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ラーメン屋の行列を横目にまぼろしの味を求めて歩くを読みつつごはん

 ゆうべの味噌汁は自信作であった。物はすべてそのへんのスーパーマーケットで買った市販品だけど、ちゃんと作ったからね。
 まず出汁をとるときは絶対に煮立たせないないようにして、沸点より若干低めを保つように心掛けた。具は、肉豆腐を作った後で余った長ネギの青いところと、一本残っていたミョウガと、ショウガである。ネギはみじん切り、ミョウガは輪切りにして、先に投入。後からショウガひとかけらを針状に切って投入。こうすると味がよく出るので、味噌が少なめでも大丈夫なのだ。減塩効果もある。

 その味噌汁が一杯分だけ残っていた。自分一人の昼食でお金を使うのも馬鹿馬鹿しいので、件のスーパーマーケットで屑のような成形肉を買ってきて、炒め、適当に焼肉のタレで味をつける。適当でいいのである。メインはそっちじゃなくて春キャベツのほうだから。柔らかい春キャベツは芯のところまで食べられる。山盛りの千切りキャベツの上に出鱈目焼肉を乗せると、熱で少しずつしなっていく。それをわしわし食うのである。

 そして〆に味噌汁と納豆。まず納豆でご飯を三分の一だけ食べる。次に薬味だけの味噌汁の具をあらかた浚って食べてしまい、その中に残った納豆混じりのご飯を投入するのである。そしてかき回してずるずる食べる。おいしい。私は納豆にネギを混ぜるのが大好きだが、この場合はネギに加えてミョウガとショウガの香りや味も染み出しているのだからまずかろうはずがない。全部食べたら、納豆のねばりが付着している茶碗に朝入れてほぼ出がらしになっているお茶を注いでぞぞぞと飲む。これはあまり濃くないお茶のほうがおいしい。納豆の味がお茶と混じるとき、あまり濃いと喧嘩をしてしまうからだ(そういうときは中ぐらいの梅干を投入する)。ぬめりをほとんどお茶で洗って飲んでしまい、ご馳走さま。洗いものも簡単でいい。

 お行儀が悪い? 失礼、一人で仕事の合間に食べる食事なもので。
 だいたい私は昼飯を立ったまま食うのである。うちの台所はアイランドキッチンというやつで、いずれはそこに椅子を並べて食事もしよう、とか引っ越す前は言っていたのだが、沙汰止みになってしまった。私一人がそこで立ち食いしているのである。お行儀悪いから止めなさい、とはよく言われるのだが、一人のときには気兼ねなくそうやっている。

 食べ物のことを書いたのは、食事しながら読んでいた(ながら食べです。失礼)勝見洋一『ラーメン屋の行列を横目にまぼろしの味を求めて歩く』(朝日新聞出版)の影響だ。勝見さんは四月に亡くなってしまった。1949年生まれだから、まだ60代の若さである。ほぼ一か月後にそれを知り、私は愕然とした。
 勝見さんの本業は美術評論家なのだが(家業は美術商で、親の命によって中学生のころから東西を往復して旗師の真似事をしていたというのだから筋金入りだ)、無調法なものでそちらのお仕事についてはよく知らない。というよりも『ラーメン屋の行列~』で私は勝見さんを意識するようになり、それ以外の本に手を出した次第なので、晩年しか知らない俄か読者ということになる。

 2009年に本書を読んだときはまさに衝撃であった。陶然としたというか、食べ物のことを扱ってこんなに厭味がなく、かつ構成のしっかりとした文章を書ける人がいたのか、と蒙を啓かれる思いがしたのである。食についての文章はもっとも力のいる分野であり、下手な人の書いたものはまったく読むに耐えない。私は好きで食に関する本をよく買うのだが、最後まで読み通すことができずに投げ出してしまうことも多い。食味についての文章は五感の官能について書かれたものなのだから、それは当然なのである。感覚をいじってくる文章が愚劣なものだったら、下手をすれば気分まで悪くなってしまう。また、一人よがりな感覚だけを押し付けてくるものも、それはそれで他人の自慰を見せられているような気分になって気持ち悪い。しっかりとした構成が不可欠なのである。

 勝見さんの文章にはそれがあり、かつ、滲み出てくる教養があった。文化大革命時に北京中央文物研究所に勤務していた経験があり、若い頃に中華三昧の暮らしを送っていたという。それについて、こう書く。

 

--これはまったくの笑い話だが、私は日本料理の才能がない。私の作った日本料理は、どう冷静に味わっても中華の味がするのだ。スーパーでマグロの刺身を買おうと思い、切ってあるのよりサク取りのほうが六十円安い。目分量で見ると、サク取りのほうが二切れほど多そうだ。どう計算しても百円ほどトクである。だったら迷うことなく家で包丁で切るのだが、恐るべし、切れないステンレス製包丁で切るだけで油臭い味がつくのだ。油なんて使っていないのに。出した人に「これカルパッチョ?」なんて言われる。(「職人の精神風土の味」)

 こういう風に自虐を交えたユーモアのセンスもある。この本自体は、今では容易に口にすることができなくなった「まぼろしの味」について書いた本だが「琵琶湖のもろこ」のような珍しい食材から、著者が通っていた港区立桜川小学校(廃校になったらしい)のヤキソバの味など、広きにわたっている。つまりゲテモノも扱っているのだ。さらに言えば、文化批評の味もある。

 

--なにかがおかしい。職人は頑固なものだ。しかし今のラーメン屋はみんな頑固というよりも傲慢で頑迷じゃないか。(「新興宗教とラーメン」


 

--実をいうと肉よりも久しぶりにこの店でグレービーソースを味わいたかったのだ。/まったく最近はどこに行ってもデミグラスソースばかり。そんなのよりもっと凝った、輝くように透明で味わい深いソースをあったのをみんな忘れてやしないか。(「懐かしのグレービーソース」)

 

--テレビ局よ、頼むからアナウンサーやキャスターに、「おいしい」と言えば正確に意味が伝達できるのに、「あっ、甘いですね」「あっ、やわらかいですねぇ」と言わせないでほしい。それがどんどん日本人の画一化を助長していく。二、三十年前にも「あっ、さっぱりしてますね」を流行らせて、濃厚な美味を日本から駆逐するのに大加担したでしょ。(「ほんとうの米」)

 おそらく私の食事など勝見さんから見ればゲテモノにも程があると思うし、私も勝見さんのような域に自分が達しようとは思っていない。ただわかるのは、人には持ち前の舌というものがあり、それを宿命として受け入れながら自分なりの文化を作っていくしかないということである。それは自省にもつながっていく。自身の味覚が、ひいて言えば五感が、どの程度鈍く、平凡なものかということを勝見さんの文章を読めば理解できるのである。文章はセンスではなく論理の賜物であり、構築なき書き散らしは恥の撒き散らしに過ぎないことを本書はそれとなく教えてくれた。偉大な本であると思う。

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Comments

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