どきどき中華
拙宅の近所は古本屋不毛の地だと考えていたが、最近それを改めた。よく考えると、徒歩10分の圏内に、新古書店の中規模店1、おしゃれ系古本屋1、在庫で埋没して身動きがとれない古書店1、特殊分野の店1があるのは贅沢な環境である。徒歩20分と考えるとさらに2軒、30分だと10軒近く増える勘定である。道理でよく本を買うわけだ。
遅めの昼食がてら出かけて新古書店をひさしぶりに覗いたが、欲しいような本はなかった。まあ、そうだろう。文房具屋で便箋と封筒を買い、これもしばらく入っていなかった中華屋に行く。
カウンターだけの店だがラーメン専門ではなくちゃんと定食もやっているし、カツ丼なんかも出す店である。とびきり上手いということはないが、まだ血気盛んだったころに大盛りを頼んだらいわゆる「まんが日本昔ばなしのご飯」が出てきたので、私の中では偉い店だということになっている。焼きそばを頼んだら、小さいご飯をサービスでつけますが、と聞かれたので貰うことにする。ご飯といっしょにふりかけの瓶が出てくる。
ここは若い男女がやっている店である。若いといっても30代くらいだろうか。私が行くと女性のほうが厨房にいて、あとから男性が戻ってきて引き継ぐというパターンが多い。たぶん出前に行っているのだろう。
それはいいのだが、女性から男性に注文の内容を引き継ぐ際だとか、それを確認するときの言い方が、いつもどうもつっけんどんな気がする。主に女性のほうが「~はやってくれた?」「~って言ったじゃない」という感じの物言いで、何か夫に対して(たぶん夫婦だと思うのだが)不満でもあるのだろうか、といつもどきどきする。今日も私のご飯を出したか出さないかで少しとげとげしいやりとりがあった。どきどき。私のことで喧嘩しないでください。
上海人が話していると他の地方の出身者には怒っているように聞える、というがそれに似たことなのかもしれない。ただ、この夫婦には男性が入り婿なのではないかと思わせる節があり(以前、女性の母親らしい人を店の中で見かけた)、もしかするとそれがゆえに彼の中には鬱屈が溜まっているのでは、と邪推したくなることがあるのである。今日も二人は子供のことで何か言い争っていた。いや、普通に議論をしていただけかもしれないが、焼きそばをずるずる食べながら聞いていたのでよくわからないのである。幸いその話題は白熱するようなものではなかったらしく、話題はすぐに他の方向に転じた。私はほっとしながら焼きそばを食べ終えたのである。ああ、どきどきした。
そんなわけで夫婦円満を望む次第である。どうぞお幸せに。そして商売が繁盛しますように。
しかし、考えてみると、厨房の中の夫婦というものは、あれくらい殺気立っていたほうがいいのかもしれない。なんといっても職場なのだし。客はちょっとどきどきするが、本格的な喧嘩に発展したところは見たことがないので、あれを心配するのもお節介だという気がする。
逆に考えると、厨房の中で夫婦がべたべたし始めたらどうか、ということだ。そんな夫婦者の作る中華はいやではないか。
もう、あなたったらあ。
こいつぅ、かわいいなあ。
とか言いながらいちゃいちゃしている二人のそばで食べる焼きそばは、きっとひどく甘ったるいものだろうと思う次第である。
1/29(水)に作家・法月倫太郎さんとの評論対談を公開で行います。
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