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杉江松恋書評百人組手:その4トニ・モリスン『ホーム』(早川書房)

※書評百人組手とは:

 一作家につき一作品を採り上げるものとし、百作家百作品の書評を目指します。
 準備ができるまではこのブログに掲載しますが、現在進めている書評サイトbookjapanのリニューアルが終了次第、そちらに移行します。

 これはアフリカ系アメリカ人のフランク・マネーと、その妹シーの物語である。

 フランクが4歳のとき、マネー一家はテキサス州バンデラ・カウンティの住み家を追い出された。町外れに住んでいた15軒の住民が、24時間に出て行くように銃と暴力で脅され、服従したのである。唯一立ち退きを拒否したクロフォードという老人は撲殺された。

 マネー一家は着の身着のままで旅をし、ジョージア州ロータスという田舎町へとたどり着いた。そこにフランクの祖父に当たるセイレムが住んでいたのだ。フランクの母、アイダは旅の途中で宿を借りた教会の地下室で、女児を出産した。彼女は「三つの音節全部を注意深く発音する」イシドラという名前を子供につけた。フランクの妹、シーである。

 セイレムにはレノーアという三人目の妻がいた。彼女はフランクの一家を冷たくあしらい、特にシーを憎悪した。レノーアによればシーが「どぶ板の上で生まれ」たという事実が、彼女が「罪深い、価値のない人生」を送るであろうという何よりの証左なのだった。

 そんなレノーアに対し、フランクは身を挺して妹を守ろうとする。彼にとってロータスの町は憎悪の対象でしかなかった。やがてフランクは三人の友人たちとともに軍に入り、故郷を捨てる。後ろ盾を失った妹もまた、言い寄ってきた男に心を許し同じように家を出てしまう。

『ホーム』はノーベル賞作家トニ・モリスンが2012年に発表した、彼女の第10長篇にあたる作品である。邦訳書で200ページにも満たない短い作品だが、1960年代の南部アメリカを舞台にした内容には、この作家ならではの要素が濃縮され詰め込まれている。

 物語は、フランクが妹シーの危難を知るところから始まる。理由はわからないが、彼女は死の床に就いていた。何者かが手紙でそれを報せてくれたのである。一方のフランクもまた、人生の危機に瀕していた。朝鮮戦争の従軍経験が彼の心に傷を負わせた。そのために彼は問題を起こし、精神病院に軟禁されていたのである。なんとか脱出に成功したフランクは、シーの救出に向かう。

 小説は二筋の語りによって構成されている。一つはフランクとシーを主な視点人物とする三人称の叙述だ。フランクは他人を拒絶するような行為を繰り返す。恋人リリーとの生活を自ら破壊したのも、酒を飲んで譫妄状態に入ってしまったのも、心の傷のなせる業なのだ。アルコールの毒霧は一応晴れたが、それでも心の中には暗い炎がくすぶっている。それを発散させるためには暴力が必要だと、この叙述の中ではフランクは考えるのである。

 他方の叙述は、フランクの一人称の語りだ。この一人称のフランクは、三人称(作者)の認識を否定しようとする(「あなたは愛について、あまりよく知ってないと思う/あるいはぼくについても」)。自身を「傷を負った帰還兵」というステロタイプに落とし込もうとする語りを、フランクは拒絶するのである。外から心の中を覗きこむ行為は、それがどんなに慎重なものであっても、常に不完全である。ゆえに心の中にある傷を癒そうとするならば、内部から何かが発露するのを待たなければならない。フランクの否定の言には、そうした考えが反映されていると私は見た。

 やがて兄と妹は出会うことになる。兄に庇護されるだけの存在だったシーが口にした一言、その妹に出会ったことでフランクが至ったある境地、それらをすべて包括する言葉が題名にある『ホーム』なのだ。誰もがホームを見出しうる。かくあれ、との作者の祈りを感じた。

(おしらせ)
 以下のイベント・読書会がございます。

1/24(金)、外国文学の楽しさをお伝えするトークイベントがあります。今回の特集は新ノーベル賞作家、アリス・マンローです。『ホーム』の紹介も行います。
詳しくはこちら

1/26(日)、フラン・オブライエン『第三の警官』を課題作とした読書会があります。
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1/29(水)に作家・法月倫太郎さんとの評論対談を公開で行います。
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