1/16 「君にも見えるガイブンの星」はミュリエル・スパーク『寝ても覚めても夢』を中心にお送りします

 外国文学にはまるで素人の杉江松恋が、頼りになる相棒の倉本さおりさんとともに、新刊を読み、口頭書評に挑戦するイベント、それが「君にも見えるガイブンの星」です。明後日16日が2015年最初の開催となりますが、今回はミュリエル・スパークの長篇『寝ても覚めても夢』を上司されたばかりの翻訳家・木村政則さんをゲストにお招きしてお送りしますよ! 会場で『寝ても覚めても夢』の販売も行います。


 構成は二部方式で、第二部が『寝ても覚めても夢』特集。前半の第一部では、最近の新刊のうち以下の作品についてのレビューをお届けします。
ミハル・アイヴァス/阿部賢一訳『黄金時代』(河出書房新社)
アリス・マンロー/小竹由美子訳『善き女の愛』(新潮社)
コルム・トビーン/栩木伸明訳『マリアが語り遺したこと』(新潮社)
エレナー・アップデール/杉田七重訳『最後の1分』(東京創元社)
ダニヤール・ムイーヌッディーン/藤井光訳『遠い部屋、遠い軌跡』(白水社)
デイヴィッド・ゴードン/青木千鶴訳『雪山の白い虎』(早川書房)

 金曜日の夜、お急ぎのご用がない方はぜひ覗きにいらしてください!

[日時] 2015年1月16日(金) 開場・19:00 開始・19:30
[会場] 新宿Live Wire Cafe (東京都新宿区新宿5丁目11-23 八千代ビル2F)
[料金] 1000円 (当日別途ドリンクチャージ500円)(当日券500円up)
[チケット予約&イベント詳細紹介ページ] http://boutreview.shop-pro.jp/?pid=85055943







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「闘うベストテン 場外乱闘篇ROUND3」ノミネート作品発表!

 2014年に刊行されたエンターテインメント作品の中からベスト中のベストを議論で選ぶトークイベント「闘うベストテン 場外乱闘篇ROUND3」が開催間近になりました。みなさん、もうご予約は済ませていただきましたでしょうか。

 今回闘うのは大森望香山二三郎瀧井朝世杉江松恋の4人(司会:豊崎由美)。
 各人の意地の張り合い、権謀術数の比べ合いをぜひご覧ください。

 ご予約、お問い合わせはこちらから。
 詳細は最下部に貼付します。

 そして気になるノミネート作品は以下の通り!


【国内】20作 ※作品名五十音順

アズミ・ハルコは行方不明 山内マリコ 幻冬舎
あなたの本当の人生は 大島真寿美 文藝春秋
オービタル・クラウド 藤井太洋 早川書房
かたづの! 中島京子 集英社
機巧のイヴ 乾緑郎 新潮社

金魚鉢の夏 樋口有介 新潮社
暗い越流 若竹七海 光文社
ゴースト≠ノイズ(リダクション) 十市社 東京創元社
笹の舟で海をわたる 角田光代 毎日新聞社
新生 瀬名秀明 河出書房新社

小さな異邦人 連城三紀彦 文藝春秋
問いのない答え 長嶋有 文藝春秋
突変 森岡浩之 徳間文庫
土漠の花 月村了衛 幻冬舎
猫の目犬の鼻 丹下健太 講談社

鳩の撃退法 佐藤正午 小学館
ほんとうの花を見せにきた 桜庭一樹 文藝春秋
My Humanity 長谷敏司 ハヤカワ文庫JA
ミーチャ・ベリャーエフの子狐たち 仁木稔 早川書房
夜は終わらない 星野智幸 講談社

【海外】21作 ※作品名五十音順

愛の裏側は闇 ラフィク・シャミ 東京創元社
SF的な宇宙で安全に暮らすっていうこと チャールズ・ユウ 新☆ハヤカワ・SFシリーズ
狼少女たちの聖ルーシー寮 カレン・ラッセル 河出書房新社
帰ってきたヒトラー ティムール・ヴェルメシュ 河出書房新社
火星の人 アンディ・ウィアー ハヤカワ文庫SF

甘美なる作戦 イアン・マキューアン 新潮クレスト・ブックス
霧に橋を架ける キジ・ジョンスン 東京創元社
ゴーストマン 時限紙幣 ロジャー・ホッブス 文藝春秋
コールド・スナップ トム・ジョーンズ 河出書房新社
世界が終わってしまったあとの世界で ニック・ハーカウェイ ハヤカワ文庫NV

その女アレックス ピエール・ルメートル 文春文庫
地上最後の刑事 ベン・H・ウィンタース ハヤカワ・ミステリ
ハイスピード サイモン・カーニック 文春文庫
白熱光 グレッグ・イーガン 新☆ハヤカワ・SFシリーズ
ハリー・クバート事件 ジョエル・ディケール 東京創元社

ピース ジーン・ウルフ 国書刊行社
ピルグリム テリー・ヘイズ ハヤカワ文庫NV
プリティ・モンスターズ ケリー・リンク 早川書房
窓から逃げた100歳老人 ヨナス・ヨナソン 西村書店
もう年はとれない ダニエル・フリードマン 創元推理文庫
愉楽 閻連科 河出書房新社

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闘うベストテン場外乱闘篇ROUND3

日時:1月12日(月・祝) 午後1時~(開場12時)
場所:新宿ロフトプラスワン 
    〒160-0021 新宿区歌舞伎町1-14-7林ビルB2
料金:前売2000円/当日2200円

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『ウロボロス original novel』の書影が公開されました

 新潮文庫NEXの公式ツイッターが公開していたようなので、こちらでも。

Photo

 主人公二人が描かれて、二冊で対になるような構図です。作画はもちろん原作者の神崎裕也さん、デザインは竹内亮輔(CRAZY FORCE)でした。
 その他の書籍情報はこちらから。発売予定日は11月28日(金)です。

 

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『ウロボロス ORIGINAL NOVEL』(全2巻)を執筆しました。

 新刊のお知らせです。
 来年1月からドラマ化作品が放映される、神崎裕也作の漫画『ウロボロス』(新潮社)のノヴェライズを執筆しました。
 新潮文庫NEXから11月28日(金)に発売になります。
 タイトルは、『ウロボロス ORIGINAL NOVEL イクオ篇』『同 タツヤ篇』です。

 『ウロボロス』は刑事・龍崎イクオとヤクザの段野竜哉が幼馴染であるというつながりを隠しながら裏で手を結び、巨悪に対して闘いを挑んでいくという内容の大河長篇で、現在コミックは18巻まで刊行されています。ドラマでは龍崎イクオを生田斗真、段野竜哉を小栗旬が演じるとのこと。TBSには公式ページができていました。

 ORIGINAL NOVELと題名にある通り、ノヴェライズは原作漫画に準拠した内容で、ドラマ化される部分とは直接の関係をもたないストーリーになっています。それぞれイクオ、竜哉を主人公にした長篇ですが、2作別々でも、併読でもかまわないように書いたつもりです。書店などで見かけたら、ぜひお手にとってみてください。

 本日責了したので、情報公開してみました。

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「君にも見えるガイブンの星」次回はイアン・マキューアン特集、ゲストは作家の藤谷治さんです!

 私が毎月のお愉しみ(自分の)として開催している「杉江松恋のガイブンの星」は、外国文学初心者の杉江が、パートナーの倉本さおりさんと共に、さまざまな作品・作家を読むイベントです。過去の開催実績はリンク先の通り。次回の作家特集では、新刊『甘美なる作戦』(新潮クレストブックス)が刊行されたイアン・マキューアンに挑みます。

 ゲストは藤谷治さん。藤谷さんが別格として愛しておられるマキューアン作品は『贖罪』ということで、イベントは今回二部構成で行います。前半は『贖罪』ハーフ読書会。登壇者による鼎談の形でイベントは進めますが、適宜客席にも『贖罪』についての意見を振っていく予定です。『贖罪』読者の方とは熱い意見交換ができると思います。映画化作品『つぐない』のファンの方もぜひ。



 後半は再び純粋な鼎談構成に戻ってマキューアン全作品について語りあいます。特に新刊『甘美なる作戦』の位置づけについては激論が展開されると予想しております。楽しいイベントにしたいと考えておりますので、どうぞお運びになってください。

 お問い合わせ・予約はこちらから。

[日時] 2014年10月25日(土) 開場・19:00 開始・19:30 (約2時間を予定)

[出演] 藤谷治(小説家)、倉本さおり(ライター・書評家)、杉江松恋(ライター・書評家) 

[会場] Cafe Live Wire (Biri-Biri酒場 改め)
     東京都新宿区新宿5丁目11-23 八千代ビル2F (Googleマップ)
    ・都営新宿線「新宿3丁目」駅 C6~8出口から徒歩5分
    ・丸ノ内線・副都心線「新宿3丁目」駅 B2出口から徒歩8分
    ・JR線「新宿」駅 東口から徒歩12分

[料金] 1500円 (当日券500円up)

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10/19にアゴタ・クリストフ『悪童日記』読書会やります

 毎月荻窪ベルベットサンで開催している「スーパーフラット読書会 杉江松恋の読んでから、来い」は、開始からもう2年近く経つイベントです。

 従来型の読書会だと、参加者の意識にどうしても濃淡が生じます。司会をしたり、レジュメを書いてきたりする人は積極的になります。事前準備をしてこなかった方と比べて、それだけ「元手」がかかっているからなのですね。そして、その分楽しめる。手を動かし、頭を使って本を読んだ体験が、濃密な記憶になって残るからです。

 同じ読書会に参加するのだから、できれば全員に同じような濃い体験をしてほしい。
 そういう思いから「読んでから、来い」は始まりました。
 参加の仕方は簡単。必ずA4一枚でレジュメを切ってくること。内容は難しくなくていいんです。メモで結構。文章を書くのが苦手な方は絵でも結構。過去には俳句を詠んでこられた方もいらっしゃいました。
 おもしろかった、という感想をつぶやく前に、ページを閉じてしまうその前に、じゃあ、このおもしろかった、という気持ちはどこから湧いてきたんだろう。そういう風に考えてみるだけでも何かが生まれます。そういう思いつきの卵みたいなものを、紙の上に並べてきてくださればいいんです。後は、他の参加者も一緒に考えてくれるはずです。

 今回の課題作は、アゴタ・クリストフ『悪童日記』(ハヤカワepi文庫)です。
 1986年に発表されて以来、多くの言語に翻訳され、世界中の人々を魅了してきた物語です。日本では堀茂樹による翻訳が出た翌年から火がついて爆発的に売れ始め、続篇『ふたりの証拠』『第三の嘘』もベストセラーとなりました。映画化作品も公開されていますが、ぜひシアターに足を運ばれる前にこの作品を読んでいただきたいと思います。そして、読書会で語り合いましょう。再読の時を待っていた方も、ぜひこの機会に。

 レジュメの書き方は上に述べた通りです。決まりはありません。しかし読書会でみなさんが目を通すことを考え、極端に小さな字で書くなど、読みにくいものはご遠慮ください。
 また、内容については『悪童日記』限定としましょう。『ふたりの嘘』『第三の嘘』を未読の方も参加しやすくするために、他の二作についてはネタばらしを避ける方向にしていただければ、と思います。読書会でもし、全員が三部作を既読ということになったら、そのときは心置きなくネタばらしありで語り合いましょう。

 ご予約はこちらから。
 もちろん当日飛び入り参加でも結構です。詳細は以下に貼り付けておきます。
 10月19日、荻窪ベルベットサンでお会いしましょう!
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日時 10月19日(日)17時(16時開場)
場所 荻窪ベルベットサン
杉並区荻窪3-47-21 サンライズ ビル1F
荻窪駅南口を出て目の前の線路に沿った道を新宿方面へ。
青梅街道に合流してから約100M。
荻窪駅から徒歩約8分。
参加料金 500円(+1ドリンク)、ただしレジュメを書かれない場合は1000円(+1ドリンク)でお願いします。

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芸人・春一番に捧ぐ。『元気です!!!』(幻冬舎)評再掲

 さきほどネットのニュースで、芸人の春一番こと春花直樹さんの訃報を知りました。
 享年47はあまりにも早く、若すぎるでしょう。無念であったろうと思います。
 哀悼の意をこめ、過去に書いた春一番『元気です!!!』(幻冬舎)の書評をここに再掲いたします。
 ゲッツ板谷さんの公式サイトに連載させてもらっていた、「杉江松恋のチミの犠牲はムダにしない!」という書評コーナーに新刊当時に書いたものです。これを読めば、春一番という芸人がいかにトンパチであったかがわかるはずです。
 私にとってあなたこそが最高の「アントニオ猪木芸人」でした。

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杉江松恋のチミの犠牲はムダにしない!
第17回「元気です!!!」春一番(幻冬舎)

 私の中で春一番が「ひょろひょろの肉体のくせにアントニオ猪木の真似をしている変な芸人」から「唯一無二のアントニオ猪木芸人」に格上げされた瞬間を覚えている。故・ナンシー関さん(注:言わずと知れた、棟方志巧と並ぶ青森県が生んだ名版画家。二〇〇二年没)が、春一番について書いたコラムを読んだ時である。

 忘れもしない、と言いつつしっかり忘れていたが、一九九三年二月のことであるらしい。当時まだ小さい版型だったプロレス・格闘技専門誌「紙のプロレス」(現・kamipro)に、ナンシーさんが連載を持っていたのだ(注:第二号から第七号。このころの同誌には高田文夫や浅草キッド、糸井重里も連載を持っており、サブカル誌の匂いがした)。第六号でナンシーさんは、ジャイアント馬場と猪木のものまねが記号化しているということを書いている。そして、関根勤の馬場と春一番の猪木だけが別格だと指摘したのだ。ちょっと引用しよう。

――関根は極力「ぽぅ(注:あ、ぽぉとも表記された馬場特有のリアクション。新日本プロレス出身の橋本真也は、全日本の至宝である三冠ベルトを奪取した際、額からダラダラ流血したままこのものまねをやり、記者たちを大爆笑させた)」を使わず、顔や体の表情や、例の額に手をやる以外の仕草でまねる。春一番は、「えー、皆さん――」から始まる猪木の素の喋りを最も得意とする。両者ともリング以外の馬場・猪木(たとえばクイズの回答者席での馬場とか、国会で代表質問に立つ猪木とか)をまねることができる。それもきわめてリアルなアプローチによってという点はすごいと思う。

 そう、すごいと思った。春さん、すごい。それに気づいたナンシーさんもすごい。ナンシーさんは続けてこう書いている。「関根は馬場以外にも青木功や輪島功一、曙といった一貫したポリシーに基づくものまね芸があるが、春一番は猪木以外のネタを見たことがない。いや、猪木じゃない時の春一番さえ見た覚えがない。春一番、何だろうこいつは」(『何をいまさら』角川文庫)。

 漫談家、だったのだそうである。しかし芸能人としてのデビュー作は、意外なことにドラマへの出演だった。それもNHKで、これが初となる主演は江口洋介(注:代表作は「あんちゃん」で人気を博した『ひとつ屋根の下』、もしくは『救命病棟24時』? しかし映画初主演作の『湘南爆走族』のリーゼント姿が好き。ちなみに共演の織田裕二のデビュー作だ)。似合わないけど、それなりにわけがある。当時の師匠だった片岡鶴太郎が教師役で出演していたので、生徒役がまわってきたのである。ペリカン(注:一九七六年に対戦したモハメッド・アリが猪木につけたあだ名。アリはショーマン・スタイルの元祖であるレスラー、ゴージャス・ジョージと、その後継者のフレッド・ブラッシーに心酔しており、彼のビッグマウスの原点はプロレスにあった。詳しくは柳澤健『1976年のアントニオ猪木』参照)の真似をする芸人の師匠が鶴というのもおもしろいね。

 もちろんそれは単発の仕事で、春一番は番組の前説を務める漫談家としてしばらくは過ごしていた。それが突然猪木化したきっかけは、一九八八年八月八日、アントニオ猪木が弟子の藤波辰爾(注:木村健吾、橋本真也と並ぶ、唄って闘えるプロレスラー三羽烏の一人。温厚な性格で決断力に欠けるため、新日本プロレスリング社長時代はコンニャク呼ばわりされたこともある)と引退を賭けて闘ったIWGPヘビー級タイトルマッチである。春一番にとって、その日が初の猪木生観戦だったそうである。小学校のころからアントニオ猪木に憧れ、卒業アルバムの「将来の夢」に「俺はアントニオ猪木さんそっくりのプロレスラーになるのだ」と書いた男にしては、ずいぶん遅れをとったものだ。

 しかし、その試合で運命が決まった。試合からしばらく経って、春一番は猪木のまねを始動させたのである。初披露は所属していた太田プロのライブ。春一番が猪木、神奈月(注:武藤敬司や馳浩という持ちネタもあるものまね芸人。最近は武藤敬司とのタッグで本物のリングにも上がっている。対戦相手もプロレスラーと芸人のタッグで、三沢光晴に扮したイジリー岡田、蝶野正洋になった原口あきまさらが務めている)が長州力(注:革命戦士と呼ばれ一世を風靡したレスラー。最近は長州小力の出現により十代の小娘にも名前が知れ渡るという逆転現象が起きているようだ。名門専修大学でアマレスをやっていたが、韓国籍のためにミュンヘン・オリンピック代表に選ばれず、韓国代表で出場した。そのオリンピックでは、テロリストに襲撃された部屋のすぐ前に泊まっていたらしい)になり、猪木VS長州戦を再現したのだ。

 奇しくもこのライブには、『キン肉マン』の作者ゆでたまご(注:代表作は他に数々あるが、『必殺仕事人V』第九話「主水、キン肉オトコに会う」の回にゲスト出演し、仕事人ワナビーな若者を演じていたのにはびっくりした)の一人である嶋田隆司や、ロックミュージシャンの甲本ヒロト(注:浅草キッドの水道橋博士の同級生だったことでも有名)が観覧に訪れていた。芸人・春一番が、自らの身に訪れる春の足音を聞いた、それが最初の夜だった。

『元気です!!!』は、世界で唯一人のアントニオ猪木公認芸人、春一番による自伝である。アントニオ猪木コピーの芸人は増えた。アントニオ小猪木がいるし、アントキの猪木がいる。しかし公認芸人は春一番だけである。とある理由から春一番は猪木とプライベートで親しくなり、現在では一緒にカラオケにも行くような仲になのだそうだ。これはファンには有名なことだが、猪木は駄洒落好きで記者会見などでもしれっとした顔でくだらないギャグを飛ばすことがよくある(くだらなすぎて、それがギャグだとわからないときさえある)。そういう猪木だから、春一番を気に入ったのだろう。冗談で、「俺も春一番の弟子になろうかな。春二番としてどうかな」と言ったところ、春一番の奥さん(マネージャーでもある)に「じゃあ鞄持ちからやってください」と返されて、本人を青ざめさせたこともあるそうだ。もちろん猪木は怒るどころか大受けだったのだが。

 こうして書いていくと「なんだよ、よくある芸人の成功話かよ。ツマンネ」と切り捨てようとする者もあるだろう。だが、春の芸人人生は平坦なものではなかったのである。第一に上の者との縁が異常に薄い。所属していた太田プロをある日突然クビ(仕事を干されたわけではないので、自由契約になったというところか)になったと思ったら、師匠の鶴太郎には「お前がちゃんと売れっ子になるまで二度と俺の前に顔を出すな」と破門されたという。泣きっ面に蜂とはこのことだ(もっとも鶴太郎による、食えない芸人を真人間に更生させるための愛の鞭だったのかもしれない)。

 どうやら春一番は、生まれつき根無し草の宿命を背負っているようである。本書で紹介されているエピソードを見ると、十代のころはかなり無軌道な生活をしていたということがわかる。中学校の卒業式直後に万引きをやって逮捕、高校入学前にバイクを乗り回し、窃盗と無免許でまた逮捕。当然のことながら高校でも札付きのワル呼ばわりだ。扱いがそうなれば当然行いもふさわしくなっていくわけで、高校は最初の一学期だけで中退。十六歳にして一人暮らしを始め、JRのキヨスクに甘栗を納める仕事に就いた。楽しみは仕事の後の酒。すでに高校入学時からビールを一晩に三リットルぐらいは飲んでいたが、肉体労働をはじめ、さらに酒好きに拍車がかかったのだ。キヨスクの販売員にもモテたという。いわく、「出入り業者で私みたいに若いのはめずらしかったから、十六歳の美少年は「甘栗坊や」と呼ばれて人気者だったのである」「キヨスクガールたちの、甘栗よりも甘いクリをたくさん味わわせていただいた」。

 酒と女と肉体労働の日々。ノー・フューチャーだ。失礼ながら、春一番の風貌には見過ごせない影がある。芸人として雌伏の期間が長かった理由はそれだと思うのだが、どことなく「ならず者」の臭いがするのである。そういえば本書で春はセックスのことを「交尾」と書いている。その適当さが、いかにもならず者。街道で娘をかどわかす、雲助みたいだ。

春は一度ならず体を壊しているのだが、あのビートたけしが「春一番に炊飯器を買ってやれ」と金を出したという逸話が残っている。酒ばかり飲んで痩せ細っていくのを見かねたのだ。春はその金で炊飯器を買ったはいいもの、米を炊かずに保温状態の釜で酒の燗をつけていた、という伝説が残っている。春によればそれは作りで、途中で誰かが金を懐に入れてしまった、というのが真相らしい。

 そのビートたけしとの出会いが、春一番の運命に明暗の大きな濃淡をつけた。「明」はあの『お笑いウルトラクイズ』(注:2007年元旦に復活を遂げた、テリー伊藤プロデュースの奇跡の番組。ダチョウ倶楽部、出川哲朗など、この番組をきっかけに人気を獲得した芸人は多い)に出演したことである。同番組の名物企画に、芸人がプロレスラーに試合形式で挑むクイズがあるが、それに出演して、受けたのだ。レスラーによってボロボロにされた春一番が「えー、今回も負けてしまいましたが」とマイクを持つ姿をご記憶の読者も多いだろう。猪木ものまね芸人としての春の知名度は上がった(注:猪木の「1、2、3、ダーッ!」を一般に普及させたのもこの番組の春一番のものまねだ)。

 しかし、禍福はあざなえる縄のごとしとはよく言ったもので、春が人生最大の危機に落ちたきっかけも、『お笑いウルトラクイズ』だったのである。あるときの『お笑いウルトラクイズ』で春はウィリー・ウイリアムズ(注:猪木と異種格闘技戦を行った元極真所属の空手家)と対戦し、カレールウの粉まみれにされた。その粉がまだ落ちきらないうち、さらに「金粉ダジャレマラソン」という企画で金粉まみれになった。それが引き金になり、乾癬という病気にかかってしまったのだ。乾癬には免疫抑制剤が処方される。ところがその薬を飲み始めてからしばらく経って、春は洒落にならないほどの体の異常を訴えるようになるのである。

――いちばん異常に思ったのは、キンタマがデカく腫れていることだった。(中略)夜店で売ってる水風船のヨーヨーみたいにキンタマがふくらんで、チンポがめり込んじゃってヨーヨーの結び目みたいだ。

 というのだから穏やかではない。かつての春一番はチンポを出すことを笑いの基本としていた。曰く「私が好きなのは、さりげなく出すチンポだ。キンタマだけ出すのはさらにオシャレである。たとえばカラオケに行った時、『娘よ』かなんか唄って、「嫁にいく日が~♪」と涙ポロポロ流して熱唱しながら、下を見るとズボンからキンタマだけポロッと出てる。これは結構ウケる」。そんな珍芸に一家言あった芸人の珍が実に「さりげなく」ない状態になってしまったのである。結局春は肺膿腫という肺に膿が溜まる病気になる。免疫抑制剤のせいで、体の免疫力が異常に下っていたのである。HIVの疑いもかけられたというが、当然だ。薬のせいで「後天的免疫不全症候群」に陥っていたのだから。

 二〇〇五年十月、春一番は病院の集中治療室で譫妄状態に落ちた。マネージャーでもある妻は、医者から「最後に会わせたい人がいれば今のうちに呼んでください」とまで言われる。完全に、さじを投げられていたのだ。そのとき彼女は大きな賭けに出た。春一番をアントニオ猪木に会わせようと考えたのである。猪木は現在ロサンゼルスに住んでいるが、偶然にもそのとき来日していたのだ。連絡がつき、猪木が春一番のいる病院にやって来た。

 そして、奇跡が起きる。なんと、集中治療室で猪木に出会った春一番は、息を吹き返してしまうのである。漫画のようにありえない展開は、ぜひ本書を実際に手にとって読んでいただきたい。意識が混濁すらしていた春一番がみるみるうちに回復し、病院の人たちに泣いて喜ばれるというエピソードは本当に美しい。何度でも言うが、奇跡である。きっと春一番という歴史に残る「アントニオ猪木芸人」に、神様がくれたごほうびなのだ。不運続きのこれまでだったが、彼の人生にこんな日があったっていいじゃないか……って、それは猪木じゃなくて長州力の台詞か。

(本書のお買い得度)
 本書には、書評ライターにして名インタビューアである吉田豪氏のマニアックな注がついているので、それもお楽しみの一つである。ちなみにこの書評の注は、なるべくその注とは重ならないように書いてあります。なに、注が多くて読みにくかったって。それは正直、スマン。だがまあ、これでいいのだ。春一番という特異なキャラクターを味わうためには、どうしても注による補強が必要なのだ。吉田豪氏の注も、だから必読なのだ。この注だけでも三百円分くらいの値打ちはあるよ。定価千三百円は安い!

 ちなみに本書でいちばん気に入ったエピソードは、あの藤原嘉明選手(注:通称組長。盆栽や似顔絵描きの才能でも有名)が、バラエティー番組で共演する春一番に、本番前にアントニオ猪木の真似をやってくれるよう頼むという話である。春一番が猪木になって「おぅ、藤原……」と囁く。すると組長は、「いいなあ、その声聞くとシャキッとするんだよ」と言って本番に出て行ったという。

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「杉江松恋の君にも見えるガイブンの星」とはこんなイベントです

 それは些細なことがきっかけでした。
 都内の大型書店の中をぶらぶら歩いていたとき、自分がある特定のエリアにあまり足を向けないことに気づいたのです。
 外国文学の棚でした。普段からミステリー読みを自認し、特に海外ミステリーを中心に読んでいるはずなのに、なぜ外国文学の棚の前には立たないのだろう。

 それは、怖いからでした。この年までミステリーというジャンルに特化して読書をしてきた自分には、それ以外の領域に足を踏み出す勇気がない。特に「外国文学」というと高尚で、一見さんお断りみたいな雰囲気があって近寄りづらく感じる。

 しかし、そんなことはないはずなのです。私の信頼する本読みの方々が外国文学はおもしろいと熱くその魅力を語っておられる。であれば私もそれを楽しめないはずがない(理解できない、という可能性はあるにしても)。なのに最初からそれに挑戦しないのは、単なる食わず嫌いなのではないか。

 そういう思いからこのイベントを始めました。月1回イベントを開き、その日の直近に出る外国文学を読んで口頭でレビューする。途中からはそれに加え、1人の書き手に焦点を合わせ、その作品を可能な限り全部読むという作家特集も開始しました。「君にも見えるガイブンの星」というタイトルは、イベント継続1年を記念して改めたものです。元ネタはもちろん『帰ってきたウルトラマン』の主題歌。空に輝くガイブンの星は決して遠いものではなく、手をのばしさえすれば誰にでも届くものなのだ、という思いをこめたものです。

 現在はライターの倉本さおりさんをパートナーに向かえ、二人体制でガイブン山脈に立ち向かっています。また、2014年6月からはそれまで同時に行っていた新刊紹介と作家特集を隔月交互に分割し、よりきめ細かく、より密度を高くして本の紹介をするように取り組んでおります。もしお時間が許せば、一度覗きにいらしてください。

 過去のイベントの模様はこちらに動画、音声が上がっています。

第1回イベント※映像
第2回イベント

青山南さんをゲストにお迎えしたジャック・ケルアック特集※ポッドキャスト
現代文学のミッシング・リンク、ドン・デリーロを語りつくす!※ポッドキャスト
ロシアの暴れん坊、ウラジーミル・ソローキン特集!]※ポッドキャスト
杉江松恋認定2013年ベスト短篇集の作者ミュリエル・スパークを語り尽くす!]※ポッドキャスト
『帝国のベッドルーム』の起源は実は映画にあり? ブレット・イーストン・エリス特集※ポッドキャスト
あなたは野崎孝訳派? それとも村上春樹訳派? J・D・サリンジャー特集※ポッドキャスト
杉江松恋が『世界が終わってしまったあとの世界で』への偏愛を語る。 ※ポッドキャスト

 とりあげた作品・作家のリストはこちら(一部作成中)

第1回
ミレーナ・アグス『祖母の手帖』(新潮社)
ジョー・ブレイナード『僕は知っている』(白水社)
ロレンス・ダレル『アヴィニョン五重奏 第1巻 ムッシューあるいは闇の君主』(河出書房新社)

第2回
デイヴィッド・ミッチェル『クラウド・アトラス』(新潮社)
ジョナサン・フランゼン『フリーダム』(早川書房)

第3回(2013/2/1)
ジェニファー・ユージェニデス『マリッジ・プロット』(早川書房)
ジョイス・キャロル・オーツ『とうもろこしの乙女 あるいは7つの悪夢』(河出書房新社)
アルベルト・ルイ=サンチェス『空気の名前』(白水社)

第4回(2013/3/8)
ロン・カリー・ジュニア『神は死んだ』(白水社)
ベルハルト・シュリンク『夏の嘘』(新潮社)
アイザック・パシェヴィス・シンガー『不浄の血』(河出書房新社)

第5回(2013/4/19)
イーディス・パールマン『双眼鏡からの眺め』(早川書房)
ネイサン・イングランダー『アンネ・フランクについて語るときに僕たちの語ること』(新潮社)
マックス・バリー『機械男』(文藝春秋)
〈作家特集〉第0回
トーヴェ・ヤンソン

第6回(2013/5/17)
パトリック・デウィット『シスターズ・ブラザーズ』(早川書房)
〈作家特集〉第1回
リチャード・パワーズ『幸福の遺伝子』(新潮社)

第7回(2013/6/21)
コラム・マッキャン『世界を回せ』(河出書房新社)
ローラン・ビネ『HHhH』(東京創元社)
ハリー・マシューズ『シガレット』(白水社)
〈作家特集〉第2回
ドン・デリーロ『天使エスメラルダ』(新潮社)

第8回(2013/7/19)
ベティナ・ガッパ『イースタリーのエレジー』(新潮社)
ステファノ・ベンニ『海底バール』(河出書房新社)
〈作家特集〉第3回
コーマック・マッカーシー『チャイルド・オヴ・ゴッド』(早川書房)

第9回(2013/8/23)
マーク・ボジャノウスキ『ドッグ・ファイター』(河出書房新社)
リュミドラ・ペトルシェフスカヤ『私のいた場所』(河出書房新社)
ポーラ・マクレイン『ヘミングウェイの妻』(新潮社)
〈作家特集〉第4回
ジャック・ケルアック『トリステッサ』(河出書房新社)

第10回(2013/9/13)
ジュノ・ディアス『こうしてお前は彼女にフラれる』(新潮社)
松家仁之編『美しい子ども』(新潮社)
アレハンドロ・サンブラ『盆栽/木々の私生活』(白水社)
アンドリュー・カウフマン『銀行強盗にあって妻が縮んでしまった事件』(東京創元社)
〈作家特集〉第5回
ウラジーミル・ソローキン『親衛隊士の日』(河出書房新社)

第11回(2013/10/18)
コーマック・マッカーシー『悪の法則』(早川書房)
パオロ・ジョルダーノ『兵士たちの肉体』(早川書房)
アントニオ・タブッキ『いつも手遅れ』(河出書房新社)
ロベルト・ボラーニョ『売女の人殺し』(白水社)
ランサム・リグズ『ハヤブサが守る家』(東京創元社)
〈作家特集〉第6回
ミュリエル・スパーク『バン、バン! はい死んだ』(河出書房新社)

第12回(2013/11/22)
ケヴィン・パワーズ『イエロー・バード』(早川書房)
チャド・ハーバック『守備の極意』(早川書房)
〈作家特集〉第7回
ジョン・アーヴィング『ひとりの体で』(新潮社)

第13回(2013/12/20)
〈作家特集〉第8回
ジョン・バンヴィル『いにしえの光』(新潮社)

第14回(2014/1/24)
(作家特集)第9回
アリス・マンロー『ディアライフ』(新潮社)

第15回(2014/2/28)
トム・マッカーシー『もう一度』(新潮社)
オルガ・トカルチュク『逃亡派』(白水社)
(作家特集)第11回
ブレット・イーストン・エリス『帝国のベッドルーム』(河出書房新社)

第16回(2014/4/4)
ルース・オゼキ『あるときの物語』(早川書房)
ブライアン・エヴンソン『遁走状態』(新潮社)
アレクサンダル・ヘモン『愛と障害』(白水社)
アレクサンダル・ヘモン『ノーホエア・マン』(白水社)

第17回(2014/5/9)
ニック・ハーカウェイ『世界が終わってしまったあとの世界で』(早川書房)
ロベルト・ボラーニョ『鼻持ちならないガウチョ』(白水社)
ブノワ・デュルトゥル『フランス紀行』(早川書房)
アン・ビーティ『この世界の女たち』(河出書房新社)

第18回(2014/6/13)
ゲスト・山内マリコ(作家)
アン・ビーティ特集

第19回(2014/7/19)
ラテフィエ・テキン『乳しぼり娘とゴミの丘のおとぎ噺』(河出書房新社)
カーメン・アグラ・ディーディ/ランダル・ライト『チェシャチーズ亭のネコ』(東京創元社)
エリザベス・ストラウト『バージェス家の出来事』(早川書房)
エレーヌ・グレミヨン『火曜日の手紙』(早川書房)
チャールズ・ユウ『SF的な宇宙で安全に暮らすっていうこと』(早川書房)
カレン・ラッセル『狼少女たちの聖ルーシー寮』(河出書房新社)
セス・フリード『大いなる不満』(新潮社)
ポール・ユーン 『かつては岸』(白水社)
ケリー・リンク『プリティ・モンスターズ』(早川書房)
ポール・オースター『闇の中の男』(新潮社)
レイ・ヴクサヴィッチ『月の部屋で会いましょう』(東京創元社)

第20回(2014/8/22)
ゲスト・大森望(翻訳家)
カート・ヴォネガット特集

第21回(2014/10/8)
ゲスト・西田藍(タレント)
パトリク・オウジェドニーク『エウロペアナ』(白水社)
B.J.ホラーズ編『モンスターズ 現代アメリカ傑作短篇集』(白水社)
ショーン・タン『夏のルール』(河出書房新社)
トム・ジョーンズ『コールド・スナップ』(河出書房新社)
リー・カーペンター『11日間』(早川書房)
アン・パチェット『密林の夢』(早川書房)
ジュンパ・ラヒリ『低地』(新潮社)
アレクサンダー・レルネット=ホレーニア『両シチリア連隊』(東京創元社)

※2014/10/13増補

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ダ・ヴィンチのライター募集は本当にブラックなのか?

「「ダ・ヴィンチ」のアニメライター募集がブラックな件」というtogetterまとめが目に入ったので覗いてみたら、知人のコメントがまとめられていたのでふむふむと読んだ。それでリンク先を見て、ちょっと違和感を覚えたのである。

 雑誌全盛期だったら、このくらいハードルを上げられても、誰も文句は言わなかったような気がする。

「ダ・ヴィンチ」誌が出している条件を引用してみる。アニメだと私は門外漢なので、専門である「ミステリー」に翻案してみるよ。後ろに※をつけたのが、翻案した条件だ。

【条件】
・関東近県にお住まいの方。(都内まで1時間以内に来れる方)
・定職や定期的なスケジュールのない方。(時間が自由な方)
・ミステリーやサブカルチャー媒体の執筆経験のある方。(未経験者相談)※

【求めるスキル】
・情報収集能力(ネットの流行、トレンドに敏感で好奇心が旺盛)
・企画立案能力(受け仕事だけでなく、自ら能動的に動ける)
・毎月出るほとんどのミステリーを読んでいる(好き嫌いしない)※
・物怖じせずに取材やインタビューが出来る。
・最低限のコミュニケーションが取れる。
・一眼レフのカメラを持っており、それなりに撮影経験がある。
・Photoshopなどを使って、画像編集(リサイズ)の経験がある。
・ミステリードラマ、俳優、古本屋事情、グッズなど人には負けない知識がある。※
・すぐにレスポンスができる(ほうれんそうを後回しにしない)

◎社会常識を持ち合わせている。約束を守る。納期を守る。

 うん、これ、1990年代だったら当たり前につきつけられていた条件だ。それがいいとか悪いとかではなくて、ライターの世界が「買い手市場」であり、志願者が今よりもずっと多かったのである。なので、その中から編集部は人材を選ぶことができた。私がよく知っているのはもちろんミステリー関連業界だけなのだが、周辺ジャンルの噂ぐらいは知っている(たとえば呆れるほど劣悪な条件であったにも関わらず志願者が引きもきらなかったターザン山本時代の「週刊プロレス」とか)。15年前だったら、この条件を出されてもびっくりする人間はいなかっただろうと思うのである。

 ではなぜこれが今話題になるのかといえば、理由は一つである。「ライターは稼げない」という職業上の常識が広く知れ渡ったからだ。上の条件提示に待遇面のことがまったく書いてないが、ライター募集というものは昔からこうだったはずだ。それでも夢を見て世界に飛び込んでくる若者がいくらでもいたのだが、最近では知識が増え、知恵がついて、もっと慎重になったのである。まあ、それはいいことだ。なにしろ職業選択に関することなのだから、軽挙妄動はしないほうがいい。これは老婆心ながら書いておくが、応募者に対して編集部は報酬額の話をしてあげてもらいたい(許される範囲のことだと思うのでちょっと書いておくが、「ダ・ヴィンチ」の原稿料は極端に高くも低くもない)。なかなか聞きにくいのですよ。この募集ページで書く必要はないと思うが、人生設計にかかわる問題なので、求職者には積極的に教えてあげてもらいたいのである。

 で、応募を考えている人に言いたい。
 もしあなたがアニメが大好きで、一定のコミュニケーション能力を要していると考えているならば、とりあえず挙手してみてはいかがだろうか。この場合のコミュニケーション能力とは、「スケジュール帳を持って、その通りに行動することができる」「初対面の人とも相手を不快にしない程度愛想よくして、日常会話が成立する」「新入社員向けのビジネスマナー書を買って、そこに書いてあることを馬鹿にしないで実践できる(自信がある)」くらいでいいのではないかと思う。

 で、厳しいと言われている条件だけど、そんなに難しいことだろうかと思うのである。

 まず撮影技術のことだが、これはプロのカメラマンになれと言っているわけではなく、物撮りや、カメラマンを同行させるほどではない取材のときは自分で撮ってくれ、という程度のことだろうから(基本的に「ダ・ヴィンチ」はどんな小さなインタビューでもカメラマンを同行させるので、被写体はたぶん人間ではないと思う)、日曜写真家向けの本でも一冊読めばなんとかなるのではないか。一眼レフはまあ、買うしかない。

 次に画像編集のことだが、リサイズぐらいだったらPhotoshopのような高額なソフトがなくてもなんとかなるだろう。実は私も大昔にPhotoshopを買って画像をいじる勉強をしたことがあるが、上に書かれている条件だったら、今でもこなせそうな気がする。

 そして「ほとんどの作品を視聴している(上の例だとほとんどのミステリーを読んでいる)」問題だが、これは全クールにわたって全部の作品を最後まで観ろと言っているわけではないはずだ。いや、そうするべきだろうが、仕事との兼ね合いもある。「好き嫌いしない」と断り書きがあるように、スタッフとか声優とか原作とかで観る観ないを決めるのではなくて、とりあえずなんでも手を出すという姿勢が問われているわけである。たとえば私はミステリー書評を仕事にしているが、「○○の書いた作品は読まない」と言い出せばどんどん仕事の幅は狭くなっていくし、依頼もしづらくなる。そういう「使いにくい人」は要りません、と編集部は言っているだけだ。大丈夫、あなたの技能が一定以上に達していると認められれば、「今期は視聴必須の作品が多すぎますから○○さん情報共有してがんばりましょう」ぐらいのことは編集者から言ってくる。ダイジョブ。そんな超人性は求めていないと思う。

 以上のように書くとまるで「編集部を舐めてかかれ」と言っているように見えると思うが、その通り、舐めてかかればいいと思う。その代わり、誠意をもって、自分を大きく見せるような嘘は吐かず、編集者の立場を尊重し、いっしょに仕事をするにはどうしたらいいか、という協調の気持ちで話をすればいいのである。最初から相手に要求のすべてを飲ませるつもりで行くのではなくて、どうすれば一緒に仕事ができますかね、と相談するつもりで。それ、大事なことね。

 とはいえ、編集者も千客万来ではないだろうし、応募者をふるいにかけて上位者だけを獲りたいと思っているはずである。応募したあなた方のうち、9割9分は落ちるだろう。しかし、そういうものなのである。一緒に仕事をしたい、とどんなに願っていても、すべての人に仕事を与えるわけにはいかないのだから。編集者もきっと断腸の思いであなたを切ったに違いない。もし落ちてしまったら、そう思って高を括っていればいいのだ。編集者は別にあなたの人格すべてを否定したわけではなく、たまたまその職場で働いてもらうには条件が合わなかっただけなのだから。

 客観的に観て、こんなに条件のいいライター募集というのはあまりない。「ダ・ヴィンチ」というのは駅売りやコンビニ売りの雑誌であり、全国規模で六桁の売上げを持っている。もちろん雑誌や出版社が好みではない、という人もいるだろうが、だとしても私情を押し殺して挑戦する価値は十分にあるはずだ。それでもって実際に仕事をしてみて条件が思ったほどいいものでなかったら、礼を尽くして辞めてしまえばいいだけの話である。その場合は出版社も姿勢を改めるべきだろうから、ぜひ対話をしてから職を辞するようにしてもらいたい。

 私は別に「ダ・ヴィンチ」の回し者ではないが、1990年代から2000年代にかけて「な、なにか仕事を」と餓えながら売り込みをしていた時代のことを思い出すと、先入観だけでこの募集を忌避してしまうのは(そして、そういう印象を拡散しすぎてしまうのは)よくないと感じたのである。ライター志望者には貪欲、強欲であってもらいたい。さもしすぎる程度でなければ。そして、気持ちを強く持ってもらいたい。へこむな。ひるむな。家から出て、原稿を書きに行け。どんどん金を稼げ。

 言いたいことはあと一つだけ。「ダ・ヴィンチ」編集部にも、もちろん覚悟が求められる。こうやって募集した人材を絶対に使い潰さないでもらいたい。ライターというのは育成が必要な職業だ。それをやれるのは、日常的にOJTを行っているといってもいい編集者だけなのである。将来のスター候補生の芽を摘むのも、大樹に育て上げるのも編集者だ。あなたの回す仕事がライターを強くしていく。そして即戦力といっていいほどに出来上がったライターにも必ずのびしろはある。それを見極められない編集者が、ライターを削っていく。さらに上を目指せるのに抜擢の仕方が悪くて衰えていったライターを私は何人見てきたことか。編集者の「この人はこのくらいだろう」という決めつけ、思いあがりがライターを殺すのだ。今回応募してくる中には必ず将来ドル箱になってくれる人材がいる。そのつもりでぜひ、長い目で育成してあげてもらいたい。少なからず「ダ・ヴィンチ」という媒体に恩義を感じているライターからの、以上はお願いである。

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君にも見えるガイブンの星第15回~ブレット・イーストン・エリス特集

 倉本さおりさんと毎月続けている「君にも見えるガイブンの星」、第15回のブレット・イーストン・エリス特集回の音声がこちらにアップされました。


 新刊『帝国のベッドルーム』(河出書房新社)刊行を記念してのエリス特集です。
 杉江は出世作となった第三長篇『アメリカン・サイコ』(角川文庫)を再読し、人間の死の意味を失効させるやり方に改めて感銘を受けました。当時はサイコ・スリラー・ブームの真っ只中であったために、読者の側にかなり偏見があったと思います。現在の視点から見直すとこの作品の尖鋭さは実に素晴らしく、特にナンセンスな笑いの要素については再評価をすべきです(豊崎由美『まるでダメ男じゃん!』もご参照ください)。そんなことをお話しした回でした。

 倉本さんからは、『帝国のベッドルーム』の前篇にあたる『レス・ザン・ゼロ』(ハヤカワepi文庫)との関係についておもしろい視点が提供されました。本書は単純な続篇ではなく、映画版『レス・ザン・ゼロ』の影響が随所に見られるというのです。なるほど『帝国のベッドルーム』の発端は、前作の映画化作品を登場人物自身が観ている場面から始まっていて、内容についても言及があるなど、その気配は濃厚です。興味のある方は映像版も併せてご鑑賞ください。

 この回では新刊としてトム・マッカーシー『もう一度』(新潮クレストブックス)、オルガ・トカルチュク『逃亡派』(白水社)の書評も併せて行いました。そちらも聴いていただければ幸いです。

 音声版は無料でお聴きいただけます。投げ銭システムになっておりますので、気が向いたら幾許かほおっていただけますと私が喜びます。ちゃりん。

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