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たぶん二つの人生を送っていた

 大学を卒業してから10年間一般企業に勤めていたことはいろいろなところに書いている。企業名を明かさないのはあまり綺麗な辞め方をしていないせいで、後ろ足で砂をかけるような形で逃げてしまった。なので公表することは絶対ないと思うが、こんな人間を10年間も雇っていてくれた会社には本当に感謝している。

 そういう辞め方をしたからなのか、実は会社に未練があるのかな、と思うようなことがときどきあった。
 未練はないつもりなので、気が残っているとでもいうのか。
 普通に過ごしているときに、「あ、会社に行かないと駄目なのにな」と思う瞬間があったのだ。

 飯田橋から神楽坂を登っていき、左に折れると閑静な住宅街に入る。
 そのへんを歩いているときに一度、「あ、会社がここに移った」という考えが浮かんできた。
 もちろんそのへんには企業が入るようなビルなどない。ただ、私の目の前には、古色蒼然とした木造の建築物が見えていたのである。三階建てで、門を入って真っ直ぐ行くと中庭になっており、二つの翼棟がそれを挟むようにして存在する。剥きだしの階段が斜めにかかっていて、人々がそこを慌しく行き来しているのである。

 なぜだか私の頭の中には、「資産運用のために本社の建物を売ったのでここに引っ越してきたんだ」という理由づけまで浮かんでいた。
 そんな事実は無いのだが。
 いや、それ以上に、神楽坂の上にそういう時代遅れな木造建築などありはしないのだが。

 私は夢を見ない。というより起床した後に記憶が残らない。
 なのではっきりしたことは言えないが、どうもそういう夢を見たのではないかという気がする。
 それが白昼夢として突然あのときに甦ってきたのではないだろうか。

 そう考えるとたびたび夢を見ているふしがある。
 たとえば平日の朝など、布団の中でまどろんでいるときに、「駄目だなあ、今日は会社に顔を出せないなあ」などとぼんやり考えていることがある。
 会社に顔を出すもなにも、もう正式に辞表を提出して受理されてしまっているのだから、行かなければいけない訳などない。また、会社のほうも辞めた人間に顔を出されても迷惑だろう。しかし頭の中ではまだ会社で仕事をしているようなのである。
 そういう考えが何度も頭をよぎるので気になり、つきつめて考えてみた。
 それでわかったことは、どうやら夢の中で私はまだ辞めたはずの会社で仕事をしており、しかも現在のライター稼業にも就いているので、二足の草鞋状態のようなのである。
 会社員時代も二足の草鞋は履いていたが、今度はライターが主で会社員が副だ。いや、会社員というのもおかしく、どうやら行きたいときにだけ会社に行って、営業の仕事をしているらしい。そんな臨時雇用の営業などありえないのだが、客はついているし、机もあるし、ということで会社からは認められているのである。職場は長年過してきた営業部で、みんな私のことを非正規の社員だと差別せず、普通に接してくれている。それに対して私は、「実はもう社員じゃないんだよなあ」とか「こんな宙ぶらりんな状態じゃ申し訳ないから、早く辞めないとなあ」などと思いながらつきあっている。

 どうにも虫のいい話だが、このふざけた夢がずっと頭の中に、当然の顔をして居座っていたらしい。
 馬鹿馬鹿しいので人に言わずに来たが、ふとしたはずみに「あ、明日会社に行かなくちゃ」などと慌てることがあり、その滑稽さを密かにおもしろがってもいた。誰に迷惑をかけるわけでもないので(実際にそんな人間が会社に来ていたら迷惑千万だろうが)放置していたのである。

 それが今朝、どういうわけだか急に、「おまえはもう会社には行っていないのだ」という声が聞こえてきた。
 声というよりは啓示、目の前に見えない文字が浮かぶような按配で、夢の混濁が拭い去られたのであった。
 知ってました、と小さな声で呟いてみたりもしたが、あまりに突然のことなので、「今さらそんなことを言わなくてもいいじゃないか」と恨みがましい気持ちにもなった。
 そういうわけで私のささやかな二重生活、夢の中だけで行っていた会社は、粘菌が崩れるようにしてなくなってしまったのである。
 もう会社に行かなくちゃいけないという気持ちになることはないと思う。夢の中で私の勤怠処理をしていた人にもさぞ迷惑をかけていたことだろうから、これでよかったのである。

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これは会社員時代に住んでいたマンション。


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