【落語会報告】20160727根津特選落語会・立川流兄弟会

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 7月27日の落語会夜の部は、第一回立川流兄弟会である。もともと根津特選落語会という企画自体が、故・立川談志が晩年をこの地で過ごしたことから生まれたものだった。せっかく立川流と深い縁があるというのに、現在は落語会が行われていない。それはあまりにももったいないということから、根津にもう一度落語会の文化を根付かせたいという希望が出て、ちょっとしたご縁から私にお声がかかった次第である。

 本来は立川流高弟3名、土橋亭里う馬、立川左談次、立川談四楼の3師が出演の予定だったのだが、直前になって左談次師が検査入院されたため、二人会の形になった。

 以下は演目。

 一、元犬 只四楼
 一、権助魚 里う馬
 一、ぼんぼん唄 談四楼

 仲入り

 一、対談「あのころの談志一門」 里う馬・談四楼
 一、へっつい幽霊 里う馬

 この日のお客様はほどがよく、おそらくは演者にとって最もやりやすい雰囲気だったのではないかと思う。何を言っても笑うような感じではなく、勘所をわきまえたところでどっと受ける感じ。第二回以降もぜひお越しいただきたいものだ、と会場の隅で密かに思った。

 ぼんぼん唄は珍しい噺だが談四楼落語夏の定番で、地元のお客様へのサービスだろうか。後半、女房が子供を返すのはいやだとごねるところなどに、濃い情が感じられた。へっつい幽霊は三代目三木助を彷彿とさせる型で「塀越しの話だから間違ってたらごめんなさいよ」と熊が入ってくるところなどはぞくりとするような凄みがあってよかった。権助魚は、権助の山だしの言葉がたまらなく笑いを誘う演出である。

 トークの内容については、今のところ会場にいらっしゃった方だけのお楽しみということで一つ。いずれ回を重ねてまとまってきたら、別の展開も考えたいと思う。

 次回は会場・演者などの手配がうまくつけば11月開催の予定である。どうぞご期待ください。

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【落語会報告】20160727根津特選落語会・おいしいらくご台所

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 仕事のかたわら、というかやがてはきちんとした仕事になればいいと思いながら落語会のお手伝いを始めて3年近くなる。去る7月27日、ついに100人規模の会場に進出した。文京区立不忍通りふれあい館という施設で、昼夜2興行を手がけたのである。今回はそのご報告をさせてもらいたい。

 昼興行は「おいしいらくご台所」と題して、柳家花緑一門のお弟子さんたちにご出演を願った。春に真打昇進を果たした台所おさんさんが主任、開口一番にはやはり5月に二ツ目昇進したばかりの柳家圭花、そして柳家花ん謝、柳家緑太という布陣である。

 演目は以下のとおり。

一、トーク おさん
一、初天神 圭花
一、ろくろっ首 花ん謝

 仲入り

一、町内の若い衆 緑太
一、三軒長屋 おさん

 冒頭のトークには私も呼び出されてちょっと参加した。あえてトークを入れたのは、花ん謝さんが別の仕事から移動してくるためで、ちょっと時間稼ぎの意味もあったのである。圭花さんが団子で落とさず凧まで「初天神」を演じたのもそのためだ。子供の可愛い、よい初天神でした。

 花ん謝さんは急ぎでやってきて汗をかいたことを枕にろくろっ首へ。素っ頓狂な松公(与太郎)で楽しい。仲入りを挟んで緑太さんの町内の若い衆は考え落ちの噺だが、すっきりして感じがよく、同行した子供はこれがいちばんおもしろかったと言っていた。

 おさんさんは三軒長屋を最後まで。真打昇進からこのかた、自分のものにするためにあえて大きな噺に挑戦しているように見える。この日の三軒長屋は建物の空間がよくわかるような演出で、聞きやすかった。役者として劇場の舞台に立った経験が活かされているのかな、などと思う。

 平日の昼間で心配されたが、蓋を開けてみればまずまずの入り。とりあえずは胸を撫で下ろした興行だった。ご一門にはまたぜひ根津に来ていただきたい。

(続く)


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ひさしぶりに落語会のはしご 田原町~落語協会

 ブログではおひさしぶりです。最近もそれなりに真面目に仕事をしておりまして、8月に本が出ます。これまであまり出してこなかった分野の本ですので、お楽しみに。今回は、日々のつれづれをメモ風に。

 土日はあまり趣味の外出はしないようにしているのだが、昨日は書いても書いても終わらなかった文庫解説原稿を徹夜して終わらせたということと、家族がそれぞれの用事で出かけていたということもあってひさしぶりに自分に許可を出した。落語成分の補給である。


 昼頃に起きだして、まずは浅草ことぶ季亭(銀座線田原町駅)にて立川談幸さんの独演会にうかがう。以前から気になっていた(案内に着物の方割引がある)談幸さんの定期会である。場所がよくわからず10分ほど遅刻した。マンションの一室を舞台ありの部屋に作り変えた貸席で定員は30名ほどか。演目は、だくだく/品川心中/子別れの三席で、子別れは亀ちゃんが愛らしくてよかった。番頭さんが鰻屋で間に入って口をきく形で、落ちに改変がある。談幸さんのオリジナルだと思うが自信なし。


 終わってしばし街を散策し、次の会をどうするか検討した。可能な限りはしごをするつもりである。本当は午前中に雑司ヶ谷で三遊亭ぴっかり☆の会があったのでそちらにも顔を出したかったが、徹夜明けでさすがに無理だった。目当ての会はいくつかあったが、最終的には落語協会の二階で行われている「初演の会」に行くことにする。17時から受付開始で、事務所の前に行くと立川談四楼さんの下北沢でよくお会いするAさんがいらっしゃった。Aさんはこの会の常連である。


 毎回三題噺が宿題になっていて、それを始めに披露、それから演者が初演、もしくは蔵出しの噺をそれぞれ演じるという形式らしい。今回の三題噺当番は馬桜で「脱線事故/台所/お蔵入り」の宿題であった。次回は「クマモン/夏祭り/三度笠」ということに決まった。演目は、真田小僧 はな平/夏泥 菊生/小言幸兵衛 馬桜で、この最後の小言幸兵衛が非常によかった。馬桜さんはご案内のとおり元・立川談生であり、家元談志に小言幸兵衛の稽古をつけてもらった思い出をまくらにされていた。幸兵衛のモノローグから始まる導入がよく、口調だけでおなか一杯となる。


 終演後は打ち上げがあるとのこと。Aさんに誘っていただき、少し迷ったがまぜていただいた。実は19時半から千駄木で行われている入船亭遊京さんの勉強会を覗いて、そのあとは末広深夜寄席、という肚づもりもあったのだ。しかしツイッターで見ると、遊京さんの会は途中入場ができないとのこと。おそらくは会場の都合で仕方ない。小言幸兵衛でじゅうぶん満足していたこともあり、ここは卑しく数を聞くことにこだわるのは止めようと思い、落語会巡りは中断した。


 帰宅しつつメールを見ると、かねてより落語会をお願いしたいと思っていた方から、出演希望の連絡をいただいていた。しめこの兎である。大歓迎で一人会ですか、二人会ですか、とお聞きすると二人会をご希望で、他の二つ目を連れてきていただけるとのこと。言葉は悪いがまるで友釣りで、たいへんありがたい仕儀と相成った。
早々に床に就き、いつも通り夢も見ずにぐっすり眠る。

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JAL機内誌の連載が最終回を迎えました

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2015年12月号で執筆の最終回を迎えたJAL機内誌「SKYWARD」エッセイ欄、1冊の本を切り口にして、国内・海外の旅行の記憶、そしてその月らしい話題を語るという三題噺的な縛りの連載でした。私の当番は終わりましたが、欄自体はまだ続きます(と思う)。どうぞご贔屓に。

下記に、この欄でとりあげた本たちをリストにします。海外と国内の作品をほぼ交互に紹介しておりました。

2014年10月
ローラ・インガルス『大きな森の小さな家』(福音館書店)
2014年11月
梶よう子『お伊勢ものがたり』(集英社)
2014年12月
ジャック・ロンドン『柴田元幸翻訳叢書 火を熾す』(スイッチ・パブリッシング)
2015年1月
福沢諭吉『福翁自伝』(岩波文庫)
2015年2月
レーナ・レヘトライネン『氷の娘』(創元推理文庫)
2015年3月
森沢明子『異本源氏物語 先年の黙』(創元推理文庫)
2015年4月
増田俊也『七帝柔道記』(角川書店)
2015年5月
ジェフリー・ユージェニデス『マリッジ・プロット』(早川書房)
2015年6月
恩田陸『月の裏側』(幻冬舎文庫)
2015年7月
ルー・バーニー『ガットショット・ストレート』(イースト・プレス)
2015年8月
川端裕人『リョウ&ナオ』(光村図書出版)
2015年9月
トーベ・ヤンソン『ムーミンパパ海へ行く』(講談社文庫)
2015年10月
伊集院静『ノボさん』(講談社)
2015年11月
J・D・サリンジャー『フラニーとズーイ』(新潮文庫)
2015年12月
アガサ・クリスティー『ポアロのクリスマス』(クリスティー文庫)

「クリスマスにクリスティーを」とやるつもりだったのに、最初の年に忘れていて、こっそり慌てました。というのもこの連載、3ヶ月ごとの更新だったので、次のクリスマスまで首がもつか、わからなかったからです。でも幸い、他に候補者が見つからなかったのか、無事に2回目のクリスマスを迎えることができました。読んでくださったみなさまのおかげです。

本は毎回、その月にふさわしい内容のものを、と考えて決めました。新嘗祭、焚火、夏休みなど、一応それらしくはなったと思いますが、いかがでしょうか。いちばん苦労したのは、この選書でした。

私は普段、自分語りをしない方針なので、こうやって自分のことを話しながら本について書くのは、実はたいへん難しかったです。たいへん勉強になりました。機会を与えていただいて、感謝申し上げております。またこういう形の連載を、どこかでやれればいいのですが。


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珍しくフランス週間「読書の秋2015」・その1 セリ・ノワール対談

 数ヶ月前にEU各国の文化部や広報部の担当者が集まる会合に招かれ、日本の海外ミステリー翻訳史について簡単な講演をしてきた。ミステリーを通じての国際交流が少しでも深まれば、という考えである。

 それからしばらくして、フランス大使館文化部のご担当者から、「秋にピエール・ルメートルが来日するので、日本作家をゲストでお呼びするのにアドバイスをしてほしい」という旨の連絡メールを頂戴した。ほとんど何もしていないのだが、面識のある法月綸太郎さんとの交渉の仲介だけはやらせてもらい、10月31日に東京で藤田宜永さん、11月2日に名古屋で中村文則さん、4日に京都で法月さん、という対談の組み合わせが決まった。

 並行して連絡があり、「セリ・ノワール叢書の編集人と友人の作家が来日するので、その対談の司会をしてくれないか」という話があった。もちろんこれも喜んで引き受けた。喜んで引き受けすぎて、後から「あのー。言語が不如意なのですが、同時通訳は入れていただけるのでしょうか」と間抜けなメールを送ってしまったほどだった。

 セリ・ノワール叢書は1945年に刊行された、現時点では世界最古のミステリー叢書である。初代マルセル・デュアメル、二代ロベルト・スウラを経て、三代目には作家のパトリック・レナルが着任した。そのアシスタントを務めていたオウレアン・マッソンが、レナルの離脱を機に四代目編集長の座に就いたのが2005年のことである。以来10年間、マッソンは、セリ・ノワールを率いるボスとして辣腕を振るい続けている。日本には紹介されていないが、重厚長大な作風で知られるDOAなどに執筆の舞台を与え、カリル・フェレというベストセラー作家も育てた。映画「ケープタウン」の原作「Zulu]の著者である。

 トークイベントのもう一人のゲストであるセバスチャン・レゼーはマッソンの友人だ。才能を見込んだマッソンは、レゼーが自作を書き上げるまでの生活手段としてガリマール社の翻訳部に籍を置かせ、英語からフランス語への翻訳紹介を担当させた。レゼーはアジアを放浪した後で京都に行きつき、そこに今も住んでいる。彼の愛読書は『葉隠』で、2008年にはフランス語への翻訳も担当した。左腕には「葉隠」の文字のタトゥーも入っている。レゼーが2015年5月にセリ・ノワール叢書の一冊として発表したデビュー作L'alignement des équinoxesは、『五輪書』を読んで宮本武蔵に私淑した女性が、パリで純日本風の生活をしながら精神修養を収めるという話らしい。主人公のカレンは、日本刀で闘うのだ。

 イベントは最初、11月4日開催とされていた。しかし、無理を言って11月6日に変えてもらった。4日は京都に、法月×ルメートル対談を聴きにいくつもりだったからだ。無理は聞き入れられ、日程は6日に決まった。

 そこからマッソン、レゼーとのメールによる打ち合わせが始まったのだが、困った事態が出来した。パンクスを標榜するマッソンが「セッションのように、ぶっつけ本番で起きるものを大事にしたい」と言い出して、細かい段取りを事前に決めることを拒んできたのだ。そう言われれば従うしかない。とりあえず私からは「こういう作家について話をしたい」とのみ伝え、当日を待った。

 11月6日、後述するが前日まで京都にいた私は疲労の極致といってもいい状態で(無用の運動をしてしまったからで、自業自得なのだが)、そのため逆に肩の力が抜けた状態になっていた。とりあえずセリ・ノワール叢書の全リストと、J・P・シュヴェイアウゼール『ロマン・ノワール』(平岡敦訳/白水社文庫クセジュ)などを参照にした年表だけを手元資料として持参した。イベント時には出さなかったが、実は言及できたらしたかったフランス・ミステリーの訳書なども用意していたのである。しかしマッソンが「セリ・ノワールの歴史についてはあなたのほうが詳しい。私が知っているのは今自分が携わっている本や作家のことだけだ」と冒頭に言ったので、これらの資料はほとんど使わずに終わった。

 そんなわけで結構不安材料を抱えていたトークイベントだったのだが、実際には大過なく終わることができた。意外だったのは客層で、日本人よりもフランス人のほうが多かったのではないだろうか。彼らにとってはガリマール社のセリ・ノワール叢書は身近なものだろうから、関心を持って聴きに来てくれたのである。それに比べ、日本人観客にはそれほど馴染みのない題材の話だったかもしれない。来場いただいたのは本当に好奇心旺盛な方ばかりなのだろう。その知的関心の広さと高さには驚嘆するばかりで、また感謝申し上げる。

 トークの内容を議事録にまとめるという話は聞いていないので、もしかすると来場者の記憶に留まるのみの催しになるかもしれない。その意味でも貴重な90分のセッションだった。

 以下、印象に残ったトピックを羅列しておく。

・マッソンの編集姿勢は、職業的書き手、ルーティンワークで小説を生み出せる作家よりも、文学的冒険者を尊重するもので、とにかく「文学を書くようにミステリーも書いてもらえれば」という趣旨の発言が目立った。日本にもジャンルの束縛を逆にジャンピングボードとしてとらえ、文学的冒険に乗り出す書き手がいる、という趣旨の説明を試みたが(『ディスコ探偵水曜日』の話をした)、あまりピンとこなかったかもしれない。

・1970年代末の「ネオ・ポラール」の爆発的流行については、「最悪にして最良の出来事だった」と短く回答。最悪というのは、極端な政治活動を行う作家がそれによって出現したためであり、最良というのはネオ・ポラールが注目されることによって新しい書き手が多数出現したからだ。マッソンの姿勢は「右も左も両方存在しうる自由さがあるのが望ましい」というもので、ネオ・ポラールの時代にも極左と見られたマンシェットと極右とされたA・D・Gが並存した、という例をやはり引き合いに出していた。ただし、マンシェットについては、周囲が思うほど彼は左翼的ではなく、むしろ謎の部分を内奥にもった、複雑な作家だったということを強調していた。

・ショックだったのはセリ・ノワール社の初期を支えたジェイムズ・ハドリー・チェイスやピーター・チェイニーといったスリラー作家について「もはや回顧されることもない作家で、ルーティンワークでしか作品を生み出すことができない書き手だった」という切り捨て方をしたことだった。会場にいらっしゃった藤田宜永さんから後で「彼は若いから、そのへんの影響力は知らないんだよ」と慰められたが、なるほどマッソンは1975年生まれで私よりも若いのである。


 いろいろ興味深いことも他にあったが、まずはこれくらいで。思い出したらまたメモします。

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第二回博麗神社例大祭御礼

 昨日の博麗神社秋季例大祭ではお引き立てを賜り、誠にありがとうございました。
 今回は新刊『こんにちは、博麗霊夢』と、既刊『東方同人誌マストリード100の・ようなもの』(2014例大祭)、『博麗霊夢はそこにいる』(2014秋季例大祭)、『博麗霊夢がやってくる』(2015小春小径)、『博麗霊夢はどこにいる』(2015例大祭)を持参しました。このうち『博麗霊夢がやってくる』のみ在庫僅少で、すぐに売り切れてしまい、失礼しました。

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【秋季例大祭開始直前の私】

 新刊『こんにちは、博麗霊夢』は〈博麗霊夢の日々〉シリーズの第4弾です。
〈博麗霊夢の日々〉シリーズとは、楽園の素敵な巫女・博麗霊夢が幻想郷で送る日々を綴ったもので、日常4割、非日常6割の、わりと呑気に進行していく物語です。よくご質問を受けますが、1冊ごとに完結しているので、単独でお読みいただけます(異変が解決するとまた日常に戻るようなものです)。また、原作準拠なので、二次設定ネタや、百合要素なども控えめになっていると思います(心眼で読んでいただくと、浮かび上がってくるものがあるかもしれませんが)。そして、全年齢対象です。

『こんにちは、博麗霊夢』表題作は、不意に博麗の巫女がいなくなってしまうところから話が始まります。やがて幻想郷中に突然火柱が上がる異変が連続して起き、火災によって魔法の森にいられなくなった霧雨魔理沙とアリス・マーガトロイドが成り行きで対策を講じることになります。もちろん霊夢の出番もありますが、どのへんで出てくるかは秘密です。おまけとして火災異変の後日談「博麗霊夢雲に乗る」が収録されております。こちらの主役は聖白蓮と四季映姫・ヤマザナドゥです。

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【こんにちは、博麗霊夢表紙。画・くまさん(赤色バニラ)】


 上記の新刊を含め、すべてのサークル〈腋巫女愛〉作品はとらのあな様の通販、もしくは各店舗にて委託販売をしております。『こんにちは、博麗霊夢』『博麗霊夢はそこにいる』の2冊のみ、新規委託なので現在予約扱いですが、間もなく発売される予定です。興味を持っていただいた方は、よろしければお買い求めください。

〈腋巫女愛〉作品通販ページ

 ちなみに秋季例大祭では、以下の数を販売しました。また、表紙画・挿絵を〈赤色バニラ〉のくまさん、編集を〈日々徒然〉の古翠さんにお願いし、販売にあたってはほむきちさんのお力を借りました。
『東方同人誌マストリード100の・ようなもの』13
『博麗霊夢はそこにいる』16
『博麗霊夢がやってくる』3(完売)
『博麗霊夢はどこにいる』21
『こんにちは、博麗霊夢』55

 今後とも杉江松恋と個人サークル〈腋巫女愛〉をよろしくお願い申し上げます。


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豊崎由美さん「書評の愉悦」講座にゲストとして呼んでいただきました

 ご存じの方も多いと思いますが、豊崎由美さんが池袋コミュニティカレッジで「書評の愉悦」講座を開いておられます。そちらに7月のゲストとして呼んでいただきました。ゲストも受講生も一緒に匿名で原稿を提出し、採点をして「書評王」を決めるシステムの講座です。今回の課題作は東山彰良『流』、カズオ・イシグロ『忘れられた巨人』、獅子文六『七時間半』の3冊で、もう一つ「失恋した人に薦める本」という三冊を選ぶテーマ書評もありました。
 私は「失恋した人に薦める本」に挑戦しました。残念ながら書評王にはなれなかったのですが、自分ではよく書けたと思うので公開しちゃいます。この講座のルールとして、文字数は800~1600字、想定媒体も自分で決めて書くということになっているので、そのへんを含みおきの上でお読みください。

3冊書評「失恋した人に薦めたい本」

 休んでないで手を動かせよ。寿司飯切れよ寿司飯。しゃもじ動かせ。俺が北島のサブちゃんばりにパタパタやってんのにお前が何もしなかったら、単にあおいでやってるみたいじゃねえか。王か、おまえは。
 なに涙ぐんでんだ。失恋した? 誰が。おまえが? そうか、それで泣いてんのか。

 バーカ! おまえなんて失恋して当然だろ。寿司飯もろくに切れない見習いのくせに。
 ……嗚咽するなよ、ほんとのこと言われたからって。知ってるか、立川キウイ。落語立川流の立川キウイだよ。桃栗三年柿八年、キウイは前座に十六年。正確に言うと十六年半な。長い落語の歴史でも前座をそんだけの長さやったのはキウイだけらしいぞ。落語家の前座なんてまともにヒト扱いされないから当然女にはフラれっぱなし。「愛してます」って言ったら間髪入れずに「迷惑です」って断られたそうだからな。一人前に仕事できない人間がレンアイしようとするからそうなるんだ。おまけにその間に三回も破門されてる。
 まあ、しぶといよな。キウイは修業時代のことを『万年前座』(新潮社)って本に書いて、ちょっと売れたんだよ。しかも立川談志から「本がよく書けてたから真打にしてやる」って言って昇進までさせてもらったんだぞ。そんな理由で真打になったのはキウイだけだ。な、どんな人間でも一っ所で我慢してれば、いい目を見ることもあるんだよ。おまえも泣いてねえで辛抱しろ、十六年。もしかしたらそれでモテるかもしんねえから。「ワサビのきいたいい男ね」とか言われるぞ、おい。

 ……嬉しくない。十六年後じゃなくて今すぐモテたい? 贅沢な野郎だな。じゃあ、アレ読め。掟ポルシェの『出し逃げ』(おおかみ書房)。知ってんだろ、掟? そう、ニューウェイブユニットのロマンポルシェのチンコを出すほうだよ。小男でロン毛でラメ入りのアイシャドー入れてるほうだ。アル中ですぐ遅刻するほうのやつがロマン優光な。掟は前にも『男道コーチ稼業』(マガジン・ファイブ)って言う表紙が武田久美子ばりの貝殻水着をつけた掟の写真という知能指数オリバー君並の本を出したが、この『出し逃げ』はさらにひどいぞ。あちこちのエロ本に掟が書いた、どこの版元でも引き取らなかった原稿を酔狂な独立出版社が書き集めて出したんだ。
 どんな内容ですかって? まあ、一行に一回必ず放送禁止用語が出てくる本だと思えば間違いないな。寿司飯もろくに切れないおまえのために朗読してやりたいところだが、あまりの下品さに赤貝が食えなくなるといけないから諦めろ。とにかく、モテない男の怨み節に溢れてるからおまえにぴったり! なんかの間違いで女と二人っきりになったときに女が喜ぶ話題が見つからなくてつい「水島新司の息子って今何をしてるのかな?」とか言っちゃう人間は必読だよ。 この本を読んでも絶対モテるようにはならないけど、女とか人生とか基本的にどうでもよくなるからな!

 どうでもよくないです? モテたいです? よし、おまえみたいな人間はイーヴリン・ウォー読め。知らないだろうけどウォーはな、同じイーヴリンという名前の女と結婚してたのに浮気されてカソリックに改宗したり、未成年の女に惚れて面倒なことになってアマゾンに長期取材旅行に出かけたり、作品の評価は高いのに女運のない作家だったんだよ。そのアマゾン旅行の取材から生まれたのが『一握の塵』(山口書店)という代表作だ。どういう内容かって? 女にちゃんと好きって言えないと浮気されてしまいには人生をこじらせちゃったみたいな自分探しの旅に出ることになりますって話だよ。おまえにぴったり!
 そんな小説も読むんですね、って? 言ってなかったっけ。俺、イエール大学卒だから。この寿司屋には、将来海外に出店するための研究をするつもりで入ったの。じゃ、今からスーパーモデルの彼女とデートだから帰るぞ……泣くな、寿司飯に洟が落ちるだろ!

想定媒体「すしの雑誌」旭屋書店

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『出し逃げ』はどこにも書評を出してなかったから、書けてよかった!


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インタビュー記事の構成について(杉江松恋のやり方)

 唐突だけど、私のインタビュー記事の作り方をまとめておきます。
 これはtwitterへの投稿を元にしたものに、少し加筆しました。
 聞く方ではなく、すでに音源があるものをどうまとめるか、という話です。
 同業者、及びライター志望者の方向けの投稿かもしれませんが、一般の方でも参考になれば。

※これは、アーヴィン・ウェルシュにインタビュー後の得意気な私
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(1)まず音声起こし。これは今は外注しています。理由はいろいろあるけど、いちばんのそれは「自分には時間短縮、依頼をする相手には仕事の分配というメリットがそれぞれある」ということです。自分でやむなくやるとき「杉江言う原稿ふに猿」みたいに略しながら起こします。だいたい1時間の録音時間に対して作業は1.5倍くらいまでと決めてあり、作業用なので誤字は無視します。後で直せばいいんだし。


(2)起こしができたら最初の短縮をします。やり方は二通りあり、「インタビューイとインタビューアの掛け合いになっているもの」「インタビューイの台詞と地の文で構成されているもの」で少し違います。ここでは前者をA、後者をBと呼んでおきます。まずはAから。


■一般的なインタビューの場合(質問者が登場する)

(3)Aの場合は頭から読んでいき、最初に小さな枝葉だけを落とします。「一同笑い」とか「うんうん」みたいな相槌ですね。このとき、明らかに脱線しているようなやりとりや、意味が通らない言葉を発見することがありますが、削りません。もしかすると話者の個性が出ているのかもしれないからです。


(4)こうして微調整をしながら読み終わると、その時点でだいたい全体の文字数が依頼のある分量の3~10倍くらいになっています。そこから第一の削る作業に入ります。最初に削れるのは絶対掲載できない個所や、脱線ですが、パートごと削る場合は消去せず、文章の後ろのほうにくっつけておきます。


(5)次に同じ話題が連続しているようなものを探します。それを一つにまとめて字数を稼ぐわけですが、人の話し方は完全に論理的ではないので、一つの話の中で矛盾することを両方言うこともあります。そういう場合はなるべく削らず、表現をいじって人の立体性を出せるように工夫します。


(6)話者には足の長いことを話せる人と、応酬話法のようにパッパッと話題が切れる人がいます。前者の場合、一つの話題が途切れたかに見えても実は続いていて十分後にようやく完結するなんて場合もあります。そういうときは間の話題を独立させ、結論の部分を前に持ってくることもあります。


(7,8)削るときに考慮するのが、自分の出し方です。たとえば作品の中ではそこまで表現されていないようなことでも深読みすると出てくるモチーフがあるとします。そこについては分岐する道を探り歩きするような聞き方をしてインタビューイの本音を聞いているわけです。その場合、話を聞き出せたのは自分の手柄だ、みたいな書き方をすると読者は鼻白んでしまうわけです。なので、自分が話を引き出すために使っている前置きなどは可能な限り省略して、語り手が自発的に言い出したように書くやり方を私はとります。もちろん逆の場合もあります。自分を出す必要があるとき。


(9)たとえば、インタビューイがそこまで踏み込んで発言したかったり、私の質問で思いついてそういう意図もあったのだと発見したような場合。それはおもしろいですが、これから作品を読む人に予断を与えてしまうといけない。そういう場合はあえて「私がそう言った」という形で組み込むこともします。


(10)これでだいたい第一の成形過程は終わっています。この時点で規定文字数の1.5~2倍くらいの分量でしょう。ここからは細かい言い回しをいじる作業になります。インタビューイの発言を、文意は変わらない程度にいじります。語尾であったり、倒置法を元に戻したり。ここはセンスが問われます。


(11)たとえば一人称を「僕」にするか「私」にするかでインタビューの印象はだいぶ変わりますが、それ以外にも独特な言い回しというものはあります。たとえば「やっぱさ」みたいな口癖がある場合、頻発するそれを何度も出すのではなくて一度にする、というような形で口跡を遺す必要があります。


(12)さて、ほぼ1.1~1.2ぐらいの文字量になったら、そこで初めてエディターの検索機能などを使って頻発している語句を探し、調整します。次に、編集から聞いている行の字数があれば、それに合わせてさらに文中の贅肉を削り、僅かな字数のはみ出しなどをなくしていきます。


(13)最後に、文章のおしまいにくっつけておいた、最初に削った部分を見てみます。実はそこにおいしい話題が捨てられている場合があるので、捨てがたく感じたら、今成形したばかりの文章の中に乱暴に放り込んでみます。それでも問題がなければ、少し段階を戻して別の話題を削ることも検討してみます。


■「ダ・ヴィンチ」などの場合(質問者が文中に登場しない)

(14)以上はAの場合です。他に細かい技巧はあるのだけど、それは別の機会に。Bの場合は少しやり方が変わります。普通の会話形式ではなくて地の文を挟むので、Bはライブ感が少し薄れます。むしろ、インタビューイが独白して、それに補う形で地の文が入っている状態に近い。


(15)この場合重視されるのはむしろ最初から最後まで一つの筋道が立っていることです。序破急ぐらいの構成があったほうがいい。つまり会話を見せているというよりも、言葉入りの一続きの読み物としてインタビューを構成するということです。頭と結びを印象的にする必要も強くなります。


(16)Bの場合も最初から流して読みながら最初の調整をすることは同じですが、私の場合、Bのときは一読目から文中にメモを入れ、さらに自分の言葉を切っていきます。最終的に使わないパーツだからです。また、インタビューイの言葉でも最終稿に残りそうにないものは外して、文末に避難させます。


(17)自分の言葉を切るというのは「杉江:この場面では○○さんは書くという行為についての韜晦を~」みたいな質問をしていたら「(作家の自意識)」みたいなメモにしてしまうということです。作家が長く話していたら途中に(ブリッジ)と書きます。ここには後で、相の手の地の文を入れます。


(18)また、書きながら設計者のメモのようなものも入れていきます。たとえば後で順番を入れ替えられるかな、と思うような個所には(ここに冒頭の話題を持ってくる?)というような形でカッコ書きをしておくわけです。この時点でだいたい、全体の構成が見えています。


(19)最初の調整が終わると、BはAよりも明らかに短くなっています。ここからはさらに大胆に、インタビューイの中で使う言葉だけを残して、後は削っていきます。規定文字量と残した文章の量が同じくらいになったら、その構成を始めます。順番を入れ替え、プラモの仮組みみたいに組んでみます。


(20)当然ですが、残した文字量に自分の地の文を入れるわけですから、この作業の後は文字量がオーバーします。だいたい1.2~1.5倍というところでしょうか。ここから削っていく手順はAの場合と同じです。インタビューイの言葉が長かったら、それを地の文に置き換えるなどの処理もします。


(21)だいたいそんな感じでA・Bとも作業が終了になります。インタビューの構成に必要なのは「情報量」「インタビューイの主張が出ていること」「個性が消えていないこと」「臨場感」の四つだと思います。それを念頭に置いておけば、以上のようなやり方で誰でも構成はできると私は思います。


 以上、私流のインタビュー構成の仕方でした。自分だったらこうやる、こうしたほうがいいと思う、というようなご意見がありましたら、どうぞコメントいただけると幸いです。


 聞くほうの技術はこちらをどうぞ。

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博麗神社例大祭新刊『博麗霊夢はどこにいる』頒布します。

 5月10日の第12回博麗神社例大祭に杉江松恋の個人サークル「腋巫女愛」も出展します。その場で販売するのは以下の4アイテムです。表紙絵はすべて、〈赤色バニラ〉のくまさんにお願いしております。

1)【増刷】『東方同人誌マストリード100の・ようなもの』
 東方Project関連の二次創作漫画同人誌を100冊選び、寸評を加えたほか、そこから派生して読みたいサークルなどを紹介するレビュー本です。昨年の第11回博麗神社例大祭で発表し、とらのあな様でも委託販売をいただいておりましたが、品薄状態になっておりました。今回増刷分をわずかですが追加頒布いたします。増刷は今回で最後にする予定ですので、購入ご希望の方はこの機会によろしくお願いします。
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2)【新刊】『博麗霊夢はどこにいる』
 幻想郷の日常とわりと非日常な出来事の交錯する〈博麗霊夢の日々〉シリーズ第3弾です。今回は長めの表題作とショート・ショートの「博麗霊夢のどこまでやるの」の2篇を収録しております。表題作は、幻想郷に不穏な気配が走り、要人たちが博麗神社に集合する、という場面から始まる、緊迫感溢れるようなそうでもないような一篇です。伊吹萃香視点でお送りします。「博麗霊夢のどこまでやるの」は水橋パルスィ篇。ぱるぱるします。
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3)【旧刊】『博麗霊夢はそこにいる』
〈博麗霊夢の日々〉シリーズ第1弾です。妙蓮寺で起きた異常な事態を解決するために急行した霊夢と魔理沙の見たものを描く表題作、アリス・マーガトロイドが訪ねてきた日の不思議な出来事「博麗霊夢がそこにいた」、東風谷早苗の視点から見た霊夢についての雑感「そこにいる博麗霊夢」の三篇です。ゲスト原稿を〈豚乙女〉のランコさん&ランコの姉さんにお願いしました。
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4)【旧刊】『博麗霊夢がやってきた』
 同じく〈博麗霊夢の日々〉シリーズの第2弾。表題作は紅魔館の瀟洒なメイド・十六夜咲夜の視点から博麗の巫女との闘いについて語る一篇です。「友有り、博麗霊夢来る」は、アリス・マーガトロイドが半霊を紛失した魂魄妖夢と共に分身を探し歩く話、「やってきたのは博麗霊夢」は厄神・鍵山雛のお話です。
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 会場頒布価格は1)のみ800円、2)~3)は500円でお願いしております。場所は「お37b」でお待ちしておりますので、気軽にお運びください。過去の例から見て、午前中に売り切れるということはありませんので、ゆっくりいらしていただいて大丈夫だと思います。では、5月10日にお会いしましょう。


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たぶん二つの人生を送っていた

 大学を卒業してから10年間一般企業に勤めていたことはいろいろなところに書いている。企業名を明かさないのはあまり綺麗な辞め方をしていないせいで、後ろ足で砂をかけるような形で逃げてしまった。なので公表することは絶対ないと思うが、こんな人間を10年間も雇っていてくれた会社には本当に感謝している。

 そういう辞め方をしたからなのか、実は会社に未練があるのかな、と思うようなことがときどきあった。
 未練はないつもりなので、気が残っているとでもいうのか。
 普通に過ごしているときに、「あ、会社に行かないと駄目なのにな」と思う瞬間があったのだ。

 飯田橋から神楽坂を登っていき、左に折れると閑静な住宅街に入る。
 そのへんを歩いているときに一度、「あ、会社がここに移った」という考えが浮かんできた。
 もちろんそのへんには企業が入るようなビルなどない。ただ、私の目の前には、古色蒼然とした木造の建築物が見えていたのである。三階建てで、門を入って真っ直ぐ行くと中庭になっており、二つの翼棟がそれを挟むようにして存在する。剥きだしの階段が斜めにかかっていて、人々がそこを慌しく行き来しているのである。

 なぜだか私の頭の中には、「資産運用のために本社の建物を売ったのでここに引っ越してきたんだ」という理由づけまで浮かんでいた。
 そんな事実は無いのだが。
 いや、それ以上に、神楽坂の上にそういう時代遅れな木造建築などありはしないのだが。

 私は夢を見ない。というより起床した後に記憶が残らない。
 なのではっきりしたことは言えないが、どうもそういう夢を見たのではないかという気がする。
 それが白昼夢として突然あのときに甦ってきたのではないだろうか。

 そう考えるとたびたび夢を見ているふしがある。
 たとえば平日の朝など、布団の中でまどろんでいるときに、「駄目だなあ、今日は会社に顔を出せないなあ」などとぼんやり考えていることがある。
 会社に顔を出すもなにも、もう正式に辞表を提出して受理されてしまっているのだから、行かなければいけない訳などない。また、会社のほうも辞めた人間に顔を出されても迷惑だろう。しかし頭の中ではまだ会社で仕事をしているようなのである。
 そういう考えが何度も頭をよぎるので気になり、つきつめて考えてみた。
 それでわかったことは、どうやら夢の中で私はまだ辞めたはずの会社で仕事をしており、しかも現在のライター稼業にも就いているので、二足の草鞋状態のようなのである。
 会社員時代も二足の草鞋は履いていたが、今度はライターが主で会社員が副だ。いや、会社員というのもおかしく、どうやら行きたいときにだけ会社に行って、営業の仕事をしているらしい。そんな臨時雇用の営業などありえないのだが、客はついているし、机もあるし、ということで会社からは認められているのである。職場は長年過してきた営業部で、みんな私のことを非正規の社員だと差別せず、普通に接してくれている。それに対して私は、「実はもう社員じゃないんだよなあ」とか「こんな宙ぶらりんな状態じゃ申し訳ないから、早く辞めないとなあ」などと思いながらつきあっている。

 どうにも虫のいい話だが、このふざけた夢がずっと頭の中に、当然の顔をして居座っていたらしい。
 馬鹿馬鹿しいので人に言わずに来たが、ふとしたはずみに「あ、明日会社に行かなくちゃ」などと慌てることがあり、その滑稽さを密かにおもしろがってもいた。誰に迷惑をかけるわけでもないので(実際にそんな人間が会社に来ていたら迷惑千万だろうが)放置していたのである。

 それが今朝、どういうわけだか急に、「おまえはもう会社には行っていないのだ」という声が聞こえてきた。
 声というよりは啓示、目の前に見えない文字が浮かぶような按配で、夢の混濁が拭い去られたのであった。
 知ってました、と小さな声で呟いてみたりもしたが、あまりに突然のことなので、「今さらそんなことを言わなくてもいいじゃないか」と恨みがましい気持ちにもなった。
 そういうわけで私のささやかな二重生活、夢の中だけで行っていた会社は、粘菌が崩れるようにしてなくなってしまったのである。
 もう会社に行かなくちゃいけないという気持ちになることはないと思う。夢の中で私の勤怠処理をしていた人にもさぞ迷惑をかけていたことだろうから、これでよかったのである。

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これは会社員時代に住んでいたマンション。


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