« April 2014 | Main | June 2014 »

「杉江松恋の君にも見えるガイブンの星」とはこんなイベントです

 それは些細なことがきっかけでした。
 都内の大型書店の中をぶらぶら歩いていたとき、自分がある特定のエリアにあまり足を向けないことに気づいたのです。
 外国文学の棚でした。普段からミステリー読みを自認し、特に海外ミステリーを中心に読んでいるはずなのに、なぜ外国文学の棚の前には立たないのだろう。

 それは、怖いからでした。この年までミステリーというジャンルに特化して読書をしてきた自分には、それ以外の領域に足を踏み出す勇気がない。特に「外国文学」というと高尚で、一見さんお断りみたいな雰囲気があって近寄りづらく感じる。

 しかし、そんなことはないはずなのです。私の信頼する本読みの方々が外国文学はおもしろいと熱くその魅力を語っておられる。であれば私もそれを楽しめないはずがない(理解できない、という可能性はあるにしても)。なのに最初からそれに挑戦しないのは、単なる食わず嫌いなのではないか。

 そういう思いからこのイベントを始めました。月1回イベントを開き、その日の直近に出る外国文学を読んで口頭でレビューする。途中からはそれに加え、1人の書き手に焦点を合わせ、その作品を可能な限り全部読むという作家特集も開始しました。「君にも見えるガイブンの星」というタイトルは、イベント継続1年を記念して改めたものです。元ネタはもちろん『帰ってきたウルトラマン』の主題歌。空に輝くガイブンの星は決して遠いものではなく、手をのばしさえすれば誰にでも届くものなのだ、という思いをこめたものです。

 現在はライターの倉本さおりさんをパートナーに向かえ、二人体制でガイブン山脈に立ち向かっています。また、2014年6月からはそれまで同時に行っていた新刊紹介と作家特集を隔月交互に分割し、よりきめ細かく、より密度を高くして本の紹介をするように取り組んでおります。もしお時間が許せば、一度覗きにいらしてください。

 過去のイベントの模様はこちらに動画、音声が上がっています。

第1回イベント※映像
第2回イベント

青山南さんをゲストにお迎えしたジャック・ケルアック特集※ポッドキャスト
現代文学のミッシング・リンク、ドン・デリーロを語りつくす!※ポッドキャスト
ロシアの暴れん坊、ウラジーミル・ソローキン特集!]※ポッドキャスト
杉江松恋認定2013年ベスト短篇集の作者ミュリエル・スパークを語り尽くす!]※ポッドキャスト
『帝国のベッドルーム』の起源は実は映画にあり? ブレット・イーストン・エリス特集※ポッドキャスト
あなたは野崎孝訳派? それとも村上春樹訳派? J・D・サリンジャー特集※ポッドキャスト
杉江松恋が『世界が終わってしまったあとの世界で』への偏愛を語る。 ※ポッドキャスト

 とりあげた作品・作家のリストはこちら(一部作成中)

第1回
ミレーナ・アグス『祖母の手帖』(新潮社)
ジョー・ブレイナード『僕は知っている』(白水社)
ロレンス・ダレル『アヴィニョン五重奏 第1巻 ムッシューあるいは闇の君主』(河出書房新社)

第2回
デイヴィッド・ミッチェル『クラウド・アトラス』(新潮社)
ジョナサン・フランゼン『フリーダム』(早川書房)

第3回(2013/2/1)
ジェニファー・ユージェニデス『マリッジ・プロット』(早川書房)
ジョイス・キャロル・オーツ『とうもろこしの乙女 あるいは7つの悪夢』(河出書房新社)
アルベルト・ルイ=サンチェス『空気の名前』(白水社)

第4回(2013/3/8)
ロン・カリー・ジュニア『神は死んだ』(白水社)
ベルハルト・シュリンク『夏の嘘』(新潮社)
アイザック・パシェヴィス・シンガー『不浄の血』(河出書房新社)

第5回(2013/4/19)
イーディス・パールマン『双眼鏡からの眺め』(早川書房)
ネイサン・イングランダー『アンネ・フランクについて語るときに僕たちの語ること』(新潮社)
マックス・バリー『機械男』(文藝春秋)
〈作家特集〉第0回
トーヴェ・ヤンソン

第6回(2013/5/17)
パトリック・デウィット『シスターズ・ブラザーズ』(早川書房)
〈作家特集〉第1回
リチャード・パワーズ『幸福の遺伝子』(新潮社)

第7回(2013/6/21)
コラム・マッキャン『世界を回せ』(河出書房新社)
ローラン・ビネ『HHhH』(東京創元社)
ハリー・マシューズ『シガレット』(白水社)
〈作家特集〉第2回
ドン・デリーロ『天使エスメラルダ』(新潮社)

第8回(2013/7/19)
ベティナ・ガッパ『イースタリーのエレジー』(新潮社)
ステファノ・ベンニ『海底バール』(河出書房新社)
〈作家特集〉第3回
コーマック・マッカーシー『チャイルド・オヴ・ゴッド』(早川書房)

第9回(2013/8/23)
マーク・ボジャノウスキ『ドッグ・ファイター』(河出書房新社)
リュミドラ・ペトルシェフスカヤ『私のいた場所』(河出書房新社)
ポーラ・マクレイン『ヘミングウェイの妻』(新潮社)
〈作家特集〉第4回
ジャック・ケルアック『トリステッサ』(河出書房新社)

第10回(2013/9/13)
ジュノ・ディアス『こうしてお前は彼女にフラれる』(新潮社)
松家仁之編『美しい子ども』(新潮社)
アレハンドロ・サンブラ『盆栽/木々の私生活』(白水社)
アンドリュー・カウフマン『銀行強盗にあって妻が縮んでしまった事件』(東京創元社)
〈作家特集〉第5回
ウラジーミル・ソローキン『親衛隊士の日』(河出書房新社)

第11回(2013/10/18)
コーマック・マッカーシー『悪の法則』(早川書房)
パオロ・ジョルダーノ『兵士たちの肉体』(早川書房)
アントニオ・タブッキ『いつも手遅れ』(河出書房新社)
ロベルト・ボラーニョ『売女の人殺し』(白水社)
ランサム・リグズ『ハヤブサが守る家』(東京創元社)
〈作家特集〉第6回
ミュリエル・スパーク『バン、バン! はい死んだ』(河出書房新社)

第12回(2013/11/22)
ケヴィン・パワーズ『イエロー・バード』(早川書房)
チャド・ハーバック『守備の極意』(早川書房)
〈作家特集〉第7回
ジョン・アーヴィング『ひとりの体で』(新潮社)

第13回(2013/12/20)
〈作家特集〉第8回
ジョン・バンヴィル『いにしえの光』(新潮社)

第14回(2014/1/24)
(作家特集)第9回
アリス・マンロー『ディアライフ』(新潮社)

第15回(2014/2/28)
トム・マッカーシー『もう一度』(新潮社)
オルガ・トカルチュク『逃亡派』(白水社)
(作家特集)第11回
ブレット・イーストン・エリス『帝国のベッドルーム』(河出書房新社)

第16回(2014/4/4)
ルース・オゼキ『あるときの物語』(早川書房)
ブライアン・エヴンソン『遁走状態』(新潮社)
アレクサンダル・ヘモン『愛と障害』(白水社)
アレクサンダル・ヘモン『ノーホエア・マン』(白水社)

第17回(2014/5/9)
ニック・ハーカウェイ『世界が終わってしまったあとの世界で』(早川書房)
ロベルト・ボラーニョ『鼻持ちならないガウチョ』(白水社)
ブノワ・デュルトゥル『フランス紀行』(早川書房)
アン・ビーティ『この世界の女たち』(河出書房新社)

第18回(2014/6/13)
ゲスト・山内マリコ(作家)
アン・ビーティ特集

第19回(2014/7/19)
ラテフィエ・テキン『乳しぼり娘とゴミの丘のおとぎ噺』(河出書房新社)
カーメン・アグラ・ディーディ/ランダル・ライト『チェシャチーズ亭のネコ』(東京創元社)
エリザベス・ストラウト『バージェス家の出来事』(早川書房)
エレーヌ・グレミヨン『火曜日の手紙』(早川書房)
チャールズ・ユウ『SF的な宇宙で安全に暮らすっていうこと』(早川書房)
カレン・ラッセル『狼少女たちの聖ルーシー寮』(河出書房新社)
セス・フリード『大いなる不満』(新潮社)
ポール・ユーン 『かつては岸』(白水社)
ケリー・リンク『プリティ・モンスターズ』(早川書房)
ポール・オースター『闇の中の男』(新潮社)
レイ・ヴクサヴィッチ『月の部屋で会いましょう』(東京創元社)

第20回(2014/8/22)
ゲスト・大森望(翻訳家)
カート・ヴォネガット特集

第21回(2014/10/8)
ゲスト・西田藍(タレント)
パトリク・オウジェドニーク『エウロペアナ』(白水社)
B.J.ホラーズ編『モンスターズ 現代アメリカ傑作短篇集』(白水社)
ショーン・タン『夏のルール』(河出書房新社)
トム・ジョーンズ『コールド・スナップ』(河出書房新社)
リー・カーペンター『11日間』(早川書房)
アン・パチェット『密林の夢』(早川書房)
ジュンパ・ラヒリ『低地』(新潮社)
アレクサンダー・レルネット=ホレーニア『両シチリア連隊』(東京創元社)

※2014/10/13増補

| | Comments (8) | TrackBack (0)

「日光街道でしょう!」連載始めました&栃木市で18日にイベントです

 日光アイスバックスさんのホームページに特設サイトを作っていただきました!

 第一回は足慣らしとして、日本橋から日光街道第一の宿場・千住までの約8.8kmを歩いております。
 これはプロアイスホッケーチームの日光アイスバックスさんが、オフシーズンの間ホームページの一隅を貸してくださるという話から実現したものです。チームのファン諸賢、日光街道沿いにお住まいのみなさま、連載企画完結まで何卒よろしくおつきあいくださいますよう、お願い申し上げます。
Nikkou112
 今後の行程は、こんな感じ。

第1回:3月下旬
日本橋~千住:8.8km

第2回:5月上旬
千住~草加:9.5km
草加~越谷:7.2km

第3回:5月下旬
越谷~粕壁:11.5km
粕壁~杉戸:6.5km

第4回:6月上旬
杉戸~幸手:5.7km
幸手~栗橋:8.8km

第5回:6月下旬
栗橋~中田:1.8km
中田~古河:5.9km
古河~野木:2.6km
野木~間々田:6.6km

第6回:7月上旬
間々田~小山:7.3km
小山~新田:6.0km
新田~小金井:2.5km

第7回:7月下旬
小金井~石橋:7.0km
石橋~雀宮:6.5km

第8回:8月上旬
雀宮~宇都宮:7.8km

第9回:8月下旬
宇都宮~徳次郎:10.4km
徳次郎~大沢:9.5km

第10回:9月上旬
大沢~今市:7.3km
今市~鉢石:8.5km

 基本は一人歩きですので、旅の途中で難渋している様子を見かけたら、助けていただけると嬉しいです。

 また、来る5月18日(日)には、栃木市においてトークイベントにお招きいただいております。
 お客様がどのくらいいらっしゃるかは不明なのですが、日本橋~日光間の史跡やゆかりの人、作品の一覧リストのようなものを作って持参する所存です。よかったらブックガイド代わりにお使いください。
 こちらもどうぞよろしくお願い申し上げます。

===========================
日光道でしょう! ちょっと寄り道・栃木宿

昭和レトロな銭湯でのんびり街道歩きトーク

ゲストは書評ライターの杉江松恋さんと、コラムニストえのきどいちろうさん(注記:日光アイスバックス元主将の瀬高哲雄さんもいらしていただけるそうです)。杉江さんはこの春、日光街道を歩き始め、その模様は「日光アイスバックス」のホームページで連載される予定。5月17・18日の「栃木・蔵の街かど映画祭」と17日の「とちぎ一箱古本市」に合わせ、歴史ある街並みの名物建築にちょっと寄り道してくれることに。街道歩きと歴史にまつわる楽しいお話が繰り広げられる。

開催場所・会場 玉川の湯(金魚湯)
料金 料金
※蔵の街かど映画祭チケット(1000円で3回鑑賞可)1回分
開催日・期間 5月18日※17:30開場 終了時間は予定
開催時間 18:00~19:30 
電話 0282-25-2356 栃木市観光協会

| | Comments (9) | TrackBack (0)

ラーメン屋の行列を横目にまぼろしの味を求めて歩くを読みつつごはん

 ゆうべの味噌汁は自信作であった。物はすべてそのへんのスーパーマーケットで買った市販品だけど、ちゃんと作ったからね。
 まず出汁をとるときは絶対に煮立たせないないようにして、沸点より若干低めを保つように心掛けた。具は、肉豆腐を作った後で余った長ネギの青いところと、一本残っていたミョウガと、ショウガである。ネギはみじん切り、ミョウガは輪切りにして、先に投入。後からショウガひとかけらを針状に切って投入。こうすると味がよく出るので、味噌が少なめでも大丈夫なのだ。減塩効果もある。

 その味噌汁が一杯分だけ残っていた。自分一人の昼食でお金を使うのも馬鹿馬鹿しいので、件のスーパーマーケットで屑のような成形肉を買ってきて、炒め、適当に焼肉のタレで味をつける。適当でいいのである。メインはそっちじゃなくて春キャベツのほうだから。柔らかい春キャベツは芯のところまで食べられる。山盛りの千切りキャベツの上に出鱈目焼肉を乗せると、熱で少しずつしなっていく。それをわしわし食うのである。

 そして〆に味噌汁と納豆。まず納豆でご飯を三分の一だけ食べる。次に薬味だけの味噌汁の具をあらかた浚って食べてしまい、その中に残った納豆混じりのご飯を投入するのである。そしてかき回してずるずる食べる。おいしい。私は納豆にネギを混ぜるのが大好きだが、この場合はネギに加えてミョウガとショウガの香りや味も染み出しているのだからまずかろうはずがない。全部食べたら、納豆のねばりが付着している茶碗に朝入れてほぼ出がらしになっているお茶を注いでぞぞぞと飲む。これはあまり濃くないお茶のほうがおいしい。納豆の味がお茶と混じるとき、あまり濃いと喧嘩をしてしまうからだ(そういうときは中ぐらいの梅干を投入する)。ぬめりをほとんどお茶で洗って飲んでしまい、ご馳走さま。洗いものも簡単でいい。

 お行儀が悪い? 失礼、一人で仕事の合間に食べる食事なもので。
 だいたい私は昼飯を立ったまま食うのである。うちの台所はアイランドキッチンというやつで、いずれはそこに椅子を並べて食事もしよう、とか引っ越す前は言っていたのだが、沙汰止みになってしまった。私一人がそこで立ち食いしているのである。お行儀悪いから止めなさい、とはよく言われるのだが、一人のときには気兼ねなくそうやっている。

 食べ物のことを書いたのは、食事しながら読んでいた(ながら食べです。失礼)勝見洋一『ラーメン屋の行列を横目にまぼろしの味を求めて歩く』(朝日新聞出版)の影響だ。勝見さんは四月に亡くなってしまった。1949年生まれだから、まだ60代の若さである。ほぼ一か月後にそれを知り、私は愕然とした。
 勝見さんの本業は美術評論家なのだが(家業は美術商で、親の命によって中学生のころから東西を往復して旗師の真似事をしていたというのだから筋金入りだ)、無調法なものでそちらのお仕事についてはよく知らない。というよりも『ラーメン屋の行列~』で私は勝見さんを意識するようになり、それ以外の本に手を出した次第なので、晩年しか知らない俄か読者ということになる。

 2009年に本書を読んだときはまさに衝撃であった。陶然としたというか、食べ物のことを扱ってこんなに厭味がなく、かつ構成のしっかりとした文章を書ける人がいたのか、と蒙を啓かれる思いがしたのである。食についての文章はもっとも力のいる分野であり、下手な人の書いたものはまったく読むに耐えない。私は好きで食に関する本をよく買うのだが、最後まで読み通すことができずに投げ出してしまうことも多い。食味についての文章は五感の官能について書かれたものなのだから、それは当然なのである。感覚をいじってくる文章が愚劣なものだったら、下手をすれば気分まで悪くなってしまう。また、一人よがりな感覚だけを押し付けてくるものも、それはそれで他人の自慰を見せられているような気分になって気持ち悪い。しっかりとした構成が不可欠なのである。

 勝見さんの文章にはそれがあり、かつ、滲み出てくる教養があった。文化大革命時に北京中央文物研究所に勤務していた経験があり、若い頃に中華三昧の暮らしを送っていたという。それについて、こう書く。

 

--これはまったくの笑い話だが、私は日本料理の才能がない。私の作った日本料理は、どう冷静に味わっても中華の味がするのだ。スーパーでマグロの刺身を買おうと思い、切ってあるのよりサク取りのほうが六十円安い。目分量で見ると、サク取りのほうが二切れほど多そうだ。どう計算しても百円ほどトクである。だったら迷うことなく家で包丁で切るのだが、恐るべし、切れないステンレス製包丁で切るだけで油臭い味がつくのだ。油なんて使っていないのに。出した人に「これカルパッチョ?」なんて言われる。(「職人の精神風土の味」)

 こういう風に自虐を交えたユーモアのセンスもある。この本自体は、今では容易に口にすることができなくなった「まぼろしの味」について書いた本だが「琵琶湖のもろこ」のような珍しい食材から、著者が通っていた港区立桜川小学校(廃校になったらしい)のヤキソバの味など、広きにわたっている。つまりゲテモノも扱っているのだ。さらに言えば、文化批評の味もある。

 

--なにかがおかしい。職人は頑固なものだ。しかし今のラーメン屋はみんな頑固というよりも傲慢で頑迷じゃないか。(「新興宗教とラーメン」


 

--実をいうと肉よりも久しぶりにこの店でグレービーソースを味わいたかったのだ。/まったく最近はどこに行ってもデミグラスソースばかり。そんなのよりもっと凝った、輝くように透明で味わい深いソースをあったのをみんな忘れてやしないか。(「懐かしのグレービーソース」)

 

--テレビ局よ、頼むからアナウンサーやキャスターに、「おいしい」と言えば正確に意味が伝達できるのに、「あっ、甘いですね」「あっ、やわらかいですねぇ」と言わせないでほしい。それがどんどん日本人の画一化を助長していく。二、三十年前にも「あっ、さっぱりしてますね」を流行らせて、濃厚な美味を日本から駆逐するのに大加担したでしょ。(「ほんとうの米」)

 おそらく私の食事など勝見さんから見ればゲテモノにも程があると思うし、私も勝見さんのような域に自分が達しようとは思っていない。ただわかるのは、人には持ち前の舌というものがあり、それを宿命として受け入れながら自分なりの文化を作っていくしかないということである。それは自省にもつながっていく。自身の味覚が、ひいて言えば五感が、どの程度鈍く、平凡なものかということを勝見さんの文章を読めば理解できるのである。文章はセンスではなく論理の賜物であり、構築なき書き散らしは恥の撒き散らしに過ぎないことを本書はそれとなく教えてくれた。偉大な本であると思う。

| | Comments (11) | TrackBack (0)

ダ・ヴィンチのライター募集は本当にブラックなのか?

「「ダ・ヴィンチ」のアニメライター募集がブラックな件」というtogetterまとめが目に入ったので覗いてみたら、知人のコメントがまとめられていたのでふむふむと読んだ。それでリンク先を見て、ちょっと違和感を覚えたのである。

 雑誌全盛期だったら、このくらいハードルを上げられても、誰も文句は言わなかったような気がする。

「ダ・ヴィンチ」誌が出している条件を引用してみる。アニメだと私は門外漢なので、専門である「ミステリー」に翻案してみるよ。後ろに※をつけたのが、翻案した条件だ。

【条件】
・関東近県にお住まいの方。(都内まで1時間以内に来れる方)
・定職や定期的なスケジュールのない方。(時間が自由な方)
・ミステリーやサブカルチャー媒体の執筆経験のある方。(未経験者相談)※

【求めるスキル】
・情報収集能力(ネットの流行、トレンドに敏感で好奇心が旺盛)
・企画立案能力(受け仕事だけでなく、自ら能動的に動ける)
・毎月出るほとんどのミステリーを読んでいる(好き嫌いしない)※
・物怖じせずに取材やインタビューが出来る。
・最低限のコミュニケーションが取れる。
・一眼レフのカメラを持っており、それなりに撮影経験がある。
・Photoshopなどを使って、画像編集(リサイズ)の経験がある。
・ミステリードラマ、俳優、古本屋事情、グッズなど人には負けない知識がある。※
・すぐにレスポンスができる(ほうれんそうを後回しにしない)

◎社会常識を持ち合わせている。約束を守る。納期を守る。

 うん、これ、1990年代だったら当たり前につきつけられていた条件だ。それがいいとか悪いとかではなくて、ライターの世界が「買い手市場」であり、志願者が今よりもずっと多かったのである。なので、その中から編集部は人材を選ぶことができた。私がよく知っているのはもちろんミステリー関連業界だけなのだが、周辺ジャンルの噂ぐらいは知っている(たとえば呆れるほど劣悪な条件であったにも関わらず志願者が引きもきらなかったターザン山本時代の「週刊プロレス」とか)。15年前だったら、この条件を出されてもびっくりする人間はいなかっただろうと思うのである。

 ではなぜこれが今話題になるのかといえば、理由は一つである。「ライターは稼げない」という職業上の常識が広く知れ渡ったからだ。上の条件提示に待遇面のことがまったく書いてないが、ライター募集というものは昔からこうだったはずだ。それでも夢を見て世界に飛び込んでくる若者がいくらでもいたのだが、最近では知識が増え、知恵がついて、もっと慎重になったのである。まあ、それはいいことだ。なにしろ職業選択に関することなのだから、軽挙妄動はしないほうがいい。これは老婆心ながら書いておくが、応募者に対して編集部は報酬額の話をしてあげてもらいたい(許される範囲のことだと思うのでちょっと書いておくが、「ダ・ヴィンチ」の原稿料は極端に高くも低くもない)。なかなか聞きにくいのですよ。この募集ページで書く必要はないと思うが、人生設計にかかわる問題なので、求職者には積極的に教えてあげてもらいたいのである。

 で、応募を考えている人に言いたい。
 もしあなたがアニメが大好きで、一定のコミュニケーション能力を要していると考えているならば、とりあえず挙手してみてはいかがだろうか。この場合のコミュニケーション能力とは、「スケジュール帳を持って、その通りに行動することができる」「初対面の人とも相手を不快にしない程度愛想よくして、日常会話が成立する」「新入社員向けのビジネスマナー書を買って、そこに書いてあることを馬鹿にしないで実践できる(自信がある)」くらいでいいのではないかと思う。

 で、厳しいと言われている条件だけど、そんなに難しいことだろうかと思うのである。

 まず撮影技術のことだが、これはプロのカメラマンになれと言っているわけではなく、物撮りや、カメラマンを同行させるほどではない取材のときは自分で撮ってくれ、という程度のことだろうから(基本的に「ダ・ヴィンチ」はどんな小さなインタビューでもカメラマンを同行させるので、被写体はたぶん人間ではないと思う)、日曜写真家向けの本でも一冊読めばなんとかなるのではないか。一眼レフはまあ、買うしかない。

 次に画像編集のことだが、リサイズぐらいだったらPhotoshopのような高額なソフトがなくてもなんとかなるだろう。実は私も大昔にPhotoshopを買って画像をいじる勉強をしたことがあるが、上に書かれている条件だったら、今でもこなせそうな気がする。

 そして「ほとんどの作品を視聴している(上の例だとほとんどのミステリーを読んでいる)」問題だが、これは全クールにわたって全部の作品を最後まで観ろと言っているわけではないはずだ。いや、そうするべきだろうが、仕事との兼ね合いもある。「好き嫌いしない」と断り書きがあるように、スタッフとか声優とか原作とかで観る観ないを決めるのではなくて、とりあえずなんでも手を出すという姿勢が問われているわけである。たとえば私はミステリー書評を仕事にしているが、「○○の書いた作品は読まない」と言い出せばどんどん仕事の幅は狭くなっていくし、依頼もしづらくなる。そういう「使いにくい人」は要りません、と編集部は言っているだけだ。大丈夫、あなたの技能が一定以上に達していると認められれば、「今期は視聴必須の作品が多すぎますから○○さん情報共有してがんばりましょう」ぐらいのことは編集者から言ってくる。ダイジョブ。そんな超人性は求めていないと思う。

 以上のように書くとまるで「編集部を舐めてかかれ」と言っているように見えると思うが、その通り、舐めてかかればいいと思う。その代わり、誠意をもって、自分を大きく見せるような嘘は吐かず、編集者の立場を尊重し、いっしょに仕事をするにはどうしたらいいか、という協調の気持ちで話をすればいいのである。最初から相手に要求のすべてを飲ませるつもりで行くのではなくて、どうすれば一緒に仕事ができますかね、と相談するつもりで。それ、大事なことね。

 とはいえ、編集者も千客万来ではないだろうし、応募者をふるいにかけて上位者だけを獲りたいと思っているはずである。応募したあなた方のうち、9割9分は落ちるだろう。しかし、そういうものなのである。一緒に仕事をしたい、とどんなに願っていても、すべての人に仕事を与えるわけにはいかないのだから。編集者もきっと断腸の思いであなたを切ったに違いない。もし落ちてしまったら、そう思って高を括っていればいいのだ。編集者は別にあなたの人格すべてを否定したわけではなく、たまたまその職場で働いてもらうには条件が合わなかっただけなのだから。

 客観的に観て、こんなに条件のいいライター募集というのはあまりない。「ダ・ヴィンチ」というのは駅売りやコンビニ売りの雑誌であり、全国規模で六桁の売上げを持っている。もちろん雑誌や出版社が好みではない、という人もいるだろうが、だとしても私情を押し殺して挑戦する価値は十分にあるはずだ。それでもって実際に仕事をしてみて条件が思ったほどいいものでなかったら、礼を尽くして辞めてしまえばいいだけの話である。その場合は出版社も姿勢を改めるべきだろうから、ぜひ対話をしてから職を辞するようにしてもらいたい。

 私は別に「ダ・ヴィンチ」の回し者ではないが、1990年代から2000年代にかけて「な、なにか仕事を」と餓えながら売り込みをしていた時代のことを思い出すと、先入観だけでこの募集を忌避してしまうのは(そして、そういう印象を拡散しすぎてしまうのは)よくないと感じたのである。ライター志望者には貪欲、強欲であってもらいたい。さもしすぎる程度でなければ。そして、気持ちを強く持ってもらいたい。へこむな。ひるむな。家から出て、原稿を書きに行け。どんどん金を稼げ。

 言いたいことはあと一つだけ。「ダ・ヴィンチ」編集部にも、もちろん覚悟が求められる。こうやって募集した人材を絶対に使い潰さないでもらいたい。ライターというのは育成が必要な職業だ。それをやれるのは、日常的にOJTを行っているといってもいい編集者だけなのである。将来のスター候補生の芽を摘むのも、大樹に育て上げるのも編集者だ。あなたの回す仕事がライターを強くしていく。そして即戦力といっていいほどに出来上がったライターにも必ずのびしろはある。それを見極められない編集者が、ライターを削っていく。さらに上を目指せるのに抜擢の仕方が悪くて衰えていったライターを私は何人見てきたことか。編集者の「この人はこのくらいだろう」という決めつけ、思いあがりがライターを殺すのだ。今回応募してくる中には必ず将来ドル箱になってくれる人材がいる。そのつもりでぜひ、長い目で育成してあげてもらいたい。少なからず「ダ・ヴィンチ」という媒体に恩義を感じているライターからの、以上はお願いである。

| | Comments (1) | TrackBack (0)

AXNミステリーBOOK倶楽部最後の収録に行ってまいりました

 16年間続いた番組も、今回の収録で幕を閉じる。私がレギュラーになったのは現行体制になってからなので7年前であり、実は半分も出演はしていない。番組の最初からいるのは香山二三郎、豊崎由美のお二人で、大森望氏がそれに次ぐキャリアである。CSとはいえ、自分がテレビに定期的に出演していたという事実が、今となっては不思議である。そういえばゲストで招かれたのはまだ会社員だったときで、「これで会社から咎められるようなことがあったら、いっそのこと辞めてしまおう」と肚を括って出たのであった。年末の闘うベストテン特番で、収録は本格ミステリー大賞の贈賞式が行われる文京区本郷の、鳳明館森川別館である。国内篇の収録中に豊崎さんと茶木則雄さんが大喧嘩になり(いわゆる『柔らかな頬』事件)、海外篇出演で呼ばれた私は1時間近く待つことになったっけ。

 最後とはいえ特別なことはなく、淡々と収録は進んだ。いつもと違っていたのはやたらと外を大型車が通っていたことで、音声からしばしば中断指示が出た。何度目かの中断のとき、誰かがぽつりと「まるで収録を終わらせまいとしているみたいですね」と呟いたのである。

 終了後は近所の居酒屋で打ち上げ。番組終了とともに現場を離れたり、制作会社自体を辞めたりする方もいるということで、このメンバーでもう一度集まることはもうないのだと痛感させられた。番組には感謝の気持ちしかない。どうもありがとう。それと、公式宛てにメッセージをくださった方、頂戴した文章は打ち上げの際に読み上げていただき、拝聴いたしました。番組を愛してくださったことに御礼申し上げます。

 そんなわけであと一回だけの放送ですが、みなさんよろしければご覧になってください。

| | Comments (1) | TrackBack (0)

博麗神社例大祭御礼申し上げます。

 昨日は8時半近くに東京ビックサイトに到着した。もう少し早く着くつもりだったのだが、一本電車を乗り逃がしてしまったのである。ブースのお手伝いをしてくださるHさんはもう来ていて、準備を始めていた。印刷会社から届いていたダンボール箱を開け、作業に入る。本にカバーを巻かなければいけないのだ。
203411336_624v1399829594
 上の写真で手前に見えているのが完成形で、その上が折ってない状態のカバー、そして白い表紙の文庫本である。えー、『東方同人誌マストリード100の・ようなもの』は表紙印刷をしていないので、カバーを外すと何の本だかわからなくなります。ご注意を。

 約1時間かけて半分程度セッティングできたが、これは足元の箱にしまってさらに折り続ける。結局すべてカバーをつけられたのは開場後であった。

 午前十時半、一般入場が始まる。壁サークルに向けてどっと人波が押し寄せてくるが、うちは無縁……と思っていたら早速お客様で、しかも二冊も買ってくださった(ご友人に贈られるのだとか)。それからは定期的に本が売れていき、午後一時半までは対応のために退屈することもなかった。当初の目標は50冊販売だったのだが、それは午前中でクリアでき、最終的には72冊も買っていただけた。予想をはるかに超える結果であり、お客様には感謝の言葉しかございません。誠にありがとうございます。

 午後2時半ぐらいから店番をHさんにお願いし、主に東方創作話の小説ブースを回る。両手で持ちきれないくらいの冊数を購入できた。小説系の同人誌はほとんど読んだことがないので、楽しみである。

 終了後はHさんと、お客さんで来てくれたHさん(まぎらわしい)と一緒に新宿でささやかな打ち上げ。8時に切り上げて店を出たのだが、そのへんで睡魔に襲われ、どうしたことか家に着いたら10時を過ぎていた。お祭りが楽しすぎたんだね。

 初めてサークル参加した博麗神社例大祭、嬉しいこと、楽しいことばかりの1日でした。東方プロジェクトを知って良かったと思います。

 ところで、『マストリード』の通信販売、委託はしないのか、というお問い合わせをいくつかいただいているのだが、現時点では未定である。杉江と面識・交流がある方は個別にご連絡いただければ幸いです。


| | Comments (1) | TrackBack (0)

どんな気分のときでもごはんを食べる

 昨日「君にも見えるガイブンの星」にご来場いただいたみなさま、ありがとうございました。
『世界が終わったあとの世界で』については、一度自分がいかにこの小説を好きであるかを吐き出さなければ一歩も前に進めない気がすると思っていたので、よい機会をいただきました。作品について話しながら、「あ、自分はこの小説をピカレスク・ロマンの典型として読んでいて、だからこんなに好きなんだ」と理解できたのがいちばんの収穫でした。そうそう。冒険小説ではなくて、ピカレスク・ロマンとしてこれが好きなんですよ、私は。ディケンズとかと同じ箱に入っているんですよ、たぶん。

 小説形式の模倣(スプーフ)としても本書はおもしろく、その話もいろいろさせていただきました。黒原訳がいかに原文のいいところを引き出しているか、という訳文対照ができたのもよかったと思います。レジュメはそのうちどこかに載せようかな。とにかく出演者がいちばん楽しんだ一夜でございました。

 終演後はいつものとおり打ち上げ。途中からなぜか店主の井田氏と、今後のイベントのありようをどうするか、という議論になった。いろいろ率直な意見を聞かせていただいたのは収穫で、中にはちょっと肯んじることのできないこともあったのだが、これも一つの見方として受け止めた。2012年に井田氏に勧められてトークイベントを始め、そろそろ2年が経つが、そろそろ今後のありようを考えるべきときに来たように思う。仕事の全体を見直し、仕切り直しをすべきものはそうしなければならない。

 まあ、おいおい考えていきます。

| | Comments (2) | TrackBack (0)

今日の気分はそうでもない(昨日は最悪の気分だった・続き)

(承前)


 銀行から帰ってきました。
 何をしに行っていたかというと、明後日の第11回博麗神社例大祭で使う釣り銭を準備しに行っていたんですね。明後日は同人誌「東方同人誌マストリード100の・ようなもの」の頒布日なわけです。どんなに厭なことがあっても、明後日になれば例大祭で楽しい。それがとりあえず気持ちを前向きにしてくれた最初の材料でした。

 (1)昨日は厭な日でも明日もそうとは限らない。

 あと、昨夜落語会に行って気分転換したのもよかったかもしれません。落語を聞いても別に人生が好転したりはしないわけですが、なんというんでしょうか。落語の場に自分を置く効果というものがまずある。泥沼のような状況から無理やり体を引っこ抜いて、非日常、かつ真面目なことを何一つ重んじない場に置いてしまうのです。それによって、ごたごたから気持ちを切り離してしまう。そうやって、三時間弱落語の中に身を浸すことにより、少し気分がほぐれたような気がいたしました。

 (2)しがらみがたくさんあるときこそ、それを断ち切ってゼロの場所に自分を置く。

 でもってちょっと気持ちがましになったので、今日は朝から仕事をいたしました。とりあえず全部の原稿を間に合わせることは不可能、と改めて見積もりました。これは本当に申し訳ない。なので早朝から原稿を書き始め、相手が会社に着いたころを見計らって電話とメールでお詫びの連絡を入れました。延ばしてもらえるものは延ばす。そうではないものもひたすら詫びを入れてお願いする。まだ連絡がついていないところもあるのですが、なんとか〆切のうち三分の一は土~月の入稿でも大丈夫ということになりました。

 (3)迷惑をかけている相手にはまず謝って、お互いの心の負担を減らす。

 で、ちょっとずつ原稿を書いていって、午前中に一つ長いものが終わりました。これは気持ちが楽になりますね。本数でいえば一本減っただけなのだけど、大きい仕事だから、一気に30パーセントぐらい仕事のゲージが減ったような感覚がある。こういう仕事が片付くのは非常にいいことです。そしてさっき、もう一本原稿を送りました。こっちはもう少し短い原稿です。数でいうとようやく25パーセントが終わったに過ぎないのだけど、なんだか半分くらい片付いたような感覚です。

 (4)山積みになった仕事は、一つ片付けるだけで心を塞いでいるものが大きく減る。

 もちろんその状態に甘えないように、進捗をメモしておくことは大事です。〆切を待っていただいた皆様、もちろん浮かれているわけではありませんので、どうぞご安心を。
 なにはともあれ、これで多重債務状態(一)は少し軽減されました。

 今からやろうとしているのは、今日のイベントの資料作りです。今日は、とりあえずこれに打ち込もうと思います。今回はいろいろあって準備が遅れたし、正直言えば告知や集客もうまくいっていないのですが、それはそれ、これはこれ。とりあえずイベント時間を充実させることに集中したい。雑音を消して、とりかかるつもりです。

 (5)さしせまった用件を片付けるときは、雑念が浮かばないように密室に入る。

 それに伴って今回のメインになる作品、ニック・ハーカウェイ『世界が終わってしまったあとの世界で』(ハヤカワ文庫NV)をもう一度ざっと読み返してみたのですが、これはやはり本当に素晴らしい小説でした。気分が持ち直したのには、この小説の好きなところを拾い読みしたのもいい効果があったと思います。

 (6)好きな物語の好きなところは何度でも読み返せる。

 まだ小説を読んでいない人も多いと思うので詳しく書けないのは非常にもどかしいのだけど、私がこの作品からもらった感じ、なんか胸の奥がすうっと晴れるような感じにいちばん近いものを紹介しましょう。

 もし関心があれば、これを見て下さい。

 のどごし生夢のドリームカンフー篇

 何かに似てると思ったら、これだ、このメイキングを見たときに感じたものに、ちょっと似てるんだ。

 (7)カンフーは正義。

 そんなこんなで気分も上向いてきたのだけど、やはり自分がどうやると落ち込まずに済むかを書き出してみるのは大事ですね。

 (8)文章を書いて暮らしている人間は、文章を書くと気分がよくなる。

 そういう言い方をするとなんかすごく単純な人間であるような。

 (9)単純な人間でも別にいいじゃない。

 そりゃそうだね。

 (10)うん。

 というわけで、今はなんとか目の前の仕事をぶっとばしてやるぜ、ぐらいに気分は回復しました。今夜のBiriBiri酒場かもしくは明後日の例大祭か。とにかくイベントで会える人はお会いしましょうな。

 おしまい。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

昨日は最悪の気分だった

 やあ、みなさん。こんにちは。
 杉江松恋です。
 気分はいかがですか? 上々ですか?

 実は、昨日の私はずんと落ち込んでいました。本当に最低で、自分が最悪の人間になったようにさえ思っていました。なんだろう、この気持ち。おなかが空いていたのが悪いのかな。水木しげる理論だと、おなかがすいたにんげんはろくなことをしないからな。

 まあ、今となってはいろいろな理由が複合した気分であったことはわかっているのです。困難は分割する。これ、人生における基本ですが、私も分割してみたわけですね。

 一つめ。仕事の〆切が多重債務状態で恐ろしい状態になっていたこと。

 これはまあ自業自得なのですが、今週中に書かなければいけない原稿が山のように溜まっていたのに、まったく終わりが見えない状態になっていたのですね。原稿は進まない。時計の針は刻一刻と終末に向けて動いていく。その追いつめられた状態が心の負担になっていたのでした。私、プレッシャーに弱いのです。

 二つめ。イベントの準備がまったく進んでいなかったこと。

 本日19時から「君にも見えるガイブンの星」イベントがあります。そして来週末には栃木市において、えのきどいちろうさんと「日光道でしょう」のトークイベントが。忙しかった、というのは言い訳になるんですが、その準備がまったくできていなかったんですね。イベントで人前に出て恥をかくぐらいは全然構わないのですが、集客できずに会場に迷惑をかけたり、来てくださったお客さんにつまらない思いをさせてしまうのは申し訳ない。そういう意味でこれまたプレッシャーに打ち負かされていたのでした。

 三つめ。仕事がまた一つ終わる予定。

 すでにツイッターでは報告しましたが、AXNミステリーの「BOOK倶楽部」が次回収録の6月放送分で終了します。そうなると月収がまた減ってしまうわけです。その事実にががーんと打ちのめされていたところに昨日、昔仕事をしていて、今はちょっとそこから離れていたメディアが、新しい人を入れた形で再開していたのを発見してしまったのですね。私にはもちろん連絡なし。ということはつまり切られていたというわけです。がががーん。まあ、フリーランスである以上、これはどうしようもないことですが、だからといって「あ、そう。仕方ないよね」と笑っていられるほど人間が大きくもない。まあ、くよくよしていたわけです。

 四つめ。

 まだなんかあったかな。あ、そうそう。弱り目に祟り目とはこのことで、こういう風に落ち込んだ心理状態になっていると、つまらないミスをしてしまうものです。積み上げた本の山が崩れる。ゴミの分別を間違えて、燃えないゴミのところにお茶の葉を捨ててしまう。母の日に贈るはずだった荷物の宛先を間違えてしまったことに気がついた。予想外の出費でそんな大きな額でもないけど損をすることになった。東方の同人誌を買ったらまたダブった。などなど。

 そんなこんなでたいへんに腐っていたわけですよ。
 あ。

 五つめ。時間がなくて整形外科に行けていない。

 というのもあったな(腰痛で牽引に通っているのです)。

 そんな落ち込んだ気持ちをどうやって回復させたか、ということは次の記事で書きます。このラッキーストーンを買ったおかげで病気が治って彼女もできて、


 ……なんてことは書かない。(つづく)
 

| | Comments (1) | TrackBack (0)

『東方同人誌マストリード100の・ようなもの』まえがきを公開します

Cover

 ま え が き

 はじめまして。
 杉江松恋と申します。これは、私が初めて作る東方同人誌です。
 私の本業はライターで、主に国内外のミステリー小説などをとりあげて書評をすることでお金をいただいております。つまり、本をたくさん読むことが仕事の内に含まれます。
 昨年、私は日経文芸文庫というレーベルから『読み出したら止まらない 海外ミステリーマストリード100』という本を上梓しました。新刊書店で手に入る中から、今読むべき百冊を選ぶという趣旨の本です。海外(翻訳)ミステリーをたくさんの人に読んでもらいたいという思いから、百冊以外にもなるべく多くの書名を挙げるように配慮いたしました。
 今回、その形式に似せて東方同人誌を作ってみたいと思ったとき、一つ懸念材料がありました。私が東方プロジェクトの世界に親しみ始めたのはここ数年のことで、とてもその全域を網羅しているとはいえないからです。したがって今回は自分が読んだ中から、これは私にはおもしろかった、とても感銘を受けた、というもののみをご紹介いたします。ミステリーのときは「これは全員が読むべきだ」という確信を持てたので「マストリード」でしたが、今回は「あくまで私の狭い視野においては」という留保条件がついてしまうのです。ゆえに「の・ようなもの」といたしました。また、同人誌という性格上、すでに流通していなかったり、希少価値がついていて手に入らないものもあると思います。そういう本については、紹介文を見ていただければなんとなく雰囲気は伝わるように描いたつもりです。「そういう本を書く作家さんは、機会があったら読んでみたいな」くらいに受け止めていただけますと幸いです。
 今回とりあげた本のほとんどが個人誌であり、かつ全年齢対象のものです。また、すべて漫画表現を用いたものとし、小説や評論は省くことに致しました。成年対象のものを取り上げないのは、私が十分な量を読んでいないためです。漫画に限定したのもそういう理由で、小説や評論に関しては、いずれ別の機会に書いてみたいと思っています。
 書評とは、自分の読書体験の感動をできるだけ多くの方に知っていただくことから始まります。その思いを伝えることで、少しでも表現の場が豊かになれば、これに勝る喜びはありません。私は多くの感動をこれらの同人誌から頂戴しました。東方プロジェクトを知っていなければ決して味わえなかった喜びです。原作者のZUN様、及びすべての同人作家の皆様に深く感謝を申し上げます。また、赤色バニラのくま様には美麗なイラストを描いていただきました。加えて御礼申し上げます。
 この素晴らしい幻想郷が、ずっとずっと続いていきますように。

                    杉江 松恋


| | Comments (9) | TrackBack (0)

« April 2014 | Main | June 2014 »