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哀しい昼ごはん

 12年前にこの街に引っ越してきた。
 元いた街と決定的に違っていて、そして大嫌いなのが、食の環境が貧弱な点である。

 街全体が勘違いをしていて「おしゃれ」を目指している。しかし住人から見ると浮き足立っているだけであり、もっと落ち着けばいいのに、とさえ思う。
 おいしくコロッケを揚げてくれる肉屋の一つないのに、大きな顔をしないでもらいたい。
 ここに越してきたころは一軒だけコロッケを売っている店があったのだが、再開発でなくなってしまった。
 近所のスーパーのコロッケはラードではなくてマーガリンを使って揚げたのかと勘違いしてしまいそうな、おかしな油の味しかしないので、絶対に買わないようにしている。

 五分ほど離れた場所にラーメン屋ではない普通の中華屋があって、そこだけが心の支えである。グルメサイトとかラーメンマップに載るような店ではない、本当に街の中華屋だ。ここも元あった場所から再開発で立ち退いて、今の場所に移ったのである。店がなくなってしまったときは、この先どうやって生きていったらいいのだろう、と目の前が暗くなる思いがした。いや、大袈裟ではなくて。戻ってきてくれて本当にほっとしている。

 とても好きなのだけど、さすがに毎日は行けない。
 飽きてしまうからだ。
 あの店に飽きてしまうと、もうこの街で食事をすることはできなくなる。
 嫌に獣臭いラーメン屋とか、馬鹿高いプレートランチを出すカフェとかしかなくなってしまうのである。
 だから極力行かないようにしている。
 たまに家族で晩飯を食べに行くときだけに限定しているのである。
 そのときにおいしいく餃子を食べられるよう、普段は我慢しているのだ。
 こういうところで闘うのは無駄なことのような気もするが、私は闘う。

 駅の近くに勘違い横丁と名づけた場所がある。
 ただでさえ勘違いした街なのに、さらに勘違いした店が集まっているからである。
 私が不思議なのは、この勘違い横丁で「街コン」なる行事をやっていることだ。
「街コン」のなんたるかを私は正確には理解していない。
 たぶん「合コン」みたいなものを、いくつかの店を回遊しながらやる、というようなものだと思うのですが、この理解合ってますか?
 つまり「街場の合コン」だ。

 別に「街場の合コン」自体には異論はない。
 私は参加しないが、したい人は参加して楽しめばいいと思う。

 不思議だというのは、それを勘違い横丁でやっていることだ。
 他にもっと綺麗な店はあるのだから、そこでやればいいと思うのだがどうか。
 特にXを使っているのが不思議である。

 Xは中華料理屋というか中国レストランというべき店で、大陸の味を売り物にしている。
 私は中国料理好きなので何度か入ったことがある。そのたびにいつも釈然としない思いになって帰ってくるのである。
 一言で表現するなら「しろうとが作ったような味がする」のだ。
 野菜の火の通り方、スープの出汁、調味料の味加減。
 どれをとっても中途半端という印象しかない。

 それに加えて嫌なのは、お店が雑然としていることだ。
 店内はともかく、店の外に燃えやすいダンボールやがらくたなどを放置してあるのはよくない。
 この店は駅前で弁当を販売していることがある。その弁当を運ぶためのケースを夜間は外に置いていたりする。人通りが結構ある場所なのに、酔っ払いとかにいたずらされたらどうするのか。
 つまりそういう無精な店なのだ。そこで街コンねえ。
 結構人も入っているようだし、お客さんが納得ずくならそれはそれでいいのだけど。

 今日は朝から寒く、一階で仕事をしていたもので体の隅々まで冷えきってしまった。
 これは何か温かいものを体に入れないと仕事の続行は不可能。
 そんな気分になってしまった。
 一刻も早く保温効果のあるものを体内に。
 そういう切迫感の虜になってしまったのである。
 なんとしてもすぐに温かいものを。
 そうだ、あそこに。

 というわけでうっかり、Xに入ってしまったのであった。
 入ってから、あ、ここは相性のよくない店だった、と思い出したのだが、後の祭りである。

 Xはランチメニューだけは豊富である。
 たぶん30種類ぐらいあるのではないか。毎日通っても一ヶ月は違うものを食べられる。
 慎重にメニューを検討した。その中のいくつかはすでに一度食べており、あ、二度目はないな、と思ったもののはずなのである。
 何と何がダメか覚えておけばいいのにそれをしない。
 この食に対する向上心のなさが私の欠点である。

 熟慮の末、坦々麺のセットというものにした。
 スパイスの発刊作用でもって、ぜひ体を温めてもらおう。
 なんとなく米を食べたい気分なので、半チャーハンというのはいい選択だ。
 そう思い、自分で自分の決断を褒めたたえた。

 数分で運ばれてくる。
 厨房で女子店員とおしゃべりをしていたコックは鍋をふるった形跡がなかった。
 案の定、チャーハンは作り置きである。
 この店で定食を頼まない理由は、米の飯が不味いからである。
 安い米を使っているのだと思うが、それでも炒め方がよければパラパラとして旨くなる。
 しかし、作り置きのチャーハンにはそういう魔法は望めないのである。
 口にいれるとぼそぼそ、ぼそぼそ、とロッカールームで陰口を叩いている卑怯者のような味がした。

 気を取り直して坦々麺に向き直る。
 大ぶりの唐辛子が上に乗っていて、見るからに辛そうである。
 これなら温まるだろう。
 そう思って蓮華を取り、スープをすくって口に運んでみた。
 一口すする。

 ぬるかった。

 まるで陽だまりの中でまどろむかのような、ぬるいスープだった。

 明日から毎日吉野家で牛丼食おうっと。

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