
 省略した箇所の中で、堀井は落語が身体に与える衝撃についても語っていて、実はそれも小説の比喩に置き換えることが可能なのだが、「小説を読むこと」「読書体験について語ること」の輪郭が曖昧になりそうなので、ここではあえて触れないことにする。
 以上3項について触れた。『落語論』にはこのあとも「観客論」が続くのだが、表現論に関する記述も多くなっていくので、以降は割愛する。「嫉妬」の項は次のように終わる。落語家はマジシャンのようなもので、実演中は観客の言葉を奪う魔法をかけている。終演と同時にその魔法を解いて、言葉を復活させてやるというのだ。
 この、実演中の言葉に対する不自由さが、自分が話者に戻ったときに、いろんな言葉を発せさせる要因になっている。(中略)一人で来て、一人で帰ると、喋れるようになった自分をうまく操れない。ブログが存在しない時代は、そこで何とか自分で解消するしかなかったが、ブログの時代になって、誰もが発信できるようになり、黙って帰っても、喋る空間ができてしまった。嫉妬だと気づこうが気づくまいが、ずっと書き続けないといけない。「取って代わりたい」とおもったかどうかが、大きな分かれ目となる。

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