杉江松恋書評百人組手:その3深木章子『殺意の構図 探偵の依頼人』(光文社)
※書評百人組手とは:
一作家につき一作品を採り上げるものとし、百作家百作品の書評を目指します。
準備ができるまではこのブログに掲載しますが、現在進めている書評サイトbookjapanのリニューアルが終了次第、そちらに移行します。
深木章子は2010年に『鬼畜の家』(単行本は2011年に刊行)で第3回ばらのまち福山ミステリー新人賞を授けられた。同賞は、島田荘司が一人で選考委員を務めるものだ。深木は1947年生まれであり、還暦を過ぎてから本格的に執筆を始めた人がデビューを果たしたということで話題になった。
以降、『衣更月家の一族』(2012年)、『螺旋の底』(2013年。以上すべて原書房)と1年に1作のペースで作品を発表している。2000年代以降にデビューした新人の中では、注目すべき1人である。その新作が、『殺意の構図 探偵の依頼人』(光文社)だ。
深木は弁護士出身の作家である。本書はプロローグとエピローグに挟まれた3部構成になっており、第1章「事件の顛末」では弁護士・衣田征夫の視点からとある連続変死事件の全貌が綴られていく。
衣田は義父を殺害し、その家に放火をしたとの容疑をかけられた峰岸諒一の弁護を担当することになる。峰岸と衣田は旧知の仲で、二人を結びつけたのは今村啓治という人物だった。今村は衣田の幼馴染であったが、強引な形で前妻と別れ、再婚をしたことが災いし、家庭崩壊の憂き目を見ていた。そしてある日、事故とも自殺ともつかない状況で轢死してしまっていたのである。今村と峰岸との間に血のつながりはないが、義理の叔父と甥の関係になる。今村の姪である朱実の夫だからである。
峰岸諒一の容疑は検察側からすれば堅いものであった。ところが彼には第一審で無罪判決が出る。証拠不充分による無罪ではなく、完全に潔白で真犯人は他にいるという判決だ。
なぜそのような冤罪が発生しえたのか、という疑問については衣田側からの叙述によって詳述される。ただし、わからないこともある。峰岸諒一が拘置所に収監されている間に、係累の1人が彼の別荘で不可解な状況下の死を遂げるからである。
それ以外にも読者には理解できないことがいくつかある。たとえば小説の随所に顔を出す、今村啓治の遺児・啓太はどのような役割を果たしているのか。殺害された峰岸巌雄には、諒一の妻である朱実のほかに暮葉という娘があったが、彼女は収監された義兄にどのような感情を抱いているのか。
衣田側からは見えない事柄については次の第2章「女たちの情景」で、反対尋問のような形で語られていく。第1章を問題編とすると、この第2章は仮説編ということができる。各登場人物の視点から、事件に関しての推測が行われるからだ。それらの答え合わせが行われるのが第3章「対決」なのである。
深木の文章には昭和の臭いがする個所があり、私はそこに違和を感じた。たとえば衣田が自分の依頼人に不信感を抱く場面で「ピピッ!」と「警報音が鳴った気が」したりするのは、どうにも古めかしい(感嘆符を多用するのも安っぽく感じられる元だ)。第2章の女性のモノローグ部分ではさらにそういう面が目立ち、昭和のスキャンダル誌のようだ。
しかし、そんな欠点など些細なもので本質ではない。第3章で開陳される推理は、すべての瑕を補って余りある見事なものだ。
第3章を読むと、本書には無駄な登場人物が1人たりともいないことが解る。その人物配置の妙がある。題名の意味が判明するのもこの第3章だ。事件はそれを見る人の位置によって様相が変化する。つまりそれぞれに「殺意の構図」があるのだ。多重解決ものの一種といってもいい作品であり、1つの物証から探偵が真相を推理していく場面ではたまらないスリルを味わえた。
やはり注目しなければならない作家なのである。
1/29(水)に作家・法月倫太郎さんとの評論対談を公開で行います。
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