(11/6)文庫解説

 東京創元社から見本をいただいた。
 あのアントニー・バークリーの名作『毒入りチョコレート事件』の解説を書かせてもらったのである。創元推理文庫が存続する限りは、おそらく消えることがない作品であるだけに緊張感も一入。気合を入れて書いたので、初読の方もそうでない方も、どうぞご覧になってみてください。


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(11/4)午前零時のサンドリヨン

 鮎川哲也賞の選評はいつも分析的で参考になるのだが、今年は特に優れている。受賞作『午前零時のサンドリヨン』を読了して、そう感じた。北村薫さんが新たに加わった効果なのだろうか。

 興味深かったのは、笠井潔氏がこの作品の語り文体(主人公の僕が読者に語りかけるように綴る)について「庄司薫の『赤頭巾ちゃん気をつけて』を思わせる」とし「薫文体の軽さは、軽さという重さであり、それは時代によって形が異なる」(この物言いはわかりにくいが、庄司は時代の空気に逆らってあえて軽さを選択した作家である。そうした意志の重みを指しているのだろう)が、『午前零時のサンドリヨン』の作者である相沢沙呼は「軽さの意味をあまり深く捉えていない」「この文体がそのまま四十年後でも通用するだろうか」と批判した点である。

 鮎川哲也賞の受賞作品にそこまで時代と切り結ぶことを求めるべきか、という異議がありうるということを一応指摘しておきたい。だが笠井氏は文体以外にも、「この時代を生きることへの作者の態度に疑問がある」とし、問題点を複数挙げている。「ケーキのトッピング程度」「(主人公の苦悩を)この程度に設定しておけば、悩んでいることになるだろう、悩んでいる人物として読者に通用するはずだという判断の常識性」(常識を疑いもせずに作品に書き込んでしまう無邪気さへの恐れ、ということか)といった厳しい批判は、小説を読んだ限りでは的確なものである。米澤穂信作品の持つ「苦さ」のようなものが欠けているという指摘ももっともだ。

 この点について、山田正紀氏は優しい弁護を述べている(どうやら四人の選考委員のうちで山田氏が一番の擁護論者だったらしい)。「ちょっとビターでスイートなラブコメ」として本書を推すという意見には賛成だ。小説をそういう観点から評価する人がいてもいいのである。主人公とヒロインの人間関係を「『うる星やつら』のあたるとラム」に喩えたのは若干誤解を招きかねないが、高橋留美子の名作の如くヒロインが主人公を追っかける図式が成立しているのではなく、ボーイ・ミーツ・ガールの図式と、「ヒロインの真の顔を主人公が知ること」が物語の主題になっているという点に山田氏は相関を見出されたのではないかと思う。

 島田荘司氏は両者の意見を公平に聞き比べた結果、山田氏支持に転じたようである。その指摘も的確。主人公を「安全な愛玩動物的男子」と断じ「少女趣味型の定型パーツ」によって組まれた物語と作品を評した。これももっともである。島田氏が笠井氏と異なる点は、あくまで視点が読者寄りであることだ。作品がミステリ・マニアのスノビズムに彩られていることは認めつつも、読者の立場から見て場合、文章と物語運びに逃れがたい「吸引力の強さ」があることを大きく評価し、それを作者のセンスと見なした。笠井氏が認めなかった語りの文体も、その吸引力のための撒き餌と見做したのである。この辺の違いに、両者のミステリ観が見えて私にはおもしろかった。

 最後の一人、北村氏に関しては、作品が持つ老練な感じに着目し、応募作が受賞後の書き直しによってどの程度改善されるかにこだわられたようであった(他の賞でも同様の評を見たことがある)。これはあくまで『午前零時のサンドリヨン』一作に限ったことで、作者である相沢氏の「のびしろ」の有無を問う評ではないだろう。

 公刊された作品に、どの程度加筆修正がなされたかは知る由もない。だが「まとまり過ぎ」という北村氏の評は、笠井氏の批判と同様、この作者が真摯に受け止めるべき言葉だと私は考える。『午前零時のサンドリヨン』は、愛らしく、素敵な小説だ。作品としての完成度も高い。四つの小エピソードが最後にまとまったときに真の解決が訪れるように設計された小説で、伏線の置き方や、恋愛ドラマとの組み合わせなどにも芸があって、誠に結構である。だが、このまとまりはあくまで今回限りのものなのだ。愛嬌のある主人公、わかりやすい弱点があるヒロイン、甘いラブコメ風の雰囲気など、すべての要素が今回は正の方向に働いた。逆に言えばどれを欠いても成立しなかった物語ということで、似たような部品を使って第二の『サンドリヨン』を作ることはできないのである。

 作者が資質を問われるのは次回作だろう。願わくば本書の続篇ではなく、まったく違った題材によって読者に向き合われることを期待する。「DL2号機事件」の次は、やはり『11枚のとらんぷ』であってもらいたいのだ。


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(11/3)おおそうだ

 すでにこちらでも宣伝していただいているようですが、AXNミステリーで綾辻行人さんのインタビューをやらせていただいたのが、本日から放映されているようです。収録日は台風が関東に大接近したあのときで、我が家ではえらいことになっていたのでした

 放送日は以下の通り。

放送日
11/3(火)16:00
11/3(火)26:30
11/4(水)26:45
11/11(水)16:00
11/12(木)26:45
11/14(土)17:15
11/17(火)16:00
11/19(木)26:45
11/24(火)26:45
11/26(木)16:00
11/28(土)17:15
11/30(月)26:45

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(11/3)たらりらったりったらった

 対談のため、初野晴さんの『1/2の騎士』を読み返していて気付いたのだが、終章で明かされる大仕掛けのための伏線が、初めのほうでかなり大胆な形で置かれていることに改めて気付かされた……が、同じところにひっかかった人はきっとおいちゃんかおばちゃん(車寅次郎風)のはず。この本の主要な読者層と思われる十代の男女は、それがどうした、という感じで読み飛ばしたものと思われる(キーワードを入れてネット検索したのだが、引っ掛からなかった)。物語を楽しむ上では気付かなくてもまったく構わないのだけど、個人的にちょっとおもしろかったので書いておきます。

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(10/30)問題小説

 忘れていたが見本をいただいていた。
 今回採り上げたのは、川上未映子『ヘヴン』、新堂冬樹『摂氏零度の少女』、綾辻行人『Another』の三冊。
『Another』についていえば、ネタばらしをしない範囲の書評では(つまり分析を主目的とした評論ではない形で)、自分で書ける最良のレベルの文章になったと思う。もし『Another』を未読で、買おうか買うまいか迷っている人がいたら、書店で「問題小説」を立ち読みしてみてください。天秤を傾けるだけの力のある文章は書けたと思う。



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(10/29)なんと!

「翻訳ミステリー大賞シンジケート」の霜月蒼原稿を読むまで気付かなかったが、ドウェイン・スウィアジンスキー『メアリー-ケイト』は、二〇〇八年十一月の刊行だったか。ということは、今年の「このミステリーがすごい!」投票の対象になるわけである。うっかりしていた。あれに票を投じるべきか否か、検討しなければならない。

『メアリー-ケイト』のドウェイン・スウィアジンスキー、『死神を葬れ』のジョシュ・バゼル、『バッド・モンキーズ』のマット・ラフ。

 荒らぶる魂を満足させてくれた三人の作者である。感謝。これにウェストレイクとランズデールの短篇集が加わって、ハイアセンの長篇まであった。豊饒な一年だったというしかない。



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(10/16)ミステリーズ!

  忘れていたが、先週のパーティで見本をいただいたのだった。
  今回の「迷宮踏査」は、ハーバート・ブリーンを採り上げています。この連載のために『あなたは酒がやめられる』を買って読んだのに、ちっとも止められませんよブリーン小父さん!

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(10/5)雑誌二題

「週刊文春」の件、もう少し。

 しばらく見ないうちに、高橋春男の絵が猛烈に劣化していることに驚かされた。「竹ペン」のような線になっているし、人物の輪郭もガタガタ。メインキャラクターの顔は『おそ松くん』方式で入れているのだろう(それが何かは各自調査)。どうしてしまったのか。漫画家としては、相当危ない水位まで画力が落ちているように思う。

 気になった記事は、徳岡孝夫さんの寄稿である。そうか「諸君」連載の「紳士と淑女」は、徳岡さんが書いていたのか。勉強不足で知らなかった。鋭い筆鋒で気持ちよく、諸事を俎上に載せる際の感覚が公平である。今回の寄稿でも、鳩山由起夫に関して書いた箇所がおもしろかった。美濃部亮吉が都知事に就任した際の周囲の狂奔ぶりを例に引き、こう呟くのである。

 ――私は大記者団の中に坐って質疑を聞きながら、「よーやりはるわ」と思いました。大阪弁にあって標準語にない、この「してはる」という完全な傍観者の態度。ジャーナリズムにはもう少し必要なのではないでしょうか。

 なるほど。感心したので『完本 紳士と淑女』を購入して読んでみることにした。

 もう一つの話題は、プロレス専門誌「Gスピリッツ」の特集記事である。プロレスに関心のない方はすまぬ。同誌最新号は急逝した三沢光晴選手の特集を組み、いかに故人が技術に長けていたかという点について、主に「受け身」の面から分析している。視点がおもしろく、読み応えのある一冊だ。その関連で「受け身」特集を組んでおり、こちらには三沢選手と直接関係のない話題も紹介されている。目を引いたのは、TAKAみちのく選手のインタビューである。TAKA選手はデビュー前、ディック東郷選手から受け身の指導を受けた。そのやり方が、非常におもしろかったのである。

 ――ディック東郷の凄いところは、一番最初に痛いのをやっちまおうって感じで、いきなりトップロープに上ってドカーンと、セントーンで落ちるんです(苦笑)。これはスゲエ痛いですよ。で、細かいことは教えない。とにかく”やれ!”と。それで何回かやってると、痛い時と痛くない時があるわけですよ。それで体で覚えていくんですよね。(後略)

 これって、小林まこと『12の三四郎』そのまんまじゃないか。ディック東郷が真似をしたのか、それとも漫画のほうが実際にある練習方法に取材したのか(プロレスにも『12の三四郎』にも関心がない方はすまぬ)。

 漫画の内容はこうだ。高校を卒業して悪役レスラーの桜五郎の弟子となった東三四郎は、ある日、リングに上がって受け身を取ることを命じられる。もともと柔道をやっていた三四郎は当然受け身を取れるのだが、桜五郎の言うプロレス式の受け身とはそういうものではない。コーナーポストに上がり、「飛び落ちる」ように命じるのである。

「いいかー。同じところからばっかり落ちていると、そのうち穴が空いちまうからな。まんべんなく落ちて、体を痛めつけるようにするんだぞ」(台詞うろ覚え)

 ほら、おんなじだ。ちなみにセントーンとは、コーナーポストに上って飛び、リングに寝ている相手の上に、背中から落ちる技である。下に誰もいなければ、当然痛いわけだ。

 ディック東郷すごいな、プロレスラーはやっぱり偉い、と感心させられたのだったのだった。




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(10/4)週刊文春

 うっかりしていたが、今出ている号の「文春図書館」に書評を掲載してもらっています。本は9月25日のエントリーでもお薦めしていた、志水辰夫『つばくろ越え』。

「文春図書館」の文字数では書ききれないことを書きたくなって、あのエントリーを上げたのだった。先週の池袋コミュニティカレッジの講義でも、受講者の方にお薦めしてきました。これはもっともっと多くの読者が手に取るべき本だと思います。


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(9/28)波

 新潮社のPR誌「波」をいただいた。
 今月の新潮文庫新刊『レポメン』の書評を書いたのだ。作者はあのエリック・ガルシア。
 ガルシアといえば、恐竜が人間の皮をかぶって現代に生き残っているという、素晴らしき設定のSFミステリーを書いた人だが、これも近未来SF小説である。人工臓器移植の技術が発達し、誰もがクレジット払いで手術を受けられるようになった時代。支払いが滞った者から、借金のカタに人工臓器を取り上げる仕事をするのがレポメンだ。取り上げられた人間はどうなるって? 知らないね。金を返さなかった奴が悪いんだ。

 金がなければ腎臓を売れ、とは脅した社員がいた金融は日栄だったか(『ミナミの帝王』を参考にした、というのは事実なのか)。それ以上に非情な物語が、渇いた笑いとともに語られます。主人公がやたらと女にだらしない男に設定されているのも、またよし。『馬鹿まるだし』と『キャッチ22』が合体したような物語である。


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(9/27)歌野晶午さんの文庫解説

 角川書店から『女王様と私』の見本をいただいた。文庫解説を書いたのである。
 やけに字数制限の厳しい原稿依頼だと思っていたら、本当にぎりぎりのページ数だった。全体のページ数は496ページ。本文は484ページで終わっていて、解説は5ページ分ある。その次が奥付けで、そのまた次がもう最終ページ、「角川文庫発刊に際して」である。これだけ余裕がないページ構成も珍しい。

 え? それじゃあページ数が合わないって? 解説のページ数がおかしい?

 そこに気付きましたか。そうそう、足りない分のページには、実は……(ネタばらしにつき自粛。本屋さんで買って読んでくださいな)。


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(9/26)道尾さんの文庫解説

 幻冬舎から、解説を書いた『骸の爪』の見本をいただいた。
 解説の一節を広告用に使う由聞いていたが、あいにくどの新聞だか忘れてしまったのです。どこだっけか。

『骸の爪』を読めば、十二支シリーズ前に道尾さんが達していたポテンシャルの高さがよく判ると思う。よく考えられ、細部まで矛盾なく詰めてある構成を褒めるべきなのはもちろんだが、後の道尾秀介らしさもきちんと盛り込まれている点が良い。なによりも良いのは、「自分の小説を書く」という行為への喜びが、行間から滲み出ていることだ。再読し、改めてそう感じた。これを取っ掛かりとして道尾作品を読むと、なじみやすいだろうと思う。


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(9/25)つばくろ越え

 書評のために志水辰夫『つばくろ越え』を読んでいたが、あまりに完成度が高いのでびっくりする。
 江戸時代の飛脚を主人公にした連作なのだが、収録作四篇がどれもおもしろすぎる。
 ミステリーファン向けに書くと、これはジョー・ゴアズ〈DKA〉シリーズの使命を帯びた集団を主人公にする趣向と、ダシェル・ハメット〈コンチネンタル・オプ〉シリーズの、パーソナリティの表現を抑えた主人公の視点によって紡がれる物語とが融合した、素晴らしきハードボイルド小説だ。「出直し街道」の結末で主人公が口にする台詞なんて、まんまチャンドラーではないですか。
 時代小説だが、ミステリーの味付けもきちんとある。これは読んだほうがいいです。すげえなあシミタツは。

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(9/25)問題小説

 うっかりしていたが、見本誌をいただいていた。
 今月号は誉田哲也さんのロングインタビューと全作品リスト、それに急逝された北重人さんの追悼特集が掲載されている。

 北重人さんとは、一度しかお会いしたことがない。今年の大藪春彦賞授賞式の二次会パーティーでご挨拶したのが、最初で最後の機会となった。物腰の柔らかい紳士だと好意を感じた(例によって、筆名から私を女性と勘違いしていたと言われた)。『汐のなごり』について、二言三言感想を申し述べたのだろうか。あまり話した内容は記憶していない。同書は、エロティックな文章表現と枯淡とした人生観とが結合を果たした、素晴らしい短篇集である。還暦を過ぎてからデビューされた北さんは、末枯れたところのない、艶やかな文体を持った作家だった。もっと生きて、北さんにしか書けない小説を、たくさん読ませていただきたかったと心から思うのである。だが今は安らかにお眠りください。

 今月号のブックステージは、山本幸久『床屋さんへちょっと』、恒川光太郎『雷の季節の終わりに』(文庫化にあたって一章を書き足した完全版である)、曽根圭介『図地反転』の三冊を採り上げた。機会があればご一読を。


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(9/24)理想主義者

 三沢光晴『理想主義者』が文庫になるので買おうと思っていたら、版元からいただいてしまった。感想を書く機会がなさそうなので、せめてもということでここに記しておく。

 これは自伝のたぐいではなく、プロレスリング・ノアを旗揚げした三沢が、社長レスラーとして団体を率いる立場から、自身のプロレス観を言葉にした本である。夢へ向かって努力する大事さを繰り返し説いているので、指南書のたぐいとしても読むことができるだろう。プロレスファンにとっておもしろいのは、ノアのレスラーが使う技について解説をした箇所だろう。投げっぱなしジャーマンの受身の取り方などが丁寧に書いてある。

 この技は攻撃をする選手の腕を放すタイミングしだいでダメージを与える場所が変わってくるという特質があるのだ。身体を反りきらないうちに離せば相手を上方に投げ、ある程度反らした状態で投げれば後頭部を叩きつけることになる。(中略)
 上に投げられるパターンを見誤り、自ら飛んで受け身を取ろうとしたなら、自らの跳躍によって増幅された高さと、身体を動かしたことによる不安定さから、何の対処もできずに頭をマットに打ちつけることになる。(後略)

 なるほど。

 こうした技術論の部分は純粋に楽しいのだが、時折哀しくなることがある。「受け身を取れなくなったらそれが辞めどき。受け身が取れているうちにはがんばらなければ」というような言葉を見ると、人はそこまでぎりぎりに頑張らなければいけないのか、と切なくなる。また、ゴールデンタイムで放映されていなくても(深夜の放映でも)試合の熱意はいずれ観ている人に届く、自分たちがプロレスを楽しんでいれば、観客にとっても満足できる試合になる、といった理想論については、まさかこのとき放映自体が無くなるという事態までは想定していなかっただろうなとか、選手が自由に振舞いすぎてマッチメイクが錯綜するようになったのは誤算だったろうな、とか、つい現状と比較してしまうのである。

 ここに書かれているのは貴い理想だ。残された選手たちには、三沢光晴の言葉をもう一度胸に刻みなおし、その偉業を引き継いでもらいたいと切に願う。


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(9/18)ブックジャパンのFriday新刊チェック

 更新しました。

 今月採り上げたのは、

『フリーター、家を買う。』有川浩(幻冬舎)
『密室から黒猫を取り出す方法』北山猛邦(東京創元社)
『メリリーの痕跡』ハーバート・ブリーン(論創社)
『さらば雑司ヶ谷』樋口毅宏(新潮社)

 の四冊。『さらば雑司ヶ谷』はあちこちで話題になっているようで嬉しいです。書けるときに書評をやっておかないとな。

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(9/17)1Q84-BOOK3

 村上春樹さんが毎日新聞社のインタビューに答えて、『1Q84』のBOOK3を執筆中であることを明かしている。

 インタビューはこちら

 小説の構成要素の執筆意図などについて触れた部分があるので、未読の方で先入観を持たずに本を手に取りたいと考えている人は注意されたい。物語の力について言及した箇所などは、自分の読みと照らし合わせて納得することが多く、私は興味深く読んだ。

 それにしても文芸誌なら「独占インタビュー」と書くところを「単独インタビュー」か。単独インタビューの反対語は囲み取材なのかしら。総理大臣の囲み取材のあとで単独インタビューに成功しました! とか言われるのならわかるのだけど。

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(9/15)大村友貴美さんの新刊

 第二十七回横溝正史ミステリ大賞を受賞した『首挽村の殺人』に文庫解説を書いた。その文庫と、同シリーズの第三作になる『霧の塔の殺人』の見本をいただいた。

 大村さんは故郷の岩手県に住み、地方のミステリーを書くことに独自の価値観を見出している作家だ。その作品は岩手県を舞台にしているが、横溝正史の岡山臭がするライト・モチーフが扱われている。『獄門島』や『八つ墓村』の岡山臭だ。これは偶然ではなく、横溝正史の作風を現代的に換骨奪胎しようとする試みの結果だろう。

 横溝正史が戦時中に起きた大量殺人事件から触発されて某作品を書いたことは有名だが、あの事件などは昭和の時代よりもむしろ現在の視点で見返したほうが理解しやすいものだという気がする。現にここ数年、弱い人間が鬱屈を抱えた末に爆発した同じような事件が、何度もニュースで報道されている。過去の因習の中だけに原因があるのではなく、人間の普遍的な脆さが事件となって現れてしまったものと見るべきなのだ。

 横溝の岡山作品が風化せずに残っているのは、こうした普遍性をすくいとれるだけの強靭さが備わっているからだ。大村さんは、平成の事件や社会現象を題材にして、同様の強い作品を書こうと取り組んでいる。

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(9/12)黒い山

 早川書房から見本をいただいた。解説を担当したレックス・スタウト『黒い山』である。しゅえっと社の西貝マリ訳でお持ちの方もいるかと思うが(少数派だろうけど)、宇野輝雄訳で喋るネロ・ウルフとアーチー・グッドウィンをご堪能ください。

 スタウト・ファンには説明の必要もないだろうが、『黒い山』はシリーズ中の最大の異色篇である。ウルフの幼馴染みのマルコ・ヴィチッチが銃殺され、探偵自身が重い腰を挙げて西三十五丁目の我が家からモルグまで赴く、という事態だけでもかなり異例のことなのだが(ウルフは、自分が必要と認めなければ、決して外出しようとしない人間なのである。それが警察官や、検事の求めであっても)、もっと驚くべきことが起きる。マルコの死に続き、ウルフの養女までが何者かに殺害される。彼女は、ウルフたちの故郷であるモンテネグロに戻っていたようなのだ。その報を受けたとたん、アーチーも呆れるような機敏さでウルフは出国手続きを済ませ、生まれ故郷であるバルカン半島へと飛び立っていくのだ。

 モンテネグロはチトー政権のユーゴスラヴィアに属する。秘密警察の恐怖によって支配された地で、ウルフがジェームズ・ボンド顔負けの働きを見せるのである(イアン・フレミングが007シリーズの第一作である『カジノ・ロワイヤル』を発表したのは、本書と同じ一九五四年のことだ)。ただし、体重が七分の一トンにも及ぶウルフのことである。普段はまったく使っていない彼の足がそんな活動についていけるはずがない。結局ウルフは足の痛みについて文句を言い続け、アーチーを閉口させるのである。まあ、それはそうなるでしょうね。


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(9/11)ちょっと前の話

 共同通信社配信で、八月三〇日の地方紙に書評が載ったそうである。昨日見本紙をいただいて、掲載日が判明した。お題は今野敏『同期』。今野さんにしては珍しく、若者を主人公にした警察小説だ。


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(9/10)水時計

 創元推理文庫の見本を頂戴した。解説を担当したジム・ケリー『水時計』である。
 ケリーは、ドロシイ・L・セイヤーズの『ナイン・テイラーズ』に人生を変えられたと公言している作家で、本書にもその影響が如実である。いわゆる黄金時代の作風を、現代に甦らせることに挑戦した作品なのだ。自分で解説を書いた作品なので宣伝するのも気が引けるが、フーダニットとしておもしろいです。

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(9/9)週刊SPA!

 今週号の見本到着。「ミステリー一冊決め」は、アントニー・レジューン『ミスター・ディアボロ』である。
 一九六〇年に書かれた不可能犯罪ミステリーで、のっけから人間消失と密室殺人の二本立てで読者を驚かせてくれる。トリックもさることながら、伏線回収の手つきが好ましい一冊である。

 しばらくやってきた同誌の書評だが、リニューアルで少しだけ形態が変わる予定。

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(9/7)樋口毅宏という作家

 先日お会いした際に北上次郎さんが「何の気なしに読んだら凄かった。お前も読め読め」と薦めてくださった『さらば雑司ヶ谷』を読んだ。仕事の合間にぱらぱらと眺めていたのだが、九ページで出てきた「俺たちは垣根を飛び越え、娯楽映画の巨匠鈴木則文が一九七七年にメガホンを取った傑作『ドカベン』において、岩鬼役の高品正弘が破壊した鳥居の前を通り」という文章にやられ、一気に読み終えてしまった。なんだこのセンス、すっげー(北上さんが凄いと言っているのは、おそらく別の部分だと思うが)。

 編集者がつけた「『不夜城』+『私が殺した少女』そして漱石著『こころ』(!)」というコピーだけでは内容が把握しづらいし、帯のあらすじも物語の肝腎なポイントを敢えて外して書いてある。みうらじゅんと白石一文の推薦文も、未読の人間にはよく判らないものである。みうらじゅんなんて「樋口さん、読みましたよ。小説スゴイじゃないですか!」って、ほとんど私信だ。芸能人が書いた小説みたいな推薦の仕方なのだが、樋口毅宏という名前は誰も知らないのである。これじゃ推薦の意味がないよ、みうらさん。

 これは戦略なのかもしれない。何がなんだか判らないけどとりあえずおもしろそう、という雰囲気だけ読者に伝わって、ページをめくってくれればいいという(私はそうだった)。でも伝わらないよなあ、これじゃ。なので、一部の好き者の方にだけメッセージを送っておきます。巻末にある、謝辞と参考文献一覧のページを見て、びびっと来たら本を買うとよろしい。逆に言うと、ここに並べられているタイトルに少しも反応しない人は、絶対に買わないほうがいい作品だ。参考までに、参考文献(資料?)の一部を紹介しておきます。

 1)書籍部門 『池袋ウエストゲートパーク』『ぼくは微動だにしないで立ちつくす』『カメレオン』(マンガ)
 2)映画部門 『ドランクモンキー 酔拳』『ビヨンド・ザ・マット』『サンセット大通り』
 3)その他部門 電気グルーヴのオールナイトニッポン、円谷幸吉と川端康成、『ニャン2倶楽部Z』

 さあ、どうだ。

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(9/7)人間、蜥蜴ときて次は……

 まったくどうかと思うくらい『粘膜人間』『粘膜蜥蜴』がおもしろいのだが、さらなる飴村行情報が入ってきた。入ってきたって、飴村さんご本人に直接聞いたんだけどね。

 来年春に向けて鋭意執筆中の新作は、

 『粘膜兄弟』

 という題名になるそうだ。なるほどそうきますか。

 題名から脊髄反射的に連想したのは菅原文太・川地民夫主演の〈まむしの兄弟〉とか、ジョン・ベルーシ&ダン・エイクロイド『ブルース・ブラザース』の線なのだが(『サボテン・ブラザース』だったらどうしよう)、もちろん飴村行なのだから『バスケットケース』の可能性は高いわけなのだし、『粘膜蜥蜴』のことを考えれば意表をついて『レインマン』路線でくることだってある。予想がつかず、どきどきするではありませんか。

 とにかく『粘膜兄弟』が楽しみだということです、兄貴!






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(9/6)問題小説

 昨日から泊りがけで実家に戻っていた。さっき帰ってきて、『新宿警察』の続きを読んでいるところ。

 徳間書店から「問題小説」十月号の見本をいただいた。今月採り上げたのは、沼田まほかる『アミダサマ』、米澤穂信『追想五断章』、瀬尾まいこ『図書館の神様』の三冊。書いたあとで、『アミダサマ』について沼田さんが「野性時代」のインタビューに答えていたことに気付いた。先に気付かなくてよかった。読んでいたら、内容まで影響されるところだった。



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(9/5)早川書房のイソラ文庫

 早川書房からメール便が届いた。新刊にしては薄いな、と思い開けてみたところ、中に入っていたのは三冊の冒頭部分のみを抜き出したパイロット版である。

 この十月から、「イソラ文庫」という新しいレーベルを立ち上げるらしい。イソラはISOLA、コピーをそのまま書けば「いまを生きる女性たちが、ほっと一息つける場所。そんなイメージで「島」という名前の文庫ができました」ということらしい。文芸作品からロマンス、コージー・ミステリといった分野の作品を収録し、月二点を刊行する予定。初回の十月のみ三冊が発売になる。ラインアップのタイトルだけ書いておこう。

アディーナ・ハルバーン『人生最高の10のできごと』(文芸エンターテインメント)
ミシェル・スコット『おいしいワインに殺意をそえて』(コージー・ミステリ)
テレサ・マディラス『月の光に魅せられて』(ロマンス)

 感じとしては、ヴィレッジブックスやランダムハウス講談社文庫だ。健闘を祈りたい。他の翻訳書と並行して出していくことになるのだと思うが、こういうのは最初が肝要なので、確実に売れるタイトルがいるだろう。リリアン・J・ブラウンなどはもうイソラ文庫で出してしまうことにしてはどうか。全点カバーかけ替えで。既刊を持っているファンが迷惑するか。そうか。

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(9/2)別宮貞徳さん

 翻訳批評の大御所である別宮貞徳さんは、同じ高校で一学年下にいた方の御父君である(別宮さんはそのことを知らないし、私は面識がない)。亡父と同門の大先輩でもあるので、いつも動向は気にしていたのだけど、最近になってすこぶるおもしろい本を出された。『裏返し文章講座 翻訳から考える日本語の品格』という本だ。

「品格」は極めて曖昧な語義の言葉だが、別宮さんは「しかるべきことばがしかるべき場所でしかるべき用法に従って使われている日本語」が品格のある日本語なのだと定義している。さすがに明確だ。別宮さんが長く続けておられる翻訳批評では、いわゆる誤訳よりも悪訳、語義の解釈以前に日本語の使い方が誤っている翻訳文がよく採り上げられ、厳しく批判されていた。「英語どころか日本語がろくすっぽできない大学教授が職の権威をかさにきて訳したあげくわからないのは頭の悪い読者のせいと片付ける」ような悪文の例が本書にも多く掲載されているので読んでみていただきたい。たとえば水田洋訳のアダム・スミス『国富論』などは、こちらの思考回路がめちゃくちゃになりそうな頭の悪さだ。権威主義者はわかりやすい訳語を模索することを読者におもねる所業と勘違いしているため、しかるべきことばを用いることができないのである。これを読むと、あの本とかあの本とかが理解できなかったのは、自分が馬鹿だったのではなく(そのせいももちろんあるけど)、翻訳者のせいだったのか、とやや安心できます。学生時代、岩波文庫版でいくら読んでも判らなかったハイデガー『存在と時間』が、細谷貞雄版で読んだらすらすら理解できたことを思い出した。あれは良い訳であると思う(ちくま学芸文庫に入っています)。

 別宮さんが第七講で示しておられる悪文を生み出す条件を掲げておく。翻訳に関心がある人だけではなく、きれいなわかりやすい日本語を使いたいと思っている人、長い文章を論理的に書きたいと思っている人は、この第七講がとても参考になります。

 1 無知・無教養――権威主義者が品位を落す
 2 音痴――耳の悪さが変調を招く
 3 無知・無感覚――知性・完成の乏しさが駄文・拙文を有無

 本当は1~3まですべてを詳しく引用したいほどに素晴らしい内容なのだが、それでは誰かさんのように無断引用ならぬ盗作になってしまう。一例だけ紹介するに止めます。あとは各自買って確認してください。文庫で千円は高いと思うかもしれぬが、内容からするとお得ですよ。

 2についての引用。

 ――では文章を書くのに、リズミカルにするにはどうすればいいのか。結局、こういうことだと思うんです。文を句読点や、それがなくても息継ぎの箇所で分割したときに、各部分の長さにバランスがとれていること、そして読んでいて楽に息ができること。これがうまくいっていれば、リズムがいい、読みやすいっていうことになるんじゃないでしょうか。たとえば、頭の方が長くて、結びがすとんと切って捨てたようだと、どうもトップヘヴィーですわりが悪いですね。(p233)

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(9/2)ゆえあって

 藤原審爾を再読中である。今は『新宿警察 愛しながら殺せ』を読んでいるのだが、「慈悲の報酬」という一篇が好きすぎて、他のことが手につかなくなってしまった。ああ、この小説が好きだなあ。どうして何年もの間再読せずにいられなかったのかわからない。おもしろいです、これは。

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(9/1)2008年度ファルコン賞決定

 事務局からフライヤーを頂戴した。ハードボイルド小説のファンクラブである「マルタの鷹協会」がその年のもっとも優れた作品として選ぶファルコン賞が決定したそうだ(私も会員なのだが、うっかりして投票をし忘れていた)。二〇〇八年度はS・J・ローザン『冬そして夜』が受賞。

 このファルコン賞、きちんと海外作家にも正賞であるファルコン像を送っていることで知られている。今回はローザンのところにも届けられるのね。だから、海外のウィキペディアを見てもちゃんと賞のことは書いてある。気になるのはあの像のことなのだが、たしか日本のどこかで生産されている民芸品を贈っていたと思う(メフィスト賞の正賞がイギリスのお土産品であるのと似ていますね)。私は実際には見たことがないのだが、木彫りの製品なのだそうだ、「丸太の鷹」。えっ……。


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(8/27)ブックジャパンのFriday新刊レビュー

 更新されていました。

 今回採り上げたのは、飴村行『粘膜蜥蜴』、ウォーレン・フェイ『フラグメント――超進化生物の島』、歌野晶午『密室殺人ゲーム2.0』、藤岡真『七つ星の首斬人』の四冊。なんといってもお薦めは『粘膜蜥蜴』だ。『粘膜蜥蜴』を読まない人間は一生後悔すると思う。読んだために一生後悔する人もいると思うけど。本来解説を自分で書いた本は採り上げないことにしているが、今回は『粘膜蜥蜴』のため、あえて自分で定めた規則を枉げました。ミミズもカエルもごめん!


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(8/27)花と流れ星

 幻冬舎から道尾秀介さんの『花と流れ星』見本をいただく。『背の眼』『骸の爪』に登場する真備庄介ものを集めた短篇集だ。諸事情により、すでにゲラで読んでいます。

 道尾さんが短篇作家としても優れていることは、すでに『鬼の跫音』収録の諸作でも証明されていたが、本書もなかなか良い。特に素晴らしいのが「流れ星のつくり方」だ。これ一篇だけでも本書は読む価値があり、書店で購って自分のものにする意味がある。お薦めします。

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(8/24)カクレカラクリ

 メディアファクトリーから、森博嗣さん『カクレカラクリ』の文庫見本をいただく。
 解説が女優の栗山千明さんなのだが、その構成のお手伝いをしたのである。
 といっても栗山さんは作品をしっかりと読み込んでおられたので、音声から談話を文章に起こして順番通り並べていくだけで立派な原稿になった。とても楽な仕事でした。

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(8/24)ナンプレファン

 十月号の見本誌をいただく。今回の「より道ミステリー」は、森谷明子『矢上教授の午後』、マイケル・イネス『証拠は語る』、レイモンド・T・ボンド編『暗号ミステリ傑作選』の三冊を採り上げた。自分で言うのもなんだけど、他では絶対にない組み合わせの書評だと思う。自由にやらせてもらっているなあ。

 読者には関係ないことだが、連載開始からずっと担当していただいていたKさんが、今号で交替されることになった。連載そのものにはまったく変わりありません。Kさん、今までありがとうございます。


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(8/19)週刊SPA!

 見本誌をいただいた。今週号の「ミステリー一冊決め」は、松井今朝子さんの『道絶えずば、また』を採り上げている。『非道、行すべからず』『家、家にあらず』と本書の三冊で三部作は完結する。『非道、行すべからず』が連載されていたのは、今は亡き「鳩よ!」だった。私は吉野仁さんとの対談連載でお世話になっていたので、送られてくる見本誌で読んでました。懐かしい。十年越しのシリーズ完結である。

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(8/18)10%おもしろいターザン本

 仕事の合間に『元『週刊プロレス』編集長ターザン山本!の活字プロレス血風録』を読んでみた。ターザン山本!はいつもと同じことを書いているだけなのだが、インタビューが四本と関係者座談会(掘り下げが少なくてつまらない)が入っている。このインタビューのうち二本がおもしろかった。長州力と吉田豪なんだもの。あとの二本のうち金澤克彦のものはまあまあ、佐々木健介のはつまらない。この人は常識人だから、怨みもない相手にそんなかっとんだことは言わないのである。本人の責任ではなくて、人選ミスだ。

 で、長州力。最初から最後まで「なんで俺があいつのことなんか喋らないといけないんだ」「俺の言ったことは全部書けよ、書けよ。書かないとお前も取材拒否だからな(妄想)」「山本の墓にクソぶっかけてやる!(妄想)」といった苛々した感情が伝わってくる、いいインタビューだった。可笑しかったのは「もう、アイツは忘れ去ったほうがいいよ」とターザンの存在自体を全否定しながら、「山本はタコと一緒だな。自分で自分の足を食ってんだよ」と的確にその処世術を批評していたり、やけに現状に詳しい点である。

 長州 それで、博打に呆けてるのか?
 --さあ、ボクもそこまで詳しくは……。最近の山本さんのことをご存じなんですか?
 長州 いや、そういう噂なんだよ。……う~ん。他にやってるとしたら、たぶんバカなヤツらを集めての、座談会とかさぁ。腐りきったヤツだな。
 --お詳しいですね?
 長州 だから噂だよ、噂。……たぶん、本人も気づいてるんだよ。でも、この世界しか食って行けるところがないから、そういうところじゃないか? ……これだけ聞ければ、十分だろ? 俺から聞ければ。俺の口から(笑)。

 長州最高! インタビューアはいい仕事をしていると思います。

 もう一本の吉田豪インタビューのほうは安心のクォリティーで、初紹介ネタもふんだんに紹介されている。この計16ページだけが飛びぬけておもしろかったな。全体はつまらない(特に著者の文章)ので、10パーセントだけおもしろい本である。

 本文の問題点は、まず文章がブツ切れであることだ。原稿用紙10枚分の話題しか提供できず、それを超えると息切れする。雑誌や新聞の記者あがりの人の癖で、記事の長さの文章しか書けなくなってしまうのだ。若いうちには一晩に数十枚を書いたというターザン山本!氏だが、別に論理立てて一つの題材を掘り下げるような文章を書いていたわけではなくて、勢いで理屈無用のアジテーションを書きなぐっていたわけだからね(そこがおもしろかったのだけど)。大人なりの文章の書きかたを勉強しなおさないと、プロレス界の外に出て行くのは無理だと思う。

 順番無視、伏線皆無で自分の書きたいこと、思いついたことだけを書いていくスタイルなので、この文章でフィクションを書くのは難しい。私小説なら書ける、と思っているのかもしれないが、私小説だって技巧というものはあるんです(ノンフィクションだってそうだ)。『告白』とか読んでいる場合じゃない。

 真面目に本文を読んでみると、さすがに全部が錆び付いたわけではなく、公称40万部の雑誌作りに采配をふるっていた際の感覚もところどころで発揮されている。自分が去った後の「週刊プロレス」がなぜ駄目になったのかという分析も的確だ。

「真面目でおとなしい人間が、活字プロレスを誌面で展開していくのは無理だ。そうすると『週刊プロレス』の誌面は限りなく、等身大なものになっていく」
「面白いことに、試合リポートを徹夜して書いていると、みんな仕事をした雰囲気になるのだ。それは私からすると、単なるマスターベーションでしかない。試合リポートは専門誌にとってゴミだ」

 このテンションをずっと続けれられればいいんだよなあ。

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(8/12)本の雑誌

 九月号の見本を頂戴する。寄稿というか、座談会に出席したのである。読んだことのない本を知ったかぶりをして語るという趣向の座談会で、茶木則雄さん、大森望さんと出鱈目な話をしている。あんな無茶苦茶な内容なのだから、きっと後ろの方にちょこっと載るだけなのだろうとたかをくくっていたら、巻頭特集の、しかも頭になっていたから悶絶した。うひゃあ。

 この企画、とにかく出席するまでわからないことだらけで、最初に編集Mさんから電話をいただいたときの話でわかったことは「読んでない本の話をしろ」ということだけ。てっきり後から補足説明があるのだろうと思っていたが、まったく音沙汰なし。ついに怖くなって、座談会当日の午前中に「えーと、追加情報はないのでしょうか。せめて、他の方がどの『読んでない本』を準備されたかだけでも知りたいのですが」とメールしたところ、「すいませーん。新しい情報は何もないのですぅ」という鬼のような返信がきた。うわあっ、それって現場に行ってネタがかぶっていたら、一から考えなおさないといけないということか。仕方がないので、近くの図書館のウェブサイトにアクセスして、貸し出し数と予約数の多い本のリストをダウンロードした。同じ読んでいない本について語るにしても、知名度のない本を読んでいなかったら、それは当たり前ということだからだ。他の人が読んでいそうな本を読んでいないからこそ意味がある、よし。そう思って一応のあたりをつけて本の雑誌社に赴いたのだが……。

 最終的に選んだ本については本誌をご覧ください。結局、他のお二人との兼ね合いで、バランスをとって本を選びなおすことになってしまった。だから事前に決めておけば(ちなみに大森さんだけは準備万端でやってきていました。さすが)。

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(8/11)バカミスじゃない文庫化

 かつて単行本形式で出ていた『バカミスじゃない』が二分冊で宝島社文庫に収録された。二冊にするほどの分量はあったかしらん、と思っていたが、編者の小山さんがだいぶ奮闘して追加原稿を入れられたようだ。おつかれさまです。

 その小山さんによるあとがきに、美術出版社刊のブックガイド『バカミスの世界』に関する言及があった。かの本が刊行されたとき「日本のバカミスに対する言及が少ない」というお叱りの声があり、「バカミスというレッテルを貼ると怒る日本人作家がいるから避けたのだろう、とか、日本人の作品だと色々なしがらみがあってバカミスと言えないのだろう、とか、根も葉もない邪推を何人もの方々から浴びせられた」そうである。

 えー、そうなのか。そういうことがあったとは知らなかった。編者は苦労されていたのですね。あの本に日本人作家の作品を収めなかったのは、小山さんが書かれているとおり、編集会議において翻訳ミステリーの古典や近年の話題作など、評価が定まっていてバカミスの概念を把握するのに役立つ作品を優先して収録すべきであり、日本人作家の作品については、続篇、もしくは増補版が実現したときに入れられればいい、という意見で一致したからだった(それもあって、『バカミスの世界』は文庫化、もしくは増補改訂版をどこかで出せないかとずっと思っていたのである)。特に批判の声には気付かなかったのだが、もし公的なメディアにそうした意見が掲載されたことがあるのであれば、逆に読んでみたいと思う。執筆者の方と意見交換することによって、バカミス論を深化させることができるからだ。

 今回の文庫化で国産バカミスリストが巻末に付されたこともあり、バカミスの小山さんによる体系だった紹介は完了したといえそうだ。喜ばしいことである。残念なのは『バカミスの世界』の方が書店で品薄になっていることなのだが、入手困難というほどでもないと思うので今回の文庫を読んで関心を持たれた方はブックガイドも探して読んでみてください。ちなみに著者名は小山正とバカミステリーズになっているが(『奇想天外のミステリー』巻末リストでは小山さんの単独名義)、霜月蒼、福井健太両氏と私も企画の段階から編集に関わっている。上の方針を決定する際にも編集会議の場にいたので、偏向であるという批判は四名に等しく向けられるべきである。公平を期すため、念のため記しておきます。

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(8/11)ブックジャパン

 先月の第三金曜日にパスしてしまった(すいません)新刊チェックの原稿を本日アップしていただきました。
 サイトがリニューアルされて、タイトルごとに書評が掲載される形式になったみたい。
 今月採り上げたのは下記の四冊である。それぞれクリックすると該当の書評に飛びます。

 北國浩二『リバース』
 門井慶喜『おさがしの本は』
 辻村深月『ふちなしのかがみ』
 ジョシュ・バゼル『死神を葬れ』

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(8/10)ミステリーズ!

 三十六号の見本が到着。今回の「路地裏の迷宮踏査」は、フレドリック・ブラウンについて。ブラウンの短篇は何割が邦訳されているのだろう。いっぺんきちんとした書誌情報を作ってみるべきだ。

 今号から中辻理夫さんの結城昌治論「淡色の熱情」の連載が始まった。楽しみにしています。

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(8/10)粘膜!

 解説を書いた『粘膜蜥蜴』の見本を頂戴した。日本ホラー小説大賞長編賞受賞作『粘膜人間』に続く、飴村行さんの第二作である。今回もぶっ飛んでいるので、粘膜派の読者は必ず読むこと。私はすでに二回読みました!

 前回の人気キャラクターは河童のモモ太だったわけだが、『粘膜蜥蜴』では富蔵に注目である。富蔵は爬虫人なのだ。爬虫人ってなに? という人は八月二十五日の発売日には本屋さんにダッシュだ。


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(8/8)クレアの夏読書の夏

 昨年に引き続き、「CREA」九月号は読書特集である(昨年の読書特集号はめでたく完売したらしい)。
 ミステリー関係の目玉は、読者投票による東野圭吾特集。結構意外なものが上位に入っていておもしろいです。私はこの記事と、道尾秀介さんのインタビューを担当しました。伊坂幸太郎さんの少し長めのインタビューと、道尾さん他、米澤穂信さん、辻村深月さん、初野晴さんといった、現在目立った活動をしている作家の一ページインタビューが掲載されているのである。それぞれ、囲みコラム形式で「作家でなかったら、どんな職業に就いていた?」というような共通質問が行われているので、見比べてみると楽しいでしょう。

 可笑しかったのは、「仲の良い作家の方は誰?」という質問。

 道尾さん→「桜庭一樹さんと辻村深月さん。米澤穂信さんとは、僕は仲が良いと思っているのですが、向こうはどうか不明です(笑)」

 辻村さん→「道尾秀介さんとメフィスト仲間の北山猛邦さん、高里椎奈さん。先方も仲良しだと思ってくれればいいんですが(笑)」

 米澤さん→「いません(笑)。決してひとりが好きなわけじゃないんですけど」

 あ。

 この件で道尾さんが早速ブログで反応していて、さらに笑った。→ココ


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(7/28)音羽

 昨日は講談社で、「ミステリチャンネル」用に今野敏さんのインタビューを行ってきた。題材は新刊『同期』。警察小説の最新作で、今野さんとしては初めて若い刑事の成長物語を描いている。おもしろかったです。何気ない刑事同士の会話などに味があるんだよね。詳しくは「ゲストルーム」をご覧あれ。

 ちなみに今野さんは、ご自宅を改築中だとか。地下一階が道場になるんだそうな。道場つき一戸建て。すごい。


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(7/21)問題小説

 8月号の見本が到着。
 今月のブックステージは、馳星周『煉獄の使徒』、篠田節子『薄暮』、広川純『一応の推定』の三冊について。
 とにかく『煉獄の使徒』に尽きる。先月後半はずっとこの小説について考えていた。現実を切り取って虚構として再現するやり方がとにかく見事だ。オウム真理教事件をモデルにした作品で、事実のデッサンの仕方に芸がある。サタイアとして秀逸極まりない。


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(7/17)文庫解説

 角川書店から解説を書いた馳星周さんの『古惑仔』見本をいただいた。
 最近の馳作品ははずれなしの完成度なのだが、原点がこの短篇集にあると思う。
 本屋さんで見かけたら手にとってみてください。


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(7/13)ダ・ヴィンチ8月号

 見本をいただいていた。仕事をしていないから、とスルーしていたのだけど、よく考えたら亀山郁夫さんに『罪と罰』についてお話をうかがったのはこの号なのだった。遅くなってすいません。『罪と罰』、もうゲラで読んだけど文庫が出たらまた読もう。

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(7/13)米澤穂信さん

 書評サイトBookJapanの作家インタビューが更新されました。詳しくはこちら
 米澤穂信さんに、〈小市民シリーズ〉について根掘り葉掘りきいております。楽しい(自分が)インタビューであった。

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(6/29)ジョン・グリシャム新作

 新潮文庫から出た『謀略法廷』の解説を書いた。翻訳者は、新潮文庫ではいつも通りの白石朗さんである。企業に対する懲罰的賠償請求を扱った裁判小説で、後半以降の展開がグリシャムらしいというか、リーガル・スリラーの域を超えた全体小説になっている。骨太の内容なのに、実に読みやすい。単純におもしろい本が読みたい、という方にお薦めします。


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(6/25)Papyrus

 最新の八月号をいただく。新作『絶望ノート』に関して、歌野晶午さんにインタビューを行った。書店で見かけたら、手にとってみてください。歌野さんのミステリー作家としての創作姿勢について、かなりつっこんだ話をしたのだが、さすがに全部誌面に反映することはできなかった。

 12ページのグラビアにはかなりびっくりさせられた。海猫沢めろんさんが、新宿の老舗ホストクラブ「愛」を訊ねるという企画だ。高校卒業後、ホストとして働いていたことがあるそうで(『愛』ではないと思うが)、里帰りである。そうなのかー、知りませんでした! 


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(6/25)ナンプレファン

 書き漏らしていたが、隔月刊の「ナンプレファン」、最新八月号の見本をいただいていた。
「より道ミステリー」で採り上げたのは、乾くるみ『六つの手掛り』である。おまけとしてフリーマン・ウィルス・クロフツ『ホッグズ・バックの怪事件』、パズルミステリーのコーナーはハリイ・ケメルマン『九マイルは遠すぎる』。
 書店で見かけたら手にとってみてください。


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(6/24)ブックジャパン

 うっかりして告知を忘れていたが、週一回もちまわりでやっている「Friday新刊チェック」を先週末に更新したのだった。詳しくはこちらをどうぞ。

 今回採り上げたのは、朝倉かすみ『玩具の言い分』(祥伝社)、大門剛明『雪冤』(角川書店)、獅子宮敏彦『神国崩壊』(原書房)、伊吹有喜『風待ちのひと』(ポプラ社)の四冊。恋愛小説が二冊でミステリーが二冊という配分でいいバランスになったと思う。海外ものの手持ちがなかったのが残念だが(読んだ分は全部吐き出してしまっていたので)、次回からは入れていこうと思っています。



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(6/17)週刊SPA!

 見本をいただいた。今回の「ミステリー一冊決め」は、石持浅海『まっすぐ進め』。
 恋愛小説の要素を巧く活かした作品なので、同誌の主要購買層である、二十代と三十代の独身男性に読んでもらいたいと思いました。

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(6/9)時事通信社

 隔月に一回、時事通信社から配信される書評コラムにミステリー評を書いている。今回は、道尾秀介『龍神の雨』(新潮社)、山口雅也『新・垂里冴子のお見合いと推理』(講談社)、ベンジャミン・ブラック『ダブリンで死んだ娘』(ランダムハウス講談社)の三冊を採り上げた。

 ちなみにこのコラム、自分では記事になったところを一度も見たことがない。時事通信社から地方紙に配信されて掲載されるので、どの新聞に載ったかということも知らないのだ(調べれば判るのだが、面倒なので放ってある)。時事通信社のMさんが私を騙して、記事を掲載した、といって隔月でいくらかのお小遣いをくれているのだとしても、私には判らないのである(いや、そういう粋狂なことをするはずはないが)。あ、お小遣いをくれる方がいたら、別に遠慮はしません。

 自分では気付かないタイミングで、誰かに原稿が見られているのは確実という不思議なシステムだ。なんか幸せ。夢の新聞社に原稿を送っているみたいである。

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(6/6)本格ミステリ09

 本格ミステリ作家クラブのお仕事でアンソロジー編纂に関わっていた。見本を頂戴したので紹介しておきます。今年の収録作は個人の短篇集にもはいっている作品が多いのだが、まとめて水準作を読むという意味ではお買い得な一冊です。それにしても、新人のうちはこういうアンソロジーへの収録を断らないほうがいいと思うんだよな。自分の短篇集の売れ行きに関わるから、という判断もあるのかもしれないけど、デビュー後何年かの間は、露出を増やしていったほうが有利なのだから。来年候補作に選ばれた方は、ぜひご一考を願います。

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(6/5)文庫

 解説を書いた文庫が二冊あって、見本が到着した。

 一つは森谷明子さんの『異本源氏物語 千年の黙』で、もう一つは山口雅也さんの『日本殺人事件』だ。後者は、双葉文庫の日本推理作家協会受賞作全集の一冊ということになる。両方とも、悪い癖で指定された枚数を大幅に超えて原稿を書いてしまった。本当にページぎりぎりまで文章が詰っているので、お得感があるかも。ないか。

 書店で見かけたら手にとってみてください。


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(6/2)ミステリマガジン7月号と掘り出し物のお話。

 うっかりして今月号のことを書き忘れていた。
 HMMレビューは、マイケル・シェイボン『ユダヤ警官同盟』、P・J・トレイシー『埋葬』、デレク・ニキータス『弔いの炎』、キャロル・N・ダグラス編『ホワイトハウスのペット探偵』の四冊を担当した。『ユダヤ警官同盟』については改めて触れるまでもないだろう。スティーグ・ラーソン『ミレニアム』と同様、今年の必読本である。

 ここでは掘り出しものの二冊について書き留めておく。前後するが、まず『弔いの炎』から。表紙こそロマンティック・サスペンス風なのだが、騙されてはいけない。これは疾走する暴力小説なのだ。後半に入ってからのアクセルの吹かし方が異常で楽しめる。アマゾネス小説をお好きな方も絶対読むべきである。

 もう一冊『埋葬』は、ミネアポリスを舞台にした連作の第四弾。このシリーズは紹介のされかたが不幸だった。第一作『天使が震える夜明け』がヴィレッジブックスから出たあと、第二作『沈黙の虫たち』から版元が集英社に移った。そのため、第一作で紹介された初期設定が、以降の読者にはわかりにくくなってしまったのである。基本的には警察小説なのだが、コンピュータ・テクノロジーを駆使してネット犯罪に挑む、ハッカー軍団が警察官を補佐する立場にいる。こうした協力体制がなぜできあがったか、という話が『天使が震える夜明け』で描かれているのだ。というわけで『沈黙の虫たち』以降の作品を読む人はそういうものだと思って本を手にとってください。念のため、各作品の寸評を書いておく。

『天使が震える夜明け』連続殺人もの。四作の中ではもっとも劣る出来なので、最初に読まなくてもいいです。良くも悪くも第一作。

『沈黙の虫たち』これも連続殺人もの。ちょっとヘニング・マンケルを思わせる味があり、アイデアの突飛さが良い。脇役として出てくる弁護士が非常にいいキャラクターである。

『闇に浮かぶ牛』タイトルに負けないぐらい変な話。『悪夢のバカンス』みたい、と言ったら「ああ」と判ってくれる人も多いかも。警察小説のカテゴリーから微妙に外れるのがおもしろい。

『埋葬』これも変なお話だが、前三作に比べてテーマの絞込みが明確で、締まった出来になっている。実は、入門書としてはもっとも適しているかも。

 だいたいそんな感じ。荒削りなんだけど、個性のあるシリーズだ。警察小説ファンはちょっと気にしたほうがいいと思いますよ。


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(6/1)大統領のミステリ

 本棚を整理していたら、『大統領のミステリ』のダブり本が二冊出てきた。見るたびに買っている気がするので、おそらくまだどこかにあるように思う。どれだけこの本が好きなのか。

 ご存じの方は多いだろうが、これはアメリカ合衆国第三十二代大統領のフランクリン・デラノ・ルーズヴェルトがプロットを提供し、七人の作家がリレー形式でお話を作るという、おもしろい手法で書かれた作品である。原案者が世界最高の権力者というのが売りなのだが、ミステリーマニアとしては、アンソニー・アボットのサッチャー・コルト市警本部長、S・S・ヴァン・ダインのマーカム地方検事、アール・スタンリー・ガードナーのペリイ・メイスン弁護士という三人のスターが共演した作品という点にも関心を惹かれる。そういえば先日読了したドロシイ・ヒューズ『E・S・ガードナー伝』にはこの本のことは触れられていなかった。本書への参加は、ガードナーにとっても結構な重大事だったと思うのだけど。

 かの国の最高権力者では、第十六代大統領のエイブラハム・リンカーンも「トレイラー殺人事件の謎」という短篇作品を書いている。この珍品は丸谷才一編のミステリー・ファンブック『探偵たちよ、スパイたちよ』に野崎孝訳で収載されているのでぜひご一読を。リンカーンが弁護士時代実際に見聞した事件を元に書いたと伝えられる作品だ。ミステリーファンと伝えられる大統領も多く、第三十五代のジョン・F・ケネディがイアン・フレミング〈007シリーズ〉のファンであったことは有名だ。早川書房はこの事実を長らく宣伝に利用していましたね。翻って日本では、内閣総理大臣にそうした趣味があるとの噂をあまり聞かないような気がする。最近では小泉純一郎が加藤廣を愛読していると発言して話題になったが、そのくらいか。野村胡堂の愛読者と公言していた吉田茂は、さすがに教養人である。

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(5/30)真・板谷番付

 本当は今日が小学校の運動会だったけど雨のため順延になったから家にいる杉江松恋です。どうも。

 今から家の掃除をするんだけど、その前にとりあえず昨日買ったゲッツ板谷さんの『真・板谷番付』を読んでみました。ファンには説明の必要もないですね。「週刊SPA!」につい最近まで連載されていたエッセイを単行本化した作品です。板谷さんが毎回担当編集者(新保信長さん)から無理なお題を与えられてベスト10を回答するという内容で、時折ベスト10とはまったく関係ない話になるのが可笑しかったです。「こんな誕生日プレゼントは嫌だ」の回で10位にTシャツ、4位に本と書かれているのを見て「やべっ、両方あげちゃった」と慌てたり。誕生日プレゼントじゃなくて、Tシャツは海外旅行のおみやげで(シンガポール。野外でセックスをすると罰金はいくら、とか書いてあるやつ)、本は新刊の献本なんですけどね。まあ、時効ということで。次回からは違うものにします。

 それにしてもこの本、てっきり連載終了回までの単行本化なのかと思っていたら違うんですな。奥付を見たら2008年7月の分までと書いてある。ということは残りの連載分でもう一冊出してもらえるのかな。少し原稿量が足りないようなら、「週刊アサヒ芸能」に連載されていた「突撃! 怪人が往く」の原稿をまとめて一冊にしてもらいたいものです。もちろん「五つ星ホールを探せ」でも可。

 そんなわけで掃除にかかります。では。

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(5/29)おちこんだりもしたけれど、私はげんきです

 昨日はとにかく不調だった。具合が悪いのと機嫌が悪いのと気分が悪いのと懐具合が悪いのと心根が悪いのがいっぺんにいやな方向に進んでしまったもので最低の調子だったのだが、仕事をして十時間ぐらい眠ったら治ってしまいましたとさ。つくづく単純な性格だと自分でも思う。

 仕事というのは、歌野晶午さんのインタビューであった。新刊『絶望ノート』はたいへんおもしろいので、みなさん読むといいよ。本を買った人は、ぜひカバーを外してみることをお勧めします。書評を「ポンツーン」に書いたのだが、そのうちの一部分が抜粋の上、明日以降新聞に掲載される広告に使ってもらえるらしい。

 インタビューで話していただいたことはたいへんおもしろかったのだが、どこまで誌面に反映できるかは未定。ページ数からすると、倍の分量ぐらいはある内容だったな。こちらは「パピルス」に掲載される予定です。


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(5/27)スパ

 週刊SPA!の見本をいただく。今週の「ミステリー一冊決め」は、三津田信三さんの『密室の如く籠るもの』を採り上げた。この欄の見出しはいつも編集者にお任せしていている。だいたい本文中の一箇所を抜き書きされることが多いのだが、今週は絶対にここだろうな、と思うところが抜粋されていた。書き手としては、してやったり、の気分である。どんな見出しかというと……。

「この世には、不思議なものなど……ちょっとだけあるかも」

 元ネタはアレなのだが、ちょっとだけ魂魄妖夢を意識して書きました。


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(5/27)日常

 仕事の本の合間に興津要の『忘れえぬ落語家たち』を拾い読みする。文人の落語エッセイでは、この人と正岡容のものが好きである。臭みがないのがいいのだよね。

 昭和の名人二十人について触れたエッセイで、ところどころに高座の速記が採録してある。そこを読むと、講談社文庫版『古典落語』の「○○」の噺は、この師匠の高座を元にしていたのか、と判るのだ。子供のころ、興津さんが編纂した『古典落語』を表紙が擦り切れるまで読んだのを思い出した。あまりにもそれがおもしろくて、『江戸小咄(正・続)』に進み同じく興津さんが監修した『東海道中膝栗毛』にも手を出したのだっけ(『東海道中膝栗毛』は、古文の素養がない方でも楽しく読めるので、ぜひお試しを)。そんなことを考えていたら、三遊亭円生について触れた項目で、

「落語家は江戸文学を読まなくてはいけません」と言って、式亭三馬の『浮世風呂』や『浮世床』を愛読していた円生は、わたしが、文庫本で、『江戸小咄』と『東海道中膝栗毛』を刊行したときは大よろこびだった。
「こんどは、『八笑人』なんかも出してくださいよ」
 と言ってくれたのだが、その『花暦八笑人』と『七偏人』とを刊行したときには、すでにかえらぬひととなっていた。

 という記述があって、たまらなく懐かしい気持ちになった。そうだ、文庫で出たのを買って読んだ覚えがある。あのころにはもう円生はこの世の人ではなくて、訃報がパンダに負けた後だったのだよな。

 書影を貼ろうと思ったが、興津さんの『膝栗毛』も『八笑人』も現役ではなかった。他の文庫のものはあったのだが、趣旨が違うのでよしにしておく。図書館などで読めると思うので試してみてください。『古典落語』も、今は学術文庫に入っているのか。

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(5/20)問題小説

 六月号の見本が到着した。
 今回のブックステージは、森奈津子さん『夢見るレンタル・ドール』、平山瑞穂さん『全世界のデボラ』、井上ひさしさん『手鎖心中』の三冊を紹介している。森さんの作品は、ポルノグラフィーであると同時に、非常にすがすがしい恋愛小説だ。書評中では触れなかったが、あとがきがたいへんおもしろい(少女小説からの名残りか、森さんの著書にはほとんどあとがきが付されている)。『家畜人ヤプー』の作者である故・沼正三さんのことを書いているのだ。平山さんの作品は粒よりの短篇集である。特におもしろかったのは、「十月二十一日の海」かな。不安定であるということについて書いた幻想小説で、序盤から中盤にかけてのたゆとうような感じがまず楽しく、徐々に加速がついてきて巻措くあたわざる感のある終盤でさらに圧倒される。


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(5/15)ブックジャパンの新コーナー

 書評サイトBookjapanで、新しいコーナーを始めました。新刊を何冊か採り上げて、★評価するというもの。
 全体の文字数にあわせて、短評をいくつか書く形式になる。第一回がアップされたので、ご覧になってみてください。

 杉江松恋のフライデー新刊チェック(2009/5/15)

 お薦めは吉村萬壱『ヤイトスエッド』だ。内容については原稿を参照してもらいたいが、昨年『粘膜人間』に夢中になったみなさんなら絶対楽しんでいただけると確信する。

 どんな話か示すため、一行だけ抜き書きしておきましょう。こんな感じだ。

 --工女は毎日「蛇」と呼ばれる長いゴム管を機械で裁断し、ぶつ切れになって受け皿の上で踊るチューブの群を手で掻き集めて箱の中に落とし込んでいる。この行程はチューブの形状やサイズが驚くほどそれに似ているところから、「アベサダ」と呼ばれていた。「B39」という石油プラントの製油施設の部品で、日本ではこの工場しか生産していない。ゴムの配合が特殊で、握ると半勃ち程度の堅さである。サイズは外人並みだった。(「B39」)

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(5/13)VOW!(犬の鳴き声)

 霞流一さんから本をいただいた。宝島社の『VOW お笑い新聞』である。
 第一章をまるまる使って、霞さんがコレクションしている世界の珍事件ニュースが紹介されているのだ。バカミスファン並びに鬼畜系読物のファンの方は必読である。人間の行動がいかに突拍子もなく、理不尽なものであるかがよく判るはずだ。

このシリーズは最初の数冊だけ買って読んでいたのだけど、笑いのバリエーションが少ないので飽きてしまい、最近では手に取ることもなかった。赤瀬川源平の『超芸術トマソン』は抜群におもしろいけど、後発の類似書はつまらなかった。それと同じことである。「変だ変だ」「馬鹿だ馬鹿だ」と騒ぎ立てるだけでは、芸がなさすぎるのである。語り口も重要なんだよ。

 そこへいくと霞さんは存在自体がややアレだからな。なぜか「切捨御免」のパーカーを着て写っているし。これで肩に勝新太郎座頭市フィギュアを乗せていたら完璧なアレであった。

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(5/5)森谷明子

 読み落としていた本を片付けていたら、森谷明子『深山に棲む声』が傑作だったので驚いた。しまった、どこかで書評を書くべきだった。どこともつかない国を舞台にしたファンタジー連作だが(恩田陸『光の帝国』に似た味わいがある)、短篇集としてまとめて読んだほうがおもしろいような仕掛けがしてある。各話とも謎解きの趣向がサブプロットとして盛り込まれているのだが、ミステリーの手法が巧く花を添えているという印象だ。おとぎ話の口承がテーマなのだが、物語がいかに外殻形成され、どのように変容していくか、という伝承のプロセスに関心がある人は、興味深く本書を読めるはずである。読みながら、唸らされる箇所がいくつもあった。これはお薦め。

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(4/28)ポンツーンと週刊文春

 見本誌が到着した。「ポンツーン」は先日紹介した草下シンヤ『あしあと』(幻冬舎)に関する書評である。「週刊文春」のほうは、時代小説特集への寄稿だ。時代小説に関する年表を作成しているので、関心がある方は見てやってくださいな。

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(4/27)うあああああ

 塩山本を一通り読了したので、出先で書店に寄った。唐沢なをき『まんが極道』の三巻が出ているではありませんか。漫画界のああもあろうこうもあろうという真実を赤裸々に描いたシリーズで、漫画家志望者のみならず文筆とか絵とか音楽とか、とにかく何かの表現で食って生きたいという夢を抱いている人々に、耐え難い心の傷を与える作品である。だからこそおもしろい。巻数を重ねるごとに笑えない表現が増えてきていて読む度に胸中のどこかが引き攣れる思いがする。ゆえにおもしろいのであるが。

 未読の方のために、痛い部分の一部をネームでご紹介しましょう。吉虫給(25)が同人仲間に自分のイラストを見せながら言い訳する場面である。

 --すごく古いんだよこの絵っ 今はもっとマシになってるんだよね言っとくけどっ
 --ちょうど技術がステップアップする端境期の絵でさ 納得いってないさ自分でも
 --こっちのやつも もう3年近く前のイラストでさあ! いや このとき俺は若かったよ本当
 --ああ この絵はMacで描いたんだけどさ ちょっとプリンタの調子が悪くて いやまいった でもあるよねそういうこと
 --これは試験の合間にまにあわせで描いたのね 時間がなくてさ やっつけとしか言いようがない
 --いや これ描いたおきなんか最悪の最悪っ 気分のらなくてさ もうテキトーに

 あいたたたた。でもこれはまだ笑って読める箇所だ。「僕は漫画家(うそ)」とか「ポジティブくん(50)」とか平穏な気持ちで読めない人がたくさんいるはずである。特に「ポジティブくん(50)」はねえ。デビュー三十周年、五十歳にして連載が隔月誌の読者投稿ページ漫画六ページだけという(今までに出した単行本は四冊)覆水凡児が主人公なのだが……どうしてこういう嫌な漫画を描けるのか。怖いよう怖いよう。

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(4/27)続々・嫌われ者の記

 塩山芳明氏の最新刊『出版奈落の断末魔 エロ漫画の黄金時代』は、版元のアストラが刊行していた雑誌「記録」の連載「エロ漫画で食う」を単行本化したものだと思われる(本のどこにも書いていないのだが、『出版業界最底辺日記』などの記述から類推)。連載から十年近い時間が経っているため、業界記としては内容が少しだけ古くなってしまっている。そのため冒頭に「序章」として現在の状況が記され、過去に遡る形式の構成になっているのである。

 過去の塩山氏の著書を読んだ人間にとっては『嫌われ者の記』『現代エロ漫画』『出版業界最底辺日記』の登場人物の「その後」を知ることができる本だ(漫画屋の吉田婆ちゃんこと吉田好貢氏の近況も)。もちろん初めて塩山本に触れる人にとっては、業界の入門書として興味深いはずである。特に現在三十代後半から四十代前半で、過去にサブカルチャーにかぶれたことがある人は、本書を絶対に読んだほうがいい。かつて、エロ・メディアがサブカルチャーの培地として栄えた時代があった。マイナーなメディアだから編集方針の自由度が高く、表現の実験が可能になる。ひねくれた言い方をすれば、状況の緩さが書き手の甘えを許したのである。そのため、単なる入れ物にすぎないエロ・メディアに、過大な幻想を抱いた者もいた(私もその一人である)。そうした思い入れが一部のマニアックな読者の思い入れに過ぎなかったことを、本書によって思い知らされた。いや、すでに気付いてはいたんだけどさ。塩山氏は、エロ本作りというモンキー・ビジネスの中で踊った人々の群像を、当事者ならではの視線で伝えてくる。

 昨今の漫画界にはトレース検証サイトのような形で作家の模倣を告発する読者が増えている。ツールが進化し、廉価化したことによってMAD動画やCG、コラージュが個人でも簡単に作成できるようになった。その反面、作家性の神格化も進んでいるようにも思えるのだ。作家の創作性に対する無邪気な憧憬の念が、いわゆるパクリ行為へのヒステリックな批判として現れる。「そのくらい(パクリ行為)なら、俺にもできるのに」という妬みの感情があるのだ。「やろうと思えばいつでもできる」「だけど(諸般の事情から)今はやらない」「やっている人間をとりあえず尊敬する」という屈折した三段論法が神格化の背景にあるはずである。本書では、そうした屈折の構造とは無縁の、漫画製作の現実が語られている。エロ漫画家という、憧憬からは程遠い(失礼!)職業は、なろうとしてなるものではなく、なってしまうものなのだ。「消えない漫画家のほうがアホ!」というのは、遠山氏の本音だろう。でも書いてきてしまう人がいるから、雑誌製作というビジネスが成り立つ。そうした、必然的に生まれてしまう灰汁のようなものとして遠山氏はエロ漫画業界を語るのである。なんの気取りもない態度にひたすら魅了される。

 もちろん、エロ・メディアに対する嘘偽りのない意見も開陳されている。エロに聖性を求めるようとする言説が、エセ文化人の欺瞞にすぎないことを、塩山氏は率直な物言いで証明するのだ。

 「でかい声じゃ言えないが、エロ漫画誌に限らず、あらゆるポルノは差別的だ。差別度が深いほど商品価値は高まる」

 この本音から出発しているからこそ、本書の内容を100パーセント信用することができるのである。

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(4/27)世間はゴールデンウィーク突入ですか

 まだなの? 自由業だから、連休なんて原稿の〆切調整以外なんの関係もないです。

 朝起きたら、口座から消費税と健康保険関係のお金が一斉に引き落としされていた。いずれは支払うべき義務のあるものなのだけど、やはり切ないものである。これでおしまいじゃなくて、まだ固定資産税と国民年金があるのだよな。それに比べたら微々たる額ではあるけど、小学校のPTA費と給食費も引き落とされる。本を預けている倉庫の管理費もか。今日から猫まんまでしのぎながら節約生活しなければ。

 猫まんまといえば、遠藤哲夫氏が研究家として有名である(通称エンテツ。交流があるらしく、塩山芳明氏の著書にも名前が出てくる)。

 遠藤哲夫氏の公式サイト「ザ・大衆食」

 ご飯に鰹節と醤油をかけたものが東日本、汁をかけたものが西日本、といった具合に地方によって猫まんまと呼ばれる食事の形態も異なる。遠藤氏の『汁かけめし快食学』は、猫まんまについての体系的な考察を行った画期的な著書だった。内容はおもしろいのだけど、この人は非常に癖のある文章を書くもので、気軽には読めないいのだよな。好事家向けの本である(公式サイトで見たら絶版になったと書いてあったが、マーケットプレイスから購入可能)。

 今年になって『おとなのねこまんま』という綺麗めのレシピ本が出たが、労働者食の「猫まんま」とは別種の「かわいいごはん」といった趣きである。これは売れているらしいね。

 私は東日本の出身なので、猫まんまといえば鰹節飯のことだと考えていた。鰹節飯なら、弁当の定番である。アルマイトの弁当箱に、ご飯、鰹節(+醤油)、海苔の順番で入れ、それを三層繰り返す。あえて蓋をして、海苔をゴム状になるまで湿らせてから食べるわけである。作ってから三~四時間後が理想かな。おかず不要、食べ盛りの中高生向けの高カロリー食だ(外で買う弁当だと白身魚フライなどが入っているが、真ののり弁には不要)。だから今は年に一度ぐらいしか食べない。

 汁かけ飯としての猫まんまなら、大根と油揚げの味噌汁が一番だと思う。千六本の大根と油揚げで味噌汁を作り、具はもちろん先に全部いただいてしまう。汁だけになった状態で、ご飯にかけるわけである。これだったらやはり、他におかずは要らない。貧乏食であり、正しい猫まんまだと言える。

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(4/24)ミステリマガジン

 最新号の見本誌が到着。ドナルド・E・ウェストレイク追悼特集は、哀しくてまだ読めない。

 レビューで担当したのは、パーシヴァル・ワイルド『検死審問ふたたび』、サンドラ・パーシャル『冷たい月』、マリー・フィリップス『お行儀の悪い神々』、アラン・ベネット『やんごとなき読者』である。後ろの二冊はミステリではなくてコミック・ノヴェルですね。

 いちばんのお薦めはパーシヴァル・ワイルド。詳細は本誌のレビューを読んでいただきたいが、実は、私はこの小説をはるか以前に読んでいた。前作『検死審問』の解説を書いた際、すでに訳文の初稿は上がっていたのだ。解説者ということで、訳者と編集者以外では最初の読者となるという役得に預かれたわけである。えへへ、お先に失礼しました。早く出版されないものか、と心待ちにしていたがようやく出た。みなさんも早く読んだほうがいいです。大傑作だから。

 もう一冊お薦めするとしたらアラン・ベネットで、これは英国女王陛下が突如読書に熱中し始めてしまったらどうなるか、というIFの小説である。読書小説なので、そういうタイプの作品が好きな方には絶対お薦め。チャーミングである。


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(4/24)嫌われたくない者の記

 起床して確認したらいつもはほとんどないトラックバックが。訝しく思い確認を。六本木の公園で全裸になったタレントに関するものばかりで思わず爆笑。「嫌われ者」のタイトルがついたエントリーにトラックバックをかけるとは(おそらく自動なのだろうけど)どういう悪意の持ち主なのか。朝の爽やかな目覚めをさらに爽やかにしてくれたひょうきん者に感謝しつつ、事務局に迷惑通報して削除を(以上塩山文体を模写してみました)。

 仕事の合間に塩山本を読んでいるのだが、そのさらに合間に別人のエッセイを読むと、まるで出汁もとっていないような薄味の吸い物を飲まされた気分になる。もちろん塩山本のテイストは、化学調味料ごっそり、塩分がっつり、脂分こってり、ついでにニンニクましましの次郎ラーメンだ(豚ダブルでお願いします)。

 その不幸な本とは原田宗典『じぶん素描集』だ。十年に一度のオモシロ本を相手にして分が悪いのは確かなのだが、それにしても退屈な本である。理由は簡単で、原田宗典の「じぶん」「素描(スケッチ)」なのだから、「じぶん」が退屈なのである。本人が退屈な人間はエッセイを書くな。

 別に物を書くなと言っているわけではない。自分が退屈な人でも物語を創作すればおもしろいという人はたくさんいる。ほとんどの作家がそうだ。「小説すばる」誌はよく新人作家にエッセイを書かせるが(仕事が少ない駆け出し作家への救済措置の意味がある)、私はほとんど読まない。まだ一般人の自我しか持ち合わせていない作家のエッセイを読んでも、失望するだけだからだ。新人作家の書く、エッセイは90パーセントが退屈で、残る10パーセントのうち9割が鼻持ちならない自慢話である。エッセイとして読んでおもしろいのは1パーセント以下だろう(数少ない例外は、たとえば曽根圭介だ。作家デビュー前、アルバイト生活をしていた曽根が親戚の集まりで逆差別された、という話を読んだが、あれには爆笑した)。

 書評を含むコラムとは、取材して自分なりの論点を読者に提供するものである。そしてエッセイは、自分の切り売りをするもの。取材のないコラムがありえないのと同様、自己をさらけださないエッセイにはなんの存在価値もない。たとえば中村うさぎは買物依存症という自己の切り売りで一般誌でブレイクを果たしたが、連載が続くうちに愚にもつかない床屋政談のようなものを書くようになり、エッセイとしては質が落ちた。その後は、買物依存症どころか、もっと痛々しい方向へと自分を追い込んでいるのは、読者もご存じのとおり。痛々しいから止めたほうがいい、と普通の人間のセンスなら思うのだが、それをしなければエッセイストではいられなくなる、という書き手の焦りがあるのだろう。この道から抜け出るには、自己のありようをフィクションとして昇華する道を選ぶ以外にありえない。その方策をずっと中村は模索しているように見える。岩井志麻子もそうなのだが、交遊録を書いたり、座談会に出たりするような、つまらないお座敷を断って創作を行ったほうがいいと私は考える。

 脱線したが、要するに『じぶん素描集』は退屈だった、という話であった。たとえば「驚きのストリートビュー」というエッセイは、原田が娘にグーグルのストリートビューを教えられ、実際に試してみると我が家が映っている。それどころか原田の妻もモザイクつきで映っていて、連れていた飼犬の顔にまでモザイクがかかっていた。「思わず笑ってしまったが、その後「う~む」と考え込んでしまった/いいのか、これ? これでいいのか?」という内容である。いや、本当にそれでいいのか?

 毒にも薬にもならないほんわかしたものが好き、という人も世の中にいるから、本書の需要はあるだろう。「ひらがなのインパクト」というエッセイで原田は、お土産にもらった「うこん入り、粒黒糖」のラベルを読んで「これを見て「ハッ!」としない人が、はたしているだろうか。それとも「ひらがなのインパクト」を感じるのは僕だけ、だろうか?」と感想を述べる。「~するのは自分だけだろうか」というのは、「僕だけじゃありませんよね、みなさんもそう思いますよね、ねえねえ」という媚態を示すことだと私は考えている。あれだな、好かれたいんだな、みんなに。人に嫌われるのが怖い、という人は本書を楽しく読めるのだと思います。

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(4/23)問題小説

「問題小説」最新号の見本が到着した。今月のブックステージで採り上げた本は、今野敏『隠蔽捜査3 疑心』、中島京子『エ/ン/ジ/ン』、本谷有希子『生きてるだけで、愛』の三冊だ。文庫化作品だけに本谷についてはあまり文字数を割けなかったが、別の機会にちゃんと作家論を書いてみたいと思った。

『エ/ン/ジ/ン』は登場人物が「宇宙猿人ゴリ」についてずっと会話しているという変な話。といっても、洋泉社の本に書いてあるあたりのマニア度なので、特撮ファンが焦って読むほどではないのだが。『スペクトルマン』から、ある世代の心中に溜まった澱の存在に話は移行していく。その辺の話題転換がおもしろい小説だ。小説好きの人に「どう、これ。おもしろいでしょう」と目配せするような仕掛けもしてあり、作者の色気(うっふんじゃないほうの)を感じた。この後の方向性が気になる。

『疑心』は竜崎警視長の活躍にただただ爆笑。マルティン・ベックもマックス・カウフマンも到達できなかった境地に、やすやすと竜崎はたどりついた。どうなるんだこの人は。今野さん、楽しみでしょうがないです。


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(4/23)続・嫌われ者の記

 昨日に続き、塩山芳明さんの著書を紹介したい。二〇〇七年の『東京の暴れん坊』だ。「俺が踏みつけた映画・古本・エロ漫画」との副題通り、著者の趣味である映画と読書、仕事であるエロ漫画編集についての本で、過去に発表した書評などのコラムに原稿用紙100枚分の書き下ろしを加えて単行本化してある。

 映画評もおもしろいのだが(小池朝雄の評伝が抜群。山田洋次のダークサイドについて書いたものもいい)、やはり自分の職業柄、書評に目が行く。本書は一九八〇年代の文章を集めた第一章から二〇〇〇年以降の文章の第三章まで、年代別の編集がされているのだが、中でも第一章の「買わない方が得する本」と第三章の「奇書発掘」が目玉である。両方とも題名だけで内容がわかるのが素晴らしい。塩山さんの書評のスタイルは基本的に、1)作者の嘘(欺瞞、助平根性、パンツの中)を告発する、2)著者がバカだと暴く、3)著者の変態性を見抜く、4)著者の清潔さを讃える、の三つの柱から成り立っており、本書に収録されたものでは1)2)のものが多い。たまに3)4)に類するものがあるのだが、これが無茶苦茶おもしろく、即座に本を買いに走りたくなる。松尾スズキ『厄年の街』(扶桑社)は3)、菅井きん『わき役ふけ役いびり役』(主婦と生活社)は4)だ。漫画の書評(というか編集者としてつきあった経験もふまえた作品分析である)だが、いがらしみきおの初期作品について書いた文章の素晴らしいのなんの。

 ――(東海林さだお作)”アサッテ君”をはじめとする人々は、交差点で交通整理をする美人婦警を見ても「寝てみたい!!」と思うだけ。いがらし漫画のキャラクター達は、よもやそんな大それた事は考えない。「この熱いのに大変だなァ。あの人のパンツ汗だらけだろな。臭いだけでもかいでみたいなァ、ム~ン」/疎外された”非中流国民”には、想像力の世界でも人並である事が許されない。

「想像力の世界でも人並である事が許されない」! すげえ!!

 いかんいかん、書き出すときりがない。また仕事にならなくなる。あとは自分で本を買って読んでくれ。
 以下はオマケ。クイズである。書評の一部を抜粋するが、書名と文章をばらばらにして書くので、各自組み合わせみてもらいたい。で、上の1)~4)のどれに該当するかを自分で考えてみること。

【書名】
a)笙野頼子『幽界森娘異聞』
b)金井美恵子『おばさんのディスクール』
c)田口久美子『書店風雲録』
d)車谷長吉『反時代的毒虫』

【文章】
A)無神経な女(愚妻ほどではないが…)。他人の幸福ほど、人間の真情を逆撫でるモノはないとの、普遍的真実に実に無自覚。成功者の有能なゴーストライターは、成功のきっかけをつかむまでの無名時代や、夢を実現後の挫折期に多くのページをさく。いざ金や名誉を獲得してからの生活など、何の分野でも類したもので、表現のしようがない(うらやましがられるのは一瞬で、飽きられるか反発を買う)。

B)○○は”子役作家”だったのだ。役者で言えば『特捜最前線』あたりにゲスト出演してる、市川好朗とか保積ペペ(それにしても保積ペペは気色悪い。顔は、”おめえヘソねえじゃねえか”の頃と同じなのに、体はマッチョなんだもん)。今風に言えば、ロリコン作家とでも言おうか。本の中でも藤枝静男に、「白痴的な子供っぽさ」を指摘されたとうれしそうに紹介しているが、当人は今や自分の割れ目に毛が生えちゃってるのに気づかず、少女M気取りだからあきれる。

C)今回は○○。昔っから大嫌い。書く物は悪くないが、一行読む度に電卓の音が。誰にも打算はあって当然だが、客の面前で露骨に利幅を数えるな。この程度ならまだ耐える(文章芸とでプラマイゼロ)。一番不愉快なのは、客に、”露骨な電卓音を聞かせ嫌われる”ことで、己れのキャラ、及び商品価値を高めているから。確信犯。広告代理店時代は、さぞ優秀な社員だったろう(20歳も若くして、既に瀬戸内寂聴の境地)。

D)純文界でドブスと美男の双璧をなす、両者の新刊が同じ値段と言う所に…じゃなかった、今回の○○の新刊は、”森茉莉の評伝もどきで小説もどきの実は例によってのマジブチ切れ○○怒りの爆裂弾記”。例によってのと書いたが、無論ほめ言葉(試着室のぞき…いや女流棚通いは、佐藤亜紀、松浦理英子の新刊発行時にもするが、ご両人既に枯れ気味で、”例によっての”の水準を維持できてない)。


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(4/22)嫌われ者の記

 ここ数日、暇さえあれば(暇なんてないんだけど)塩山芳明さんの本を読み返している。『嫌われ者の記』『現代エロ漫画』の二著書で有名な、漫画屋代表のベテラン編集者だ。ちくま文庫に入っている『出版業界最底辺日記』は、『嫌われ者の記』からの再収録分があるということで敬遠していたのだけど、これまで読まずに損をした。抜群におもしろい。

 出版界をはじめとした世の中のあらゆる事象にためらないなく悪罵を叩きつける態度が気持ちがいい。自らは非常に清潔で、何者にもおもねらない姿勢を堅持している点がすばらしい。以前に『嫌われ者の記』を読んだときは、おもしろく感じながらも、やや鼻白む印象があった。というのも、塩山さんはたいへんな読書家なのだが、好みがはっきりしていて、けなす作家はとことんまでけなすことがあるからだ。好きな作家をけなされて気分が悪い、なんて、以前の私はなんとお子様だったことでしょう。もちろん、けなすといっても作品本位だ。「批評はおもしろいが小説は三流」「人間はクズだが小説はおもしろい」といった具合に、良いものは良いときちんと認める人なのである。大筋で意見が一致していても各細部が異なるということはよくある。そのとき、細かい差異を認めずになあなあで済ませるのは卑しい態度であり、野合である。似た立場だからこそ、差異については徹底的に論議すべきだ、という当然の態度を塩山さんは貫いているのである。だから塩山さんの本を読んだあとは、甘い書評が書けなくなり、商売上非常に困る。

 塩山さんは、引用ばかりの文章を商業媒体に発表する書き手を小馬鹿にする。楽して金稼いでんじゃねえ、ということである。この原稿は商業原稿じゃなくて私的なブログだから、構わず引用しちゃうことにする。気になったら、本を買って読むように(太字は引用者)。

 ――事務所に戻ると、伊集院808が原稿を持参していた。「これで俺、漫画やめます」「遅すぎたが、よく決断したな」とほめる。売れ筋漫画家の間に、奴の超売れぬ単行本をまぎれこませ、今まで4冊も出してしまった自らも反省。こういう感傷が。”ちょっとだけ面白いが基本的に無能な人間”の人生を謝らせる。「いいじゃんかよ。くたばる時にゃ、孫がオメーの棺桶に単行本入れてくれるぜ。”お爺ちゃんて、20世紀の有名なエロ漫画家だったんだってね”とか言って」「へへへへ……」/黄ばんだ出っ歯の隙間から、気色悪い笑みを漏らした伊集院808が、永遠に去る。

 このハードボイルドさに痺れない編集者は、今すぐ職を辞するべきだと思う。

 ――上信電車で『アイウエオの陰謀』(東海林さだお・文春文庫・本体488円)に。信じ難い退屈さ。この人の漫画が80年代で終わったというのは常識だが、遂に牙城の文章にまで!? と言うか、馬鹿な編集がおべっか使い、「今回は不条理コラムで!」とか乗せ、作者もその気になったとしか。全国の東海林ファンも、本書だけは買うべからず。

 好きな作家もこのとおりけなす。

 ――ただ中の1冊『風俗江戸東京物語』(岡本綺堂・河出文庫・本体977円)には、事前検査の胃カメラ以上の不快感を。中身ではなく、解説の今井金吾なる糞野郎にだ。今読むと部落差別に当ると、原文をバッサリカット。”これは綺堂の限界であって”とか書いてるが、それは読者自身が原物を読んで判断する事。半世紀以上前の事でエラソーに裁判官気取り。貴様のような時流便乗野郎は、いつの時代でも自主規制という名で読者におもねる。最も救い難い文化退廃の元凶。

 説明の要なし。そしてこれ。漫画家の刹奈さんが亡くなったときのものだ。

 ――殺人事件等が起きた場所に、無関係な者がTVカメラを意識しながら、花を捧げる心理に通じるのか? 漫画家が亡くなった際、いち早く関連サイトに追悼文を書き込んでは、溜飲を下げている糞共の事だ。今度の刹奈さんの死にも、エッラソーにオメーらが空涙流さなくとも、善人は天国へ、悪党は地獄へ。(もちん彼女は前者)漫画屋BBSにも数件。大日本のアイサツしない例の集配野郎以上に不愉快。削除しようとしたが、刹奈さんの思いやりに溢れた顔を想起、放置。(ちゃんと自分の言葉で語っている分には、腹も立たない。すぐ”心から冥福を祈る”、新聞記者気取りのチンコロ野郎がムッカムカ!!)

 血を吐くような文章だぜ。


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(4/20)ビロウ

 仕事の合間に三浦しをん『ビロウな話で恐縮です日記』を読む。
 ブログ日記を書籍化したもので、どうということのない日常のことも書いてある。引きこもりでBLオタクというキャラクターが確立されているので、何が書いてあっても興味を惹く。この手は反則だし、真似をしても模倣ということがすぐにバレてしまう。いいポストをとったものだ。世間的には羨ましくないか。そうか。酒井順子の「負け犬」と違って、週刊誌見出し的なキャッチーさがないところが安心できるところ。絶対に「AERA」の駄洒落ネタにはなりそうにないし。

 感心した点は、夢日記もおもしろく書いてあることだ。どんな人が書いても夢ネタというのはつまらなくなるのだが、この本はおもしろい。特に「こんな夢を見た。十四」がいいな。夢ネタなのに、エピグラフで始まるのである。それが、

「ということはですよ、死神さん。あっしのぶんの明日の朝飯は、いったいだれが食えばいいんですかね?」
          ――『パルムの僧院』――

 なにが『パルムの僧院』だ!

 こういうところがずるいというのだ。真似したくなるほどおもしろいじゃないか。

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(4/19)大推薦

幻冬舎から本の見本をいただく。草下シンヤ『あしあと』だ。同社のPR誌「ポンツーン」に書評原稿を書いたら、文章の一部を帯に使う許可を求められ、もちろん了承したら、「杉江松恋氏、推薦」と書いてもいいですか、と聞かれ、推薦してもいいですよ、と答えたところ、「杉江松恋氏、大推薦」でもいいですか、と畳み込まれた。根性のある編集者だ。「推薦」と書いた以上「小推薦」はありえないのだから「大推薦」でも別に構わないのである。

 草下シンヤは『裏のハローワーク』の著者で、フィクションの著書はこれが二冊目になる。『裏のハローワーク』
は、いろいろな業界の裏幕を書いたルポ本でなかなかおもしろかったのだけど、資料性には疑問があり、ずっと手元に置いておく本ではないな、という印象だった(取材の結果がそうだったのかもしれないが、ある業種について都市伝説めいた内容をそのまま書いた箇所があり、一事が万事なのかもしれない、と思わされたのだ)。

『あしあと』はそういうことはなく、非常に誠実な本である。ティーンエイジャーの携帯電話事情を扱った怖い話で、題材に頼らず、きちんと物語を完結させている点が気に入った。真面目に小説に取り組んでいる作品だ。新人賞出身の作家ではないが、将来性はある。買って損はないはずだ。

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(4/18)ナンプレファン

「ナンプレファン」6月号の見本をいただく。
 今月号の「より道ミステリー」はメインに採り上げたのが米澤穂信『秋期限定栗きんとん事件』、サブがアントニイ・バークリー『毒入りチョコレート事件』(お菓子つながり)と泡坂妻夫『しあわせの書』(パズルつながり)である。

『秋期限定栗きんとん事件』は、たぶん他の書評とはかぶらないであろう視点で書いた。「パズル」ということに特化して書評ができる欄なので、この連載は楽しいのだ。


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(4/16)モモ

 だいぶ間が空いたがブログ再開。

 子供が読む本が無くなったというので、ミヒャエル・エンデ『モモ』を買って帰宅したら、小躍りして喜んでいた。
 教育方針とか難しいことはよく判らないが、とりあえずこの点だけでは間違ったことは教えてこなかったように思う(子供は小学五年生)。

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(3/12)ダ・ヴィンチ4月号

 映画公開を直前に控え、今月号の「ダ・ヴィンチ」は巻頭が海堂尊特集である。この特集には企画段階から関わっていたので、ちょっと裏話をば。

 去年の暮れから企画は決まっていたから、ひそかに準備を進めていたのだけど、直前で「野性時代」が海堂尊特集を大々的にやってしまい、大いに困った。だって普段の「ダ・ヴィンチ」スタイルを先取りしたような特集なんだもの(人物相関図など)。そうこうしている間に宝島社から作家公認のファンブックともいえる『ジェネラル・ルージュの伝説』まで出てしまい、さらに大弱り。編集者と顔をつきあわせるたびに「き、企画どうしましょう」と弱音を吐きあったのも、今となってはいい思い出である(嘘)。駄目元で編集者がお願いしたら、なんと海堂さんは短篇を書き下ろしてくださった。それでなんとか目玉が出来たのだ。この短篇は『ジェネラル・ルージュの凱旋』に連なる内容なので、『伝説』所収の中篇と併せて読んでいただきたい。

 今回の特集では「海堂尊は知っている」と題したインタビューを担当している。他には映画の主役コンビ、阿部寛さんと竹内結子さんの巻頭インタビューも私。竹内さんは異常にミステリーに詳しく、びっくりした。一押しに挙げたのが『TOKAGE』というのもマニアックすぎる。今野敏の警察小説について熱く語れる女優というのは、他にいないんじゃないのかしら。竹内ファンは今野小説を要チェックだ。

 他に原稿を書いたのは、恩田陸さん『ブラザー・サン シスター・ムーン』インタビューと、光文社書店スペシャルのコーナー。後者は第12回日本ミステリー大賞新人賞を受賞した『プラ・バロック』に関する内容なのだが、作者の結城充考さんはまだ出ていません。本が出てからのお楽しみということで、これに関しては次号でまた動きがあるかも。

 ミステリーダ・ヴィンチのコーナーが無くなってからはいちばん原稿を書いた号かもしれない。疲れたけど楽しかったです。ただ、原稿が滞って編集者にはたいへんご迷惑をかけてしまった。申し訳ありません。

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(3/10)気がつけば

 一週間近くも更新をサボってしまっていた。この一週間で何をしていたかというと、某新人賞の下読みをずっとやっていたわけである。本日一読目を完了し、原稿を返却した。

 今から溜まっていた書きものを終わらせなければならないので、本日はここまで。

 あ、Bookjapanに道尾秀介さんのインタビューを寄稿しました。更新されているのでお知らせしておきます。

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(3/1)留守宅に届いていたもの

 昨日から所用で家を空けていたのだが、帰宅したところ、大ぶりの封筒が届いていた。
 海外旅行に出かけた母からである。
 成田空港で会った際に郵便を送った旨を聞いていたので、おそらくそれだろう。中身は、子供が書いた絵のカラーコピーのはずだ。長い旅行に出かける祖母に、ということで先日A4の紙に描いて送っていた。それをコピーして送ってくれたのだ。大きな封筒で届いたのは、折らないようにという配慮であろう。

 それはいいのだが、郵便料金が四十円不足している。郵便局から「この手紙は料金不足だが配達してやるからありがたく思いなさい。速やかに不足分を払いに来ること」という紙を添えてあった。海外旅行に出かける前の慌しい中で送ったものだから、きちんと料金を確かめずに投函してしまったのだと思う。明日、不足金額を払いに行くつもりである。

 届いていたもの、もう一つ。徳間書店から宮本昌孝『剣豪将軍義輝』の単行本をいただいた。先日「問題小説」に傑作時代小説『海王』の書評を書いたが、その前篇に当たる作品である。青春小説と時代小説を融合させた、見事な作品だ。徳間文庫版が長く品切れになってしまっていたのが、単行本で蘇ったのである。時代小説好きにとどまらず、すべての読書家にとっての必読書と断言したい。『海王』と併せ、ぜひともお読みいただきたい。

 旅先で嫌な風邪をもらってしまったようで、どうにも具合が悪い。今から少し横になります。
 


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(2/28)やっぱりホッパー

 そういえば、今週号の週刊SPA!は私がお当番なのだった。私はこの雑誌の文化欄である「文化堂本舗」で、「ミステリー一冊決め」というコーナーを持たせてもらっている。ほぼ月一連載で、採り上げる本の優先度は以下の通り。

 一、バカミス
 二、翻訳ミステリー
 三、本格

 つまりバカミスで翻訳作品で本格度の高いものであれば、この欄でぜひとも紹介したいということである。版元各社の編集者は、そういう作品があったらゲラ段階で早めに連絡してもらいたい。週刊誌なので、刊行から時間が経ってしまうと、紹介しにくくなるのだ。

 まあ、そんなことはどうでもいいのだけど、今週採り上げた作品はベネット・ダヴリン『夢で殺した少女』である。訳者が田口俊樹さんだということで気になっていた本だ。ちょっと前に川出正樹さんにお会いした際、「第一章の終わり付近でとんでもないことが起きる」「デヴィッド・アンブローズの『迷宮の暗殺者』ぐらい驚いた」と教えてもらったので読んでみた。なるほど。『迷宮の暗殺者』のあのインパクトには負けるが、これもなかなかである。びっくり好きの方はぜひ読んでいただきたい。ただしイヤミス成分も少なからず含まれているので陰惨な話が嫌いな方は用心が必要である。

 笑ったのはこの作品、映像化されていてデニス・ホッパーが出演しているということ。デニス・ホッパー出演、と利いただけで、作品の性質の85パーセントぐらいは理解できた気になるから不思議だ。

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(2/27)やっぱし板谷バカ三代

 角川書店よりゲッツ板谷さんの『やっぱし板谷バカ三代』と「本の旅人」四月号の見本をいただく。
「本の旅人」には『やっぱし板谷バカ三代』の書評を書いたのだ。

 少し前にこのブログでこぼしていた、書きあぐねている原稿とはこれのことだった。未整理のままで書きたくないので、その件については後日改めて。気になる人は「本の旅人」を店頭で読んでみてください。

 ゲッツファミリーのポク蔵さんがまた試合をするそうなので、お知らせしておきます。
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地下プロレスEXIT-7[KABUKI]

3月1日(日)13時半開場 14時開始

新宿二丁目 BAR EXIT
(新宿駅より徒歩10分、新宿三丁目駅より徒歩3分)

対戦カード当日発表

ザ・グレート・カブキ

ジャガー・ロゴフスキー
澤宗紀
富豪2夢路
紅闘志也
梅沢菊次郎
三州ツバ吉
矢野啓太
磯英弥
吉川佑太
JOM
日龍(ポク蔵さん)
LOSE FACE
ジョータ
AKIHIRO

小笠原和彦
篠真一
RIKIYA

 篠真一って、まだ現役だったのか!


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(2/27)スカイ・イクリプス

 中央公論新社から『スカイ・イクリプス』文庫見本をいただく。森博嗣さんの〈スカイ・クロラ〉シリーズの完結篇にあたる作品で、書き下ろしを含む八つの短篇が収録されている。私が解説を書きました。

 森作品の中でもっとも好きなシリーズの、記念すべき最終作にこうして関われたことは光栄である。この作品は、シリーズ長篇ではあえて書かずに秘されていた謎の種明かしを行っている作品でもあり、解説を書くときはその辺の扱いが難しかった。もちろん解説でネタばらしというような野暮な真似はしていませんのでご安心を。ちなみに私は、収録作では「ドール・グローリィ」がいちばん好みである。


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(2/24)ミステリマガジン

「ハヤカワミステリマガジン」四月号到着。今月号から編集長が交替して小塚麻衣子氏になった。
 初の女性編集長である。ぜひ翻訳ミステリー界を盛り上げていってください。
 ちなみに彼女で編集長は十三代目になる。異説はあるのだが、準備に携わった田中潤司をカウントし、都筑道夫、生島治郎、常盤新平、各務三郎、長島良三、菅野国彦、竹内祐一、村上和久、千田宏之、今井進、千田宏之(再任)ときて、十三代である。十三はミステリーでは縁起のいい数字だから、こうした方がいいのである。落語家のカウントと同じですね。

 就任祝いというわけでもないが、今月号はずいぶんと原稿を書いた。通常のHMMレビュー以外に、巻頭の猫ミステリー特集にコラムを寄稿し、猫ミステリガイドを作成し、中特集に世界バカミス☆アワードのレポートを書いて、翻訳ミステリ応援団! の座談会にも出席している。よく見ると目次ページの全部に名前があるのだ。もしかするとこれは、目次が三ページになってから初の快挙なのではないかしらん。

 ちなみに座談会は書評家が翻訳ミステリの現状について話し合おうという趣旨のもの。頑張ってたくさん喋ったので、ぜひここだけでも読んでいただきたい。話した内容はあまり削らず、逆に後から足したくらいなので、読み応えがあるものになっているはずである。

 

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(2/22)ナンプレファン

 原稿を書いたナンプレファンの4月号が到着。今回の「より道ミステリー」で採り上げたのは、辻村深月『太陽の坐る場所』である。別に意識してこの作品にしたわけでもないのだが、原稿を書いた直後に作者本人にお会いしたのがおもしろかった。

 この連載は、数字パズルファンの読む雑誌という媒体の性格を考えて「パズラー」という要素を重視した作品を採り上げている。気に入った作品がなかなか見つからなくて、いつも〆切ぎりぎりまで悩まされている。今回も、採り上げようと思った作品を何冊か没にした後で本書にたどり着いた。もう時間がなかったため、祈るような気持ちで本を取り上げたものである。ごく普通の青春小説展開なので序盤はハラハラさせられたが、作者は最後にちゃんとやってくれた。ありがとう。連載に穴を開けないですみました。

 メインの作品のほかに「この本を読んでおもしろかった人はコレ」という一作と、パズルを題材にした作品をそれぞれ一つずつ採り上げることになっている。今回はフレッド・カサック『殺人交叉点』と有栖川有栖『孤島パズル』である。ああ、なるほど、と読んでいる人は思うはず。


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(2/21)アンソロジーのお仕事

 本格ミステリ作家クラブのアンソロジーに収録するため、ここのところずっと短篇を読んでいた。先ほど、ようやくその選評を送り終わったところ。本当は朝メール送信したつもりだったのだが、gmailが処理落ちしていたのに気付かず、さっき慌てて再送したのである(言い訳)。関係者のみなさま、お待たせして申し訳ありませんでした。

 ひところに比べ、本格ミステリー短篇の雑誌掲載数は落ちている。これは本格が冷遇されているということではなく、掲載媒体が減っているせいだと思う。短篇よりは長篇、単発作品よりは連作を掲載したほうが後々単行本化しやすいから、そうした作品が優遇されるのである。こういうときこそ専門誌にがんばってもらいたい。「ミステリマガジン」は、日本作家を扱うなら長篇よりも単発短篇を載せるべきだよ。

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(2/20)ブレット・ハリディ

 昨日は池袋コミュニティ・カレッジで「ミステリーの書き方」講座の講師に行ってきた。
 
 今回の課題は、ブレット・ハリディ「死刑前夜」(早川書房『天外消失』所収)を読み、十分の一に要約するというものである。ルールは、原型をなるべく壊さないで縮めること。つまり、文字数が起承転結で1:3:3:1になっていたら、同じように縮めるのである。「死刑前夜」はだいたい一万五千字くらいの作品なので、それを千五百字にする。これによって何を狙っているのかというと、必要なパーツの見極めをすることである。何気ない描写に偽装された伏線、二重に意味がとれるように書いてある表現などは、作者が意図して埋めこんだものだ。そうした要素が、どのようなペースで配置されているか、要約を通じて学ぶというのが目的である。

 これはたいへん勉強になります。要約を実際にやってみるのがいちばんなのだが、時間がない人はマーカーなどで本に(いやならコピーして)印をつけていくといい。

 それにしても「死刑前夜」は素晴らしい短篇だ。小泉喜美子さんが激賞されたのもわかる気がする。原文をあたってみないと確実ではないのだが、businessという単語が複数の意味で用いられていて、効果を上げている。人の感情を直接書かず、仕草や語調で表現するというハードボイルドの手法を用いてサプライズの演出を行った作品であり、相棒小説の佳品でもある。短い中に、私がミステリー短篇で必要だと思うことがすべて尽くされていて、何度読み返しても感心させられるのである。

 これからミステリーを書いてみたいとお考えになっている方は、この短篇に学ぶことを強くお薦めします。

追記:今気がついたけど、この本は現在Amazonにおける売り上げが4675位である。売れているんだ。喜ばしいことである。「ミステリマガジン」に寄稿した書評が売り上げに少しでも寄与しているのならこんなにうれしいことはない。

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(2/19)継承する貴種

 常に複数の原稿が〆切をオーバーし、しかもそのうちのいくつかは危険水域に突入、体を壊して寝込みでもしたら間違いなく白紙のページができる本がある、というような洒落にならない状況で数日間過ごしていた。「もういやだむぉぉぉぉん!」と叫びながら倒れることさえ許されない限界状況というのを、ちょっと相談してみ。してみってば。それを思えば、本日はまだまだ楽な状況だ。でも引き続きがんばる。

 急ぎの原稿があるため(あるんじゃん)報告だけ。「問題小説」の最新号見本が届いた。今回の書評欄で採り上げたのは宮本昌孝『海王』、陳舜臣『枯草の根』、恩田陸『ブラザー・サン シスター・ムーン』の三冊だ。この連載では毎回いろいろなことを試しているが、今回もある手法に挑戦してみた。といっても個人的な挑戦なので、読む分にはまったく関係ないのであるが。そのことに気付くのは、古くからの友人である霜月蒼君ぐらいだろうと思う。
三冊とも傑作なので、書評はともかくぜひお読みになってください。



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(2/10)ミステリーズ!到着

 原稿が書けなくて苦しんでいるところに「ミステリーズ! VOL.33」が到着。今号はパーシヴァル・ワイルドの「P・モーランと宝石泥棒」が掲載されているのが嬉しい。『探偵術教えます』に未収録だったシリーズ短篇である。

 私の「路地裏の迷宮踏査」は、「O・ヘンリーのほら話」。この原稿を書くためにO・ヘンリーの書誌を調べていて、未訳短篇の多さに呆れさせられた(おそらく二百篇ぐらいある)。この作家とフレドリック・ブラウンについては、完訳を目指すべきだ。


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(2/2)本が読めて嬉しい・その2

 仕事で読書。仕事の合間に息抜きで読書。息抜きの途中でついでに読書。

 昨日はそんな具合に、本を読む以外何もせずに過ごすことができた。読書に惑溺できる日曜日というのは幸せだ。

 仕事の合間の息抜きの途中でついでに読んでいた本が、江口寿史&徳丸真人の『ラーメン道場やぶり』である。徳丸真人という人は名前を存じ上げなかったが、江口さんのマネジメントをされている方で、ワイン雑誌の編集長でもあるという。この二人が、東京都内の有名店をはじめとしたラーメン店を食べ歩き、対談形式で評価を行った本である(都内の店で採り上げられているのは、麺屋武蔵、唐そば、一二三、青葉、永福町大勝軒の五店輔)。

「ラーメンを取り巻く環境がおかしい」という巻頭の提言が明らかにしているように、創作ラーメンをやたらとありがたがるマスメディアとラーメン評論家の言に疑義を呈した内容の本である。だから「道場やぶり」なんですね。「店員が若者ばっかしのニューウェーブ系? みたいなラーメン屋はちょっと苦手」「飾り物の多い店にロクなもんはナイ」といった主張には共感を覚えるので、私は楽しく読んだ。巻末に五つ星のミシュラン形式で各地のラーメン店を評価したガイドがあるので、そこを読んで評価が一致した人は読んでも損をしないはずである。ラーメン二郎目黒店が四つ星、麺屋武蔵が二つ星、ちゃぶ屋が一つ星というのでだいたい評価の軸はわかるはず。ラーメン・プロデューサーが入っている店や事業家系ラーメン屋には総じて厳しい。なかでも苛烈に糾弾されているのが博多・一風堂大名本店で、江口評価は星なし。「高い値段。それに見合わぬ工場の味。どーでもいい味。心のこもらない接客。こんなラーメン食ってたら心が荒むよ」(江口)と散々である。私も本店と恵比寿店ぐらいしか行ったことがないが、その意見には賛成だな。

 対談で可笑しかったのは以下のくだり。

T (前略)なんか最近のちょっとこだわった風の店には、こう、仕込んだ素材がなくなり次第、営業おしまい!なんてのが多いけど、あれもねー。(中略)なんか客の方が「売り切れ」をありがたがってるようなさぁ。オーバーだけどそれで店がさらに神格化されうみたいなさ、店の方もそれを意識してやってるみたいなとこ感じるもん。

E うー。なんだか耳が痛いぞ。何故だ。耳が痛くなってきたのは何故だぁ~。

T どっかの漫画家の話じゃなく、ラーメン屋の話をしてんだからね。いい? ラーメン屋の話だからね(笑)。

 わっはっは。

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(1/30)道尾さんと恩田さん

 昨日は飯田橋の角川書店で道尾秀介さん、千駄ヶ谷の河出書房新社で恩田陸さんの取材であった。

 道尾さんには、本日発売の新刊『鬼の跫音』に関するインタビューをお願いした。初の短篇集である。タイトルは収録作の題名ではなく、全体に共通するキーワードとして後付けで考えたとのこと。談話収録後、ロビーで撮影をしていたら、ミステリマガジン編集長に就任した早川書房のKさんにばったり。バトンタッチで道尾さんにインタビューなのだという。世間は狭いものだと思いました。


 タクシーで河出書房新社に急行し、恩田陸さんにインタビュー。お会いするのは、昨年『きのうの世界』の取材で伺った時以来である。『ブラザー・サン シスター・ムーン』は恩田さんが初めて大学時代について書いた作品。第一部の展開が『トリストラム・シャンディ』みたいなのがおもしろい。ついでなので先日の世界バカミス☆アワードの結果についてご報告申し上げる。「『官能的』に負けたのなら仕方ない」とのことであった。読んでいらっしゃるのね。

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(1/29)インタビュー2連発

 そんなわけで、本日は道尾秀介さんと恩田陸さんにダブルヘッダーでインタビューである。
 よく考えてみたら前回の直木賞候補作家だよ、お二人とも。次はぜひ同時受賞してください。

 しかしその前に学校に行かねば。今日は読み聞かせの当番の日なのである。ちなみに読み聞かせの本を選んでないから、今から図書館に行ってきます。

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(1/26)第2回世界バカミス☆アワード決定!

 わー、ぱちぱちぱち。

 昨日、東京・渋谷区の青山ブックセンター本店で、第二回バカミス☆アワード決定のトークイベントを開催した。来場者数は八十人超で、第一回のほぼ倍に近い人数である。素晴らしい。ご来場いただいた皆様には、改めて御礼申し上げます。みなさんの投票をいただいて、無事にアワードを決めることができました。また、イベントの告知には多数の方にご協力いただきました。本当にありがとうございます。

 さて、最終候補作の発表である。
 事前協議により、以下の五作を最終候補とした。

 五十音順に、
『官能的』鳥飼否宇(原書房)

『荒野のホームズ』スティーヴ・ホッケンスミス(早川書房)

『ジョニー・ザ・ラビット』東山彰良(双葉社)

『名もなき書』Anonymous(PHP研究所)

『メアリー-ケイト』ドウェイン・スウィアジンスキー(早川書房)

 この五作について、小山正(バカミスの名づけ親)・川出正樹(バカミスト)・杉江松恋(バカミス・フィクサー)の三名がプレゼンテーションを行った。『官能的』『荒野のホームズ』については、ゲストとして来場いただいた作者の鳥飼否宇さん、翻訳者の日暮雅通さんからもコメントを頂戴している。そしてサプライズ・ゲストであった東山彰良さんにもマイクを持っていただき(無茶振りですいません)『ジョニー・ザ・ラビット』をお書きになった経緯を話していただいたのでありました。

 プレゼンテーション終了後、来場者に「読んでみたいと思う作品」を三作挙げていただくという方式で投票を行った。その結果一位に選ばれたのが、『官能的』である。鳥飼否宇さんには正賞として、彫刻「バカミスくん」が贈られた。奄美大島まで持っていってください、バカミスくん!(写真は後日公開)

 ちなみに二位以下は『ジョニー・ザ・ラビット』『メアリー-ケイト』『荒野のホームズ』『名もなき書』という順位でありました。『名もなき書』が一位にならなくて本当によかったー。

 公開選考会の模様は、後日「ミステリ・マガジン」でご報告いたします。お楽しみに。
 なかはしさんが「ぼくのミステリな備忘ログ」で会の模様を紹介してくださっているので、そちらもご覧ください。あ、バカミス君の画像もあるぞ。

 なお、会場を飾った書の数々は村野まりやさんが書いてくださったものでした。村野さんは風景を書とともに紹介する風筆家としても活躍しておられます。ブログ「風筆散歩」もぜひご覧ください。

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(1/23)ミステリマガジン三月号

 早川書房から「ミステリマガジン」三月号をいただく。

 この雑誌は例年三月号で「わたしのベスト3」と年間回顧の企画をやっていた。三月号だけやけに分厚くなっていたものだが「ミステリが読みたい!」なる別冊ができたため、昨年からはその分厚い三月号が届かなくなった。古くからの読者としては、なんとなく物足りない気持ちである。思うのだけど、「ミステリが読みたい!」は止めちゃったらどうかな。類似企画本はいっぱいあるわけだし、老舗専門誌が他所の真似をしなくてもいいと思うのだけど。

 今月号の特集は「デス・クルーズへの招待」で、近藤史恵さんがエッセイを寄稿しておられる。昨年のMYSCONに参加された方は、にやりとさせられる内容です。巻頭のインタビュー「迷宮解体新書」は永井するみさんがゲストである。ミステリーYA!の三浦凪シリーズの今後についても語られている。どうやら第四弾までは構想がある模様だ。ファンとしてはとても嬉しい。

 その三浦凪シリーズの最新作『レッド・マスカラの秋』についてHMMレビューで福井健太さんが「大多数の男性読者にしてみれば、本作の題材と事件はどうでも良いことに違いない」「しかし重要なのは素材よりも調理法であり、女子高生の友情と価値観をベースにしたドラマ性、明瞭なキャラクター造形、彼女たちの屈託のない言動などは高く評価されるべきものだ」という書いていることには同意します。まさしくそのとおり。三浦凪シリーズの価値はまさに「書きぶり」にあり、十代女子の生活の中からすくいあげた素材をミステリのプロットで書く、しかも伝統的なハードボイルドの行動律を応用して書くという点にあるのです。

 前作『カカオ80%の夏』は、主人公に明確な目的意識があって、読者が深く共感することができた。また、主人公の行動が周囲の人間を賦活するという副次の効果もあり、「読んで元気になる」良質の作品になっていたのである。第二作となると、キャラクターが定着した分、初見よりは新鮮味が薄れてしまう心配があった。『レッド・マスカラの秋』は友人の危機を救うために凪が動く話なのだが、やはり前作よりは若干共感度が落ちる。それを補うものとして描かれているのが、十代の一時期にしか共有することができない清潔な友情、淡い連帯だ。girlsfoodにあたるうまい訳語を思いつけないのだけど、つまり少女であること、少女の気持ちであることを描いた小説なのですね。そうした主題を描くのであれば、今後のシリーズではハードボイルドのプロットにこだわらなくてもいい(ミステリじゃなくてもいいとさえ思うのだ)。つまりは自由に、のびのびと、三浦凪という主人公を描いていってもらいたい。永井さんに期待しています。

 本号の拙稿は『天外消失』『ユークリッジの商売道』『おかけになった犯行は』『ベベ・ベネット、死体を発見』の四冊を採り上げた。『天外消失』は素晴らしいアンソロジーだが、やはり『37の短篇』はそのまま復刊すべきであった。巻末座談会を削ったのも痛恨の編集方針ミスだと私は思います。どういう趣旨で編まれたアンソロジーなのか、さっぱりわからなくなってしまっているんだもの。原稿にも書いたが、本誌での再録を強く希望したい。


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(1/23)焦点その1

 仕事の合間に、明日に迫った海堂尊&「このミス」大賞受賞作家の公開講座について、進行を考えている。

 1/24 海堂尊&「このミス」大賞受賞作家の公開講座

 司会が私で作家が五人というスタイルなので、淡々と言葉を交わしていると、まとまりがつかなくなってしまうような気がする。いろいろ考えてみたのだけど、いくつか全員で応える質問を準備して、フリップに記入してもらう形式をとってみてはどうか、と思いついた。いわゆる大喜利方式ですな。これだと、全員がまんべんなく質問に答えることになるし、おもしろい答えがあったらそれをピックアップして話してもらうこともできる。あまり「公開講座」らしくはないけど、大目に見てやってください。

 というわけで、明日公開講座にこられる「このミス」作家のみなさまは、そういう話題の振られ方をするとお知りおきください。無茶な質問はしないのでご安心を。

 ちなみに席にはまだ余裕があるそうです。お誘いあわせのうえ、覗いてみてください。
 作家にコンタクトをとりたい編集者の方の参加もお待ちしております。
「このミス」大賞って公開で授賞式をやらないから、なかなか作家と連絡を取りづらいと思うので、いい機会になるのではないかしらん。
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(1/21)アレ

「問題小説」二月号の見本到着。

 今月号の「BOOK STAGE」欄では角田光代『森に眠る魚』、西木正明『ウェルカム トゥ パールハーバー』、樋口有介『月への梯子』の三冊を採り上げている。前の日記で散々悩んでいた原稿はこれでした。

 今回が二回目になる北上次郎さんの「中間小説誌の時代」の副題は、「直木賞と新橋遊吉」だ。かつて小説誌はメディアとして大きな力を持っていた。その時代を振り返る連載で、これは北上さんの新たな代表作になるはずである。毎回楽しみに読んでいる。


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(1/21)エア

 四十八時間ぐらいかけて「ミステリーズ!」用の原稿を書き上げる。先ほど脱稿して編集部に送ったところです。遅くなって大変申し訳ありません。前にも書いたけどこの原稿は、毎回執筆時間の倍以上を資料調べのために使っている。書きたいことが多すぎて、完成原稿の倍近くを書いては削っているのである。単行本としてまとめる機会があったら、削除した部分を復活できるといいなあ。

 毒気が抜けるというが、原稿を書き終えてから鏡を見たら昨日とはまったく違った顔になっていて驚いた。昨日はなんというか、作業中の棟方志功みたいな顔になっていたのだ(そういうドラマを昔テレビで観た記憶があります)。なんとか人前に出られるようになった。よかったよかった。

 一休みするために本を手に取る。本を読むのが仕事だが、休憩するときも本を読むのである。脳を休めるための読書だから、あまり硬い内容じゃないほうが望ましい。流し読みできる本のほうがいいのだ。

 本日お世話になったのは、石黒謙吾『エア新書』である。『さおだけ屋はなぜ潰れないのか?』(山田真哉/光文社新書)をはじめ、新書タイトルには工夫を凝らしたものが多い。そこに着眼し、「今風の新書タイトル」で「有名人100人が本を出したらどうなるか」という遊びをした本である。同工の企画はネット上でもよく見かけるが、さすがは「チャート式の達人」石黒謙吾だ。企画としてよく練りこまれたタイトルばかりで、ネタに走りすぎじゃないかそれは、というものもあるが、中のいくつかは実際に本が出来そうである。高田純次著『エロい人は思いつきでものを言う』あたりは怪しい(副題が「エコの時代は終わったね、これからはエロ」というのも実に高田純次らしい)。羞恥心著『バカの品格 --三人寄れば文殊の無知』も、実際に企画が動いていそうな嫌な雰囲気がある。出さないでね。


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(1/20)第二回世界バカミス☆アワード候補作

 昨日は、都内某所で第二回世界バカミス☆アワード公開選考会のための事前打ち合わせを行った。

 先日行われた予備投票で決定した一次候補作は以下の通り。あなたの読んだ作品は入っていましたか?
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(作品リスト・タイトル五十音順)
 倉阪鬼一郎『紙の碑に泪を』(講談社ノベルス)

 鳥飼否宇『官能的 四つの狂気』(原書房)

 恩田陸『きのうの世界』(講談社)

 スティーヴ・ホッケンスミス『荒野のホームズ』(ハヤカワ・ミステリ)

 スティーヴン・ハンター『四十七人目の男』(扶桑社海外ミステリー)

 東山彰良『ジョニー・ザ・ラビット』(双葉社)

 ポール・クリーヴ『清掃魔』(柏書房)

 飛鳥部勝則『堕天使拷問刑』(早川書房)

 ジェイムズ・パウエル『道化の町』(河出書房新社)

 Anonymous『The Book With No Name 名もなき書』(PHP)

 アンドルー・クルミー『ミスター・ミー』(東京創元社)

 ドゥエイン・スウィアジンスキー『メアリー-ケイト』(ハヤカワ・ミステリ文庫)

 マイク・ハリスン『揺さぶり』(ヴィレッジブックス)
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 このうち五作がアワードの最終候補作となる(どれが選ばれたかはまだ秘密です)。

 投票権を持つのは、一月二十五日に青山ブックセンター本店会場に来られる観客のみなさんである。
 パネラーのプレゼンテーションを聴いて、もっともおもしろい、読んでみたいと感じた作品に票を投じていただく。
 どの作品が票を集めるのか、今から楽しみである。

 授賞側の本音を言ってしまえば、『名もなき書』が賞を獲ってしまうのがいちばん大変なのである。なにしろ作者が匿名希望だしなあ。でも仕方ない。何が起こるのかわからないのがバカミスの世界なのだ。
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世界バカミス☆アワードの詳細はこちら

公開講座「海堂尊&「このミス」大賞作家の創作のヒミツ」の詳細はこちら

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(1/19)1/24海堂尊さん&「このミス」大賞作家講座の件

 池袋コミュニティカレッジに確認したところ、まだ空席があるとのこと。お願いして、20日ではなくてもう少し後まで予約を受け付けてもらうことにした。

 この学校、困ったことに参加受付をするために窓口まで行かなければならないのである。池袋駅を普段利用している方ならともかく、受講のために二度も足を運ぶ必要があるというのは面倒だ。なので、なんとか電話で事前受付をしてもらえるようにお願いしました。関心がある方は、事務局まで問い合わせをしてみてください。
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公開講座タイトル「海堂尊&『このミス』大賞作家の創作のヒミツ」

内容「『チーム・バチスタの栄光』(宝島社文庫)で一躍ベストセラー作家となった海堂尊を輩出した『このミステリーがすごい!』大賞の受賞作家から、ミステリー書評家・杉江松恋が創作のヒミツを聞き出します。海堂尊をはじめ、伊園旬、拓未司、山下貴光、柚月裕子ら、「このミス!」大賞作家が勢ぞろい。作家志望者もそうでない方も、お誘いあわせの上どうぞご来場ください」

日時:1月24日(土)午後2時~4時
場所:池袋コミュニティ・カレッジ
〒171-8569 東京都豊島区南池袋1-28-1 西武百貨店池袋本店イルムス館8・9階


会費:一般 2100円(コミュニティ・カレッジ会員 1575円)

申し込み方法:池袋コミュニティ・カレッジ受付に直接予約のお問い合わせをください。
問い合わせ電話番号:03-5949-5487


医師・作家 海堂尊
1961年千葉県生まれ。第4回『このミス』大賞を受賞し、2006年『チーム・バチスタの栄光』にてデビュー。『死因不明社会』にて第3回科学ジャーナリスト賞受賞。最新刊に『イノセント・ゲリラの祝祭』。1月には映画化が決定している『ジェネラル・ルージュの凱旋』が待望の文庫化。映画は全国東宝系で2009年3月7日公開決定。

伊園 旬 (いぞの・じゅん)
1965年京都府生まれ。関西大学経済学部卒業。第5回『このミス』大賞受賞、『ブレイクスルー・トライアル』にてデビュー。2作目に、大企業を舞台にした連作短編集『ソリューション・ゲーム 日常の謎』。

拓未 司(たくみ・つかさ)
1973年岐阜県生まれ。大阪あべの辻調理師学校を卒業後、神戸のフランス料理店に就職。その後、様々な飲食業に12年間従事。第6回『このミス』大賞受賞、『禁断のパンダ』にてデビュー。2作目に、絶品のデザートをテーマにしたミステリー『蜜蜂のデザート』。

山下貴光(やました・たかみつ)
1975年香川県生まれ。京都学園大学法学部法学科卒。営業職、古着店の店長などを務める。第7回『このミス』大賞受賞、『屋上ミサイル』にてデビュー。

柚月 裕子(ゆづき・ゆうこ)
1968年岩手県生まれ。現在はフリーライターとして地域タウン誌の取材や、地元テレビ局の仕事に従事。第7回『このミス』大賞受賞、『臨床真理』にてデビュー。


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(1/16)底冷え

 寒い部屋にずっといたせいか、具合悪くなってダウンしていました。
 回復したので更新。

 解説を書いた文庫新刊のお知らせです。楡周平さんの『クラッシュ』(角川文庫)が出ます。
 懐かしの朝倉恭平vs川瀬雅彦シリーズの第四弾で、宝島社文庫から移籍しての二次文庫化です。
 10年前にこの作品が発表されたときは、ネットワーク犯罪というものもまだ一般的ではなかったのです。
 恥ずかしい写真を公開された技術者が腹いせにウイルスを撒くという設定が当時は斬新でした。


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(1/14)粘膜人間現る現るー。

書評サイトBook Japanの作家インタビューシリーズ第二弾がアップされた。今回のゲストは、『粘膜人間』(角川ホラー文庫)日本ホラー小説大賞長篇賞を受賞した飴村行さんだ。

 詳細はコチラ。

 正直言ってこのインタビューは自信作である。インタビューの原稿で(笑)の文字を意図的に挿入することはあっても、多すぎて外したというのは今回が初めてだ。原稿を渡したら編集者から「このくらい突き抜けた内容でもしょうがないですよね、小説が小説ですし……」というメールが返ってきたよ! 読もう! そして『粘膜人間』も読もう!


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(1/9)うわーん、角田さんのアホー

 朝からずっと『森に眠る魚』の書評に取り組んでいたのだが、今一つおもしろくならないので一旦全部破棄して書き直すことにした。角田さんがいじめるよう、と幼稚園児のように泣いてみます。一応ミステリの埒内に収まる作品なのだけど(「小説推理」連載だし)、切り口をそれだけにしては見失うものが多すぎるし。かといって、普通の「女性小説」として紹介するのはもったいない。いろいろと悩んでいるわけです。

 ちょっと頭冷やしてこようかな。関東地方は初雪だっただけに。

 郵便受けを見たら今週号の「SPA!」が入っていました。私の書評は東山彰良『ジョニー・ザ・ラビット』について。すべてのノワールファンは、今すぐこの兎小説を読むんだ!


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(1/8)新刊のお知らせ

 明け方近くまで仕事をしていたら、寝過ごして病院の予約をすっぽかしてしまった。
 あれあれ。午後になったら電話をかけて新しい予約を入れなくては。

 新刊見本が届いたので宣伝です。
 1月末に、アスキー新書から『これだけは読んでおきたい名作時代小説100選』が刊行されます。
 これは、2004年にフィールドワイ社から出た『これだけは知っておきたい名作時代小説100』を加筆の上改題したもので、題名通り100冊の時代小説を紹介するブックガイドです。編者は私ですが、多数の方が執筆していただいたおかげで成立した本なので、全著者名をここに記します。五十音順に、川出正樹さん、日下三蔵さん、小池啓介さん、不来方優亜さん、笹川吉晴さん、霜月蒼さん、末國善己さん、関口苑生さん、千街晶之さん、田中博さん、蔓葉信博さん、中辻理夫さん、廣澤吉泰さん、古山裕樹さん、堀内淳一さん、与儀明子さん。

 元版では、作中の時代区分に合わせ、古代から近代へとだんだん近づいてくる形で小説を紹介しました。
 今回は新書版でハンディに持ち運びができるという本の性格も鑑み、発表年代別に作品を配置してあります。また、残念ながら元版刊行後に絶版になってしまった本もあり、その分は最近の作品に差し替えを致しました。追加した本は、志水辰夫『みのたけの春』(集英社)、北重人『汐のなごり』(徳間書店)、泡坂妻夫『織姫かえる 宝引の辰捕者帳』(文藝春秋)、和田竜『のぼうの城』(小学館)、火坂雅志『天地人』(日本放送出版会)、加藤廣『信長の棺』(文春文庫)の6冊です。

 読書ガイドとして、どうぞご活用ください。


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(1/6)「このミステリーがすごい!」大賞作家vs杉江松恋

 という企画も密かに進んでいたんですね。
 東京近郊にお住まいの方はぜひどうぞ。

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公開講座「海堂尊&『このミス』大賞作家の創作のヒミツ」

『チーム・バチスタの栄光』(宝島社文庫)で一躍ベストセラー作家となった海堂尊を輩出した『このミステリーがすごい!』大賞の受賞作家から、ミステリー書評家・杉江松恋が創作のヒミツを聞き出します。海堂尊をはじめ、伊園旬、拓未司、山下貴光、柚月裕子ら、「このミス!」大賞作家が勢ぞろい。作家志望者もそうでない方も、お誘いあわせの上どうぞご来場ください。

日時:1月24日(土)午後2時~4時
場所:池袋コミュニティ・カレッジ
〒171-8569 東京都豊島区南池袋1-28-1 西武百貨店池袋本店イルムス館8・9階
http://www.seibu.co.jp/c_college

会費:一般 2100円(コミュニティ・カレッジ会員 1575円)

申し込み方法:1月17(土)までに池袋コミュニティ・カレッジ受付に直接お申し込みください。
問い合わせ電話番号:03-5949-5487


医師・作家 海堂尊
1961年千葉県生まれ。第4回『このミス』大賞を受賞し、2006年『チーム・バチスタの栄光』にてデビュー。『死因不明社会』にて第3回科学ジャーナリスト賞受賞。最新刊に『イノセント・ゲリラの祝祭』。1月には映画化が決定している『ジェネラル・ルージュの凱旋』が待望の文庫化。映画は全国東宝系で2009年3月7日公開決定。

伊園 旬 (いぞの・じゅん)
1965年京都府生まれ。関西大学経済学部卒業。第5回『このミス』大賞受賞、『ブレイクスルー・トライアル』にてデビュー。2作目に、大企業を舞台にした連作短編集『ソリューション・ゲーム 日常の謎』。

拓未 司(たくみ・つかさ)
1973年岐阜県生まれ。大阪あべの辻調理師学校を卒業後、神戸のフランス料理店に就職。その後、様々な飲食業に12年間従事。第6回『このミス』大賞受賞、『禁断のパンダ』にてデビュー。2作目に、絶品のデザートをテーマにしたミステリー『蜜蜂のデザート』。

山下貴光(やました・たかみつ)
1975年香川県生まれ。京都学園大学法学部法学科卒。営業職、古着店の店長などを務める。第7回『このミス』大賞受賞、『屋上ミサイル』にてデビュー。

柚月 裕子(ゆづき・ゆうこ)
1968年岩手県生まれ。現在はフリーライターとして地域タウン誌の取材や、地元テレビ局の仕事に従事。第7回『このミス』大賞受賞、『臨床真理』にてデビュー。

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 そしてもちろん「世界バカミス☆アワード」の方もよろしくです!


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(1/6)○○が「能」と同じ道をたどりそうなのは、たしかである

 大晦日から元日にかけて実家で過ごした。懐かしい本棚から手に取った一冊が、本年最初に読んだ本である。立川談志『現代落語論』、三一新書版だ。一九六五年に刊行された本だからもちろん新刊ではない。奥付を見ると、一九八二年に第一版第十七刷が出ている。ロングセラーだったのだ。驚くべきことにこの本、まだ現役なのである。現在出ている版は家元の「これが落語家の初めて書いた本である」との自筆帯がついている。

 今月復刊された三代目三遊亭金馬の『浮世談語』に、家元が「その昔、咄家が出す本を見て、「本」と名付けていい内容のあるのは金馬師匠だけで、その後立川談志が出てくるまで一人もいない」という帯推薦文を寄せているのは、これを受けているのである。

 題名にしたのは、『現代落語論』の有名な掉尾の文章だ。○○には、みなさんお好きな言葉を入れるといいよ。落語というジャンルが没落するはるか以前から、家元は古典芸能の行く末に警鐘を鳴らしていた。終章「わたしの落語論」だけでも後世に残る内容の本である。どんなジャンルでも、時代と競り合うことができなくなれば途端に没落する。自身が属しているジャンルに風化の気配を感じた人は、ぜひこの文章を読むといい。

 家元は芸人を、マスコミの寵児、そこまではいかないが試行錯誤をしている努力家、時代に背を向けて古典の世界に留まる昔堅気、という風にわける。第二のグループに共感を示しているのは、当時自分が置かれていた立場を重ね合わせたのだろう。「(試行錯誤を)やってみるということはその結果成功しなくても、わたしは芸人としてみたとき、たいへん彼らが好きだ」という、文章が途中で拠れて、主語がすり替わってしまっている文章がたいへんに私は好きである。「たいへん彼らが好きだ」と、執筆の中途で書きたくなってしまったんだろうな、と思うのである。家元の文章にはそういうところがある。ぷいと気が向くと、文意の統一を犠牲にしても、その時々の本音を書いてしまうのだ。もちろん、パラグラフ全体で意味は通るので、下手な文章というわけではない。

「わたしの落語論」以外の章はそれほど刺々しくないし、むしろ古典芸能としての落語の本質に対し、自身の愛着を存分に語っている。その上で最後に寸鉄を効かすのである(立川志らく『全身落語家読本』は、これと逆で、冒頭に読者を牽制する章を置いている。師匠の逆を狙ったのだろう)。だからこそ意見が身に沁みる。この本で家元が「落語の本質である人情の豊かさ」とはっきり書いている点は、記憶しておくべきだ。「業の肯定」であるとか、「イリュージョン」であるとか、とかくエキセントリックな方面ばかりが喧伝される談志の落語論だが、もっとも下部にはそうしたまっとうな古典落語観が置かれているのです。


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 昨日も書きましたが、「第二回世界バカミス☆アワード」、1月25日に絶賛開催予定です。詳細はこちら
 米光一成さんがブログで告知してくださいました。感謝!

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(1/5)第二回世界バカミスアワード開催のお知らせ

 明けましておめでとうございます。

 年内に告知しようと思っていたのだけど、下記のイベントを開催します。
 すでに受付は始まっていますので、ご関心のある方はどうぞ。
 
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★

史上空前のミステリ祭り!
第2回 世界バカミス☆アワード!!
INTERNATIONAL BAKA MYSTERY AWARD
投票イベント&授賞式
ゲスト:鳥飼否宇、日暮雅通、他
ナビゲーター:小山正、杉江松恋
※飛び入りゲストあり

■2009年1月25日(日) 14:00~16:00 (開場 13:30 ~)
■会場:青山ブックセンター本店内・カルチャーサロン青山
■定員:100名様
■入場料:500円(税込)電話予約の上、当日ご精算

■電話予約&お問い合わせ電話:
 青山ブックセンター本店  03-5485-5511

■オンラインチケット
http://www.aoyamabc.co.jp/10/10_200901/22009125.html

■受付時間: 10:00~22:00
(※受付時間は、お問い合わせ店舗の営業時間内となります。御注意下さい。)

<イベント内容>
バカミス愛好家の皆さまに素敵なお知らせです!2008年に出版された素晴らしき「バカミス」の中から、もっとも優れた作品を選出する「第2回 世界バカミス☆アワード授賞式」が開催されます。ゲストによる楽しい「バカミス談義」も同時開催。
「バカミス」とは、「バカ」&「ミステリ」の合体。ミステリを揶揄したり、愚弄するモノではありません。ミステリをより楽しんだり、味わったりするための新しい視点です!たくさんの皆さまのご来場をお待ちしております。

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(12/22)杉江松恋は反省しる! 本家はこちらに移転しました

 タイトル通りです。
 仕事の告知なども以降はこちらで行うつもりなので、よろしくお願いします。
 過去の日記はコメントを受け付ける設定にしてありますが、以降はコメントなしにします。
 日々レスポンスを返せるか、はなはだ疑わしいもので。怠惰な性格で申し訳ありません。
 なにか御用がある方はメールをいただければ幸いです。

 ええと、仕事の告知を。
 書評専門サイト「Book Japan」でしばらく前から仕事をしておりますが、「2008ベストブック10&新人賞」を決定いたしました。選考会は公開で行われ、豊崎由美さんを司会に、末國善己さん、藤田香織さん、三浦天紗子さん、吉田伸子さん、私の五名でそれぞれ候補作を推薦し、受賞作を決定しました。トークの模様は、ここでで見ることができます。

 よかったら、年末年始の読書の参考にしてください。特徴としてはミステリー風味薄め、海外文学含有率やや多めのランキングであります。

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『知食』年友企画

「知食の会」について初めて知ったのは、東海林さだおさんの週刊朝日連載エッセイ「あれも食いたいこれも食いたい」だったと思う。帝国ホテルで一食360kcalのフランス料理コースを食べさせるというのを聞きつけた東海林さんが、出かけていって参席するという筋立てになっており、最後に糖尿病医のレクチャーを聞いて、実はそうした集まりであるということを知るという落ちがついていた(東海林さんは糖尿病患者ではないはずだ)。私もそのころは糖尿病に罹患していなかったので「ふうん、そういう集まりがあるんだ」ぐらいにしか思わなかった記憶がある。今ではまったく当事者になってしまったわけだが。

『知食』は、その「知食の会」の活動について紹介した本で、定価は高いが豪華版のパンフレットといった趣きである(巻末に健康食品メーカーによる企画広告もある)。繰り返しになるが「知食の会」というのは、一食の総カロリー摂取量が360kcal以下になるよう計算された食事を摂る会で、360kcalという数値は医師から指示されている食事制限基準がかなり厳しい人でもクリアできるラインである(糖尿病患者は80kcal=1単位という考え方をするので、これは4.5単位にあたる。4.5×3=13.5単位だとすれば1,080kcalなので、これを下回る食事制限をしている患者はまずいない)。この他の基準としては「使用する塩の総量が2.2g以下であること(糖尿病の合併症で腎臓に障害が出ている人もいることに配慮しているのだろう)」「食材はすべて無農薬で原則として旬のものであること」「美しく、かつゴージャスな感じのする料理であること」「美味しく満腹感があること」などが挙げられている。三番目の項目はともかく(無農薬野菜へのこだわりには、あまり意味がないと私は考えている)、後は納得できるものだろう。

 この本を読んでみたのは僅かな食材で「美味しく満腹感がある」料理を作るためのヒントが得られないかと考えたためだが、やや当てが外れた印象だった。美しい料理の写真を見て楽しむための本であり、ここから「知食」実践までの道は遠い。各メニューについて栄養素の量的な紹介は行われているのだが、そこから実際に「知食」メニューを手がけることは難しいだろう。なにしろ、一流シェフが知恵の限りを尽くして考案した逸品ばかりが紹介されているのだから。この本を読んでわかるのは「知食」を実践するための一番の近道は「知食の会」に参加することである、ということだった。先に書いた「豪華版のパンフレット」という表現は、かなり的を射たものであるはずだ。

 以前に聞いたところでは、一回当たりの「知食の会」参加費は安くも高くもないという印象である。関心を持たれた方は、とりあえず会へ問い合わせされてもいいだろう。フランス料理というものにまったく愛着がないので、私は当面そうするつもりはないのだが。「知食の会」にないものねだりをさせていただければ、こうした健康食へのノウハウが蓄積されているのならば、ぜひ実践的なレシピとして公開を考えてもらいたいのである。定価2800円という価格も、レシピ本ならば決して高くはない。少なくとも、私は買うだろう。
 
 今いちばん欲しいレシピ本は『鬼平が「うまい」と言った江戸の味』(池波正太郎『鬼平犯科帳』に登場する料理が大塚「なべ家」の福田浩氏によって再現されている)のような江戸前の和食を、糖尿病患者向けにアレンジした本である。この本で見る江戸前の料理はどれもたいへん美味しそうなのだけど、蛋白質と塩分の量が多そうで、糖尿病患者にはあまりお勧めできなそうなのだよな。明治以前の日本食は絶対的な健康食だった、なんて信仰が一面的な思い込みにすぎないということがよくわかってしまう一冊であった(でも逢坂剛さんと北原亞衣子さんのエッセイが料理ごとに付されて552円という定価は非常にお得である。はっきり言って安すぎると思う)。


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大櫛陽一『メタボの罠』角川SSC新書

 大櫛陽一『メタボの罠』は2007年4月に厚生労働省が発表した「標準的な健診・保健指導プログラム確定版」を批判する本である。これは2008年以降実施される特定健診・特定保健指導の判定基準となるもので、この判定値に基づいて各自治体などで健診が実施されれば、男性の59%、女性の49%が通院を促される受診勧奨者となり、その数は3060万人に達するという。特定健診は生活習慣病を水際で予防し、医療費削減につなげるという理念の下に実施されるものだが、実際にはその逆で、通院者が増え医療費は飛躍的に増加する、と大櫛氏は断じる。その結果医療行政は破綻し、長期的に見れば国民の医療費負担は増大するのではないかと懸念しているのである(たとえば人工透析などの高度医療が自己負担化される可能性があるという)。

「確定版」の決定の背景には厚生労働省と医薬品メーカーの癒着があるのではないか、という疑惑も表明されているが、それはさておき(それ以外に、特定健診では「痩せすぎ」や喫煙者が見逃される、高血圧症に対する降圧剤投与が増えるといったトピックも)気に懸かるのは、大櫛氏がメタボリックシンドロームが生活習慣病の要因であるという「定説」自体に疑念を表している点だ。

 2006年5月に厚生労働省は、メタボリックシンドロームの診断基準を発表した。念のためメモしておくと、以下のとおりである。

1)ウェスト周囲径 男性85cm以上、女性90cm以上
2)さらに次の1つ以上に該当すれば予備群、2つ以上に該当すればメタボリックシンドローム
・最高血圧130mmHg以上または最低血圧85mmHg以上
・中性脂肪150mg/dl以上またはHDL40mg/dl未満
・空腹時血糖110mg/dl以上またはHbAlc5.5%以上

 つまりウェスト周囲径が全基準の原点になっている。当初から、なぜ男性の方が女性よりもウェスト周囲径が小さいのかという疑問の声が上がっていた基準値である。その根拠になっているのは2002年に現・日本肥満学会理事長の松澤祐次氏が筆頭著者となって発表した論文だ。大櫛氏によればこの研究は、基準値を決めるためには被験者の数が少なすぎ(ウェスト周囲径の測定は男性554人、女性194人)結論ありきでデータが捏造されている(そのために男性のウェスト周囲径が女性よりも小さくなるというねじれが起きた)。内臓脂肪面積100平方cmという基準値は「占いレベル」であるため本当は健康なのに病気であると誤診される危険が高いものであるという。

 本書では一章が糖尿病の予防について割かれている。体型にかかわらず糖尿病は発病することがあるので、特定健診のみでは早期発見は難しいというのが要旨である(それはそのとおりだろう)。なお大櫛氏は、運動療法については「無酸素運動による筋肉量増強、空腹時運動が望ましい」「朝食を抜くと暁効果によって血糖値が上昇し、日中の血糖値が高くなるため朝食は抜かずに摂ることが望ましい」という立場。GI値も肯定している。

 メタボリックシンドロームの存在については多くの本が自明のものとして扱っているので、本書には新鮮な驚きを感じた。大櫛氏の説を鵜呑みにするのではなく、読者が各自で情報収集し、慎重に判断をする必要がある(文中のデータの扱いについては、反論した資料も探してみたい)。しかし糖尿病患者ならば啓発される点は多く、一読する価値は十分にある。


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『血糖値がみるみる下がる100のコツ』主婦の友社

 医療関連書というか、健康関連書には荒っぽいものが多い。売らんかな、で手を抜いているとは言わないが、本来であれば疫学的研究などの結果を踏まえて慎重に根拠を説明すべきところを、かなりはしょってしまっているものが多いのだ。「これは効く」「病気が治った!」などと華々しく成果をぶち上げるばかりで根拠が薄弱な本については十分な警戒が必要だと思う。そうした「はしょり本」の傾向としては、健康効果の根拠が、

1)権威ある人のお薦め(ただしデータは何もなし)
2)動物実験(ラットなど)の結果
3)二重盲検などの対照実験がない、信頼のおけない「実験」

 のみであることが挙げられる。特に1)は「現在の科学では解明不可能な」という、おなじみの似非オカルティスト的妄言がセットになっていることもある。3)については、被験者数が1(つまり著者が自分で試しただけ)というものがゴロゴロあり、驚かされる。もちろん本当は無作為割付研究、コホート研究などのきちんとデザインされた研究によって証明されなければ、なんの根拠にもなりえないのである。疫学研究の研究デザインについては、坪野吉孝氏のサイトの用語解説ページが参考になる。

 で『血糖値がみるみる下がる100のコツ』だが、これは典型的な「はしょり本」である。健康雑誌の特集記事レベルで、第一章以外は「あれは体にいい」「これは体にいい」のオンパレード。残念ながら各項目で示されている根拠は薄弱なものばかりである。たとえば「1日1本の【バナナ】で、血糖値が下がることがわかった」の項目なんて、被験者はたったの10人である(しかもこれはまだマシなほうなのだ)。執筆者の中には鎌田實氏など、他に好著のある方も混じっているので、なおさら玉石混交ぶりが目につく。というか石の方が圧倒的に多いのだけど。みなさん、お仕事は選んでもらいたいなあ。

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舘一男『私はこうして糖尿病患者を救っている』主婦と生活社

 糖尿病患者が糖尿病の関連書籍を読む理由は、

1)自分の病気がどの程度のものか知りたい。
2)自分の担当医の治療法が適切であるか知りたい。
3)自分の担当医が勧める以外にどんな治療法があるか知りたい。
4)自宅で自主的にできる治療法を知りたい。

 といったところに分類できるだろう。1)は「境界例」(空腹時血糖値が110~126mg/dl)の人に多いはずである。糖尿病の場合、発症してしまえば教育入院の効果もあって病気についての知識が増えるため、入門書に書いてあるようなことはほとんど読まなくてもわかるようになってしまう。だから、本の売り方として「境界例」のお客さんをいかに「怖がらせるか」が大事なのである。怖がらせるというと言葉は悪いが、境界例のうちに病気についての正しい知識を身につけることは大事なので、この段階で厳しすぎるほどに厳しいことを言うべきなのである。ただし、糖尿病を恐れる気持ちにつけこんで悪さをする者がいないかどうかだけは、気にしておく必要がある。

 4)に関する本が多いのは当然のことで、糖尿病治療の基本が運動と食事療法だからだ。、糖尿病と宣告されてから、私の本棚には糖尿病食のレシピ本が一気に増えた。すぐに使えて、便利なのである。気をつけるべきなのは、怪しげな代替医療や民間療法を勧める本だ。実行しても体に影響がない、罪のないものならともかくとして、カルトめいた勧誘をするものには用心しなくてはいけない。

 2)と3)についての本は、現実に通院しながら治療をしている人が読むものだろう。普通に生活している限りにおいては糖尿病治療について学ぶ機会もそれほどない。したがって、発症してから泥縄的に病気の知識を増やしていくわけだが、そのときにはすでにどこかの外来にかかっていることになる。そこで改めて不安になり、糖尿病専門医の著書を探して読み始めるのである。

 『わたしはこうして糖尿病患者を救っている』の著者、舘一男氏はアントニオ猪木の糖尿病主治医である(猪木との共著もある)。この本は分類でいうと、2)にあたる本。一般の糖尿病医の不備、不勉強を糾弾する内容が中心になっている。書いてあることは真っ当で、要するに主張は「小まめに患者の病態の変化を調べて、最適な治療法を選ぶ(特にだらだらと薬物治療だけに頼らない)」「患者が自主的に治療に取り組む気持ちを削がない」にまとめられる。さらに追加するならば「血糖値を上げる主要因である炭水化物を制限し、グリセミック・インデックス(GI)値を取り入れた栄養指導をする」。GIというのは日本糖尿病学会では導入に慎重になっている考え方で、食物には血糖値を上げやすいものと上げにくいものがあるというものである(主食でいえば、白パン、うどん、白米などが上げやすい)。カロリーではなく、こうした食品の摂取量を制限対象にすれば、血糖値コントロールはしやすいというのである。これに対しては反論もある(たとえばGI値でデータがあるのは、食後二時間の値だけで、それ以降に血糖値がどんな変化をするのかはわかっていない、というような)。私自身は、自分がまだ納得がいくほどのデータを集めていないと感じているので、GI値を中心とした食事を始めるのは時期尚早だと思っている。GI値による食事制限を実施し、効果があったという方を頭から疑ったり否定するつもりはない。

 さて、2)の立場として本書を読み始めたわけであるが、舘氏が主張する「糖尿病医が当然実施すべき検査項目」で、私が知らされていないものは「GA(グリコアルブミン)」と「1.5AG(1.5アンヒドルグルシトール)」だった。前者は血液中の糖化蛋白質を測定するもので、過去2週間~1ヶ月の血糖値状況がわかる(ヘモグロビンA1Cは1~2ヶ月)。後者は血液中に存在する単糖類で、糖尿病が進行すると尿中への排泄量が増えて血液中に存在する量が減るのだという。……ちょっと心配。しかしヘモグロビンA1Cでコントロールできているから、今はいいや。

 私のことはともかく、現状の治療に疑問や不満がある人は一度読んでみても損はない本だと思う。舘氏の他の著書も、追いかけてみるつもりだ。

 と、まとめを書いてから著者のプロフィールを見て、驚いた。この本の中で、舘氏は自分が元務めていた総合病院で糖尿病治療がいかに不備で、合併症から失明した人が非常に多かったということを糾弾している(舘氏はもともと眼科医なのだ)。

 その病院って、私が通っているところなんですけど。しかも来月、私はその眼科で合併症の検査を受けるんですけど。

 なんだかさらに不安になってきた。でも、舘氏が某病院に勤務しておられたのが何年前までなのか、この本には書いていない。そのころの状況と今とは違うのだと、割り切ることにしよう。大丈夫、たぶん。

(付記)
 現在の舘氏は京都で舘眼科内科クリニックを開業し、レーシック手術などの眼科治療に当たっているようである。本書を執筆時に在籍していた東京八重洲クリニックは、どうやら現在休診中のようである。新しい病院で糖尿病治療を実施されているかどうかは不明。またT病院に舘氏がいたのは、平成元年までだそうだ。

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糖尿病記者の外食グルメ術 in tokyo

 よいグルメガイド本というのは、どんな本のことを言うのだろうか。「実用性」「網羅されている店の数」「オリジナリティー」などなど、いろいろな指標が考えつくが、それを以下の五項目にまとめてみた。

「取材力」
 いちばん重要なのは、本の作り手が店に足を運んで自分の舌で料理を確認しているか否かという点である。タウンガイドなどには明らかに取材の形跡がなく、既存のグルメガイドの孫引きだろうと思わせるものが多い。また年鑑のグルメ本では、前年度の記述が更新されていないものもある。そうした本は減点である。店との癒着については、百パーセントないほうがもちろん望ましいが、商業出版ではなかなか難しいだろう。

「評価のわかりやすさ」
 要するに「おいしい」「おいしくない」の判断がはっきりできていること。最近ではコスト・パフォーマンスで評価する本もあるか。星の数で評価をつける、いわゆるミシュラン方式が導入されているか否かは、実はあまり問題ではない。写真が大きく載っているような本ではどうせ店の協力が必要なのだし、協力を受ければ星の数に手心を加えないはずがないからだ。そうした数値化がなされていなくても、文章を読んでだいたいの雰囲気が伝わればいいのだ。ラーメンガイドのように特化した本だと、トッピングの種類や油の量、麺の状態などが細分化されて載っていることが多く、下手な主観評価よりもよほど参考になる。食いしん坊の人向けに、飯の大盛り度合いなどもあったらいいかも。

「エンターテインメント性」
 掲載されている写真の楽しさ、文章のおもしろさなど。上から撮影した丼の写真を実寸大で掲載したガイド本が以前あったが、あれなどは眺めているだけで楽しかった。ひところからブログを書籍化した本が多く出るようになったが、その中には文章のおもしろさだけで勝負しているB級グルメ本などもある。文人や芸能人などの料理エッセイ本などもこの仲間に入るか。こうした本は、読者にバーチャルなグルメ体験をさせてくれるのである。糖尿病患者のように、あまりこってりしたものが食べられない人間は、グルメ本読書を食事の代替行為として楽しむことがある。グルメ本を読んで実際に来店せずにすますというのでは、紹介された店の方としては困るかもしれないが、これも立派な読書の効用なのだ。

「量的充実」
 質も重要だが、量も大事。店の数を多く紹介するというのは基本で、これに地域的な規模も付け加えたい。東京に住んでいるので他の地域のことは知らないが、首都圏のガイド本だとだいたい二十三区内の繁華街が中心であり、都心から離れるにしたがって記載はまばらになっていく。読者の大半が住んでいるはずである、ベッドタウンに存在する店のことをもっと多く採り上げた本があってもいいはずだ。一店あたりのメニュー数も、できれば十以上は紹介してもらいたい。

「健康面への配慮」
 これは自分が糖尿病患者だから言うのだが、カロリー表示のあるグルメガイドはこれから需要が高まっていくだろうと思う。カロリー以外ではアレルギー表示も必要か。栄養バランスへの配慮として、野菜メニューがどのくらい充実しているかも知りたい。精神衛生上の問題として、客を客とも思わないような頑固店主・無愛想な店員がいるような店の場合、できれば「クソ親父」「飯がまずくなりました」などの表記を入れていただけると私はうれしい。

 というわけで、今回『糖尿病記者の外食グルメ術 in tokyo』郡司和夫・内田正幸・相馬昭彦(三五館)という本を読んでみた。二人の糖尿病記者と一人の予備軍ライターによる、糖尿病患者にお薦めの外食スポットを紹介する本なのだが、以上のような評価基準からすると本書はいかなることになるのだろうか。

 まず「取材力」だが、本書に記載されている店のうち六店は、糖尿病専門医師が主催する「食べていいんです会」という、650kcal以下でフルコースディナーを楽しむ会の会場になった店である。つまり「ありもの」なわけである(改めてヒアリングはしたのだろうけど)。それ以外の店は一応取材したようであるが、総数65店というのは、グルメ本としては少なすぎる。二つ飛ばして「量的充実」の問題にいくが、取材対象となった店は、執筆者たちの行きつけの場所なのではないかと思われるのである。官公庁食堂などが入っているのはたぶんそのためだろう。四店しか紹介のないラーメン店の一つが「札幌本舗新宿アイランド店」なのも不思議である。チェーン店だし、繁華街の中心とも言いがたい。しかしこの店が、東京都庁から直近の場所にあることを考えるとうなずけるのである。また、六店紹介がある和食店のうち二つは虎ノ門駅周辺だし、一つはなんと「大戸屋」である。いや大戸屋がいけないとは言わないが、こういうグルメガイドであえて採り上げる必要はないだろう。
「健康面への配慮」という点でいえば、本書の「選定基準」は糖尿病患者向けということもあり、大いに配慮がなされている(と称している)。第一に、カロリー表示があること。第二に、栄養バランスがよく美味しいこと。第三に、自治体が「健康づくり協力店」などに指定していること。第四に、糖尿病患者や専門医が推薦していること。この四点のうち二つを満たす店を紹介しているのである。なるほど、これは大事なことだ。しかし、このうち第三の条件に該当するのはわずか二店だけで、少し物足りない気はする。

 飛ばした「評価のわかりやすさ」「エンターテインメント性」については、まあこんなものか、という感じ。「食べてもいいんです会」の協力店については写真もカラー掲載されていて楽しめるのだが、他の店舗は料理の写真がないものも多く、眺めて楽しむ喜びは薄いのである。文章も総花的な評価を書いたものがほとんどで、なかなか味は想像しづらかった。

 というわけで、本書の総合評価は五段階評価の二というところである。大きな減点対象はやはり「量的充実」と「取材力」の問題。採り上げる店の数はこの倍はあることが望ましいし、地域も首都圏全域に広げる必要がある。できれば全店舗にカロリー表記を必須とし、代替行為として本を楽しむ人のために写真図版をもっと多く掲載すべきだろう。この本の志そのものは決して悪くないと思う。しかし、定価1200円でこれを読者に売るのは、無茶である。この方向性で、もっと充実したガイド本を出してくれる版元は他にないものか。店舗数が200あったら、私なら2000円だって買うけどな。


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ぼくのともだち

ぼくのともだち

「人と並んで歩くと、知らず知らずのうちに相手を壁に押しやる癖」の人がいる。自分の足元しか見ていないせいだ。『ぼくのともだち』の主人公、ヴィクトール・バトンがそれ。

『ぼくのともだち』の発表年は一九二四年。エマニュエル・ボーヴのデビュー作である。彼の作品が邦訳されるのは、これが初めてだ。一九四五年に没した後、ボーヴの名は本国フランスでも一九七〇年代の半ばに再評価されるまで忘れ去られていたという。一九五、六〇年代といえば、フランスの政治参加の季節だったから無理もない。『ぼくのともだち』は、デモの最中に読まれるような、声高の主張を述べた小説ではないのである。

 ここに綴られているのは、ヴィクトール・バトンのかそけき呟きだ。彼はパリの郊外にある、風が吹くと鎧戸が外れてしまうような旧いアパートに住んでいる。収入は、第一次世界大戦に従軍したことで貰うようになった傷痍軍人年金だ。つまり無職なので勤労者である他の住民たちとそりが合わず、いつも「ともだちが欲しい。本当のともだちが」と願っている。本書の中で、彼は幾度かその機会をつかみかける。相手はリュシー・デュノワ、アンリ・ビヤール、船乗りのヌヴー、ムッシュー・ラカーズ、ブランシュといった人々だ。しかし、誰もともだちにはなってくれないのである。ヴィクトールがとんでもなく身勝手な男だからだ。たとえばビヤールに恋人がいると聞けば、醜女であることを願うほどに(恋人が不細工なら、彼の関心を奪えるかもしれないからね)。実際、ビヤールの恋人・ニナを見てヴィクトールは有頂天になる。彼女が下肢障害を持っていたからだ。ひどいよ!
 
 しかしヴィクトールに友人ができない真の理由は、別のところにあるような気もする。実は彼氏、かなりの好色漢なのだ。彼はなかなか鋭い観察眼の持ち主なのだが(緻密な風景描写は、本書の魅力の一つである)、推察するにその能力は異性の鑑賞によって培われたものである。たとえば彼は、牛乳屋の売り子をしている隣人の女性の「フェルトのスリッパには牛乳の染みがある」ことに気づく。彼が「スリッパを履いた女性が好き」「脚が無防備な感じがするから」注意が向くのである。おまけに彼には、目の前の女性が自分を愛しているという妄想を抱く癖がある。先述の下肢障害を持ったニナのことも、彼女がビヤールを棄てて自分の元に走るつもりなのだと一方的に思いこむ始末なのである。つまりともだちは欲しいが愛人はもっと欲しいというわけだ。妄想だけではなく「一度くらい、悲しみを忘れ、羽目をはずして楽しんでも、罰は当たらないだろう」と実践に乗り出すことさえある。純真無垢な人物を想定してページを開いた読者は幻滅するかもしれない。

 ヴィクトールを見ていると、江戸川乱歩(ボーヴよりも四歳年上だった)の猟奇小説に登場する主人公たちを思い出す。乱歩の分身でもある彼らは、一様に社交性を欠く、内向的な人間として描かれた。人と巧く交われない分欲望が内に籠もり、押絵に恋したり人間椅子になったり女優を剥製にしてみたりという爆発に向かってしまったのだ。ヴィクトールにはそこまでの無法さはないが、自滅しようが孤立しようがともだちができなかろうが、おのれのエゴを押し通さずにはいられない生き方は、乱歩の産んだ猟奇の愛好者たちと同族の匂いを感じさせる。彼らは「人を壁に押しやらずには歩けない」人種なのである。「人でなし」なのである。たぶんヴィクトールは、自分がそうした「人でなし」であることを自覚し、諦めている(そうさせたのはたぶん、人類史上初の近代戦争だ)。だからこそアパートに籠もって暮らすのである。蔵に籠った乱歩のように。それでも淋しくて、彼はときどき涙を流す。嫌われ者の鰐だって、小鳥を食べなきゃ生きられない我が身が哀しくて泣くことはあるという。本書でぼそぼそと語られるのは、そうした類の哀しみなのである。(小説すばる)※1

※豊崎由美さんの「書評の愉悦」講座のために書いた原稿。おしまいに「小説すばる」と括弧書きがあるのは、「どの媒体に向けて書いた書評原稿であるか」設定が必要であったため。


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誰も行けない温泉シリーズ

「誰も行けない温泉 命からがら」

inochikaragara


「誰も行けない温泉 前人未湯」


zenjinmitou

「誰も行けない温泉 最後の聖泉」

saigonoseisen

 温泉、という言葉に日本人が抱くイメージというのは、ドリフのババンババンバンバンはあビバビバのあれだと思う。間違っても「決死」とか「遭難」といったイメージを抱くことはないだろう。あと「恥辱」も。そうしたぬるい温泉観をくつがえすのがこのシリーズ。「決死」の覚悟で行って「遭難」寸前になりながら湯に浸かり時には「恥辱」に塗れることさえあるという、実に辛い温泉行の本なのだ。なぜ辛いかというと、誰も行けないような大変な場所にある温泉にわざわざ入ろうとしているから。しなくていい苦労をわざわざする。なぜする。

 全裸の男がガスマスクを着用して温泉に浸かっている表紙写真を見れば本のコンセプトは一目瞭然だ。温泉というのは火山地帯の産物である。したがって、

1)とんでもない山中にある(富山県阿曽原温泉)。

2)時には火口にある(秋田県鬼ヶ城火口の湯)。

3)有毒ガスが噴出していることもある(熊本県すずめ地獄)。

4)クマなどの野生動物に出くわす危険さえある(岩手県安比温泉)。

と、危険は山盛りである。山だけではない。海の岩礁に面した温泉では、

5)波にさらわれる可能性もある(鹿児島県薩摩硫黄島大谷温泉)。

 本当になぜそこまでして温泉に入る。しかも行った先に必ず湯船があるとは限らないのだ。湯船が土砂に埋まって消失していたり、そもそも湯は噴出しているものの湯船にはなっていなかったり、ということはしょっちゅうである。そのたびに作者は、シャベルで穴を掘って即席湯船を作り、湯温が高すぎて入浴不可の時には川の水と合わせて水温を下げ、涙ぐましい努力をして入浴写真を撮っている。ただしそこまでして作った温泉だが、はっきり言ってしまえばただの「温かい水たまり」にすぎない。したがって入浴すると余計に体が汚れることになるのだ。なんのための入浴といえるのか。

 人跡未踏の地で入浴をするというのなら、まだ冒険行として評価する人もいるだろう。だがこの本の中にはもっと情けない温泉も登場する。地図上の温泉表記を頼りに行ってみたら、単なる温かい湧き水で地元の人が野菜を洗うのに使っているだけ、ということもあるのだ。なんと作者はそんな場所でも入浴に挑戦するのである。勇猛果敢だ。でもそれは蛮勇とも言うぞ。

6)かかなくてもいい恥をかく(和歌山県井関温泉)

 というわけで、この本は温泉ガイドとしてはまったく役に立たないが(だって紹介されている温泉には行けないから!)、くだらないことに真面目に挑戦する人が大好きな読者にはたまらない読物といえる。大原さんのギャグが果てしなくつまらないのだけが本書の弱点なのだが、つまらない冗談でも言ってなければこんなたいへんな取材はできないのだと思って大目に見てあげよう。でもさ、何べんも言うけど、なぜ行くの?

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ミミスマ

MIMISUMA
「ミミスマ」

男子中学生「ZONEのどこが美人なんだよ。ホワイトベリーのほうがいいよ

マルチ勧誘員「うん、10万は確かに大金だでも肉体労働をやれば半月で稼げる額でもある。そのくらいの投資で未来が切り開けるなら安いもんだろ

ネット掲示板女「そうそう、どっから来たのかうち(の掲示板)が気に入ったらしく、頻繁にカキコしてたんだけどさー、なんだかことごとく寒いっていうか、自分のことばっかし書いてるんだよねー」

 などなど。この本から、ちょっと気に入った会話の断片を抜き出してみた。マクドナルドで大声張り上げてホワイトベリー(まだ活動してるのかな?)の可愛さを力説する中学生、おめでとうあと10年は童貞だろう君は。マルチの勧誘員の台詞は、応酬話法の基本をばっちり押さえている。「たしかにそうだ」「でもこういう考え方もある」「それならば」目の前の人間がこんな喋り方をしていたらあなたを洗脳しようとしている証拠。有無を言わせず席を立つか、迷わずぶっ飛ばせ! ネット女の「らしく」。これはフィクションでは書けそうで書けないフレーズだ。「らしく」たしかに言うなあ。発音は「ら・し・く」。厭味なほどに刮舌するのが正しい。

『ミミスマ』はアングラ系サブカルチャー誌「裏モノJAPAN」連載を再構成した本だ。街角や喫茶店などで奈良崎コロスケが聴き取った会話の断片を文章に再現したものである。新宿住まいが長かった私には、この中の会話のいくつかは耳にタコができるほどによく聞いたものだった。キャバクラ嬢とそれを狙う中年サラリーマンの同伴出勤中の会話。ああ、よく聞いたよく聞いた。この餃子屋は歌舞伎町にあった餃子房じゃないのか? 「スーパールーズ」の火災現場前に立つ野次馬の会話。そうだそうだ。いたんだよ、野次馬がしばらくの間。当時の私の部下も興味本位で見に行ったらしいから叱ったんだ。だってあの火事の夜、私も歌舞伎町にいたんだから。地下の店から出てきたら靖国通りが消防車で埋め尽くされていてびっくりした。中年サラリーマンがリストラされようとしている会話。この場所にも心当たりがある。喫茶西武だな。そうだ、いるんだよあの辺の喫茶店には。カタギだかなんだかよくわからない変な会社に勤めている連中が。読み進めていくとこの会話を聴いていたのは自分自身なのではないかと錯覚するほどに『ミミスマ』はリアルな内容だ。そう感じるというのは間違いない。奈良崎コロスケは抜群のいい耳をしているということだ(録音はしているのかもしれないけど)。

 清水義範に『ビビンパ』という小説がある。親子四人が焼肉屋で食事をする模様だけを延々と書いた小説だ。誰もがあの会話はリアルだと言う。いかにもありそうな会話だと言う。だが清水は『パスティーシュと透明人間』(新潮文庫)で書いている。『ビビンパ』の会話は、あれでも作為的で説明調のものなのだと。現実の会話をそのまま紙の上に再現しても絶対に小説の会話としては成立しないのだと。『ミミスマ』は、その小説ができないリアルというものの壁を突破した作品なのである。断言してもいいが、この本を読んでリアルな会話の書き方を学ぼうとする小説家が10人はいるね。自分だって機会があったらやりたいもん。たとえば池袋西口公園でナンパされるのを待ち疲れた少女二人が、

ミニモニ娘「超かわいー」
飯田香織似娘「超犬飼いたいー」
――話し疲れたのか、やや沈黙――

 この「話し疲れたのか、やや沈黙」が難しいんだよなあ。

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日本の“珍々”踏切

「日本の“珍々”踏切」

 お寺の境内を横切っている踏切、新幹線が通る踏切、遮断棹が13本もある踏切など、日本全国の珍妙な踏切を集めた本で、ちゃんと路線名、駅名と簡単な地図がついているのが嬉しい。全国踏切マニア(フミキリストというのですと)必読書。

今、日本の主要な路線は立体化、高架化が進められているので、本書で紹介されている踏切の現状も、刻一刻と変化しているのだという。本書の中でも路線が廃止され、用済みとなった踏切の姿が紹介されていた。東京・汐留には日本発の鉄道路線の史跡として残されている踏切もあるそうだが、本来の用途を失った踏切はやはり淋しいものだ。赤瀬川源平の提唱した「トマソン」だね、つまり。そうまでして生きながらえて、果たして嬉しいのか踏切よ。え、どうなのだ。

 珍踏切のほか、いわゆる「開かずの踏切」も紹介されていて、そのくだりは鉄道の今をとらえたルポルタージュとして読んでもおもしろい。鉄道にまったく関心のない人でも楽しく読める好著だ。

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人生は3つ数えてちょうどいい

「人生は3つ数えてちょうどいい」

 和田京平とは、全日本プロレスの旗揚げ直後からリング屋として巡業に加わり、やがてレフェリーとして試合を裁くことになった人物。フォール姿勢に入った選手の上を跳び越してのカウントインなど、切れのいい動作のレフェリングがファンの人気を呼び、メインレフェリーの座をジョー樋口から引き継いだ後は、試合前のコール時に選手以上の歓声が湧くようになった。彼のレフェリング術は、3章にたっぷり紹介されている。本の後半ではジャイアント馬場没後の元子夫人と三沢光晴一派との確執についても語られており、全日本プロレス分裂当時にファンの頭に浮かんだ疑問符の一つ一つを解きほぐすというわけにはいかないが、一読の価値はある。

 全日本プロレスファンとしては、付き人を務めたジャイアント馬場、親しかった天龍源一郎、若手のころから成長を眺めてきた三沢光晴など、トップレスラーのプロフィールがふんだんに紹介されているのがもう一つの読みどころ。

 しかし、なんといってもジャンボ鶴田のエピソードが最高である。どの話をとってもいかにも鶴田らしく、その場面が目に浮かんできてしまう。天才のなせるわざかどんな試合でも常に余裕たっぷりの試合運びで、「ノリに任せて時には次にこの技をやりますよ、なんてことをわざわざ相手につい教えてしまう」こともあり「はい、俺は次はチョップをやっちゃうよ。そしたらエルボーだよ」と試合中に口に出してしまう。左腕を攻められた後に逆転勝ちを収めたときなど、ついつい相手の攻めのことを忘れて左腕で勝ち名乗りを受けてしまい、慌てた京平レフェリーに「ジャンボ、腕、腕……」と囁かれ慌てて「ハイ? 左手、痛かったねえ? 痛い痛い!」とわざとらしく痛がってみせるというのだから、対戦相手はたまったものではない。

 伝説の長州力との60分フルタイムドロー試合の後も、長州がコメントも出せずにへばりこんでいたのに対し、ジャンボは「さあシャワーでも浴びるか!」と爽快な表情だったというのである。天龍が「京平ちゃん、ジャンボをどうしたら怒らせることができるんだろう?」と思い悩むのも無理はないし、馬場が後継者選びに際して「どんなに大学出の(頭のいい)奴でも、プロレスを心底好きな奴にはかなわないだろう?(天龍のこと)」と呟きたくなった気持ちもよくわかる。そんな鶴田のナイスな秘密が一つ。彼はデビュー当時、ジャーマンスープレックスを得意技としていたのだが、いつしか使わなくなり、代わりにバックドロップをフィニッシュホールドにするようになった。同じようにスープレックスを封印したレスラーに藤波辰爾(ドラゴンスープレックス)がいるが、彼の場合は持病の腰痛が原因である。ところが京平によれば、鶴田がジャーマンを封印した理由は「頭をマットにこすって髪の毛がなくなるのがイヤだったから」だというのだから恐れ入る。ジャンボイズム炸裂である。

 衝撃的だったのは京平のあだ名である「カッパ」について。その名前を聞くたびにレフェリーの頭頂部のあたりを思い浮かべて、なるほどな、と納得していた人間は全員懺悔しなければならない。なぜならば「カッパ」とは「カップ」のことであり京平の淹れるコーヒーを心待ちにしていた外国人レスラーたちがそう呼び始めたのが定着したというのが語源だからである。くれぐれもアデランス関係と混同してはいけない。埼玉県最強の主婦、北斗晶あたりにも周知徹底しなければならないのである。

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工学部・水柿助教授の逡巡

「工学部・水柿助教授の逡巡」

 森博嗣ファンの気持を長州力風に代弁すると、何がやりたいんだコラ! ということだと思う。あ、いや、やりたいことは明確なんですけどね。フィクションの中で言葉を玩ぶこと、それ自体がやりたかったはずである。赤川次郎の対偶をいく、作者の独白が続いて読者の没入を阻む導入部であるとか、ちょっとでも気取りがあったら書けないであろう駄洒落遊びであるとか、内容をまったく反映しない各話の題名であるとか、要するにふざけているのである。徹頭徹尾ふざける。それがこの小説の目的だ。前作の『工学部・水柿助教授の日常』が、「日常の謎」を題材にしたミステリー風小説だったので、それを期待して読む人をはぐらかす意図の小説でもある。また作者の分身に見える人物を主人公とし、これはモデル小説なんだ、変形の私小説なんだ、と思い込んだ読者をおちょくるための小説でもある。

 他人がふざけているのを見て、そのふざけぶりをおかしく感じるか、鬱陶しく感じるか、それは相性の問題だ。したがって一話を読んで鬱陶しく感じた人は無理して先に進まずに本を閉じ、森博嗣のもっと真面目な作品を読んだほうがいいと思う。無理して読んじゃ体に毒だよ。 森博嗣がふざけているのを見て、ああ、森さんはふざけとるわい、あはは、と笑えた人のみ、本書を読み通すことができる。247ページに感心した一節があって、それはこの小説の虚構性を的確に表現しているのだけど、もしかするとネタばらしになってしまうかもしれないのでここには書かない。小説を読んで、なんとなく釈然としない思いを抱いた人だけ、そのページの1行目から読み返してごらんなさい。ああ、そういうことだったのかと、視界の靄が晴れる思いがするから。

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ナンシー関の「小耳にはさもう」ファイナル・カット

「ナンシー関の「小耳にはさもう」ファイナル・カット」

まだこんなにあったんだ!

2002年6月に40歳の誕生日を目前にして亡くなった不世出のコラムニスト、ナンシー関の単行本未収録コラム集である。すべて週刊朝日「小耳にはさもう」の連載原稿で、壱の章が死の直前の連載原稿(2002年分)、弐の章が93年から2001年にかけての分で、なんらかの理由で単行本に収められなかった原稿である。

気になるのは弐の章でしょう。なんで単行本に入れなかったの? 95年4月7日号は麻原彰晃が「わたしはー、やっていないー、けっぱくだー」と訴えている件についてなので、雑誌側がなんらかの配慮をしたものと考えることもできるが、その他にそういう配慮が見えるコラムはない(麻原の直後にナンシー関は上祐史浩も扱っている)。当時朝日新聞社のUNO編集長だった花田紀凱がテレビ出演をしたことをおちょくった回も未収録になっていたのが、これなんかはもしかすると出版社事情の差し止めかも(98年3月27日号)。それ以外に単行本化を止める理由のあるコラムはないようである。ちなみに未収録になった中でいちばん多いのは誰の回かというと、和泉節子(元彌の母)が3回でいちばん多いが、これはいずれも2002年のコラムなので単行本に間に合わなかっただけだろう。それ以前のものでは大橋巨泉と高知東生が2回ずつ。これにもたいして意味はないようだ。

次に、いつのコラムが収められていないのか確認してみた。すると意外なことがわかる。第1集『小耳にはさもう』(93~94)の未収録が連載1回分、第2集『聞いて極楽』(94~95)が2回分、第3集『聞く猿』(95~97)が5回とだんだん増えていき、第4集の『耳部長』(97~99)では29回分も抜け落ちているのだ(第5集の『秘宝耳』以降は激減する)。とくに98年の連載分が多く、25回分も抜けている。

時評のコラムを本にまとめるにしては異常な事態ではないか(今までリアルタイムで本を買っていて気づかなかった私もファンとして問題ありだが)。週刊文春連載の『テレビ消灯時間』の98年分は別にカットされてないのに。ナンシー関と週刊朝日、何かあったのか。謎は深まるばかりでございます。事情通の方教えてください(内部からのリーク歓迎)。

それにしても週刊文春と週刊朝日両方に連載していたんだねえ、ナンシー関。馳星周が今週刊アサヒ芸能と週刊大衆の両方に連載を持っているが、あれよりもすごいライバル関係の2誌だ。そうだ、ナンシー関は週刊アサヒ芸能の浅草キッド連載にもカットをつけていたのだから、三誌制覇か。ちなみに「テレビ消灯時間」で最後に採り上げたのはワールドカップがらみの妙な外国人、「小耳にはさもう」は辻仁成だ。辻仁成にイーッとなったまま逝っちゃったのかなあ。それは可哀想だ。辻仁成が悪いわけではないけど。

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武藤敬司自叙伝

武藤敬司自叙伝

 天才プロレスラー武藤敬司の自叙伝。自叙といっても聞き書きでライターがまとめていることは明らか。人名表記が、武藤の口調になっているもんね。ダニー・クロパット→クロファット、キャビン・サリバン→ケビンが日本における一般的な表記である。

 武藤ファンなら読むべき本だが、スキャンダラスな話題はあまりない。新日本プロレスを離脱する直前にはかなり煩悶があったはずなのに、そのへんはあっさりと流してしまっている。しかし下半身話などの下世話な話題は多いので、楽しめるはずである。レスラー目当てのグルーピーをリング・ラッツというらしいが(ミスター・ヒトはアリーナ・ラッツと呼んでいた)、同行していたケンドー・ナガサキと二人組の女の子をナンパして部屋に連れ込んだら、それが実はオカマでナガサキがシャワー室から全裸で飛び出してきた事件とか、23歳のときに17歳の高校生とできてしまった話とか(今の日本はもちろん当時のアメリカでも犯罪だ)、おおらかに語られていて、細かいことにこだわらない武藤らしい。ちなみに初体験は仙台柔道専門学校時代にソープランドで済ませたそうである。

 細かいことにこだわらないといえば、新日本時代の武藤は後輩レスラーに関心がないことで知られていた。そのためかプロレス界特有の、いわゆる「かわいがり」はしなかったそうなのだが、同僚レスラーの「H」は空気銃で寝ている新弟子の顔を撃つなど、やんちゃの限りを尽くしたとか。「H」って伏字になっているけど、その前の段落で「橋本真也」って書いてあるから、正体は丸わかりです。

 あと、新日本時代の武藤といえば「顔はいいけど頭がちょっと」で、中西あたりにアルゼンチン・バックブリーカーで抱え上げられたりすると、背骨よりもむしろ掴まれている頭髪へのダメージが心配になるほどだった。当時の武藤は完全なベビーフェイスだったので、頭髪問題についてはテレビ朝日の実況中継でも語るのがタブーになっている感じがあった。その辺について本人は自分でも気にしていたらしく養毛剤を試していたことも告白。アメリカでは観客に「ムタ・ニーズ・ロゲイン!」とのプラカードを出されたとのことである。その結果開き直ってスキンヘッドにしてしまったわけですね。

 もう一つ気がつくのは、アントニオ猪木に対するコメントがほとんど無いこと。猪木初対面の印象も「うわあ、ブラウン管で見るアントニオ猪木と同じだよ」と感動したのも束の間、公称192センチの猪木に対して「あれ、俺より低いじゃん!!」と失礼千万にも驚いたりしている。武藤は公称188センチだから、やんわりと暴露しているわけだ。やはりこの人は猪木チルドレンではないし、移籍すべくして全日本に移籍したのである。

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地獄のアングル

地獄のアングル

プロレス・マスコミのボートピープル・ジョー、ターザン山本!は言う。「12月は暴露本の季節ですよ!」と。たしかに2003年のミスター高橋、2004年の高田延彦ときて、2005年には永島勝司のこの本『地獄のアングル』が発売された。永島勝司氏はプロレスファンならご存じのとおり、東京スポーツ記者時代にアントニオ猪木によってスカウトされ、新日本プロレスに入社。一連の東京ドーム興行を成立させた、裏の立役者だ。猪木の無茶な注文を実現させた(そして無茶を抑え込んだ)という点では、昭和の新間寿に比肩すべき業績を残している。その永島氏が新日本を退社し、長州力とともに“夢の”新プロレス団体を旗揚げした。それがWJプロレスである。しかし夢はたちまち悪夢となり、団体は一年ももたずに失速。永島氏は還暦過ぎにして1億近い(と噂される)借金を背負うことになる。本書はその顛末について語った本である。

ターザンの定義はともかく、本書にスキャンダル本の刺激を求めすぎると失望するかもしれない。「暴露本」と呼ぶには悪意の少ない本だからだ。たとえば、長年の関係にもかかわらず永島氏をあっさり見捨てた猪木に対しても怨み節を連ねることは可能なはずなのに、筆致は意外にあっさりしている。それどころか、いよいよWJ崩壊間近というときに猪木が永島氏に対して「今度さ、長州も連れてこいよ。三人で一緒に飲もうぜ」と救いの手を差しのべたという度量の広さが感じられる抜群のエピソードさえ紹介されているのである。同じようにWJ崩壊の原因を作った長州力、離脱者である佐々木健介、中島勝彦への繰言もほとんど無い。内部告発で団体のとどめをさした谷津嘉章、ジャイアント落合死亡事件で根拠のないWJ攻撃をした佐竹雅昭についてはさすがに批判的なことが書かれているが、まあ、それは仕方ないでしょう。あと噂される浪費癖(会社訪問の手土産にマスクメロンをいちいち持参していたという)福田社長批判も穏やかなものなのだけど、きっとこれは法廷闘争があるんだろうね。

それより可笑しいのは、永島氏がWJフロントの駄目さぶりを振り返る自虐話の数々だ。伝説の珍興行「X-1」の失敗話など、何をそこまでというようなほど緻密に分析が行われていて、逆に感動してしまう。「なぜ、レベルの低すぎる選手たちが集まったのか」「なぜ、レフェリーは極端に手際が悪かったのか」「なぜ、金網が途中で壊れてしまったのか」「なぜ、会場はガラガラだったのか」「なぜ、長州は会場で一言もコメントを出さずに姿を消したのか」など、その分析を事前にやっておかなかったことが信じられないというようなことばかりで、本当に珍妙だ。新入社員にひとりひとり読ませて反面教師にさせたいような内容である。ブッカーのブライアン・ジョンストンと事前に一回しか打ち合わせをしておらず、出場選手のプロモ・ビデオすら取り寄せてなかったという杜撰さには呆然とするしかない。失敗したなあ、こんなことなら行けばよかったよ「X-1」。

「紙のプロレス」誌上で矢口壹狼選手は、WJからの去就について聞かれて「今いちばん注目されている団体。このチャンスを逃す手は無い」という趣旨の、実に前向きなコメントを残していたが、これは最後まで踏みとどまった選手たちの総意でもあったろう。にもかかわらず団体は崩壊してしまった。選手にいくらやる気があっても、借金が嵩めばしょうがないです。しかし救いなのは永島氏に借金に対する健全な姿勢が見られること。例に出すのは気がひけるが、FMW社長だった故・荒井昌一氏のように会社倒産と同時に命まで失ってしまうというのは、社会人としては問題のある行動だと思う(『倒産! FMW』参照)。どんなに金が無くても債権者からの携帯電話着信には必ず答える永島氏の態度は、実に潔く、見習うべきだと思うのだ。

そんなわけで、永島氏救済のためにもぜひ買ってあげてください。永島氏って、ブッシュに利用されるだけ利用されて首を切られたパウエル元国務長官にもそっくりだし、ってそれは本を薦める理由になってないか。

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奇跡も語る者がいなければ

奇跡も語る者がいなければ

 静謐なプロローグ。読者の眼前には今まさに眠りに就こうとする街の全景が描き出される。街のあちこちで鳴り響く警報器の音が、まるで人手の足りない孤児院で泣きわめく赤ん坊の声のよう。おっと、やるなあ。騒音にまみれた街の情景が活写されているじゃないか。このくだりだけで、『奇跡も語る者がいなければ』の作者、ジョン・マグレガーが卓抜な比喩の使い手であることがわかる。

 続いて、とある通りで起きた事件を描く断章が挟まれる。ただし、事件のあらましについてはまったく語られることがない。作者は、もどかしいほどの遅さで事件に至るまでの一日の出来事を書き綴っていく。その中で少しずつ情報が明かされるのだ。ここが貧しい地区で、非白人や学生の住人が多いこと、この日が英国の学制ではは年度の最終日であること、などなど。でも事件についてはゼロ。

 実は、作者はもう一筋の別の語りを準備している。事件の目撃者である「わたし」の、事件から三年後の物語だ。これがまたもどかしい。彼女は何かの問題を抱えているようなのだが、それが何か、一向に語ろうとしないからである。結局全体の三分の一まで読み進めたときに問題の正体は明らかになる。だが今度は三年前の事件と現在との関連性がわからない。作者はなぜ二つの時を並列で語ろうとするのか。これがおそらく読者に提示された最大の謎だろう。

 ただし推理は可能である。たとえば、現在の物語の主人公は自分の過失で手に怪我をするが、三年前の物語にも手に火傷を負った男が登場する。二つの物語は音楽で言うところの対位法、すなわち主旋律を副旋律が補う方式で綴られているのだ。ここで効いてくるのが作者の比喩の力。通りの住人は漫然と造形されたわけではなく、それぞれが隠喩的な意味を担っている。その隠喩こそ主副の物語の交差を示す鍵なのである。それを頼りに、ミステリーよろしく頭を働かせつつ読むこと。間違っても解説から読んだりしちゃだめだぜ。

 謎に物語を牽引させるという手練の技を駆使する作者だが、二〇〇二年の本書がデビュー作。にもかかわらず、これでサマセット・モーム賞とベティ・トラスク賞をダブル受賞した。この小説はイギリス人なら誰でも知っているある事件から想を得て書かれたものらしい。しかし、そんなことを日本人読者は知らなくてよろしい。単一の着想にすべて還元できるほど底の浅い物語ではないからである。

 本書の登場人物は、ほとんどが名無しの存在だ。冒頭の情景が無名の人々の眠る街の情景であったこともそこにつながっていて、作者はこの小説から固有名詞の特異性を可能なかぎり消し去っている。どこの誰にでも起こりうる出来事として、これを物語るためだ。個人を超越したものについて語るからこそ、本書には奇跡の二文字が冠されたのである。恋人が死んだりエイズに罹ったり、我が身の不幸「だけ」を泣き叫ぶ小説に飽きた読者にぜひともお薦めしたい。

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マミー、そばにいて

マミー、そばにいて

 著者は、2003年3月15日にがんのために亡くなったプロレスラー・冬木弘道の妻。冬木の死後、冬木軍プロモーションの代表取締役社長として表舞台にも顔を出していたので、一部のプロレスファンにはおなじみ。

 私は冬木弘道というレスラーが好きで、二冊ある彼の著書も読んでいる。冬木薫氏はもともとプロレスファンではないとあって、プロレス側の描写はほとんど無く、ここで語られる冬木弘道像は子煩悩で内弁慶な家庭人である。冬木は理不尽大王を名乗っているけど本当はいい人! というコンセンサスがファンの間には広まっているので、意外性はほとんどない。

 後半で語られている闘病生活は凄絶で、特に最初の直腸がん手術の話は読んでいるほうが眩暈を起こすほど。へそからメスを入れて、文字通り尻を半分に割ってしまい、そこから直腸を摘出するのだ。うわっ、今年は絶対にがん検診受けようと思った。手術のあと、抗がん剤治療がいやで、インチキ民間治療にはまりまくった話も冬木の本質である気の小ささ(興行を見た人にはわかるけど、ものすごい照れ屋だった)が現れている。都内の本業は宝石屋のインチキ治療師、誰だろう。指圧でがんは治りませんから。みなさんも気をつけてね。

 終盤に出てくる破壊王こと橋本真也がやたらとかっこよく、後書きでも橋本とZERO-ONE(橋本のプロレス団体)に謝辞が捧げられているのだが、この本が出た時点で橋本はZERO-ONEを離脱してしまったのだった。その背景には女性問題があるとの噂も。残念。

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食い意地クン

食い意地クン

 椎名誠は友人沢野ひとしが食事をするさまを指して、「食い込む」と表現した。のこぎりが切断しようとする木の面にぐいはまっていく感じ。私は久住昌之の食事のさまを、「食い急ぐ」と表現したい。「生き急ぐ」という言葉があるが、あの食事版。志なかばで斃れた高杉晋作のように、「食い急ぐ」。高杉晋作は明治の夜明けを見ずに亡くなったが、久住昌之は「鰻重」を七割方食べたところで食欲を満足させてしまうのである。「食い急ぐ」からだ。

 当代随一の食エッセイスト、東海林さだおが漫画・文章を通じて使っている表現に「アグアグアグ」がある。ものを咀嚼する音だ。誰も東海林以前に「アグアグアグ」とものを食べた人はいなかったはずだ(ちなみにビールは「ウグウグウグ」)。久住の食表現で好きなのは「吸い食い」というやつだ。食い意地のあまり、口が迎えに行く。おなかが空いているから「ねこまんま」だって吸い食いしちゃう。下品だ。わかっていても停まらない。

 このエッセイ集は「問題小説」に連載中の「食い意地」の単行本化で、イラストが差し替えられるなど、若干の加筆修正がされている。毎号楽しみに読んでいる連載なので、この単行本化は非常に嬉しい。全二十八篇、食い急ぐさまをぜひご覧頂きたい。

 私は久住エッセイの真面目な読者ではないが、泉昌之ユニットで久住さんが出てこられたころから続けて読んでいる。泉昌之漫画の原作をやっておられたころは、「ボク」という一人称の似合う印象だったのに、単独活動になられてからは「俺」の人になられたのでちょっとびっくりした。この本でもかなりの俺主張があり、そこが可笑しい。「納豆のおいしさがわからないなんて、日本語が通じないようなもんだ」とかね。俺語りでありながら、自分がそこまで偉い人ではないということを自覚する節操もあり、したがって読後感はすっきり。一言で言えばこなれがよくて、腹が減ります。読後、午前五時だったのにそのまま走って立ち食いそば屋に行ってしまった。食い意地爆発。

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アジアのいかしたTシャツ

「アジアのいかしたTシャツ」http://sunao.s2.xrea.com/の単行本化。

 アジアのうさんくさいマーケットを歩いていると、怪しいプリントTシャツに出会うことが多々ある。ピカチューやドラえもんのばちものTシャツなどは定番。うちにあるTシャツでも、ピカチューがシンナーを吸ってラリっている「トケモン」というものがある。

 この本は、そうしたプリントTシャツのうち、あまりのセンスの突飛さに「いかしてるぅ」と唸らされてしまう物件を写真つきで紹介するものだ。たいがいが雑誌記事や商標などから無断で転載されたもので、元の日本語の意味を無視したデザイン柄として言葉が扱われているのである。日本人なら絶対に採用しようとしないであろうセンスが抜群。定価1000円は正直高いのだが、一唸り100円として、10唸りでもできれば元はとれるのではないか。私が唸らされたのは、

1:「宝生舞のサンダル」(アイドル系グラビア雑誌のプレゼントコーナーキャプションから抽出された模様)
2:柳葉敏郎のインタビューコメントがそのままプリント(長文につき自分で確かめてください)
3:「しょうじょだいすき」(逮捕します、というコメントが可笑しい)

 といったTシャツ。あと「レディーの参考書女性セブン」というTシャツは自分で着てみてもいいなと思いました。

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